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第57話 愚かな私

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生徒会室のドアが、内側から閉められる。誰も居ないかの様に室内灯も消された。いつも側で華会長にお茶を入れている子が、この環境を作り上げた。

「内側からは開けられるのでな、安心せよ。外から来た者に気弱な姿は見られたくないのじゃ。」

「……卒業まで居たかったですか?」

そうじゃなあ……と、華会長はこの部屋だけ強化されたガラス窓から外を眺めていた。クレーターの跡はすっかり埋め立てられ、更地になっていた。

文化祭の開催と同時に、犠牲になった方たちへ黙祷を捧げた。沈黙の時間は、息が詰まりそうなくらい静かだった。

「……聡見、ありがとうなのじゃ。この写真は宝物じゃ。思い出になった。好きな写真を選べる様にカタログを作ったのもご苦労であった。推しのミトの写真も手に入った。」

文化祭は各クラス、大変な賑わいを見せた。商店街の写真館のおじさんの手の届かない処は、幾つか自作の撮影用ドローンを飛ばした。

「写真館の方に現像して頂いたんです。ミトの写真は注文が入り過ぎて、そのおじさんに迷惑をかけました。」

そして、華会長は思い出し笑いをした。
「それに、あのプールを改造した大がかりな装置。聡見はかなり叱られておったの。」
「それはもう、こっぴどく。許可取ってなかったもので。」

「聡見は聡明じゃが、夢中になると周りが見えなくなる故にな。マッドサイエンティストというより、マッドエンジニアなのじゃ。」

「ええ、皆さん私へのイメージがそうなので仕方ないです。一番得意なのは技術なのですが。」

「それに、其処までしても許されている聡見は恵まれて居るの……」

さっきから私に向けられている華会長の目は、蔑んでいる視線の様に感じた。

私は、気がつかれない様に背中でスマホでポチポチと文字を打った。

「最近、自宅のマンションにご両親は訪問されて居るかの?」

「どうして、華会長がその事を知っているのでしょう?」

昨日、華会長に自分の住む所を空けるなと忠告された事の意味を軽視していた。

「……知って居るよ。聡見が幼い頃、父親に渡された設計図通りに作っておった、メテオ迎撃装置の部品の事も。」

「私もバカじゃ無いんです。そんな大それた物を子どもの私に任される筈が無いんです。何だかヤバめの物が出来上がりそうだったので、完成品は安全な物にアレンジして渡しました。」

「バカじゃな聡美。そのまま完成させていたらお主の親父さんが危ない目に合うことも無かったのに。」

あっと言う前に、背中で持っていた携帯電話を奪われた。いつの間にか、華会長の世話係の生徒が近くに居た。

「そやつは、私の侍女というよりか護衛か、いや見張りというのか……」

その侍女は、私の携帯を華会長の足元に落とした。そして、そのままバキボキと音を立てて踏みつけられた。

「余計な事をされると困るのじゃ、聡見は此から、エンジニアとして我と共に祖国に連れ帰らなければならないのでの。」

ジリジリと壁へと追い詰められ、彼女が手をついた壁の塗装がミシミシと音を立てて剥がれ落ちた。小柄な体からは想像も付かない程の破壊力だった。

「嫌だと言ったら?」
「そなたのスマホの様に、足を踏みつけることになるだけじゃ。」

私の父は貿易業を営んでいた。父は会社の負債に悩まされていた。そんな時、華会長の婚約者の男と出会い、ビジネスを持ちかけられた。新作兵器の試作品の輸出だった。そのまま運ぶのはリスクが高いので、部品を流出させ現地で組み立てる方法になったらしい。

(そんな危ない橋を渡るエンジニアに、知らずして私がなっていたという話ですね……)

「そして、お主の両親は毎日の様にお主の住む所へ出向いて懇願していた筈じゃ。じゃが、気がついたかの。ここ数日程は消息不明な事に。夜逃げって言うのかの。空港にはまだ来てないようじゃが。」

私はここ最近、お友達が出来て、学校生活が充実していて、楽しさを盾にして目を背けていた事が仇となった。

「それで、私が行けば両親は助かるのですね……」
「うむ。裏切った分は痛い目を見るがな。」

ジリジリと足の甲に小柄な華会長の重心が掛かって来るのが分かった。
「どちらにしろ、私の足は粉砕される訳ですか……」

「大丈夫じゃ。その器用な腕が残れば良い。それに、聡美はその才能と完璧な容姿によって優しいラジアータ王は、そなたを正室にするのだそうだ。側室の我と違ってな……」

「何故でしょう……私は王様と結婚出来ると聞いても全然嬉しくありません。華会長と違って。」

「羨ましいなあ聡見。擬人化故に私への愛はペットであった頃から何にも変わらないのじゃ。妻とは名ばかりの観賞用じゃ。」

「……分かりました。妬みで足を粉砕される前にひとつだけお願いを聞いて頂いても?」
「願いによるが、言ってみよ。」

「あまりの事に緊張して唇がカサカサなのです。リップクリームを塗りたいです。ポケットに入っているので、侍女さんに取って頂いても。」

華会長の侍女は、私の制服のスカートの中からスティック状のリップクリームを出して確認した。キャップを開けて中身を透かしたり触ったり嗅いだり舐めたり─そして、頷いた。

「良かろ。許可する。」

私は、震える手で渡されたリップクリームを手に取った。

そして、それを華会長の首筋に押し付けた。バチバチと閃光が走った。流石に気絶させるまでは出来なかったが、ドアまでの道筋が出来たのを感じた。

「妖精さん!!」と叫んだ。既にドアは開けられていた。妖精さんを脇に抱えて廊下を全力で走った。

「いつの間に……」
後ろから、華会長の側近が追いかけてくるのが分かった。このままでは追い付かれそうだった。

「この先、右に曲がって。」と、妖精さんが言った。その通りに進むことにした。

やはり、妖精さんを観察していて良かった。一言も喋らなかったら、彼女の存在に気付く人は稀なのだ。それに、私が持ち運べる位軽い。

暗殺者にむいてますね。って、言おうとして止めた。彼女の事だから、何それ格好いい!とか言って、目を輝かせそうだったから─
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