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王子様の話

出会い直し

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「山川……」

街でタヌキを見つける度に買ってしまう。

決めていた通りカフェの専門学校に通い。
家と学校を往復するだけの日々……誰かと遊びに出掛けるのすら煩わしくて……最近の楽しみは陶器市などへ行ってタヌキを探す位。

今日は骨董市へ行った帰り道。

何気なく寄った書店でタヌキの絵本を探していると……少し離れた場所、子供が散らして帰った絵本を店員さんが整えに来た。

「いらっしゃいませ」

探し物の邪魔にならないぐらいの「いらっしゃいませ」に思わず涙が出そうになる。

目の前に……山川がいる。

声を掛けようとして……止めた。

今の俺は腕から大量のタヌキが透けているビニール袋を下げて、タヌキの絵本を見て涙している不審人物だ。

ここで働いている事は分かった。
また出直そう。

俺の毎日に活力が戻った。
世界が明るく見える。

向かいのカフェで山川が出て来るのを待って後をつけた。

けしてストーカーではない。

山川は真っ直ぐ家に戻った。

ここが山川の家……。
築50年はたっているんじゃないかと思う様なボロボロのアパート………こんなところに住んでいて防犯は大丈夫か?誰かに襲われてしまうんじゃ……。

そう……心配なだけ……けっしてストーカーではない。

ーーーーーー

自分の部屋に帰り、考えるのは山川の事ばかり。

やっぱりあんなところに住んでいるのは危ないよな。
学生の頃より痩せた気がする……ちゃんと食べているのかな?

何とかしてこの家に連れて来れないかな……。
彼との生活まで想像して幸せいっぱいな気持ちで眠りについた。

ーーーーーー

……ついに、心配過ぎて引っ越して来てしまった。

声を掛け様として俺の事なんて覚えてないだろう……何と声を掛けたものかと悩んでいるうちに山川は行ってしまう。

そんな日が続いていく。

卒業式のあの日、後悔をした筈なのに……俺はまた同じ様な日を繰り返す。


山川の家の先のカフェが求人を出しているのを見つけて飛び付いた。

「都居くんは手際が良いなぁ……卒業後はうちで正社員として働かないかい?」

小さい頃から料理研究家の母に仕込まれてますから。
バイトの俺があまりでしゃばるのもどうかと思ったが、俺の案で良かったものはメニューに取り入れてくれる気の良い店長。

「ありがとうございます。でも卒業後の就職先はもう決まっているんです」

「残念。都居くん目当てのお客さんも多いんだけどな……客が減っちゃうなぁ」

「はは……そんな事無いでしょう」

電話番号を渡された事は何度もあるが全て丁重にお断りしている。
山川の前に堂々と立てる自分になりたい。

「いらっしゃいませ」

カランと来客を告げるベルがなり条件反射で入り口に目を向けると……居心地悪そうに入ってきたのは……山川?

こんなに家に近いのに山川は一度も顔を見せた事は無かった。

洒落た店内は山川に取って落ち着かないようでいつもは駅前にある割安なコーヒーショップに行っている。

いきなり降って湧いた幸運に俺は店長の手を握った。

「店長!!俺の命運が掛かってるんです!!あの客、俺に担当させて下さい!!」

「お……おう。お客さんも少ないし、他に迷惑が掛からない様なら……」

俺の剣幕に店長は引き気味だったが、OKは貰えた。

「ありがとうございます!!」

真面目に働いて来て良かった!!

注文を取りに行っても、コーヒーを運んでも山川は何の反応もない……と言うか、こちらを全く見ない。

側を通る度に山川が机に広げていた紙をちらりと盗み見ると、敷金礼金無しとでかでかと謳い文句の書いてある賃貸情報。

引っ越すのか?
アパートは?

アパートを追い出されて、俺のマンションに来てくれたら良いなぁ……とか想像した事もあるが……本当に追い出された?

昨日、一昨日とバイトが休みで、今日は学校の授業が押して山川のアパートの前を通らずに近道を通った……その間に何があった?

知りたい……知りたいけど……山川の行動圏内に勝手に入り込んでいたことがばれたら気味悪がられるかもしれない。

逃げられてしまうかも……でも、このままいても山川は何処かへ消えてしまう可能性がある。

あんな思いはもうしたくない……。

また、次に出会える確証もない。
神様がくれたチャンスを棒にふっては駄目だ。

テーブルの上に突っ伏した山川にドキドキしながら近付く……偶然を装おって……なるべく自然に……。

「あれ……?山川?」

声は上擦って無かっただろうか?
もしもの時、傷付かない様に俺を見る山川の反応をすでに何パターンも想定してきた。無視されたって大丈夫……なはず。

「…………都居くん」

俺の声に慌てて顔を上げた山川の口から紡がれた……俺の名前。

俺の名前を知ってくれていた。
俺の事を覚えていてくれた。
一度も会話したこと無いのに……。

嬉しくて嬉しくて……昇天しそうだった。

「俺の名前、知っててくれたんだ。嬉しいなぁ」

「有名人だったから……都居くんここで働いていたんだね、知らなかった」

薄く笑みを浮かべながらも拡げた賃貸情報を片付け始めた。

有名人……どうせ女遊びが激しいとかそういう事だろう。

事実だからしょうがないが……1つだけ弁解するなら、自分から誘った事は無い。欲しいと思ったのは山川だけ。

……逃がさない。


「もう帰っちゃうの?折角なんだしゆっくりしていってよ」

「いや……コーヒー一杯でそんなに長居出来ないし……」

「じゃあ、もう一杯飲んで行って?奢るし」

キョロキョロと山川の視線がさ迷った。

知ってる。こう言うの苦手だもんね。
でも……苦手でも断りきれない事だって知ってる。

「ラテアートの練習中でさ。練習台になって?」

培った営業スマイルで「お願い」と押し通すと。
「うぅ……ご馳走になります……」

やったっ!!何とか繋げられた。

ーーーーーー

俺のラテアートに感動してはしゃぐ山川。
初めて間近で見る笑顔に心が暖かくなる。

可愛いと絶賛してくれた……当たり前でしょ。

だって俺のラテアートのイラストは心に焼き付いている山川の作品をイメージしてるんだから……君の世界のものだから。

遠くから見守る。
飲み方が分からずに悪戦苦闘している姿も可愛いなぁ……口許に泡がついて恥ずかしそうに拭ってる。
眼福とはこう言う事だろうか。

そうこうしてるうちに閉店の時間が近づいて、レジヘ向かった山川を追いかける。

「美味しかったし、ちゃんと払うよ。2杯分ちゃんと打ってね」

「奢るって言ったでしょ」

まだ繋がってない……このまま帰すわけにはいかない。
レジを打ち込みながらどうしようか考えた。

「もうあがりだから、店の前で待ってて……約束ね」
強引に約束を押し付ける。
コーヒー一杯とはいえ、奢った俺との一方的な約束を、きっと山川は律儀に守るはず。

店長にワガママを言って閉店後の後片付けはそこそこに上がらせて貰った。

イラスト専攻の担任が一対一なら、それなりに話せると言っていたが、確かに結構話をしてくれたと思う。

もう少し邪険にされると思っていたけれど、戸惑いながらも返事を返してくれた。

俺の人生をかけた最初で最後の戦いだ。
山川……絶対勝ち取って見せるからね。
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