37 / 61
第35話【Side 智也】
しおりを挟むガチャ。
「おー? 智也。まだいたのか」
夜。
研究室に残りレポートを書いていると、ドアが開き、涼が入ってきた。
「……涼か。ああ、レポートをちょっとな。もう終わる」
その姿を見て一息吐き、そう答える。
「ははっ。オレで悪かったな。……万里ちゃんだと思った?」
「ッ、……」
不意にその名前を出されて、ドキリとした。
「マジ? え、なになに、マジで?」
涼が自分の席、つまり俺の隣に座り、ニヤニヤしながら俺を見てくる。その明らかに面白がっている様子が、なんとなくムカついた。
「万里ちゃんじゃないっしょ。今日はたしかカテキョのバイトが入ってるハズだし」
「……カテキョ?」
「そーそー。かてーきょーし。知らなかった?」
「夜はバイトに行ってるのは知ってたけど、何をしてるのかまでは……」
「あー、万里ちゃん、あんまり進んでは自分の事喋らないもんな。オレもこの前聞いたんだよ。今教えてる男の子が素直で可愛いってニコニコしながら話してくれてさ。……可愛かったなー」
片肘をつき、俺に流し目を送りながら話をする涼。
彼女を『万里ちゃん』と呼んでいることも、俺が知らない彼女の事を知っていることも、こいつが彼女のことを可愛いと言うことすらなんとなく癇に障り、俺はつい、そのニヤァっとした顔を睨んでしまった。
「ブハッ! マジか! 今まで全然女に興味がなかったお前が、図書館で万里ちゃんを助けたって聞いた時はまさかと思ったけど、……えー! マジかー!」
「……なんだよ」
「ハハハ! いや、なんでもねーわ。……でも、お前がねぇ? ま、確かに万里ちゃん良い子だし、可愛いもんな。原石ってゆーか、今の化粧っ気ない感じも可愛いけど、アレたぶん、ちゃんとオシャレしたらヤバそうだよな。智也が好きになるのも分かるわ」
「?? ……は?」
地味にイライラしながらも話を聞いている途中、急に俺が彼女の事を好きだとか言われて頭の中にハテナが飛ぶ。
(何言ってんだコイツ)
眉間に皺が寄った。
確かに市川は可愛いと思うが、ただそれだけの筈だ。
「は? って、は?」
その俺の様子を見て、今度は涼が信じられないと言いたげな顔をした。
「……え、ちょっと待って。お前、……自覚なし?」
「だから、なんの?」
今度はアチャーと言いたげに片手で顔を覆い、タメ息を吐く。と思ったら、俺の肩をガシリと掴み、正面同士になるよう体ごと椅子を回してきた。
「ちょっと聞くけど、……万里ちゃんの事、可愛いと思うんだよな?」
「……思う。でも、それは一般的に見てもだろ? お前だってさっき可愛いって言ってたじゃないか」
「そうだけどそうじゃなくて! ……あー、じゃあ、良い子だなとは? 思う?」
「思うよ。まだ二年の夏なのに研究室の見学して、手伝いして、地味な作業も嫌な顔しないでちゃんとしてくれてさ。俺が頼むやつもニコニコしながら引き受けてくれて、……良い子っていうか、偉いなって、俺も見習わなきゃなって思う」
「ほうほう。うーんと、そうだな……。あ、昼間。昼間は一緒にいるんだろ?」
「まぁ、一緒になることは、多い」
「その時、なんかこうドキドキしたりとかしねーの?」
「ドキドキ……?」
「ふとした仕草にドキッとしたり、髪からイイ匂いがしてドキドキしたりとかだよ。ねーの?」
「……お前キモいぞ」
「うるせぇ! わかってるわ! で?! ねーの?!」
「…………ある」
長い髪をいつも結んでいる彼女が、たまに髪を下ろしているのを見ると、雰囲気が変わってドキッとするし、俺が机に向かって作業してる時に横に立たれて話しかけられると、彼女から甘い香りがしてドキドキする。
「あるんじゃねーかよ。てか、カテキョしてんの知らなかったって。お前ら、昼間何話してんの?」
「特には何も」
「え、まさかの無言? 居心地悪くねーの?」
「……別に?」
寧ろ、ただ彼女がいるというだけでホッとする気がする。
無言は特に気にならないし、彼女も気にしているそぶりは、……多分ない。
「へぇー? うーんと、じゃあ、彼女が来ないとソワソワして気になったりとかは?」
「…………」
「……するんだな。……で? それなのにまだ、彼女に惚れてないとおっしゃる?」
涼が疑わしげな顔で俺に指をさしてきた。
「……分からない」
「はぁあ?! まだそんなこと言うのか?! 可愛いと思う女の子と日中ドキドキの二人きりで、その子が来ない時はソワソワするんだろ? しかもさっきの様子じゃ、オレがあの子を『万里ちゃん』って呼ぶのも気に入らねーんだろ。それ何て言うか知ってるか? 嫉妬だよ! 嫉妬! このクソ鈍ちん野郎が! 童貞か? 童貞だな?!」
「うるせーよ! それは関係ねーだろ?! ほっとけよ!!」
「あーもーわかったわかった。じゃ、この際だから聞いてやるよ。なぁ、なんでお前、図書館で万里ちゃんを助けたんだ? 今まで女になんて興味なくて、そんな場面にあっても見向きもしなかっただろうが」
「……たまたまだよ」
「たまたま?」
「そう。たまたま。あの日、久しぶりにお前と売店行っただろ? その時彼女がいたんだ」
「は? マジ? 知らんかった。……え、で?」
「レジで並んでる時に後ろにいて、……俺を睨んでた。すぐに逸らされたけど」
「……なんで?」
「知るか。でも、気になるじゃん? だから覚えてたんだよ」
気まずそうに、ちょっと恥ずかしそうに。耳を赤くして目を逸らし続ける彼女が可笑しくて、ちょっと可愛かった。
「その後すぐに図書館で見かけて、本取ろうとして頑張っててさ。……なんとなく助けた」
「ほぉ~ん? なるほどな。そんな事があったわけねぇ~。ほぉぉ~ん。じゃ、これもついでだから聞いてやんよ!」
「なんだよ」
「お前、なんで、髪切った?」
「髪?」
「そうだよ。髪だよ。今まで目ぇ出すの嫌がってたじゃん」
「……邪魔だったから」
「はぁ~? 今更すぎんだろ。本気で言ってんのか?」
「……夏だから」
「ウソつけ! 去年の夏は長いままだったじゃねーかよ!」
「……しゅ、就活が、あるから?」
「そーれーだーけぇぇー??」
「あーもーうるせーな!! そうだよ! 彼女に言われたからだよ! 目が綺麗だって! 私はその色好きですって! それで! ……ちょっと、……今までは、ただ俺が気にしすぎてただけだったのかもなって。そう、思ったんだよ」
「自信になったんだな」
「……ああ」
思えば本当に些細な一言だったけれど。
あの心から言っているのがよく分かる彼女の様子と言葉が、自分の胸にすんなり入ってきたのだ。
彼女が好きだと言うなら、この目の色も悪くないと素直に思った。
「ハァ……。なんか、俺、ダセェ……」
「ハハハ! いやー、そんなもんじゃね? ……青春だねぇ~」
俺が頭を抱えて項垂れると、涼はそう言って腕を組み、ウンウンと頷いた。
「オッサンかよ」
「うるせぇよ。……で? それ言われた時、抱き締めたくなっちゃったりした?」
「……した。その後なんか、照れたように顔赤くなって。……あれはヤバかった……」
自分の顔も赤くなりそうになり、思わず口に手を当てる。
「……確定だな。ようこそ!! 恋する男同盟へ!!! 歓迎する!!」
「……なんだよそれ。入んねーぞ」
「そんなこと言うなって!! まぁオレの話も聞いてくれよ! って、あれだな! 酒飲もうぜ!! 教授の部屋酒置いてなかったかなー?!」
そう言いながらバタバタと教授の部屋へ入って行く涼の後ろ姿を見ながら、今夜はたぶん帰れないな……。と、思ったのだった。
0
お気に入りに追加
1,368
あなたにおすすめの小説
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~
遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」
戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。
周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。
「……わかりました、旦那様」
反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。
その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。
【R18】身代わり魔女はその護衛騎士から逃げ切りたい
ほづみ
恋愛
魔女のカイエは期間限定で聖女の身代わりアルバイト中。完璧に変装したつもりなのに、聖女の護衛騎士アスターは早々にカイエの正体を見抜いて、いきなり求婚! どうやらカイエはアスターを助けたことがあり、アスターはずっと「魔女カイエ」を捜していたらしい。
逃げたい魔女VS魔女を逃がしたくないワンコ騎士のお話。いろいろふんわりファンタジーです。訳があって微エロ。細かいことは気にしないでください。なろうに掲載した短編のR18版。他サイトにも掲載しています。
【完結】夫の愛人達は幼妻からの寵愛を欲する
ユユ
恋愛
隣国の戦争に巻き込まれて従属国扱いになり、政略結婚を強いられた。
夫となる戦勝国の将軍は、妻を持たず夜伽の女を囲う男だった。
嫁いでみると 何故か愛人達は私の寵愛を欲しがるようになる。
* 作り話です
* R18は多少有り
* 掲載は 火・木・日曜日
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
推しのお兄さんにめちゃくちゃ執着されてたみたい
木村
恋愛
高校生の頃の推しだったお兄さんと、五年後に東京で再会する。言葉巧みにラブホテルに連れ込まれ、気が付いたら――? 優しい大人だと思っていた初恋の人が、手段選ばずやってくる話。じわじわ来る怖さと、でろでろの甘さをお楽しみください。
登場人物
雪平 優(ゆきひら ゆう)
ヒロイン
23歳 新社会人
女子高生の時にバイト先の喫茶店の常連男性を勝手に推していた。女子高生所以の暴走で盗撮やら録音やら勝手にしていたのだが、白樺にバレ、素直に謝罪。そこから公認となり、白樺と交流を深めていた。
白樺 寿人(しらかば ひさと)
ヒーロー
32歳 謎の仕事をしているハンサム。
通行人が振り返る程に美しく、オーラがある。高校生の雪平に迷惑な推され方をしたにも関わらず謝罪を受け入れた『優しい大人』。いつも着物を着ている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる