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ご主人様編1-2
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部屋の外に出るなり、フレイクスの体を凍らせた……が、流石は灼熱の戦闘鬼。すぐに氷は燃える炎で溶かされた。
「お前!!いきなり何しやがる!!もう少し兄を敬え!!」
「煩い黙れ……いいか……女神はまだ混乱しているだけだ……決してお前に服従を誓った訳じゃない」
騒ぐ喉を掴み、ジワジワと凍らせていく。
「ぐっ……面倒くさい病んだ嫉妬をしてんじゃねぇ……よ……」
俺の手を掴み返したフレイクスの手が炎を上げた。
ーーーーーー
「お止めなさい!!坊っちゃま!!」
屋敷を壊す勢いの壮絶な兄弟喧嘩はヒョーイの一喝で止められた。
無属性の魔法を使うヒョーイは無機質な物体限定で『状態変化』を使える。ヒュンヒュンと形を取り戻していく花瓶や壁を見ながら、これが人体にも使えたら……などと意味の無い事を考える。
「ケンカの原因は……」
ヒョーイに睨まれて2人で顔を見合わせた。
「「こいつが悪い……」」
溜め息を吐いたヒョーイに一発づつ頭を殴られた。
教育係として幼い頃から側にいて、父の意向で体罰OKな教育を受けていた俺達は未だにヒョーイに頭が上がらない。火花をバチバチさせながらもフレイクスと仲直りの握手をさせられた。
「フレイクスと親父が何と言おうが俺は女神以外と結婚する気はない」
「女神女神ってあの子供は男……あっ!!お前……そう言う事か……」
フレイクスに指を指され、その指を払い落とす。
そう……あの子の容姿はまるで……この世に降り立った女神。
「『闇の女神 オスクキュリア』か……お前……そんな一途だったんだな……」
ーーーーーー
幼い頃、二つ上のフレイクスが士官学校へ入学する前、俺もどうせ入るのだからと見学に連れて行かれた。そこで俺は運命の出会いをはたした。
学校内にある礼拝堂……そこに祭られていた2体の女神像。
この世界の理を司る姉妹神。『光の女神 シュトラリア』『闇の女神 オスクキュリア』喜びに満ちたシュトラリアと憂いを帯びた微笑みを浮かべるオスクキュリア。幼心に俺はオスクキュリアのその寂しげな微笑みに恋に落ちてしまった。
その像を持って帰る、それが無理なら今すぐ学校に入学すると我が儘を言い続け、親父の裏の力を存分に使い、俺は特例として二年早く、フレイクスと共に士官学校へ入学した。
何かと目を付けられる事も多かったが、幸いな事に魔力にも体力にも恵まれていたので表立って向かって来る者はいなかったし、時間があれば礼拝堂へ入り浸っていた。静かな礼拝堂……オスクキュリアにただひたすらに祈りを捧げていた、あの日々は俺にとって最高の日々だった。留年したくてわざと試験等をサボっていたのに……父が手を回して順調に卒業をしてしまった。
ならば教育者として学校へ入り込もうとしたのだが、何故か青の騎士団の隊長になってしまっていた。こうしている間にも、俺ではない誰かがあのオスクキュリアを見つめているかと思うと……。
こうなれば騎士団の団長である父を越え、その権力であの学校を物にしてあの礼拝堂を俺、専用にするしか無いと企てていたのだが……まさかの女神との出会い。心は雷に打たれ、目の前は薔薇色に染まった。
「はぁぁ~『冷血の氷獣』がねぇ……」
オスクキュリアにしか興味が無かった為つけられた、意味不明な二つ名をフレイクスに呼ばれる。俺は別に冷血でも冷静沈着でも何でも無い。いまだって現れた女神の存在に高揚している。
「そうだ……お前とこんな事してる場合じゃなかった」
女神を一人、部屋に残したままだ。言葉の通じない見知らぬ場所で不安に思っている事だろう。早く戻ってあげなければ……いそいそと部屋に戻りかけた俺にヒョーイが食事の用意ができていると告げた。そうだな女神もお腹をすかせているかも知れない。
部屋に戻ると、不安そうな瞳で女神はずっと俺の様子を見ている。やっぱり不安にさせてしまっていた。ビクビクした様子にキュウゥゥッと胸が締め付けられた。
「お腹は空いてないか?」
お腹を押さえながら聞いてみると、女神も自分のお腹を押さえ少し考えて首を横に振ったが、可愛らしくお腹が鳴って女神は顔を紅潮させた。女神、可愛すぎる。叫んでしまいたい。
食事にしようと手を差し伸べるとふらつきながら女神は自力で立ち上がる。俺の手を取ってくれて良いのに、俺に頼ってくれない女神の体を無理やり抱き上げる。無理をして欲しいなんて思わないし、他の誰か……フレイクスを頼られるのも嫌だ。
「△△△!?△△△△!!△△△」
いきなり抱き上げた事で驚かせてしまった。
腕を突っぱねて俺の手から抜け出そうと暴れる体を抱きしめて自分の胸に押し付ける。落ちると危ないし、俺は君に危害を与えないと教えるように背中をさすった。暴れるのを止めて俺を仰ぎ見るあどけない瞳に目尻が下がってしまう。
俺の体に凭れるようにして預けられた体の軽さに再び悔恨の念が湧いてきた。どうしてもっと早く見つけてあげられなかったのか。悔やんでも仕方の無い事とはいえ……細い体を抱き締めた。
食堂に着いて女神を椅子に下ろすと、その横に俺も腰を下ろした。ヒョーイに目配せを送ると食事が運ばれてきた。料理長には俺の嫁になる人だから腕によりをかけてくれと伝えてある。日常より豪華な料理。俺と料理を交互に見る女神。手をつけていいものか悩んでいるようだ。
これは……今が夢を叶える時。
俺は肉を切り分けフォークで刺すと女神の口許へ運んだ。
「遠慮しないで?」
口を開けて……と教えるように自分の口を開けて見せた。肉を睨んで悩んでいた女神だったが、パクリと肉を食べてくれた。
味付けはどうか?調理法は?女神の好みもわからぬ中、ドキドキと、咀嚼する女神の反応を待った。食堂と厨房の間で料理長もハラハラと女神の様子を伺っている。
肉を飲み込んだ女神は……幸せそうに微笑んでくれて……その笑顔をもっと見せて欲しいと次々に料理を取り分けては女神の口へ運ぶ。小さな口をいっぱいに開けて食べる姿は小鳥の雛の様で心の中に温かい物が満ちていく。
ただぼんやりと流されて生きてきて、この世界で一番愛する人は固い石。これから先も同じ様に特に感動もなく生きていくのだろうと思っていた。
……突然舞い降りた、こんな小さな子供に俺はこんなにも心を揺さぶられている。それが全然嫌じゃない。寧ろもっと俺を振り回して欲しい。
次第に女神の食の進みが遅くなる。そろそろお腹が膨れてきたか?まだ少ししか食べてないのに……女神はニコッと笑顔を見せた後……俺の視界から消えた。
傾いた体は椅子から落ちて、床へ蹲ったまま女神は胃の内容物を全て吐き出した。
毒……?
「どういう事だ!?ヒョーイ!!料理長を呼べ!」
側に立っていたヒョーイに怒鳴ると、声に気付いて顔を出した料理長の顔から血の気が引く。配膳をしていたメイド達も慌て始める。
誰だ……誰かが毒を……。
怒りに魔力が不安定になり、周りの壁やらが凍りつきはじめる。
「落ち着けリオルキース……」
騒ぎに気付いたフレイクスがやってきて俺の肩を叩いた。
「フレイクス様!!」
料理長やメイド達が縋る様な目でフレイクスに注目する。
「落ち着いていられるか!俺の女神が!!」
「冷静になれ……その子供を殺そうとした奴がいるとすれば……お前だ」
「……俺?」
フレイクスの瞳には冗談の色は見えない。
「俺が……この子を殺す?」
「その子供はずっとまともな食事を取ってなかったんだろ?そこにこんな重い料理を詰め込まれれば胃が驚いて拒絶反応を起こすさ」
……考えてみれば当たり前の事……。
俺は料理長達にこの子の体調を伝えていなかったし、早く元気になって欲しいのと笑顔になって欲しい気持ちだけでこの子の変化にも気付かずに無理させすぎた。
「……疑って……すまなかった」
誰に……ともなくそう吐き出すと、床に倒れたまま不安そうに動向を見守っていた女神の体に手を伸ばした。
「△△△……△△△。△△△△△△」
手で拒絶されたがその体をゆっくりと抱き込んだ……。
「ごめんなさい……嫌わないで」
拒絶されたくない、嫌われたくない……真摯に願う。
言葉は伝わらない。こうして抱きしめて……俺の思いが女神に伝わっていけば良いのに。
女神の手が俺の服をしがみつくようにギュッと掴んだ。
顔色は幾分回復してきている。全て吐き出して楽になったのだろうか?しかし今日はもう休ませた方が良いだろう。汚れを落とさないと……風呂は平気だろうか?チラリとフレイクスを伺った。
「浴槽に浸からず体をサッと流すぐらいなら平気だろ?」
大分、自分の行動に自信が持てなくなってきた。フレイクスの返事を聞いて、俺は女神を抱き上げると風呂場へ移動した。
移動の間、ずっと不安そうに服にしがみついてきている小さな手。先程の事で嫌われては無いだろうか?怖がられては無いだろうか?女神の不安そうな表情に俺の不安も掻き立てられた。
風呂場に着くなり女神の瞳はキラキラと輝いた。よほど風呂が好きなのか……ガルージア家、自慢の広い風呂に感動しているのか……。
……あ。
嬉しそうな女神の様子に失念していたが、体調の悪いこの子を一人で風呂に行かせるのは…危険。
だが俺と一緒に入るのも……危険。しかし他のヤツに女神の裸体を見せるなんて……。
悶々と悩む俺を他所に女神はそわそわと風呂場の中を覗いている。
吐瀉物の匂い……商人達に連れられていた間、風呂に入れるとは思えない。悩んでいる場合ではない。早く綺麗にしてあげなければ。使命感に燃えた俺は欲望に打ち勝った……いや、女神の服を脱がせ、その肩に残る焼き印の痕に負けた。
穏やかとは違うが、この子を守らなければという敬虔な心持ちで女神の体を磨き上げた。
お湯を含み、しっとりとした肌が手に吸い付いて来る……むくむくと悪戯心が湧いて来るが、焼き印を見る度に心が沈む。そんな馬鹿な事を繰り返しているうちに女神が浴槽に入ろうとしていたので慌てて止めた。
「すまない……浴槽に浸かるのは体調が良くなってからにしよう」
ううぅ……そんな切なそうな顔で見ないでくれ……これも君の為なんだ。
「△△△△△。△△△△△」
頭を下げて、しょんぼりと脱衣場へ向かおうとするのを慌てて追いかけタオルでくるんだ。
タオルで濡れた髪を拭いていると、女神が俺をじっと見ながら微笑んだ。
「△△△、△△……△△△。△△△△」
その柔らかな声音と慈愛に満ちた笑顔に心が安まる。
「君を奴隷になんてさせないよ、必ずその傷を消す方法を見つけてみせるから……」
にこにこと微笑む女神の肩口に残る火傷の痕が痛々しくて……俺はそっと視線を外した。
「お前!!いきなり何しやがる!!もう少し兄を敬え!!」
「煩い黙れ……いいか……女神はまだ混乱しているだけだ……決してお前に服従を誓った訳じゃない」
騒ぐ喉を掴み、ジワジワと凍らせていく。
「ぐっ……面倒くさい病んだ嫉妬をしてんじゃねぇ……よ……」
俺の手を掴み返したフレイクスの手が炎を上げた。
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「お止めなさい!!坊っちゃま!!」
屋敷を壊す勢いの壮絶な兄弟喧嘩はヒョーイの一喝で止められた。
無属性の魔法を使うヒョーイは無機質な物体限定で『状態変化』を使える。ヒュンヒュンと形を取り戻していく花瓶や壁を見ながら、これが人体にも使えたら……などと意味の無い事を考える。
「ケンカの原因は……」
ヒョーイに睨まれて2人で顔を見合わせた。
「「こいつが悪い……」」
溜め息を吐いたヒョーイに一発づつ頭を殴られた。
教育係として幼い頃から側にいて、父の意向で体罰OKな教育を受けていた俺達は未だにヒョーイに頭が上がらない。火花をバチバチさせながらもフレイクスと仲直りの握手をさせられた。
「フレイクスと親父が何と言おうが俺は女神以外と結婚する気はない」
「女神女神ってあの子供は男……あっ!!お前……そう言う事か……」
フレイクスに指を指され、その指を払い落とす。
そう……あの子の容姿はまるで……この世に降り立った女神。
「『闇の女神 オスクキュリア』か……お前……そんな一途だったんだな……」
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幼い頃、二つ上のフレイクスが士官学校へ入学する前、俺もどうせ入るのだからと見学に連れて行かれた。そこで俺は運命の出会いをはたした。
学校内にある礼拝堂……そこに祭られていた2体の女神像。
この世界の理を司る姉妹神。『光の女神 シュトラリア』『闇の女神 オスクキュリア』喜びに満ちたシュトラリアと憂いを帯びた微笑みを浮かべるオスクキュリア。幼心に俺はオスクキュリアのその寂しげな微笑みに恋に落ちてしまった。
その像を持って帰る、それが無理なら今すぐ学校に入学すると我が儘を言い続け、親父の裏の力を存分に使い、俺は特例として二年早く、フレイクスと共に士官学校へ入学した。
何かと目を付けられる事も多かったが、幸いな事に魔力にも体力にも恵まれていたので表立って向かって来る者はいなかったし、時間があれば礼拝堂へ入り浸っていた。静かな礼拝堂……オスクキュリアにただひたすらに祈りを捧げていた、あの日々は俺にとって最高の日々だった。留年したくてわざと試験等をサボっていたのに……父が手を回して順調に卒業をしてしまった。
ならば教育者として学校へ入り込もうとしたのだが、何故か青の騎士団の隊長になってしまっていた。こうしている間にも、俺ではない誰かがあのオスクキュリアを見つめているかと思うと……。
こうなれば騎士団の団長である父を越え、その権力であの学校を物にしてあの礼拝堂を俺、専用にするしか無いと企てていたのだが……まさかの女神との出会い。心は雷に打たれ、目の前は薔薇色に染まった。
「はぁぁ~『冷血の氷獣』がねぇ……」
オスクキュリアにしか興味が無かった為つけられた、意味不明な二つ名をフレイクスに呼ばれる。俺は別に冷血でも冷静沈着でも何でも無い。いまだって現れた女神の存在に高揚している。
「そうだ……お前とこんな事してる場合じゃなかった」
女神を一人、部屋に残したままだ。言葉の通じない見知らぬ場所で不安に思っている事だろう。早く戻ってあげなければ……いそいそと部屋に戻りかけた俺にヒョーイが食事の用意ができていると告げた。そうだな女神もお腹をすかせているかも知れない。
部屋に戻ると、不安そうな瞳で女神はずっと俺の様子を見ている。やっぱり不安にさせてしまっていた。ビクビクした様子にキュウゥゥッと胸が締め付けられた。
「お腹は空いてないか?」
お腹を押さえながら聞いてみると、女神も自分のお腹を押さえ少し考えて首を横に振ったが、可愛らしくお腹が鳴って女神は顔を紅潮させた。女神、可愛すぎる。叫んでしまいたい。
食事にしようと手を差し伸べるとふらつきながら女神は自力で立ち上がる。俺の手を取ってくれて良いのに、俺に頼ってくれない女神の体を無理やり抱き上げる。無理をして欲しいなんて思わないし、他の誰か……フレイクスを頼られるのも嫌だ。
「△△△!?△△△△!!△△△」
いきなり抱き上げた事で驚かせてしまった。
腕を突っぱねて俺の手から抜け出そうと暴れる体を抱きしめて自分の胸に押し付ける。落ちると危ないし、俺は君に危害を与えないと教えるように背中をさすった。暴れるのを止めて俺を仰ぎ見るあどけない瞳に目尻が下がってしまう。
俺の体に凭れるようにして預けられた体の軽さに再び悔恨の念が湧いてきた。どうしてもっと早く見つけてあげられなかったのか。悔やんでも仕方の無い事とはいえ……細い体を抱き締めた。
食堂に着いて女神を椅子に下ろすと、その横に俺も腰を下ろした。ヒョーイに目配せを送ると食事が運ばれてきた。料理長には俺の嫁になる人だから腕によりをかけてくれと伝えてある。日常より豪華な料理。俺と料理を交互に見る女神。手をつけていいものか悩んでいるようだ。
これは……今が夢を叶える時。
俺は肉を切り分けフォークで刺すと女神の口許へ運んだ。
「遠慮しないで?」
口を開けて……と教えるように自分の口を開けて見せた。肉を睨んで悩んでいた女神だったが、パクリと肉を食べてくれた。
味付けはどうか?調理法は?女神の好みもわからぬ中、ドキドキと、咀嚼する女神の反応を待った。食堂と厨房の間で料理長もハラハラと女神の様子を伺っている。
肉を飲み込んだ女神は……幸せそうに微笑んでくれて……その笑顔をもっと見せて欲しいと次々に料理を取り分けては女神の口へ運ぶ。小さな口をいっぱいに開けて食べる姿は小鳥の雛の様で心の中に温かい物が満ちていく。
ただぼんやりと流されて生きてきて、この世界で一番愛する人は固い石。これから先も同じ様に特に感動もなく生きていくのだろうと思っていた。
……突然舞い降りた、こんな小さな子供に俺はこんなにも心を揺さぶられている。それが全然嫌じゃない。寧ろもっと俺を振り回して欲しい。
次第に女神の食の進みが遅くなる。そろそろお腹が膨れてきたか?まだ少ししか食べてないのに……女神はニコッと笑顔を見せた後……俺の視界から消えた。
傾いた体は椅子から落ちて、床へ蹲ったまま女神は胃の内容物を全て吐き出した。
毒……?
「どういう事だ!?ヒョーイ!!料理長を呼べ!」
側に立っていたヒョーイに怒鳴ると、声に気付いて顔を出した料理長の顔から血の気が引く。配膳をしていたメイド達も慌て始める。
誰だ……誰かが毒を……。
怒りに魔力が不安定になり、周りの壁やらが凍りつきはじめる。
「落ち着けリオルキース……」
騒ぎに気付いたフレイクスがやってきて俺の肩を叩いた。
「フレイクス様!!」
料理長やメイド達が縋る様な目でフレイクスに注目する。
「落ち着いていられるか!俺の女神が!!」
「冷静になれ……その子供を殺そうとした奴がいるとすれば……お前だ」
「……俺?」
フレイクスの瞳には冗談の色は見えない。
「俺が……この子を殺す?」
「その子供はずっとまともな食事を取ってなかったんだろ?そこにこんな重い料理を詰め込まれれば胃が驚いて拒絶反応を起こすさ」
……考えてみれば当たり前の事……。
俺は料理長達にこの子の体調を伝えていなかったし、早く元気になって欲しいのと笑顔になって欲しい気持ちだけでこの子の変化にも気付かずに無理させすぎた。
「……疑って……すまなかった」
誰に……ともなくそう吐き出すと、床に倒れたまま不安そうに動向を見守っていた女神の体に手を伸ばした。
「△△△……△△△。△△△△△△」
手で拒絶されたがその体をゆっくりと抱き込んだ……。
「ごめんなさい……嫌わないで」
拒絶されたくない、嫌われたくない……真摯に願う。
言葉は伝わらない。こうして抱きしめて……俺の思いが女神に伝わっていけば良いのに。
女神の手が俺の服をしがみつくようにギュッと掴んだ。
顔色は幾分回復してきている。全て吐き出して楽になったのだろうか?しかし今日はもう休ませた方が良いだろう。汚れを落とさないと……風呂は平気だろうか?チラリとフレイクスを伺った。
「浴槽に浸からず体をサッと流すぐらいなら平気だろ?」
大分、自分の行動に自信が持てなくなってきた。フレイクスの返事を聞いて、俺は女神を抱き上げると風呂場へ移動した。
移動の間、ずっと不安そうに服にしがみついてきている小さな手。先程の事で嫌われては無いだろうか?怖がられては無いだろうか?女神の不安そうな表情に俺の不安も掻き立てられた。
風呂場に着くなり女神の瞳はキラキラと輝いた。よほど風呂が好きなのか……ガルージア家、自慢の広い風呂に感動しているのか……。
……あ。
嬉しそうな女神の様子に失念していたが、体調の悪いこの子を一人で風呂に行かせるのは…危険。
だが俺と一緒に入るのも……危険。しかし他のヤツに女神の裸体を見せるなんて……。
悶々と悩む俺を他所に女神はそわそわと風呂場の中を覗いている。
吐瀉物の匂い……商人達に連れられていた間、風呂に入れるとは思えない。悩んでいる場合ではない。早く綺麗にしてあげなければ。使命感に燃えた俺は欲望に打ち勝った……いや、女神の服を脱がせ、その肩に残る焼き印の痕に負けた。
穏やかとは違うが、この子を守らなければという敬虔な心持ちで女神の体を磨き上げた。
お湯を含み、しっとりとした肌が手に吸い付いて来る……むくむくと悪戯心が湧いて来るが、焼き印を見る度に心が沈む。そんな馬鹿な事を繰り返しているうちに女神が浴槽に入ろうとしていたので慌てて止めた。
「すまない……浴槽に浸かるのは体調が良くなってからにしよう」
ううぅ……そんな切なそうな顔で見ないでくれ……これも君の為なんだ。
「△△△△△。△△△△△」
頭を下げて、しょんぼりと脱衣場へ向かおうとするのを慌てて追いかけタオルでくるんだ。
タオルで濡れた髪を拭いていると、女神が俺をじっと見ながら微笑んだ。
「△△△、△△……△△△。△△△△」
その柔らかな声音と慈愛に満ちた笑顔に心が安まる。
「君を奴隷になんてさせないよ、必ずその傷を消す方法を見つけてみせるから……」
にこにこと微笑む女神の肩口に残る火傷の痕が痛々しくて……俺はそっと視線を外した。
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