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雨音に溶ける告白

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まだ外は暗い……けど目はすっかり冴えてしまった。

外から聞こえる音、この世界に来て何度目かの雨だ。
こんな時間に誰かが走っているのかバチャバチャと音が室内にまで響いてくる。

布団を頭から被ったけど……耳に残ってる。

そっと顔を覗かせて、ルノさんがまだ寝てるのを確認した。
部屋は狭くなってしまったけど、倉庫にしまわれていたベッドをお手製にして並べて置いてもらっている。
手を伸ばせば届く距離……だけど、その距離すら不安になる。

そっと布団を抜け出して、その距離を縮めた。

「眠れない?」

開かれた布団の中に体を滑り込ませる。
窓に近いルノさんのベッドの方が音は大きくなるけど、布団の中に籠もるルノさんの熱に包まれていると安心する。

このままもうひと眠りしたいところだけど、眠気は飛んでしまい、さりとてやる事もなくルノさんの心音に耳を傾けた。
雨の音と生きている音……。
自分の胸に手を当てると、少し早い鼓動が僅かに手に伝わってきた。

「シーナはちゃんと生きてるよ」
ルノさんの腕に抱き寄せられて、しっかりと二人の体が密着する。

「ルノさんまで起こしてしまって、すみません」

閉じられていた目はしっかりと開いて俺を見ていた。

「俺にとっては幸せな音なんだけどね……あの日からずっと鳴り響いていた音が消えて、はっきりと聞こえてきた初めての音だから」

俺とルノさんが出会った時、降っていた雨。

俺にとってはレッドヘッドベアの爪を、牙を思い出させる雨音。逃げても追いかけてくる水の跳ねる音。

「弱くてすみません」

「弱くなんてないよ。俺なんてずっと怯えて過ごしてた……あの日からシーナに出会うまでずっと……せっかく起きてるなら少し聞いてもらっても良いかな」

「俺が聞いても良いんですか?」

ルノさんの腕に力が少し籠もり、本当は話したくないんじゃないだろうか?

「こんな時間に話す内容ではないかもしれない。シーナは既に知っているかもしれないけど……シーナにはいつか自分の口から伝えたいと思っていた事があるんだ。良いかな……?」

「……はい」
軽い気持ちで聞いてはいけないと頭によぎったけれど、聞いておかなければという心が返事をした。

「ありがとう……14歳の時、士官学校に通っていたんだけど、俺は剣、魔法、学問……全て常に首位を取っていて調子に乗っていたんだと思う……親友の気持ちに全く気付いていなかった。競い合い、高め合う戦友だと思っていたけれど、相手はそうは思ってくれていなかった」

ルノさんはそんな時から優秀だったのか……それだけ優秀だと妬みも凄かっただろうと容易に想像が出来た。

「妬みは一緒に笑い合っていた時間にさえも大きく膨らみ……あいつを飲み込み、魔物化させた。魔物と化しても人間の時の記憶は多少残っているのか真っ先に俺の屋敷を襲撃してきた。父、母を殺され、せめて弟だけはと戦ったけど……いくら学校で良い成績を取っても実戦は違うと思い知らされた」

これ以上先を聞いて良いものか……ルノさんの服を掴んだ指が少し震えているのに気付いて自分の服を握り直した。

「学校でも上位だった者が魔物化して力を暴走させているのに……たかが学生が敵うわけなく、魔力は尽き、手足も動かせず、死を覚悟した。全て俺のせいだ。せめて俺を殺し満足して去って行ってくれという願いは虚しく、あいつは俺から離れ弟を噛み殺し……喰い始めた」

強く抱きしめられ、痛くて苦しいけど……震える体に離してとは言えない……今、離れちゃいけない。

「……やめてくれと叫ぶ俺の前で、見せつけるように甚振るようにゆっくりと……耳を塞ぐ事も自決する事も出来ず……弟が喰われる咀嚼音を延々と聞かされ続け……何が起きたのか、気が付いた時には俺は騎士団に助けられていた」

「ルノさん……」
少し緩んだ腕の隙間から腕を抜き出してルノさんの頬を包んだ。震える体ほど切羽詰まってはない顔に安堵した。

「弟は神様を信じてた。俺が神はこの世界を見捨てたんだと言っても毎日お祈りしていればまた戻って来てくれると言ってお祈りを欠かさなかった。皆が笑顔になれる日が戻ると信じていた。また俺と外で遊べる日を戻してくれると言って祈り続けていた弟を神は殺したんだ」

俺が『いただきます』を『お祈り』と言った時、食堂で神竜の像を見つけた時、一瞬だけどルノさんの顔が曇った様に見えたのは気の所為では無かったのか。

「神も魔物もこの世界も……全てを憎んだが、神は無理でも俺が魔物を全て殺して弟の願いを叶えてやろうと騎士団に入団して咀嚼音を掻き消す様に足掻きながら魔物を殺し、殺せば殺すほど人は俺から離れて行った……俺は自分が人間なのか魔物なのか、わからなくなった」

もう話さなくても良いと止める事も出来ず、ルノさんの話を頭にしっかりとしまい込んでいく。雨の音はもう気にならなくなってきた。今はルノさんの声しか聞こえない。

「警備隊へは隊長に『そんなに魔物を殺りたいならついて来い』と言われて志願したんだ。隊長は常に俺より強くあり続けてくれて、俺は隊長に支えられながら生きてきた。それでも鳴り止まなかった音が、あの雨の日に消えた。レッドヘッドベアに襲われるシーナが弟の姿に重なり、俺の魔力のせいで吐き出してしまうかもしれないけど、必死でヒール薬を飲ませ……目を開けたシーナが『お兄ちゃん』と呼んでくれて……咀嚼音がただの雨音に変わった」

俺が?呼んだ?呼んだっけ?
あの時は朦朧としていて申し訳ないくらいに記憶がない。

「良いんだ。俺にそう聞こえただけでも、救われたのには変わりはない。神を憎んでいた筈なのに……ああいう時は思ってしまうんだね『神様、ありがとう』って……」

ルノさんは甘える様に、俺の存在を確かめる様に顔を擦り付けてきた。その頬に俺も頬をくっつける

「違います。俺を助けてくれたのは神様じゃない。ルノさんです。貴方は魔物なんかじゃない。俺を助けて、俺を生かしてくれた……ルノさんがいれば俺も雨音なんて怖くない」

弱いところを見せあったみたい。
秘密を共有し合ったみたいな子どもっぽい連帯感。

「……俺は……俺の両親は生きています。ただ遠くて自力では戻れない場所……こことは違う世界にいます」

「こことは違う世界?」

わかんないよね。
俺だってよくわかってなくて、未だに物語を読んでいる様な、どこか客観的な観光的な……遠くから映画でも観ている感覚だ。

「俺の世界は魔法も魔物もいない世界です。人間同士の戦いや殺しもあるけど概ね平和でした。突拍子もない話ですけど、偶然神様に会ってその神様にこの世界に飛ばされたんです。あんな所に投げ出されて、神様を恨んだけど……助けてくれたのがルノさんで良かった。ルノさんに出会えて良かった」

口に出すと本当に嘘っぽい話だな。
でもルノさんが疑うなんて疑う気持ちは無い。ルノさんなら全てを信じて全てを受け入れてくれるという自信しかない。

「シーナ……こんなに幼いのにいきなり両親と引き離され知らない世界で一人きりで……怖かったよね」

「そんなに幼くないですよ。元いた世界では19歳だったんで……社会経験は浅いですし、まだまだ学生気分ですがそれなりです」

背中に回されていたルノさんの腕を掴み、手の平を手繰り寄せて指を絡めた。抱き締められているよりも、ぎゅっと繋いだ手がルノさんと繋がった感じがして……怖い物は無くなる。

「元の世界に戻るのは無理だろうと思いながらも、まだ心の何処かに戻れるんじゃないかって思いもあるんです。そうなった時に……俺は……俺は……」

あなたを置いていかなければいけなくなる。この手を離さなければいけない。
あなたの想いが強ければ強いほど、俺はそれが怖くなる。

「シーナ……泣かないで、君の枷になりたい訳じゃない。俺はもっと強くなるから……」

「弱いのは俺です。俺が弱いんです……」

あなたがどれだけ笑顔を向けてくれても、俺はあなたを想い泣いてしまうだろう。 

「君は強い。強いけど……優しすぎる良い子なだけだ」

「ルノさん……」

奪った熱は……あの雨の日感じたものと同じ、薄く開いて確認した目に映るものも同じ。
ただ違うのは、胸の中に満ちているものが絶望や恐怖ではなく安心感と幸福感。

二人の声の無くなった部屋には雨音だけが響いた。

お互いのトラウマを克服出来たのかはわからないけど……今、この時は何も怖くなかった。
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