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第2話
しおりを挟むアンナに手伝ってもらい身支度を整えた後、私は、一階にあるダイニングへと向かった。
扉を開けて入ると、そこには既に、シュヴァリエ侯爵家現当主である父アドルフ、その妻である母エレオノール、そして、この屋敷の執事マクシムがいた。
「お父様、お母様、おはようございます」
「ああ、おはよう、マリー」
「おはよう、マリー。昨夜はよく眠れたかしら?」
母がそう声をかけてきたので、私は自分の席につきながら笑顔で答える。
「バッチリですわ、お母様。今夜はある意味戦いですもの。それはもうぐっっすり眠って、体調も万全です」
「ふふふ。マリーは相変わらずね」
「なんでそんなにお嫁に行きたいのだろうなぁ……? 別にそんな無理して嫁がんでもいいのだが……」
……キィィ。
父がそう呟いたところでダイニングの扉が開き、弟のユーゴが入ってきた。
「おはようございます、父上、母上、マリー姉様」
「「「おはよう」」」
「あら? ユーゴ、今朝はちょっと遅いのではなくて? ……もしかして、また夜遅くまで起きていたのかしら? あまり無理をしてはダメよ」
そう言って母がユーゴに声をかけたので、私もユーゴの顔を見る。言われて見れば確かに、目の下にちょっぴり隈ができていた。
「ははっ。大丈夫ですよ、母上。ちょっと寝不足なだけです。姉様のように、僕ももっと小さい頃からちゃんと勉強しておけば良かったと、少し後悔してはいますが……」
そう笑顔で答えるも、少しフラフラしていて眠そうだ。
本当に大丈夫だろうかと、母と私で顔を見合わせていれば、父が横から口を挟んできた。
「ユーゴよ、マリーはちょっとアレだから気にするな。お前も飲み込みは良い方だと思うぞ」
「……褒めて頂けるのは嬉しいのですが、だからと言って課題の量を増やすのはやめていただけませんかね? 父上?」
笑顔から一転、ジト目で睨み返す弟。父はニヤリとすると、それに答えることもせず目を逸らしていた。
ユーゴは私の一つ下の17才。普段は王都にある学園の寮で暮らしている。今は長期休暇中で、屋敷に帰ってきているところだ。
今年に入ってからというもの、時間の都合がつく限り次期当主としての勉強をさせられているようで、ヒィヒィ言いながら頑張っている。まぁ、仕事のことになると厳しい父である。昨夜もたんまり課題を出され、寝るのが遅くなったのだろうと思われた。
「ところで、さっきは何の話をしていたんです?」
皆が席につくと、朝食が運ばれてきた。
しばらく食事を進めながらユーゴと父のやり取りを聞く。すると途中、パンをちぎりながらユーゴが父にそう尋ねた。
「ん? ああ、マリーの結婚願望の強さについてちょっとな……」
ユーゴの質問に答える父。その声には、何故か若干のタメ息が混ざっていた。
「あー、なるほど。とうとう来た社交界デビューの日に、気合十分って話でしたか」
「気合十分というか、闘う気満々というか、な……」
「姉様がアレなのは昔からでしょう? 父上もそろそろ諦めればいいのに」
「ちょ、ちょっと、ユーゴまで。姉に対してアレって何よ。失礼ね。家の為に少しでも良い殿方と結婚しようと思うのは、貴族の令嬢として当然のことでしょう?」
急に始まった自分の話に、慌てて私も口を挟む。
「え、うん、まぁ、そうなんでしょうが。……ねぇ?」
「何よ? 言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
「いえ、何でもありません」
「もうっ。……まぁ、いいわ。そういえば、あなたも今夜の舞踏会に出るのだったわね?」
「ええ、父上の判断で」
ユーゴがそう答えた後に父を見たので、私も父を見る。
「社交の場での振る舞い方も叩き込まんと、貴族としてやっていけんからな。ユーゴだけならまだ少し不安だが、マリーと一緒なら大丈夫だろうと思ってな」
「なるほど。社交も大事な勉強ですものね。あーでも、良かった。エスコート役が誰になるのか気になっていたのよ。それに、やっぱり少し緊張するから、ユーゴも一緒だと思うと安心だわ」
「姉様はマナーもダンスも完璧だから、僕の粗さが目立っちゃいそうで嫌だなぁ」
「そんなこと言わないの。私だって王宮での舞踏会は初めてだし、緊張でミスするかも知れないわ。まぁ、会場ではお父様もお母様も一緒だから、何かあれば一緒にフォローしても得ると思うけど」
そう言って、父と母に笑顔を向ける。
「もちろんだ。だがまぁ、私の自慢の娘と息子だ。お前たちならきっと大丈夫だよ」
「そうね。アドルフの言う通りよ。あなたたちならちゃんとやれるわ」
返ってきたのは、やはり笑顔で発せられた父と母からの言葉で。
「「はい。頑張ります」」
それに声を揃えて返したところで、執事のマクシムが母に一礼し、声をかけてきた。
「奥様、そろそろお時間です」
「あら、もうこんな時間なのね。……マリー、私たちは準備にかからないと。淑女の身嗜みには時間がかかりますからね」
「はい、お母様」
食事はほぼ終えていたため、私は、母と共にそのまま立ち上がる。
「それではお父様、ユーゴ、また後ほど。あ、ユーゴは出かける前に少しでも休みなさいよ。目の下、隈ができてるわ」
そして、父と弟にそう告げると、私たちは扉に向け歩き出した。
ダイニングを出てから少し振り返る。閉まりかけた扉の先では、弟が大きな欠伸をしていて、父から呆れた目で見られているのが見えたのだった。
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