いつか愛にかわれば

霜月

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第3話

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 季節は実りの秋だ。
 この時期になると王国中の都市で収穫祭が行われる。

 特に王都のそれは盛大で、露店街以外の各街道にも多くの露店が並び、各広場ではあちこちから集まった旅芸人達が芸を披露し、行商人がテントを張る。王宮の庭も開放され、他国からの観光客が多く集まり、朝から晩まで賑わいをみせるのだ。

 明るい内もあちこちが賑わいを見せそれはそれで楽しいのだが、日が落ちるとまた雰囲気が変わる。カラフルなランタンが街中で灯され、幻想的に王都の夜を彩るのだ。
 いつもならば半夜はんやの鐘と同時に閉まる学園の門も、お祭りのある数日は日跨ひまたぎの鐘の音が鳴り終わるまで開いていて。学生たち、特に寮生たちは、ここぞとばかりに恋人と夜のデートを楽しむのだった。

 
「――はい、ミラ」

「ありがと」

「ん? どうした?」

 席に戻ってきたディオンが私の前に紅茶を置く。その顔をじっと見ていれば、ディオンが首を傾げた。

「ううん。……結局、今年も誰からの誘いも受けなかったなって思ってただけ」

「ああ、祭りの? 別に、毎年俺が一緒に行ってんだからいいじゃん」

「そうだけど……」

 その収穫祭も、二日後にまで迫っていた。

 変な話、私にはずっと想っている人がいる。それに、ディオンが毎年付き合ってくれるのだ。他の誰かから誘われなくともボッチの寂しい思いをすることはない。
 ただ、それでも、こう、何というか。私も年頃の乙女として、誰かから誘われるドキドキを体験してみたいものだなと、ほんのちょっぴり思ってしまうのである。

(まぁ、現実は……、)

 私がただそう思っているだけで、お誘いの『お』の字の気配もないのだが……。

(でも、私が誘われないのは、きっとディオンのせいでもある筈だわ)

 温かい紅茶に口を付けながら、私は内心で不満を零す。

 もちろん。
 お祭りのお誘いかどうかは別として、たまにではあるが、私だって他の男子学生から話しかけられることもある。だがそれすらも、ディオンがいるといつの間にか、ディオンとその男子学生とで盛り上がっていて、結局何だったのか分からないまま話が終わるのだ。

「ふぅ……」

 喉奥を流れていく紅茶の熱さを感じながら私はもう何度目かのタメ息を吐く。視線を上げれば、対面には、優雅ともいえる仕草でコーヒーを飲むディオン。

 その金色の髪は、陽の光を浴びて更に輝きを増していた。

 白い制服のジャケットは前のボタンが全て外され、濃紺のネクタイは首元が緩められている。中のシャツも上のボタンが外され、その襟元からは首筋が覗いていた。
 スラッとした長い首に、浮き出た喉仏。そのアンバランスさが妙にセクシーで、嫌味なくらいカッコイイ。これで性格は明るく気さくだというのだから、女子だけでなく男子からも人気があるのは当然のことだろう。

 ディオン曰く、「悪い虫が付かないようにしてるだけじゃん。お前くらいの立場になるとナイト役が必要なの、分かるでしょ?」や、「お前のお兄様方から言われてんだから仕方ないんだよ」とのことだが。
 私が男子学生が話しかけられると、本当に、何処からともなくディオンは必ず現れるのである。

 そんなこんなで過ごしていれば、私にディオン以外の特別親しい男友達ができる訳がなく。一緒に夜のお祭りに繰り出すどころか、その、誘われるかもしれないドキドキすら、毛の先程もないという状態だった。
 
(ま。私は私で、ディオンを独り占めしてるって思われてるんでしょうけどねっ)

 不本意ながら、ディオンから独り占めされていると言ってもいい状態の私ではあるが、裏を返せば、私もまたディオンを独り占めしている状態なのだろう。先ほど断られた女子生徒かは知らないが、周りからの注視に混ざるチクチクとした視線が痛い。

(……モテるのに。カノジョは作らない気かしら)

 私もディオンも貴族の家出身だ。まぁ、互いの両親が恋愛結婚をしているためその可能性は低いかもしれないが、それでも、いつ政略的な婚姻が命ぜられるか分からない身である。

 この話をするとどこか呆れた目で睨まれるため、ディオンの前ではもう滅多にこのテの話は振らないが。ある程度の自由が許された学園生活も残り一年半。ディオンが一緒にいてくれるのは嬉しいけれど、自身の青春を謳歌おうかする気はないのだろうかと不思議だった。

(私も人の事は言えないけれど……)

 紅茶のカップをソーサーへと戻し、私はテーブルに置いていた手紙に触れる。

 そう、学生らしい青春を謳歌していないのは私も同じ。

 ――あの人に追い付くには、ただただ時間が足りなくて。

 今でこそ多少の余裕は持てるようになったが、他人に割く余裕も持てないまま過ごしてしまったこれまでの学生生活。

 あの人が行ってしまうと聞いた時のように、泣いて駄々をこねるような年ではもうない。しかし、もし本当にディオンに彼女ができたなら。

(やっぱり、それはそれで寂しいかもしれないわね……)

 私はちょっぴりそう思ってしまうのだった。
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