5 / 7
第3話
しおりを挟む季節は実りの秋だ。
この時期になると王国中の都市で収穫祭が行われる。
特に王都のそれは盛大で、露店街以外の各街道にも多くの露店が並び、各広場ではあちこちから集まった旅芸人達が芸を披露し、行商人がテントを張る。王宮の庭も開放され、他国からの観光客が多く集まり、朝から晩まで賑わいをみせるのだ。
明るい内もあちこちが賑わいを見せそれはそれで楽しいのだが、日が落ちるとまた雰囲気が変わる。カラフルなランタンが街中で灯され、幻想的に王都の夜を彩るのだ。
いつもならば半夜の鐘と同時に閉まる学園の門も、お祭りのある数日は日跨ぎの鐘の音が鳴り終わるまで開いていて。学生たち、特に寮生たちは、ここぞとばかりに恋人と夜のデートを楽しむのだった。
「――はい、ミラ」
「ありがと」
「ん? どうした?」
席に戻ってきたディオンが私の前に紅茶を置く。その顔をじっと見ていれば、ディオンが首を傾げた。
「ううん。……結局、今年も誰からの誘いも受けなかったなって思ってただけ」
「ああ、祭りの? 別に、毎年俺が一緒に行ってんだからいいじゃん」
「そうだけど……」
その収穫祭も、二日後にまで迫っていた。
変な話、私にはずっと想っている人がいる。それに、ディオンが毎年付き合ってくれるのだ。他の誰かから誘われなくともボッチの寂しい思いをすることはない。
ただ、それでも、こう、何というか。私も年頃の乙女として、誰かから誘われるドキドキを体験してみたいものだなと、ほんのちょっぴり思ってしまうのである。
(まぁ、現実は……、)
私がただそう思っているだけで、お誘いの『お』の字の気配もないのだが……。
(でも、私が誘われないのは、きっとディオンのせいでもある筈だわ)
温かい紅茶に口を付けながら、私は内心で不満を零す。
もちろん。
お祭りのお誘いかどうかは別として、たまにではあるが、私だって他の男子学生から話しかけられることもある。だがそれすらも、ディオンがいるといつの間にか、ディオンとその男子学生とで盛り上がっていて、結局何だったのか分からないまま話が終わるのだ。
「ふぅ……」
喉奥を流れていく紅茶の熱さを感じながら私はもう何度目かのタメ息を吐く。視線を上げれば、対面には、優雅ともいえる仕草でコーヒーを飲むディオン。
その金色の髪は、陽の光を浴びて更に輝きを増していた。
白い制服のジャケットは前のボタンが全て外され、濃紺のネクタイは首元が緩められている。中のシャツも上のボタンが外され、その襟元からは首筋が覗いていた。
スラッとした長い首に、浮き出た喉仏。そのアンバランスさが妙にセクシーで、嫌味なくらいカッコイイ。これで性格は明るく気さくだというのだから、女子だけでなく男子からも人気があるのは当然のことだろう。
ディオン曰く、「悪い虫が付かないようにしてるだけじゃん。お前くらいの立場になるとナイト役が必要なの、分かるでしょ?」や、「お前のお兄様方から言われてんだから仕方ないんだよ」とのことだが。
私が男子学生が話しかけられると、本当に、何処からともなくディオンは必ず現れるのである。
そんなこんなで過ごしていれば、私にディオン以外の特別親しい男友達ができる訳がなく。一緒に夜のお祭りに繰り出すどころか、その、誘われるかもしれないドキドキすら、毛の先程もないという状態だった。
(ま。私は私で、ディオンを独り占めしてるって思われてるんでしょうけどねっ)
不本意ながら、ディオンから独り占めされていると言ってもいい状態の私ではあるが、裏を返せば、私もまたディオンを独り占めしている状態なのだろう。先ほど断られた女子生徒かは知らないが、周りからの注視に混ざるチクチクとした視線が痛い。
(……モテるのに。カノジョは作らない気かしら)
私もディオンも貴族の家出身だ。まぁ、互いの両親が恋愛結婚をしているためその可能性は低いかもしれないが、それでも、いつ政略的な婚姻が命ぜられるか分からない身である。
この話をするとどこか呆れた目で睨まれるため、ディオンの前ではもう滅多にこのテの話は振らないが。ある程度の自由が許された学園生活も残り一年半。ディオンが一緒にいてくれるのは嬉しいけれど、自身の青春を謳歌する気はないのだろうかと不思議だった。
(私も人の事は言えないけれど……)
紅茶のカップをソーサーへと戻し、私はテーブルに置いていた手紙に触れる。
そう、学生らしい青春を謳歌していないのは私も同じ。
――あの人に追い付くには、ただただ時間が足りなくて。
今でこそ多少の余裕は持てるようになったが、他人に割く余裕も持てないまま過ごしてしまったこれまでの学生生活。
あの人が行ってしまうと聞いた時のように、泣いて駄々をこねるような年ではもうない。しかし、もし本当にディオンに彼女ができたなら。
(やっぱり、それはそれで寂しいかもしれないわね……)
私はちょっぴりそう思ってしまうのだった。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
氷獄の中の狂愛─弟の執愛に囚われた姉─
イセヤ レキ
恋愛
※この作品は、R18作品です、ご注意下さい※
箸休め作品です。
がっつり救いのない近親相姦ものとなります。
(双子弟✕姉)
※メリバ、近親相姦、汚喘ぎ、♡喘ぎ、監禁、凌辱、眠姦、ヤンデレ(マジで病んでる)、といったキーワードが苦手な方はUターン下さい。
※何でもこい&エロはファンタジーを合言葉に読める方向けの作品となります。
※淫語バリバリの頭のおかしいヒーローに嫌悪感がある方も先に進まないで下さい。
注意事項を全てクリアした強者な読者様のみ、お進み下さい。
溺愛/執着/狂愛/凌辱/眠姦/調教/敬語責め
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。
安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる