10 / 15
第8話
しおりを挟む『互いに強く惹かれ合い、その一夜で心まで結び付けば、魔女がそれを辿って会いに来る――』
私の存在がこちらの世界でそう言い伝えられているのだと聞いたのは、リビングのソファに並んで座り、シリルさんとゆっくり話をしていた時のことだった。
*
あのあと私たちは、互いに服を着て、遅めの朝食をとるため浴室を後にした。
向かったのはもちろんキッチンである。
場所はやはり、寝室にあったもう一つのドアの先。シリルさんにドアを開けてもらえば、そこはダイニングキッチンとなっていた。
寝室側の壁にシンクがあり、右を向けば大きめの窓とテーブルセット、左側は玄関スペースとなっていて、奥にはリビングスペースが広がっている。
そして先ずはと、キッチンで料理をすることになった訳だが、まず私が驚いたのは『冷蔵庫』らしきものがあることだった。
コンロやオーブンはなんとなく理解できたが、まさか冷蔵庫もあるとは思わなかった。
現代日本のもののような洗練された見た目ではないこそすれ、開ければ中がちゃんと冷たくて。新鮮そうな野菜やハム・ソーセージ、卵、ミルクなど、パッと見た感じでは私も普通に食べられそうなものが入っていて驚いた。
そしてシリルさんに伝えれば、嬉しそうに微笑まれた後、私はダイニングの椅子へと座らされてしまったのである。
平日は食事を外で済ませてしまうことも多いのだというシリルさんは、休日に料理をするのが趣味だったりするのよと笑って。
手伝いの申し出も、いいからいいからと笑顔で頭を撫でられて終わり、代わりに冷たいタオルを渡されて。私が目元を冷やしている間に、サラダとバゲットを用意してくれた。
緑がきれいな葉物野菜に、赤いトマト、刻んだゆで卵に、アンチョビに、なんとツナまで入ったサラダは目にも鮮やかでボリューミー。シリルさんはワインを開けつつ、私はハーブティーをもらいつつ。二人で食事ができるだけでも幸せだったのに、食べ終わったあとは食器まで片付けてもらい、紅茶までいれてもらったのだった。
*
「――ってことは、じゃあやっぱり、あなたはこことは違う世界から来たってことでいいのね?」
食事の後にリビングへと移ったところで、テーブルの上のワインをグラスへ注ぎ、一口飲んでからシリルさんがそう言った。
「はい。……たぶん、ですけど」
私も用意してもらったハーブティーを一口飲んでからそう答える。
ちなみにではあるが、思いつく限りの自己紹介は食事の時に終えている。私からは、本名が『小鳥遊玲奈』であることや、年齢は24であること。あとは、家族のことや、一人暮らしをしていたことなどは話し済みである。
そしてシリルさんからも、『シリル・ヴェルマンドワ』という本名や、年齢が27であること、このアパルトマンに住んで二年程になることなどを話してもらった後だ。
今は、シリルさんに聞かれるまま日本について説明したあと、ゲームのことも含め、ざっくりとシリルさんと出会うまでの流れを話していたところである。
「……やっぱりそうなの……」
二人掛けのソファに並んで座り話をしていれば、シリルさんがグラスに口を付けながら思案げにそう呟いた。
「うん。それなら、やっぱりウチで暮らすしかないわね。帰る方法も分からない訳だし」
「…………」
「まあ、最初は色々と不便かもしれないけど、できるだけ早く必要なものも揃えるようにするから」
「……本当、ご迷惑をおかけしてすみません」
「あら、やだ、何を謝るのよ。ワタシは元々そのつもりだったんだから。気にしないで?」
「っ、はい、ありがとうございます……」
申し訳ない気持ちを残しつつお礼を言って頭を下げれば、シリルさんがワイン片手に頭を撫でてくれる。顔を上げると優しく微笑むシリルさんと目が合って。先ほどから感じていることではあるが、シリルさんは少々、警戒心が薄いというか、人に甘すぎるのではないかと心配になった。
(……それにしても、シリルさん、私が異世界から来たって言ってもそんなに驚かないな?)
再びワインを飲み始めたシリルさんを横目に、自分もカップへ口をつければ、ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
まあ、シリルさんは一度私が消えるのを目の前で見ているわけだから、これも今更といえば今更なのだが。だとしても、やけにすんなり信じてくれるものだと不思議に感じたのである。
そして、ハーブティーを一口飲むと同時。
思い出したのがその存在だった。
(そういえば、私みたいな女性が他にもいるみたいな感じの話を、最初の時に聞いたような……)
そう、たしか、黒髪を持つ女性が『魔女』と呼ばれているという話をシリルさんから聞いた気がする。
(突然現れたり、突然消えたりみたいなことも言ってたし。異国の肌をしてるみたいなことも言ってた気が……? だとしたら、私、イコール、異世界人だっていうのは最初から分かってたってこと……? え。てことは、そんな話が出回るくらいこっちに来てる人が多いってことなのかな……?)
思考を巡らせつつ、紅茶の最後の一口を飲み干す。
すると、カップを持つ手を下ろしたタイミングで視線を感じた。
横を向けば、私を窺う様子で首を傾げるシリルさんと目が合う。
私が問いかける前に、シリルさんが口を開いた。
「……レナ? どうかした?」
「え?」
「いえ、急に黙り込んじゃったから。眉間に皺も寄っちゃってるし。……何か気になることでもあった?」
シリルさんが自身の眉間に指差しながら聞いてくる。
「え、あっ、えーっと、気になるっていうか。『魔女』の話って、もうちょっと聞いてもいいのかなって……。その、私みたいな存在は『魔女』って呼ばれてるって、シリルさん、前におっしゃってましたよね?」
私が質問を返せば、シリルさんが理解したというように頷いた。
「ああ、そのことね。……ええ、そうよ。他国ではまた違うらしいけど、この国では、主に『眩惑の魔女』と呼ばれているわね」
「眩惑の魔女、ですか。……え、というか、待ってください。もしかして、今、他国って……?」
「ええ、言ったわよ。んー、それについては、ワタシもまだ調べてる途中なんだけど。……そうねぇ……、何から話せばいいかしら……」
シリルさんがそう呟きながらグラスをテーブルへ置き、逡巡するように髪を掻き上げる。
「あのね、貴女たちが魔女と呼ばれるは髪色にあるんだけど。先ずはそこから話をしていきましょうか……」
そんな言葉を聞きながら自然と伸びてきた手に身を任せれば、優しく肩を抱き寄せられて。
私の頭へキスを一つ落としたあと、ゆっくりとした口調でシリルさんが語り始めたのはこんな話だった――。
――この世界は、古来より色彩に溢れていたと云う。
まずは白。
そして、赤、黄、緑、青。茶に紫、金に銀。
それらは自然の草花や生き物だけでなく、この地に住まう人々にも与えられ、遠い昔から継ぎて紡いできたのだと云われている。
「……色は神からのギフトだって云われていてね。個性を表すものであり、血統の証でもあると云われているの。だから、この国では、自分の髪や肌、瞳の色に誇りを持ち、大事に継いでいきましょうって考えが根付いているわ。でも、ただ不思議なことにね、純粋な『黒』だけは、私たちには与えられていないのよ。……この色を持つ子は生まれないと云われるし、何をしても、私たちの髪や瞳は黒には染まらないの」
――それは、神のみに赦された色が故か。はたまた、神が赦していない色が故か。
「だからね、黒は神の色とも、逆に、魔の色とも云われているの。それに、事実、黒い色をした鉱石や草花には不思議な力が宿っていてね。草花であれば万能薬の原料になるし、黒い羽や毛の色をもつ鳥や動物は、総じてかなり高い知能を持つと云われてる。鉱石でいうなら、あなたが驚いていた『冷蔵庫』も、マジレと呼ばれる黒い鉱石の力で動いているわ」
――今や、色そのものが価値を持つと云われている『黒』。人がこの色を持つことはできないというのは、古くから研究され、もう証明の域に入っている。
「……それなのに、一方で、その研究を覆すような存在の噂もまた、この世界にはあるの」
再び頭へキスが落とされて、シリルさんの指先が私の髪をさらりと撫でる。
「あ、もしかして、それが……?」
「ふふっ。……そう。それが、『眩惑の魔女』。あなたみたいな美しい黒髪を持つ女性の噂よ」
私が顔を上げれば、シリルさんは私の目を見つめ、微笑みながらそう言った。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【本編・改稿版】来世でも一緒に
霜月
恋愛
「お父様にはお母様がいて、後継には弟がいる。後は私が素敵な殿方をゲットすれば万事おっけー! 親孝行にもなる!!」
そう豪語し、その為に血の滲むような努力をしてきたとあるご令嬢が、無愛想で女嫌いと噂される王弟・大公に溺愛される話。
◆8月20日〜、改稿版の再掲を開始します。ストーリーに大きな変化はありませんが、全体的に加筆・修正をしています。
◆あくまで中世ヨーロッパ『風』であり、フィクションであることを踏まえた上でお読みください。
◆R15設定は保険です。
本編に本番シーンは出て来ませんが、ちょいエロぐらいは書けている…はず。
※R18なお話は、本編終了後に番外編として上げていきますので、よろしくお願いします。
【お礼と謝罪】
色々とありまして、どうしても一からやり直したくなりました。相変わらずダメダメ作家で申し訳ありません。
見捨てないでいてくださる皆様の存在が本当に励みです。
本当にすみません。そして、本当にありがとうございます。
これからまた頑張っていきますので、どうかよろしくお願い致します。
m(_ _)m
霜月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる