もう一つのtrue end..*

霜月

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第8話

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『互いに強くかれ合い、その一夜で心まで結び付けば、魔女がそれを辿たどって会いに来る――』

 魔女の存在がこちらの世界でそう言い伝えられているのだと聞いたのは、リビングのソファに並んで座り、シリルさんとゆっくり話をしていた時のことだった。







 あのあと私たちは、互いに服を着て、遅めの朝食をとるため浴室を後にした。

 向かったのはもちろんキッチンである。

 場所はやはり、寝室にあったもう一つのドアの先。シリルさんにドアを開けてもらえば、そこはダイニングキッチンとなっていた。
 寝室側の壁にシンクがあり、右を向けば大きめの窓とテーブルセット、左側は玄関スペースとなっていて、奥にはリビングスペースが広がっている。
 そして先ずはと、キッチンで料理をすることになった訳だが、まず私が驚いたのは『冷蔵庫』らしきものがあることだった。

 コンロやオーブンはなんとなく理解できたが、まさか冷蔵庫もあるとは思わなかった。
 現代日本のもののような洗練された見た目ではないこそすれ、開ければ中がちゃんと冷たくて。新鮮そうな野菜やハム・ソーセージ、卵、ミルクなど、パッと見た感じでは私も普通に食べられそうなものが入っていて驚いた。

 そしてシリルさんに伝えれば、嬉しそうに微笑まれた後、私はダイニングの椅子へと座らされてしまったのである。

 平日は食事を外で済ませてしまうことも多いのだというシリルさんは、休日に料理をするのが趣味だったりするのよと笑って。
 手伝いの申し出も、いいからいいからと笑顔で頭を撫でられて終わり、代わりに冷たいタオルを渡されて。私が目元を冷やしている間に、サラダとバゲットを用意してくれた。

 緑がきれいな葉物野菜に、赤いトマト、刻んだゆで卵に、アンチョビに、なんとツナまで入ったサラダは目にも鮮やかでボリューミー。シリルさんはワインを開けつつ、私はハーブティーをもらいつつ。二人で食事ができるだけでも幸せだったのに、食べ終わったあとは食器まで片付けてもらい、紅茶までいれてもらったのだった。







「――ってことは、じゃあやっぱり、あなたはとは違う世界から来たってことでいいのね?」

 食事の後にリビングへと移ったところで、テーブルの上のワインをグラスへ注ぎ、一口飲んでからシリルさんがそう言った。

「はい。……たぶん、ですけど」

 私も用意してもらったハーブティーを一口飲んでからそう答える。

 ちなみにではあるが、思いつく限りの自己紹介は食事の時に終えている。私からは、本名が『小鳥遊たかなし玲奈れな』であることや、年齢は24であること。あとは、家族のことや、一人暮らしをしていたことなどは話し済みである。
 そしてシリルさんからも、『シリル・ヴェルマンドワ』という本名や、年齢が27であること、このアパルトマンに住んで二年程になることなどを話してもらった後だ。

 今は、シリルさんに聞かれるまま日本について説明したあと、ゲームのことも含め、ざっくりとシリルさんと出会うまでの流れを話していたところである。

「……やっぱりそうなの……」

 二人掛けのソファに並んで座り話をしていれば、シリルさんがグラスに口を付けながら思案げにそう呟いた。

「うん。それなら、やっぱりウチで暮らすしかないわね。帰る方法も分からない訳だし」

「…………」

「まあ、最初は色々と不便かもしれないけど、できるだけ早く必要なものも揃えるようにするから」

「……本当、ご迷惑をおかけしてすみません」

「あら、やだ、何を謝るのよ。ワタシは元々そのつもりだったんだから。気にしないで?」

「っ、はい、ありがとうございます……」

 申し訳ない気持ちを残しつつお礼を言って頭を下げれば、シリルさんがワイン片手に頭を撫でてくれる。顔を上げると優しく微笑むシリルさんと目が合って。先ほどから感じていることではあるが、シリルさんは少々、警戒心が薄いというか、人に甘すぎるのではないかと心配になった。

(……それにしても、シリルさん、私が異世界から来たって言ってもそんなに驚かないな?)

 再びワインを飲み始めたシリルさんを横目に、自分もカップへ口をつければ、ふと、そんな疑問が頭をよぎる。

 まあ、シリルさんは一度私が消えるのを目の前で見ているわけだから、これも今更といえば今更なのだが。だとしても、やけにすんなり信じてくれるものだと不思議に感じたのである。

 そして、ハーブティーを一口飲むと同時。
 思い出したのがその存在だった。

(そういえば、私みたいな女性が他にもいるみたいな感じの話を、最初の時に聞いたような……)

 そう、たしか、黒髪を持つ女性が『魔女』と呼ばれているという話をシリルさんから聞いた気がする。

(突然現れたり、突然消えたりみたいなことも言ってたし。異国の肌をしてるみたいなことも言ってた気が……? だとしたら、魔女、イコール、異世界人だっていうのは最初から分かってたってこと……? え。てことは、そんな話が出回るくらいこっちに来てる人が多いってことなのかな……?)

 思考を巡らせつつ、紅茶の最後の一口を飲み干す。
 すると、カップを持つ手を下ろしたタイミングで視線を感じた。

 横を向けば、私をうかがう様子で首を傾げるシリルさんと目が合う。
 
 私が問いかける前に、シリルさんが口を開いた。

「……レナ? どうかした?」

「え?」

「いえ、急に黙り込んじゃったから。眉間にしわも寄っちゃってるし。……何か気になることでもあった?」

 シリルさんが自身の眉間に指差しながら聞いてくる。

「え、あっ、えーっと、気になるっていうか。『魔女』の話って、もうちょっと聞いてもいいのかなって……。その、私みたいな存在は『魔女』って呼ばれてるって、シリルさん、前におっしゃってましたよね?」

 私が質問を返せば、シリルさんが理解したというようにうなずいた。

「ああ、そのことね。……ええ、そうよ。他国ではまた違うらしいけど、この国では、主に『眩惑げんわくの魔女』と呼ばれているわね」

「眩惑の魔女、ですか。……え、というか、待ってください。もしかして、今、他国って……?」

「ええ、言ったわよ。んー、それについては、ワタシもまだ調べてる途中なんだけど。……そうねぇ……、何から話せばいいかしら……」

 シリルさんがそう呟きながらグラスをテーブルへ置き、逡巡しゅんじゅんするように髪をき上げる。

「あのね、貴女たちが魔女と呼ばれるは髪色にあるんだけど。先ずはそこから話をしていきましょうか……」

 そんな言葉を聞きながら自然と伸びてきた手に身を任せれば、優しく肩を抱き寄せられて。
 私の頭へキスを一つ落としたあと、ゆっくりとした口調でシリルさんが語り始めたのはこんな話だった――。


 ――この世界は、古来より色彩にあふれていたとう。

 まずは白。
 そして、赤、黄、緑、青。茶に紫、金に銀。

 それらは自然の草花や生き物だけでなく、この地に住まう人々にも与えられ、遠い昔から継ぎて紡いできたのだと云われている。

「……色は神からのギフトだって云われていてね。個性を表すものであり、血統の証でもあると云われているの。だから、この国では、自分の髪や肌、瞳の色に誇りを持ち、大事に継いでいきましょうって考えが根付いているわ。でも、ただ不思議なことにね、純粋な『黒』だけは、私たちには与えられていないのよ。……この色を持つ子は生まれないと云われるし、何をしても、私たちの髪や瞳は黒には染まらないの」

 ――それは、神のみにゆるされた色が故か。はたまた、神がゆるしていない色が故か。

「だからね、黒は神の色とも、逆に、魔の色とも云われているの。それに、事実、黒い色をした鉱石や草花には不思議な力が宿っていてね。草花であれば万能薬の原料になるし、黒い羽や毛の色をもつ鳥や動物は、総じてかなり高い知能を持つと云われてる。鉱石でいうなら、あなたが驚いていた『冷蔵庫』も、マジレと呼ばれる黒い鉱石の力で動いているわ」

 ――今や、色そのものが価値を持つと云われている『黒』。人がこの色を持つことはできないというのは、古くから研究され、もう証明の域に入っている。

「……それなのに、一方で、その研究をくつがえすような存在の噂もまた、この世界にはあるの」

 再び頭へキスが落とされて、シリルさんの指先が私の髪をさらりと撫でる。

「あ、もしかして、それが……?」

「ふふっ。……そう。それが、『眩惑の魔女』。あなたみたいな美しい黒髪を持つ女性の噂よ」

 私が顔を上げれば、シリルさんは私の目を見つめ、微笑みながらそう言った。

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