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第35話【Side 智也】

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 ガチャ。

「おー? 智也。まだいたのか」

 夜。
 研究室に残りレポートを書いていると、ドアが開き、涼が入ってきた。

「……涼か。ああ、レポートをちょっとな。もう終わる」

 その姿を見て一息吐き、そう答える。

「ははっ。オレで悪かったな。……万里ちゃんだと思った?」

「ッ、……」

 不意にその名前を出されて、ドキリとした。

「マジ? え、なになに、マジで?」

 涼が自分の席、つまり俺の隣に座り、ニヤニヤしながら俺を見てくる。その明らかに面白がっている様子が、なんとなくムカついた。

「万里ちゃんじゃないっしょ。今日はたしかカテキョのバイトが入ってるハズだし」

「……カテキョ?」

「そーそー。かてーきょーし。知らなかった?」

「夜はバイトに行ってるのは知ってたけど、何をしてるのかまでは……」

「あー、万里ちゃん、あんまり進んでは自分の事しゃべらないもんな。オレもこの前聞いたんだよ。今教えてる男の子が素直で可愛いってニコニコしながら話してくれてさ。……可愛かったなー」

 片肘かたひじをつき、俺に流し目を送りながら話をする涼。

 彼女を『万里ちゃん』と呼んでいることも、俺が知らない彼女の事を知っていることも、こいつが彼女のことを可愛いと言うことすらなんとなくかんさわり、俺はつい、そのニヤァっとした顔を睨んでしまった。

「ブハッ! マジか! 今まで全然女に興味がなかったお前が、図書館で万里ちゃんを助けたって聞いた時はまさかと思ったけど、……えー! マジかー!」

「……なんだよ」

「ハハハ! いや、なんでもねーわ。……でも、お前がねぇ? ま、確かに万里ちゃん良い子だし、可愛いもんな。原石ってゆーか、今の化粧っ気ない感じも可愛いけど、アレたぶん、ちゃんとオシャレしたらヤバそうだよな。智也が好きになるのも分かるわ」

「?? ……は?」

 地味にイライラしながらも話を聞いている途中、急に俺が彼女の事を好きだとか言われて頭の中にハテナが飛ぶ。

(何言ってんだコイツ)

 眉間に皺が寄った。
 確かに市川は可愛いと思うが、ただそれだけの筈だ。

「は? って、は?」

 その俺の様子を見て、今度は涼が信じられないと言いたげな顔をした。

「……え、ちょっと待って。お前、……自覚なし?」

「だから、なんの?」

 今度はアチャーと言いたげに片手で顔を覆い、タメ息を吐く。と思ったら、俺の肩をガシリと掴み、正面同士になるよう体ごと椅子を回してきた。

「ちょっと聞くけど、……万里ちゃんの事、可愛いと思うんだよな?」

「……思う。でも、それは一般的に見てもだろ? お前だってさっき可愛いって言ってたじゃないか」

「そうだけどそうじゃなくて! ……あー、じゃあ、良い子だなとは? 思う?」

「思うよ。まだ二年の夏なのに研究室の見学して、手伝いして、地味な作業も嫌な顔しないでちゃんとしてくれてさ。俺が頼むやつもニコニコしながら引き受けてくれて、……良い子っていうか、偉いなって、俺も見習わなきゃなって思う」

「ほうほう。うーんと、そうだな……。あ、昼間。昼間は一緒にいるんだろ?」

「まぁ、一緒になることは、多い」

「その時、なんかこうドキドキしたりとかしねーの?」

「ドキドキ……?」

「ふとした仕草にドキッとしたり、髪からイイ匂いがしてドキドキしたりとかだよ。ねーの?」

「……お前キモいぞ」

「うるせぇ! わかってるわ! で?! ねーの?!」

「…………ある」

 長い髪をいつも結んでいる彼女が、たまに髪を下ろしているのを見ると、雰囲気が変わってドキッとするし、俺が机に向かって作業してる時に横に立たれて話しかけられると、彼女から甘い香りがしてドキドキする。

「あるんじゃねーかよ。てか、カテキョしてんの知らなかったって。お前ら、昼間何話してんの?」

「特には何も」

「え、まさかの無言? 居心地悪くねーの?」

「……別に?」

 むしろ、ただ彼女がいるというだけでホッとする気がする。
 無言は特に気にならないし、彼女も気にしているそぶりは、……多分ない。

「へぇー? うーんと、じゃあ、彼女が来ないとソワソワして気になったりとかは?」

「…………」

「……するんだな。……で? それなのにまだ、彼女に惚れてないとおっしゃる?」

 涼が疑わしげな顔で俺に指をさしてきた。

「……分からない」

「はぁあ?! まだそんなこと言うのか?! 可愛いと思う女の子と日中ドキドキの二人きりで、その子が来ない時はソワソワするんだろ? しかもさっきの様子じゃ、オレがあの子を『万里ちゃん』って呼ぶのも気に入らねーんだろ。それ何て言うか知ってるか? 嫉妬だよ! 嫉妬! このクソにぶちん野郎が! 童貞か? 童貞だな?!」

「うるせーよ! それは関係ねーだろ?! ほっとけよ!!」

「あーもーわかったわかった。じゃ、この際だから聞いてやるよ。なぁ、なんでお前、図書館で万里ちゃんを助けたんだ? 今まで女になんて興味なくて、そんな場面にあっても見向きもしなかっただろうが」

「……たまたまだよ」

「たまたま?」

「そう。たまたま。あの日、久しぶりにお前と売店行っただろ? その時彼女がいたんだ」

「は? マジ? 知らんかった。……え、で?」

「レジで並んでる時に後ろにいて、……俺を睨んでた。すぐにらされたけど」

「……なんで?」

「知るか。でも、気になるじゃん? だから覚えてたんだよ」

 気まずそうに、ちょっと恥ずかしそうに。耳を赤くして目を逸らし続ける彼女が可笑おかしくて、ちょっと可愛かった。

「その後すぐに図書館で見かけて、本取ろうとして頑張っててさ。……なんとなく助けた」

「ほぉ~ん? なるほどな。そんな事があったわけねぇ~。ほぉぉ~ん。じゃ、これもついでだから聞いてやんよ!」

「なんだよ」

「お前、なんで、髪切った?」

「髪?」

「そうだよ。髪だよ。今まで目ぇ出すの嫌がってたじゃん」

「……邪魔だったから」

「はぁ~? 今更すぎんだろ。本気で言ってんのか?」

「……夏だから」

「ウソつけ! 去年の夏は長いままだったじゃねーかよ!」

「……しゅ、就活が、あるから?」

「そーれーだーけぇぇー??」

「あーもーうるせーな!! そうだよ! 彼女に言われたからだよ! 目が綺麗だって! 私はその色好きですって! それで! ……ちょっと、……今までは、ただ俺が気にしすぎてただけだったのかもなって。そう、思ったんだよ」

「自信になったんだな」

「……ああ」

 思えば本当に些細ささいな一言だったけれど。
 あの心から言っているのがよく分かる彼女の様子と言葉が、自分の胸にすんなり入ってきたのだ。

 彼女が好きだと言うなら、この目の色も悪くないと素直に思った。

「ハァ……。なんか、俺、ダセェ……」

「ハハハ! いやー、そんなもんじゃね? ……青春だねぇ~」

 俺が頭を抱えて項垂うなだれると、涼はそう言って腕を組み、ウンウンと頷いた。

「オッサンかよ」

「うるせぇよ。……で? それ言われた時、抱き締めたくなっちゃったりした?」

「……した。その後なんか、照れたように顔赤くなって。……あれはヤバかった……」

 自分の顔も赤くなりそうになり、思わず口に手を当てる。

「……確定だな。ようこそ!! 恋する男同盟へ!!! 歓迎する!!」

「……なんだよそれ。入んねーぞ」

「そんなこと言うなって!! まぁオレの話も聞いてくれよ! って、あれだな! 酒飲もうぜ!! 教授の部屋酒置いてなかったかなー?!」

 そう言いながらバタバタと教授の部屋へ入って行く涼の後ろ姿を見ながら、今夜はたぶん帰れないな……。と、思ったのだった。
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