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13.不安には行動で
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この前は妙に不安になって女々しい態度をとってしまった。まったく、そんなのは俺らしくない。思い切って自分からクリスにアプローチしてみよう。
クリスには他に忘れられない相手がいて、その人と上手くいけば俺は捨てられるかもしれない。そんな風にめそめそ嘆くことはやめて、自分からクリスにデートを申し込もうと思う。
もし今はその相手に負けていたとしても、それ以上に俺を好きになってもらえばいい。そんな年頃の女の子のようなポジティブな考えに、正直恥ずかしすぎて穴に入りたい気分だ。
クリスだって俺を恋人だって言ってくれたじゃないか。
飲食店勤務だから週末に休みを取るのは難しい。それがたまたま明日の土曜は早番、日曜日に丸一日休みをとることができたのだ。クリスも今週の土日にバイトは入っていなかったし、日曜は大学も休みだろう。
だからつまりデートと言ってもただのデートではなく、……お、お泊りデートのお誘いをしようと思っている。
どうせだからまだ一度も行ったことのないクリスの家に行って見たい。
見ていないテレビの音だけが響く部屋の中で、俺は携帯電話のメール画面に向かって真剣に悩んでいる。
いきなり泊まりに行きたい、だとストレートすぎるから、軽くジャブをきかせて『こんどおまえのアパートにあそびにいっていい?』で行こうと思う。
きっと喜んでくれると思う。俺が『泊まりで』なんて言ったらクリスは飛びはねてよろこぶんじゃないか? 想像しただけで顔がにやついてしまう。
どう話を持って行こうかと緊張しながら携帯電話を握り締めていると、クリスからの返信はすぐに届いた。
『ぼくがもりながさんのいえにいきます』
という返事に、すかさず俺がお前の家に行きたいのだとメールを送ると、今度は少し間が開いた。
床に寝転んで返事を待っていると、『うちはせまいしきたないので もりながさんをしょうたいすることはできません』と返信が来る。
クリスとのメールのやりとりはお互いいつもひらがなしか使わないから読みづらい、だがそんなこと今はどうでもいい。今度はきっぱりと断られてしまった。
部屋が狭くて汚いなんてウチだってそうだし、クリスがどんな部屋でどんな生活をしているのか知りたかった。なにか見られたくないものでもあるんだろうか。
俺は覚悟を決めて、クリスの家に泊まりたいとメールを送る。俺のことを好きだというのならきっと招待してくれるに違いない。
クリスと初めて関係を持った翌日に俺の身体が大変なことになったことを気遣ってか、その一度きりしかしていない。
俺だって本当はクリスとしたいと思っているが、そんなことかなりの勇気をふりしぼらないと自分からなんてとても言えない。
数分後、クリスから帰ってきた返事に俺は落胆を隠せなかった。
『ごめんなさい うちはむりです』と書かれた画面をみつめたまま、しばらく返事を返すことができなかった。
気持ちを落ち着かせてから、わかった、とだけ返事をして俺は携帯電話を布団の上に放り投げる。
クリスはきっとオーケーしてくれると思っていた。部屋が狭くて汚いのが本当の理由だとは思えない、もし本当にそうだとしたら俺が泊まりに行くことは部屋を片付ける程の価値がないと思われていることになる。
ここまではっきり拒否されてしまうと、じゃあうちに泊まりに来ないかなんて言える雰囲気ではない。
クリスは本当に俺のことが好きなのだろうか。一緒にいるとクリスの言葉に嘘があるとは思えないのに、こうして離れているとクリスの気持ちがわからなくなる。
まさか本当に忘れられない人と相手と上手くいって、もう俺はいらなくなってしまうんだろうか。
ぽっかりと予定の開いてしまった日曜日。
貴重な週末の休日なのに、だらだらと昼過ぎまで寝過ごしてしまった。せっかく取れた日曜の休みがこんなに虚しいものになるなんて思わなかった。
俺は退屈に耐え兼ねて街に出て、特に用事もなく店を見てまわることにする。服屋をのぞいてみるがこれといって欲しいと思えるものには出会えなかった。
「……はぁ」
日も暮れかかった頃、地下鉄を降りた俺は意気消沈して帰路につく。今日は暇つぶしの散歩もかねて一駅手前で降りた。
通り道沿いに近所でも有名な豪邸がある。たまにバイクで素通りすることもあるが、俺は何気なく植物を模した柵の向こうにある洋館風の豪邸に目をやる。
「いつ見てもすげえ家だな……」
庭には花が咲いていて、植物を絡めるアーチやお茶会もできそうなテーブルセットが配置してある、庶民の俺には柵の向こうが別世界のように見えた。
道路から少し離れた玄関前に黒のセダンが止まっているのが目に入る、後部座席から人が降りてくるところだった。そして俺はそこから降りてきた人物から視線が外せなくなる。
「…………なんで?」
やや光沢のある黒のタキシードを身にまとう背の高い男。差し込む陽の光のような色の髪は軽く撫で付けていたが、その存在感のある人物を見間違うはずがない。彼は間違いなくクリスだった。
彼は車の反対側にまわるとドアを開き、優雅な仕草で座席へ手を差し伸べる。その手首には例の腕時計が巻かれていた。
クリスの手をとって車から降りてきたのは長い黒髪が魅力的な和服の女性だった。女性が彼を見上げると、クリスはその顔を柔らかく微笑ませる。
その顔は誰にでも向ける安っぽい笑顔とは明らかに違っていた、もっと穏やかで心のこもった微笑み。いつもアイツを見ていた俺には分かる、彼女はクリスの特別な相手だ。
いつの間にか柵を握りしめていたことに気がつく。まるでおとぎ話でも見ているような似合いすぎる二人の姿に打ちのめされていた。
それから雨まで降り出してきた。こんなことなら最寄り駅で電車を降りればよかった。俺びしょぬれになりながらアパートまで走った。
玄関ドアをくぐるとほっとしたのか、さっき見た二人の姿が思い浮かんだ。
あの人がクリスの忘れられない人だろうか。少なくとも俺より優先される相手。綺麗な人だった。
クリスには他に忘れられない相手がいて、その人と上手くいけば俺は捨てられるかもしれない。そんな風にめそめそ嘆くことはやめて、自分からクリスにデートを申し込もうと思う。
もし今はその相手に負けていたとしても、それ以上に俺を好きになってもらえばいい。そんな年頃の女の子のようなポジティブな考えに、正直恥ずかしすぎて穴に入りたい気分だ。
クリスだって俺を恋人だって言ってくれたじゃないか。
飲食店勤務だから週末に休みを取るのは難しい。それがたまたま明日の土曜は早番、日曜日に丸一日休みをとることができたのだ。クリスも今週の土日にバイトは入っていなかったし、日曜は大学も休みだろう。
だからつまりデートと言ってもただのデートではなく、……お、お泊りデートのお誘いをしようと思っている。
どうせだからまだ一度も行ったことのないクリスの家に行って見たい。
見ていないテレビの音だけが響く部屋の中で、俺は携帯電話のメール画面に向かって真剣に悩んでいる。
いきなり泊まりに行きたい、だとストレートすぎるから、軽くジャブをきかせて『こんどおまえのアパートにあそびにいっていい?』で行こうと思う。
きっと喜んでくれると思う。俺が『泊まりで』なんて言ったらクリスは飛びはねてよろこぶんじゃないか? 想像しただけで顔がにやついてしまう。
どう話を持って行こうかと緊張しながら携帯電話を握り締めていると、クリスからの返信はすぐに届いた。
『ぼくがもりながさんのいえにいきます』
という返事に、すかさず俺がお前の家に行きたいのだとメールを送ると、今度は少し間が開いた。
床に寝転んで返事を待っていると、『うちはせまいしきたないので もりながさんをしょうたいすることはできません』と返信が来る。
クリスとのメールのやりとりはお互いいつもひらがなしか使わないから読みづらい、だがそんなこと今はどうでもいい。今度はきっぱりと断られてしまった。
部屋が狭くて汚いなんてウチだってそうだし、クリスがどんな部屋でどんな生活をしているのか知りたかった。なにか見られたくないものでもあるんだろうか。
俺は覚悟を決めて、クリスの家に泊まりたいとメールを送る。俺のことを好きだというのならきっと招待してくれるに違いない。
クリスと初めて関係を持った翌日に俺の身体が大変なことになったことを気遣ってか、その一度きりしかしていない。
俺だって本当はクリスとしたいと思っているが、そんなことかなりの勇気をふりしぼらないと自分からなんてとても言えない。
数分後、クリスから帰ってきた返事に俺は落胆を隠せなかった。
『ごめんなさい うちはむりです』と書かれた画面をみつめたまま、しばらく返事を返すことができなかった。
気持ちを落ち着かせてから、わかった、とだけ返事をして俺は携帯電話を布団の上に放り投げる。
クリスはきっとオーケーしてくれると思っていた。部屋が狭くて汚いのが本当の理由だとは思えない、もし本当にそうだとしたら俺が泊まりに行くことは部屋を片付ける程の価値がないと思われていることになる。
ここまではっきり拒否されてしまうと、じゃあうちに泊まりに来ないかなんて言える雰囲気ではない。
クリスは本当に俺のことが好きなのだろうか。一緒にいるとクリスの言葉に嘘があるとは思えないのに、こうして離れているとクリスの気持ちがわからなくなる。
まさか本当に忘れられない人と相手と上手くいって、もう俺はいらなくなってしまうんだろうか。
ぽっかりと予定の開いてしまった日曜日。
貴重な週末の休日なのに、だらだらと昼過ぎまで寝過ごしてしまった。せっかく取れた日曜の休みがこんなに虚しいものになるなんて思わなかった。
俺は退屈に耐え兼ねて街に出て、特に用事もなく店を見てまわることにする。服屋をのぞいてみるがこれといって欲しいと思えるものには出会えなかった。
「……はぁ」
日も暮れかかった頃、地下鉄を降りた俺は意気消沈して帰路につく。今日は暇つぶしの散歩もかねて一駅手前で降りた。
通り道沿いに近所でも有名な豪邸がある。たまにバイクで素通りすることもあるが、俺は何気なく植物を模した柵の向こうにある洋館風の豪邸に目をやる。
「いつ見てもすげえ家だな……」
庭には花が咲いていて、植物を絡めるアーチやお茶会もできそうなテーブルセットが配置してある、庶民の俺には柵の向こうが別世界のように見えた。
道路から少し離れた玄関前に黒のセダンが止まっているのが目に入る、後部座席から人が降りてくるところだった。そして俺はそこから降りてきた人物から視線が外せなくなる。
「…………なんで?」
やや光沢のある黒のタキシードを身にまとう背の高い男。差し込む陽の光のような色の髪は軽く撫で付けていたが、その存在感のある人物を見間違うはずがない。彼は間違いなくクリスだった。
彼は車の反対側にまわるとドアを開き、優雅な仕草で座席へ手を差し伸べる。その手首には例の腕時計が巻かれていた。
クリスの手をとって車から降りてきたのは長い黒髪が魅力的な和服の女性だった。女性が彼を見上げると、クリスはその顔を柔らかく微笑ませる。
その顔は誰にでも向ける安っぽい笑顔とは明らかに違っていた、もっと穏やかで心のこもった微笑み。いつもアイツを見ていた俺には分かる、彼女はクリスの特別な相手だ。
いつの間にか柵を握りしめていたことに気がつく。まるでおとぎ話でも見ているような似合いすぎる二人の姿に打ちのめされていた。
それから雨まで降り出してきた。こんなことなら最寄り駅で電車を降りればよかった。俺びしょぬれになりながらアパートまで走った。
玄関ドアをくぐるとほっとしたのか、さっき見た二人の姿が思い浮かんだ。
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