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4.エサをやるからうちに来い
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店のドアにクローズと書かれた札を下げ、閉店準備のため丁寧にテーブルの上を拭き清めていた。いつもと変わらない作業だが今日はクリスも一緒だ。
「モリヤガさん、店の前掃いてきました!」
「俺は森永だけどな。俺もこっち終わるから次は一緒に厨房やるぞ」
クリスは素直にハイと頷いて、俺から布巾を取り上げる。
「は、なに? 邪魔すんな」
取り返そうと手を伸ばすとクリスは布巾を持った手を頭の上に伸ばす。
まるで女子にいじわるをする小学生の図のようだが、悔しいことに俺はめいっぱい手を伸ばしても布巾に手が届かない。
「邪魔違います、僕がやります」
布巾を取り返そうとムキになりかけた俺に、クリスはにこりと笑顔を向ける。
「あ、そう……?」
こうして見ると、つくづく笑顔が似合う奴だと思う。女子が夢中になるのもわかる気がする。でも俺はこのすまし顔の王子スマイルにはなんだか少しイラッとしてしまうのだ。
人の顔を見てイラつくなんて、クリスが綺麗な顔でモテすぎるから男として嫉妬しているのだろうか。だとしたら八つ当たりもいいところだ。
「んじゃ俺向こうやってくる、ありがとな」
「はいっ、どういたしまして」
苛立ちを表に出さないように苦笑いをうかべてそう言うと、何がそんなにうれしいのかクリスは綺麗な顔をほころばせて笑う。
俺はクリスのそんな顔を見て、今までのもやもやしていた気持ちが吹き飛んでしまう。
もしかしたら俺はこうやって自然に笑うクリスの方が好きだから、作り物みたいに完璧すぎる王子スマイルが気に入らないのかもしれない。
「おいおい、男の笑った顔が好きってなんだよそれ」
自分が今考えたことが恥ずかしくて思わず声に出してつっこみを入れていた。誰も見ていないのをいいことに、俺は流し台の陰にしゃがんで頭をぐしゃぐしゃとかきまわす。
別にクリスの笑顔が好きってわけじゃなくて、綺麗な男が無邪気に笑うっていうのが珍しいだけだ。
たまに変な日本語を使うからよけいガキっぽくて親しみやすいとか、ただそういう意味で好感をもっているだけに違いない。
「ああもう何やってんだ、ハゲるじゃねえか」
こんなことをしたら量と質だけは良い自慢黒髪が台無しだ。なんて別に自慢なほどの髪ではないけど。
自慢の髪っていうのはクリスの金糸で出来たみたいなさらふわな髪のことをいうのだろう。同じ金髪という名前でも日本人が脱色してパサパサに乾燥したダメージヘアとは全く違う。
「いや、だからもうクリスの話はいいって」
いい加減止めようと思ってもそんな考えばかりが浮かんでしまい、やっとのことで食器の片づけに取り掛かってもカウンター越しについクリスに視線が向いてしまう。
テーブルの上や小物を布巾で拭くクリスの姿は鼻歌でも聞こえてきそうなほど楽しそうだ。
「モリヤガさん、終わりました」
視線の先でクリスが顔をあげ、不意にぶつかってしまった視線にドキリと胸が鳴る。
「ああ、お疲れ」
慌てて視線を流し台に落とすが、クリスを見ていたのを気づかれてはいないかと気が気ではない。
「次は何をしますか? なんでもしますです」
「あ、ああ。じゃあこっち手伝って」
そのあと、一人で妙にクリスを意識してしまいながらなんとか一通り閉店の作業も終わりに近づく。
キッチンで売れ残った食材をゴミ袋に突っ込んでいるところに別の作業をしていたクリスが戻ってきた。
「それ、どうするですか?」
「捨てるからお前も手伝え、そこの袋を外のゴミ捨て場に持って行ってくれるか?」
いつもは指示されるとすぐに動くクリスが、なぜかその場からすぐには動かず俺の手元を見ている。
「どうした?」
「あの、それ」
クリスはなかなか先を言わず、躊躇うように俺の顔と手元を交互に視線を迷わしている。
「なんだよ?」
「それ、もらってはダメですか?」
それとは、この手に持ったバケットのことだろうか。
「コレ?」
クリスは大きな肩を縮めて、ウンウンと大げさに縦に首をふる。
「別にいいけど……、いや本当はダメだけどなんで?」
「実は、一昨日から水しか飲んでいないです」
「……はっ?」
耳を疑う言葉に、俺の身体はバケットを持ったまま動きが止まる。
クリスはさらにしゅんと小さくなって、まるでダンボール箱から通行人に拾ってくださいと訴える子犬のような目で訴えかける。
「なんで、お前金ないの?」
ちょうどタイミングよく、クリスの代わりに返事をするように彼の腹の虫が鳴く。
くうう、なんて子犬が鼻を鳴らしているような腹の音に不覚にも同情がこみ上げてきた。
うなだれる姿が本当に悲しそうな犬みたいで、柔らかそうなウェーブがかった金髪をゴールデンレトリバーの垂れた耳のように錯覚してしまう。
そんなクリスの姿を見て、なんだか急に昔公園で飼っていたしょぼくれた犬のことを思い出す。その犬とクリスでは似ても似つかないけれど、今このタイミングで思い出すということは、俺は満足に世話もできずに死なせてしまったナナに対して自分が思っている以上に罪の意識を持っているのかもしれない。
「……おい」
しゅんと下を向いていたクリスが、窺うように顔を上げる。
「エサやるから、お前今からうちに来い」
「モリヤガさん、店の前掃いてきました!」
「俺は森永だけどな。俺もこっち終わるから次は一緒に厨房やるぞ」
クリスは素直にハイと頷いて、俺から布巾を取り上げる。
「は、なに? 邪魔すんな」
取り返そうと手を伸ばすとクリスは布巾を持った手を頭の上に伸ばす。
まるで女子にいじわるをする小学生の図のようだが、悔しいことに俺はめいっぱい手を伸ばしても布巾に手が届かない。
「邪魔違います、僕がやります」
布巾を取り返そうとムキになりかけた俺に、クリスはにこりと笑顔を向ける。
「あ、そう……?」
こうして見ると、つくづく笑顔が似合う奴だと思う。女子が夢中になるのもわかる気がする。でも俺はこのすまし顔の王子スマイルにはなんだか少しイラッとしてしまうのだ。
人の顔を見てイラつくなんて、クリスが綺麗な顔でモテすぎるから男として嫉妬しているのだろうか。だとしたら八つ当たりもいいところだ。
「んじゃ俺向こうやってくる、ありがとな」
「はいっ、どういたしまして」
苛立ちを表に出さないように苦笑いをうかべてそう言うと、何がそんなにうれしいのかクリスは綺麗な顔をほころばせて笑う。
俺はクリスのそんな顔を見て、今までのもやもやしていた気持ちが吹き飛んでしまう。
もしかしたら俺はこうやって自然に笑うクリスの方が好きだから、作り物みたいに完璧すぎる王子スマイルが気に入らないのかもしれない。
「おいおい、男の笑った顔が好きってなんだよそれ」
自分が今考えたことが恥ずかしくて思わず声に出してつっこみを入れていた。誰も見ていないのをいいことに、俺は流し台の陰にしゃがんで頭をぐしゃぐしゃとかきまわす。
別にクリスの笑顔が好きってわけじゃなくて、綺麗な男が無邪気に笑うっていうのが珍しいだけだ。
たまに変な日本語を使うからよけいガキっぽくて親しみやすいとか、ただそういう意味で好感をもっているだけに違いない。
「ああもう何やってんだ、ハゲるじゃねえか」
こんなことをしたら量と質だけは良い自慢黒髪が台無しだ。なんて別に自慢なほどの髪ではないけど。
自慢の髪っていうのはクリスの金糸で出来たみたいなさらふわな髪のことをいうのだろう。同じ金髪という名前でも日本人が脱色してパサパサに乾燥したダメージヘアとは全く違う。
「いや、だからもうクリスの話はいいって」
いい加減止めようと思ってもそんな考えばかりが浮かんでしまい、やっとのことで食器の片づけに取り掛かってもカウンター越しについクリスに視線が向いてしまう。
テーブルの上や小物を布巾で拭くクリスの姿は鼻歌でも聞こえてきそうなほど楽しそうだ。
「モリヤガさん、終わりました」
視線の先でクリスが顔をあげ、不意にぶつかってしまった視線にドキリと胸が鳴る。
「ああ、お疲れ」
慌てて視線を流し台に落とすが、クリスを見ていたのを気づかれてはいないかと気が気ではない。
「次は何をしますか? なんでもしますです」
「あ、ああ。じゃあこっち手伝って」
そのあと、一人で妙にクリスを意識してしまいながらなんとか一通り閉店の作業も終わりに近づく。
キッチンで売れ残った食材をゴミ袋に突っ込んでいるところに別の作業をしていたクリスが戻ってきた。
「それ、どうするですか?」
「捨てるからお前も手伝え、そこの袋を外のゴミ捨て場に持って行ってくれるか?」
いつもは指示されるとすぐに動くクリスが、なぜかその場からすぐには動かず俺の手元を見ている。
「どうした?」
「あの、それ」
クリスはなかなか先を言わず、躊躇うように俺の顔と手元を交互に視線を迷わしている。
「なんだよ?」
「それ、もらってはダメですか?」
それとは、この手に持ったバケットのことだろうか。
「コレ?」
クリスは大きな肩を縮めて、ウンウンと大げさに縦に首をふる。
「別にいいけど……、いや本当はダメだけどなんで?」
「実は、一昨日から水しか飲んでいないです」
「……はっ?」
耳を疑う言葉に、俺の身体はバケットを持ったまま動きが止まる。
クリスはさらにしゅんと小さくなって、まるでダンボール箱から通行人に拾ってくださいと訴える子犬のような目で訴えかける。
「なんで、お前金ないの?」
ちょうどタイミングよく、クリスの代わりに返事をするように彼の腹の虫が鳴く。
くうう、なんて子犬が鼻を鳴らしているような腹の音に不覚にも同情がこみ上げてきた。
うなだれる姿が本当に悲しそうな犬みたいで、柔らかそうなウェーブがかった金髪をゴールデンレトリバーの垂れた耳のように錯覚してしまう。
そんなクリスの姿を見て、なんだか急に昔公園で飼っていたしょぼくれた犬のことを思い出す。その犬とクリスでは似ても似つかないけれど、今このタイミングで思い出すということは、俺は満足に世話もできずに死なせてしまったナナに対して自分が思っている以上に罪の意識を持っているのかもしれない。
「……おい」
しゅんと下を向いていたクリスが、窺うように顔を上げる。
「エサやるから、お前今からうちに来い」
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