46 / 61
第44話
しおりを挟む「あ、ヤベ。この本の貸し出し今日までだ」
秋麗。
ブラインドの隙間から入ってくる日差しが心地よく、少しうとうとしていた午後のこと。
不意に聞こえた先輩の呟きに、私はハッと目を瞬かせた。
「あー……っと、ちょうどキリもいいし返しに行くかな。市川、俺、今から図書館行くけどどうする?」
「えーと、あ、私も借りたいのがあったんだった。一緒に行きます」
「じゃ、行くか。……眠気覚ましにもなるしな」
立ち上がろうとした格好のまま、ピシリと固まる。
「……気付いてたんですね」
「眠そうな市川も可愛いかったよ」
その言葉を受けて、一気に耳と頬に熱が集まっていく。
「声出す前に気付けてたら、ずっと見てたかも。失敗した」
ニヤリとした笑顔を浮かべつつ、そう言って先輩が私に手を差し出すので。私がその手を取りつつジト目で睨むと、「ごめんごめん」と笑いながら額にキスをされた。
*
「俺、これ返してくるから」
図書館に入ると、先輩が手に持っている本を少し掲げた。
「じゃあ、私は先に行ってますね」
「ああ。あ、何かあったらすぐ行くから。ちゃんと呼べよ?」
「ふふふ。はい、わかってます」
私が笑顔で答えると、いい子いい子と言わんばかりに頭をすこし撫でられた。
*
ポカポカとした秋の陽の光が天窓から降り注ぐ図書館。
その中を、本の背表紙たちを眺めながらゆっくりと歩く。
鼻腔には図書館独特のインクと紙の匂いが満ちていた。
(うーん……、ないなぁ……)
スマホを片手に、メモ画面を開きながら本を探す。
三冊借りようと思っていた本の内、すぐに二冊は見つけた。だが、あと一冊がなかなか見つからないのだ。
(……あ、あったあった!)
窓際の棚の一番上の段に、探していたタイトルの本を見つける。
(ちょっとこのままじゃ届かないか……)
そう思って辺りを見回すと、本棚の傍に手頃な踏み台を見つけた。
(これに乗れば……あ、あと……ちょっと……ッ?!! 「ひゃあぁ!!」
先に取っていた本を胸に抱え、スマホを持つ手で取ろうとしたのがいけなかったのだろう。
台の上に乗り背伸びをして、本を引き抜いたその瞬間。バランスを崩して後ろに倒れ込みそうになってしまった。
刹那、「市川!!」と叫ぶ智也先輩の声と、誰かに背中から抱きとめられた感触がして、その衝撃に思わず目を閉じる。そして恐る恐る目を開けると、私は男性の腕で抱き締められていた。
ゆっくりと後ろを振り仰ぐ。
智也先輩のグレーの瞳と目が合った。
「……コラ。何かあったらすぐに呼べって言った筈だろ?」
陽の光を後ろから浴びながら、怒ったような、困ったような、それでいてほんの少し愛しさが混じった何とも言えない顔をした智也先輩の、そのグレーの瞳があまりにも美しくて。
私はお礼を言うのも忘れて、ただただ見惚れた。
「……市川? 大丈夫か?」
智也先輩の声にハッとする。
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
「いや、いいんだけど。……ケガはない?」
「はい。おかげさまで大丈夫です。あ、先輩、眼鏡が……」
弾みで落ちたのだろう、床に智也先輩の眼鏡が落ちていた。
慌てて拾って、壊れたところがないか確かめる。
「良かった。壊れてないみたい」
そう言ってホッとしながら眼鏡を渡すと、先輩は眼鏡をかけた後に床に落ちていた本を拾い、私の顔を見て少し首を傾げた。
「さっきはどうかした? ……俺の顔、なんかついてる?」
「え? あ。いいえ、違うんです。……先輩の目、やっぱりすごく綺麗だなって見惚れちゃって」
先輩から本を受け取りながら、そう答える。
「あー。これな。……グレーダイヤだっけ」
「はい」
「『運命の人と巡り合う』ってやつ?」
「そうそう。あと『永遠の愛』とか『持ち主の願いにリンクして必要なパワーを与える』!」
「俺の目にそんなパワーがあったらいいなー」
「ふふふ。先輩の目、本当に綺麗だから、本物以上に効果があるかもしれませんよ」
「あーね」
私が笑顔で先輩の顔を見ていると、不意に、先輩がじっと私の顔を見てきた。
「……もっと見る?」
「……え?」
先輩がいつものようにふわりと私の腰に腕を回して少しかがみ、顔を近付けてくる。
(――キス、される?)
落ちてくる影に、近付く唇。
先輩のその様子に何故かそう思ってしまった私は、パブロフの犬よろしく、条件反射のように目を閉じてしまった。
でも、しばらく待っても先輩の唇は落ちてこなくて。
アレ? と思い目を開けると、いかにも笑いを堪えている風の智也先輩の顔が間近にあった。その口は、ふるふるしている。
「……ふっ、く……くく、っ。ふはっ」
え? と思った時には、とうとう顔を逸らされて笑われた。
「ご、ごめっ。はは。や、俺、目見る? って聞いたのに、市川が目を閉じるから、……くくっ。……けほっ。……あーー、もう、可愛いな」
(~~~ーーーっ!???)
何をしているのか、私は!
勝手にキスを期待して目を閉じるなんて、恥ずかしすぎる!
集まってくる熱に顔を隠したくなったが、本を抱えている上に先輩にホールドされてしまっていてできない。
「……もしかして、期待した?」
「ち、ちがっ」
「ちがうの?」
「…………」
「……市川?」
さらに先輩が追い討ちをかけてきて、もう涙目である。
「…………しました」
「……何を?」
「~~~……!! もうっ。先輩いじわるじゃないですか?!」
「うん」
そう素直に認めた先輩の顔は、目元を染めながらどこか嬉しそうに微笑んでいて。
「市川」
優しく名前を呼ばれれば、もう降参するしかなくて。
「……キスして、ください」
「……うん」
キスをねだってしまった。
そして。
智也先輩との優しいキスは、その後、近くに人が来るまで続いたのだった。
0
お気に入りに追加
1,368
あなたにおすすめの小説
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~
遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」
戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。
周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。
「……わかりました、旦那様」
反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。
その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。
【R18】身代わり魔女はその護衛騎士から逃げ切りたい
ほづみ
恋愛
魔女のカイエは期間限定で聖女の身代わりアルバイト中。完璧に変装したつもりなのに、聖女の護衛騎士アスターは早々にカイエの正体を見抜いて、いきなり求婚! どうやらカイエはアスターを助けたことがあり、アスターはずっと「魔女カイエ」を捜していたらしい。
逃げたい魔女VS魔女を逃がしたくないワンコ騎士のお話。いろいろふんわりファンタジーです。訳があって微エロ。細かいことは気にしないでください。なろうに掲載した短編のR18版。他サイトにも掲載しています。
【完結】夫の愛人達は幼妻からの寵愛を欲する
ユユ
恋愛
隣国の戦争に巻き込まれて従属国扱いになり、政略結婚を強いられた。
夫となる戦勝国の将軍は、妻を持たず夜伽の女を囲う男だった。
嫁いでみると 何故か愛人達は私の寵愛を欲しがるようになる。
* 作り話です
* R18は多少有り
* 掲載は 火・木・日曜日
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
推しのお兄さんにめちゃくちゃ執着されてたみたい
木村
恋愛
高校生の頃の推しだったお兄さんと、五年後に東京で再会する。言葉巧みにラブホテルに連れ込まれ、気が付いたら――? 優しい大人だと思っていた初恋の人が、手段選ばずやってくる話。じわじわ来る怖さと、でろでろの甘さをお楽しみください。
登場人物
雪平 優(ゆきひら ゆう)
ヒロイン
23歳 新社会人
女子高生の時にバイト先の喫茶店の常連男性を勝手に推していた。女子高生所以の暴走で盗撮やら録音やら勝手にしていたのだが、白樺にバレ、素直に謝罪。そこから公認となり、白樺と交流を深めていた。
白樺 寿人(しらかば ひさと)
ヒーロー
32歳 謎の仕事をしているハンサム。
通行人が振り返る程に美しく、オーラがある。高校生の雪平に迷惑な推され方をしたにも関わらず謝罪を受け入れた『優しい大人』。いつも着物を着ている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる