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第6話

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 最初に父とユーゴが降り、次に母が二人のエスコートを受けながら降りる。そして私も同じように、二人からエスコートされて馬車から降り立った。

「……まぁ! すごい人ですわね!」

 王宮はすでに着飾った貴族たちであふれかえっていて、大変なことになっていた。

 社交シーズンには、ウチの屋敷でも夜会が開かれ他の貴族を招待する。侯爵家ともなると毎回多くの貴族が出席し、それを完璧に取り仕切る母をそれはそれは尊敬したものだったが……。さすが王家主催の舞踏会と言えよう。ウチの屋敷で行われるものとは比べ物にならないほどの人の数だ。

「行こうか、エレオノール」

「ええ。あなた」

 父が腕を出すと、母が笑顔で応え、腕を絡めた。
 優雅に歩き出した両親の後ろ姿を見送った後、私は隣を仰ぎ見る。すると、シュヴァリエ侯爵家嫡男としての仮面をつけた弟と目が合った。

「それでは、姉上、私たちも行きましょうか」

 呼び方も、声の響き方さえも先程とは違っている。

(普段は姉様って呼ぶのにね。ふふっ。さぁ、いよいよだわ。私も気合いを入れ直さなくては)

「……ええ。よろしく、ユーゴ」

 弟に触発されるように、私もお腹へ力を入れる。
 ユーゴが差し出してくれている腕をとり、私たちも揃って歩き出したのだった。



 *



「――今宵は皆も楽しんでくれ。それでは、舞踏会を始めよう」

 国王陛下の挨拶が終わると、会場中から拍手が湧いた。

 楽団が音楽を奏で始める。
 それを合図に上位貴族がダンスを踊り始めるのが見えた。

「マリー、私たちは先に両陛下へのご挨拶よ」

「さあ、行こうか」

「はい。お父様、お母様。では、ユーゴ、また後でね」

 社交界デビューを迎える令嬢は陛下への謁見が許されている。まだ謁見が許されていないユーゴとは離れ、私は、父と母と共に陛下たちの元へと向かった。



 *



「ああ、シュヴァリエ侯爵! よく来た!」

 両陛下の前へ通される。
 まず、父と母が並んで立ち、その少し後ろに私も立つと、国王陛下から声をかけられた。


 ここオルレアン王国の国王であるマティス陛下は、今年で28才となられる。王族特有の黒髪を後ろに流し、よく晴れた日の、美しい青空色の瞳をお持ちだ。
 王太子の頃より類稀たぐいまれなる治政の才を発揮され、その爽やかな美貌も相まって、若き賢王として絶大な支持を得ておられる方だ。

 そして、その隣で微笑んでおられるのが、王妃のイネス陛下。
 輝くプラチナブロンドに、アメジストの瞳をお持ちの、華やかな雰囲気をお持ちの方だ。ちょっとタレ目なのも愛らしい。
 四年前に第一王子をご出産されているが、とても一児の母とは思えぬ若々しさとプロポーションをされていた。

 ちなみに、元は西に隣接するルーセル国の公爵家令嬢である。
 マティス陛下が正式に立太子される前のこと。ルーセルへ留学された際に出会われ、マティス陛下の強い希望でご婚約・ご結婚されたと聞く。
 王宮では、両陛下の仲睦まじいご様子が度々見られるらしい。父がそう言っていた。


「国王陛下、王妃陛下。この度はお招きいただきまして、ありがとうございます」

 父がそう言って一礼し、母も隣で美しいカーテシーをとる。

「面を上げよ、そう堅苦しくせずともよい」

 マティス陛下が爽やかな笑顔を浮かべて言った。

「シュヴァリエ侯爵夫人、久しいな。元気であったか」

「はい。おかげさまで。マティス陛下もイネス陛下も、お元気そうで良かったですわ」

「そうかそうか。ああ、そう言えば、母がそなたに会いたがっていたぞ。イネスも話がしたいそうだ」

「シュヴァリエ侯爵夫人! お久しぶりね! シーズン外だと中々お会いできないから寂しかったわ!」

 マティス陛下が隣を見れば、待ってましたと言わんばかりの勢いでイネス陛下が母に話しかける。

「夫人主催のお茶会はとても素敵で人気だから、本当はそちらに出たいのだけれど。今は王宮の外に出る時間がとれなくて……。今度こちらで行うお茶会に招待してもよろしいかしら?」

「もちろんですわ。私も娘をきちんと紹介させていただきたいですし、ありがたく受けさせていただきます」

「嬉しいわ! きっとよ!」

 そう言って笑うイネス陛下の笑顔は、まるで少女のように可愛らしかった。

「相変わらずイネスと夫人は仲が良いな。嫉妬してしまう」

「全くですな」

 マティス陛下の言葉に、父が頷いて同意を示す。
 四人の間に流れる空気はすこし砕けていて、本当に仲が良い様子が伺えた。
 

「ところで陛下、娘を紹介させていただきたいのですが」

「ああ、今夜が社交界デビューであったな」

 父の言葉を受け、マティス陛下が私に視線を移した。

「マリアンヌ、こちらに」

 父に呼ばれ、私も前に出る。

「国王陛下、王妃陛下、お初にお目にかかります。シュヴァリエ侯爵が娘、マリアンヌでございます」

 そう言って私がゆっくりとカーテシーをとると、マティス陛下が満足そうに頷いた。

「うむ。よく来た、マリアンヌ嬢。見目もよいし、……美しい所作だな。シュヴァリエ侯が自慢するのもよく分かる。これは会場中の男たちが放っておかんだろうな」

「勿体ないお言葉、ありがとうございます」

(……国王陛下に褒められた!!)

 それは、思わずグッとこぶしを上げてしまいそうな言葉だった。

 いくらマナーの講師や家族に褒められていても、どこかしらの不安が残っていたのだ。だが、こうやって身内以外の人から褒められると、本当に大丈夫なのだと思えて安心した。それが国王ともなると別格だ。自信がつく。

「新たな華の誕生だな。シュヴァリエ侯も心配であろう。……それに、私とて諦めておらんからな? その時はよろしく頼むぞ?」

「……まだ言っておられたんですね。ですが、申し訳ありません。私はもう娘の意思に任せることに致しましたので、私にそう言われても困りますな」

 私が内心でじわり喜びを噛み締めている一方、マティス陛下はニヤリと笑って父に話しかけていた。父も呆れたような笑顔でそれに返すのだが、何の話かはよく分からない。

「なるほど。だが、そなたも知っておろう。私の直感は当たるのだぞ?」

「……もし、本当にそうなるならば、それが娘の運命なのでしょう。私も素直に応援しますよ」

「ハハッ。その言葉、忘れるなよ? ――さて! 私たちだけで、そなたたちを独占する訳にはいかんな。マリアンヌ嬢も、今夜は是非楽しんでいってくれ」

 チラリと会場を見たあと、マティス陛下が楽し気にそう言った。そしてその言葉を最後に、私たちの謁見は終了したのだった。
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