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身だしなみ

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今日も今日とて、街から聞こえる騒ぎ声で目が覚める。
この街の人間達はよくもまあ、毎朝早くからこんなに喧嘩が出来るもんだ。

ソファーから体を起こすと、すでにルノさんは起きていた。

「おはようございます」

昨日はソファー争奪戦の為にルノさんにジャンケンを教えて勝負した。ジャンケンなら俺でもルノさんと互角に戦えると思った俺の読みどおり、見事勝利してソファーで眠る権利を手に入れたのだ。

ベッド程の寝心地では無かったけれど、座面の奥行きのあるソファーはいまの俺には十分だった。

「おはようシーナ」

振り返った寝起きのルノさんは初めて見るけど髭が伸びてる。髪の毛青だと髭も青いんだね。
イケメンは無精髭を伸ばしてもイケメンで良いなぁ。
隊長や他の隊員達はみんな髭を伸ばしているけど、ルノさんは綺麗に剃ってあるから髭の伸びたルノさん新鮮。
俺の体は子どもの体になっているので面倒な髭の手入れをしなくても伸びてこないからその点は楽で良い。

布団を畳んでベッドの端に乗せた。
今日からは朝食も俺の仕事だから早く厨房へ向かわないと……。

寝間着から着替えようとして、何気なくルノさん向けた目を見開いた。

「ルノさん!?何やってるんですか!?」
驚いて駆け寄ろうとして止められた。

「何って髭の手入れだよ。危ないから今は近づかないで」

「危ないってわかってて!!この街の人はみんなそんな髭の手入れの仕方なんですか!?」

指先に小さな炎を作り出したルノさんは平然と髭をその炎で燃やしていく。
何やってんの!?何やってんの、この人!!
皮膚まで焼けちゃってんじゃん!!
頭がおかしいとしか思えない!!

呆気に取られる俺の目の前で、ルノさんは何事もない様にテーブルの小瓶を持ち上げ緑色の液体を飲み干すと、焼け爛れた肌が煙を上げながら修復していく。

ーーーーーー

「……て、事があったんですけどね?この街の髭剃りヤバくないですか?これ常識なんですか?」

スープのお代わりに来た隊長に声を潜めて、今朝の出来事を訴えた。

「なんだお前ら別々に寝てたのか。仲良く同じベッドで寝てるもんだと思ってたぞ」

「話の重点はそこじゃない!!髭の処理の仕方がおかしいって話です!!」

肉をもっと入れろというわがままは無視してカウンターから皿を突き返した。

「俺も成長したら自分で顔を焼いてヒール薬で回復させるとか……あんなクレイジーな髭の手入れしなきゃならないの?そうなったら俺も隊長達みたいに髭伸ばそうかな……」

「安心しろあいつぐらいだ、刃物より炎の方が使い慣れてるんだろ?炎使いが炎を怖がってちゃ務まらねぇしな」

なるほどね、使い慣れてる物が1番……って、使用用途が全然違う!!なるほどねってならないよ!!

「あいつ髭は不衛生だとかなんとか煩ぇんだ。王都にいりゃあ軍お抱えの理容師もいたが……この街で刃物持った他人に首はさすがの俺でも差し出せねぇなぁ」

良かった……ルノさんが異常なだけだった。
隊長や皆が髭も髪も伸ばしっぱなしなのに理由があったのか。
ただの無精髭かと思った……伸びすぎたら流石に自分で適当に切るけれど面倒らしい。やっぱりただの無精だった。


「邪魔なら自分で剃ったら良いじゃ無いですか。剣の扱いには慣れているんでしょう?」

「俺の剣は斬るっつうか叩き潰すのに特化してるからな、細かいのは苦手なんだよ。ルノの剣も削ぐより突くだし、あいつは元々剣より魔法だしな」
ケラケラ笑いながら隊長は席に戻っていった。

幾ら普段使っている剣と違うにしても他にやりようがあるだろうに……。
剣と剃刀は確かに違うだろうけど、だからって燃やすなんて大雑把過ぎる。
いや、大雑把という言葉ではおさまらない。

包丁を手に取って見るが……野菜の皮は剥けるけどこれも髭を剃るのには向かないだろうなぁ。

流石にシェーバーなんて便利な物はないだろうけど、もうちょっと小型で刃の薄い物……後でルノさんのガラクタコレクションを漁ってみようかな。

賑やかな朝の食堂……俺の視線はルノさんの顎に釘付けだった。

ーーーーーー

何箱もある使えない武器のストックを探してみたけれど良さそうな物は見当たらなかった。

「何をしてんだ、お前は?」

いつから見られていたのか隊長が部屋の入り口に立っていた。
今日はルノさんは外回りに出ているので何かあったら隊長にと言われている。

「髭剃りに使えそうな物が無いかと思って……毎朝顔を焼く姿を見せられるのは流石にちょっと……」

「そういう事か。武器を漁ってるから暗殺でも企んでいるのかと思ったぞ」

こんな使えない武器を手に入れた所で隊長達に敵うわけ無いじゃん。分かってるくせに。

「あ~どうかな……倉庫に何か良さそうなもんあったかなあ?」
隊長は背中を見せると倉庫の方へ廊下を進んで行った。

倉庫は色々詰め込んでるから危ないと注意されてるけど、隊長と一緒なら覗くぐらい許されるかも……隊長の後を追い掛けて空いた扉の中を覗くと、言っていた通り雑多に物が天井まで積まれている。
いつ雪崩を起こしてもおかしくない中で、隊長は大きな体でゴソゴソと荷物をひっくり返していた。

隊長が平気なら俺ぐらい入って平気じゃないかと思ったけど、隊長が気にも止めていないだけで結構上から物が落ちてきている。勝手に入るのは止めておいた方がいいな。

大きなベッドやテーブル。ここにある殆どの壊れている物は隊員達の扱いが乱暴だからとルノさんが嘆いていたっけ。
俺の『お手製』スキルがレベルアップしたら宝の山になりそうな気がした。

「ああ、あったあった。開いて見ろ」
投げて寄越されたのは折りたたみ式の小さなナイフ。

「薬草を採取したり、小さめの魔獣を捌くのに使ってたんだが調査に出る事はもう無いししまい込んでたやつだ。大分錆びついちまったが、お前ならあの雑巾でなんとか使える様になるんじゃねぇか?」

魔獣を捌くと聞いて落としそうになったが、このサイズはなかなか良い。

「もうちょっと調べてみないと何とも言えないけど、ありがとうございます」

鑑定してみたが今の俺の『お手製』レベルでは、まだ『お手製可』では無かった。

ナイフから目線を上げると隊長の意外に真面目な視線とぶつかる。

「ふ~ん……まあ好きに使え」
隊長は手を軽く上げて階段を降りていった。
俺のスキルを確認しようとしてたのかな……別にもう教えても良いけど、隊長とかちょっと煩そうだし黙っておけるうちは黙ってよう。
ふざけている様に見えて隊長の目は時々鋭いから注意しないとな、と反省しながらルノさんの部屋に戻った。


「ようは『お手製可』になるまで『お手製』しまくってレベルを上げれば良いんだよな」

目標が決まれば動くのは簡単。
鑑定でお手製出来そうな物を探し回った。

結果、お手製出来たのは服と簡易のテーブル。クローゼットに掛かっていたルノさんの服を全て『お手製』に変えるとレベルが3に上がった。
『お手製の服……汚れを寄せ付けない。ラビホンの噛みつき程度の攻撃なら防御可能』
ルノさんが気づかない事を祈ろう。

小型ナイフを改めて鑑定すると『お手製可』の文字が追加された。この為に服を全部お手製にしたんだし、早速小型ナイフをお手製しようと握りしめた。

神様お願いします!! 髭剃りにちょうど良い改造をよろしくお願いします。毎朝顔面炎上は心に良くないです……『お手製』!!

神様に祈りながらお手製にした小型ナイフを唾を飲み込んでから鑑定してみた。

「よっし!!神様ナイス!!」

『お手製折りたたみナイフ……細かな作業に向くナイフ。安全設計。どんなに適当に扱っても肌だけは切れてない』

肌が切れないナイフなんて刃物としてのアイデンティティは崩壊してしまったが、今まさに俺が欲しい仕上がりだった。

ーーーーーー

「……で?なんで俺なんだよ」

お風呂場に持ち込んだ椅子に上半身裸で座った隊長は不満そうに俺を睨んだ。

「だって聞いたら隊長は髭に誇りは無いって言ったじゃ無いですか……剃っちゃって良いでしょ?」

「だから!!ルノで試しゃ良いだろうが!!」
「万が一ルノさんの顔に傷なんて付けたらどうするんですか!!」
あの綺麗な顔に自分の手で傷を負わせるなんて恐ろしくて出来ない。エレーナさんとやらに恨まれちゃうよ。

「俺の顔は良いのかよ」
「隊長なら顔の傷は逆に箔が付いて似合うと思いますよ?」

シェービングの代わりは石鹸の泡で平気かな?

ムスッと厳つく顔を歪ませた隊長の顔に作った泡を乗せていく。先にあらかた鋏でカットしたけどゴワゴワと頑丈な髭にナイフを当てた。

行くぞ……。
一応自分の手の甲で本当に切れないか試しはした。自分のスキルを信じない訳じゃないけど人の顔を剃るって緊張する。

「おい……手が震えてんぞ……」
「大丈夫……きっと大丈夫です。信じる者は救われます……」

覚悟を決めて、肌に当てたナイフをゆっくり頬に添わせて滑らせるとつるんとした肌が顔を出した。
この頑固な髭がたった一撫でで剃り落とされたがその肌は全く傷ついていない。

「やったぁ!!隊長、成功です!!」
「刃物持って抱きつくんじゃねぇ!!危なっかしい小僧だな!!」

これでルノさんの髭剃りに革命が起こるよ!!

「……何をしているんですか?」

冷ややかな声が風呂場に響いた。
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