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【おまけ】こぼれ話
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雅巳が行方不明になってから早7日。最初は誤魔化していたものの、宗孝も次第に誤魔化しきれなくなっていた。
戦に参加しないどころか、姿もなく寺にも帰らない。
「やはり、腰抜け医者など信頼にあたらん。こうなったのもお主の責任じゃ。切腹して詫びたらどうじゃ」
「あと、1日! もう1日だけ待って欲しいのじゃ!!」
あれだけ威勢が良かった彼だが、切腹を目の前にされれば泣いて頭を地面に擦り付けて命乞いをする始末。
宗孝が町人から、武士にはなれないと証明した姿だった。果たして、先に逝った雅矢であればどうだったであろうか。
宗孝を責めつけた下級武士は、彼の頭を草鞋のまま、グイッと踏みつけた。宗孝の鼻が地面に潰された。
「それすらも出来んか。所詮お主は、漬物売りであってそれ以下でもそれ以上でもないわ」
下級武士は、宗孝に痰を吐きつけるとその場から去った。
残された宗孝は潰された姿のまま、情けなくもおいおい泣くしか無かった。そして、國に帰ろうと決意した。
決意すれば早い。丑三つ時を回った途端、荷物は最低限に、宗孝は寺を抜け出した。
暗闇を走った。走って、走る度、涙が溢れた。雅巳を恨んで呪って、それでも暗闇を幾度も越えて走った。
「ここは……」
何日かして、ふと見覚えのある場所で足を止めた。
「琴子」
と、1人置き去りにした妹を思い出した。同時に足が進み出す。
「確か、この辺りに」
あったはずである、琴子の世話になっている旅籠が。
琴子の働く旅籠の前で、若い娘が丁度暖簾を整えていた。
「す、すまんが。ここに、村田琴子という娘はおりませんか?」
琴子を預けた時には見なかった顔だと、宗孝は思った。声を掛けられた娘は、宗孝の姿を見て顔を顰めながら一歩後ずさった。無理もない。薮、森、構わず駆け走り、何日も風呂に入っていない。まるでおこも(乞食)だ。
「……貴方は?」
「ワシは、琴子の兄の村田宗孝と申す」
娘は、宗孝を再度舐めるように見つめ直した。
「琴子ちゃんから、兄上の話は聞いてます。けれど、琴子ちゃんは『兄は綺麗好きでお洒落』だと言っていましたが」
そう言われて、宗孝は改めて自分の姿を見つめ、顔が真っ赤に熱く燃えるのを感じた。
「これは、失礼した! 如何せん、場所、時、構わず走ってきたもので。また改めて顔を出しますから、琴子には兄が来たとお伝えください」
宗孝は娘に丁寧に一礼すると、足早にその場を去った。
翌日。宗孝は近くの安い旅籠で身支度を整えたあと、再び琴子の働く旅籠を尋ねた。
昨日の娘の話を聞いて、今度は女将さんが対応してくれた。
「お久しゅうございます。琴子ちゃん、今呼びますね」
「かたじけない」
「元気すぎるくらいの、よく働く良い子ですわ。ずっと、働いてもらいたいくらいですよ」
と、笑いながら女将さんは宗孝を奥の部屋に案内すると、ちょっとお待ちくださいと出ていってしまった。
それから暫くして、琴子だけが部屋に入ってきた。
「兄上、お久しゅうございます」
すっかり、しおらしく見えた。琴子は宗孝の前に座りながらもチラチラと、誰かを探す素振りをしてからコホンと咳払いをした。
「琴子よ、元気で何よりじゃ。ここの暮らしはどうじゃ?」
「……女将さんには良くして頂いてますし、皆さんもとても良い人達ばかり。何より、國でしっかりお手伝いしてましたから、ここでの仕事にも体力面で困ることはありません。つもる話しはありますが……その……」
妙な間を置いて、宗孝は気付いた。
琴子は、兄の自分を待っている訳ではなく、兄の友人の雅巳を待っていたのだ。
妹に会えた喜びから、一気に気まずさへと変わってしまった。
「勿論、兄上に会えた喜びはあります。けれど、ここに琴子をお迎えになられたということは、雅巳さんも来られているのでしょう」
宗孝は考えた。
今まで、かってない速さで考え、全てを平和に終わらす1つの方法を思いついた。少々気が引けたが、これしかないと思った。
不自然に深呼吸をしてから、宗孝はそれを妹に告げた。
「雅巳は、死んだよ」
琴子の目が見開くと同時に、宗孝の胸が酷く傷んだ。
琴子は息をする間も忘れて泣いた。
「実に激しい戦で、敵に打たれた。情けないが、ワシも逃げ出してきた。琴子よ、ワシは國に帰ろうと思うのだ。帰って漬物屋を継ぐ。ワシには武士は無理だ。って、聞いとらんか」
結局、ここでたった2人の兄妹も別れた。
こんな時代だ。これから、簡単に会うことなど出来ないかもしれない。
それでも、琴子は働きなれたこの場所を選び、宗孝は國に帰って家業を継ぐことを選んだのだった。
-完-
戦に参加しないどころか、姿もなく寺にも帰らない。
「やはり、腰抜け医者など信頼にあたらん。こうなったのもお主の責任じゃ。切腹して詫びたらどうじゃ」
「あと、1日! もう1日だけ待って欲しいのじゃ!!」
あれだけ威勢が良かった彼だが、切腹を目の前にされれば泣いて頭を地面に擦り付けて命乞いをする始末。
宗孝が町人から、武士にはなれないと証明した姿だった。果たして、先に逝った雅矢であればどうだったであろうか。
宗孝を責めつけた下級武士は、彼の頭を草鞋のまま、グイッと踏みつけた。宗孝の鼻が地面に潰された。
「それすらも出来んか。所詮お主は、漬物売りであってそれ以下でもそれ以上でもないわ」
下級武士は、宗孝に痰を吐きつけるとその場から去った。
残された宗孝は潰された姿のまま、情けなくもおいおい泣くしか無かった。そして、國に帰ろうと決意した。
決意すれば早い。丑三つ時を回った途端、荷物は最低限に、宗孝は寺を抜け出した。
暗闇を走った。走って、走る度、涙が溢れた。雅巳を恨んで呪って、それでも暗闇を幾度も越えて走った。
「ここは……」
何日かして、ふと見覚えのある場所で足を止めた。
「琴子」
と、1人置き去りにした妹を思い出した。同時に足が進み出す。
「確か、この辺りに」
あったはずである、琴子の世話になっている旅籠が。
琴子の働く旅籠の前で、若い娘が丁度暖簾を整えていた。
「す、すまんが。ここに、村田琴子という娘はおりませんか?」
琴子を預けた時には見なかった顔だと、宗孝は思った。声を掛けられた娘は、宗孝の姿を見て顔を顰めながら一歩後ずさった。無理もない。薮、森、構わず駆け走り、何日も風呂に入っていない。まるでおこも(乞食)だ。
「……貴方は?」
「ワシは、琴子の兄の村田宗孝と申す」
娘は、宗孝を再度舐めるように見つめ直した。
「琴子ちゃんから、兄上の話は聞いてます。けれど、琴子ちゃんは『兄は綺麗好きでお洒落』だと言っていましたが」
そう言われて、宗孝は改めて自分の姿を見つめ、顔が真っ赤に熱く燃えるのを感じた。
「これは、失礼した! 如何せん、場所、時、構わず走ってきたもので。また改めて顔を出しますから、琴子には兄が来たとお伝えください」
宗孝は娘に丁寧に一礼すると、足早にその場を去った。
翌日。宗孝は近くの安い旅籠で身支度を整えたあと、再び琴子の働く旅籠を尋ねた。
昨日の娘の話を聞いて、今度は女将さんが対応してくれた。
「お久しゅうございます。琴子ちゃん、今呼びますね」
「かたじけない」
「元気すぎるくらいの、よく働く良い子ですわ。ずっと、働いてもらいたいくらいですよ」
と、笑いながら女将さんは宗孝を奥の部屋に案内すると、ちょっとお待ちくださいと出ていってしまった。
それから暫くして、琴子だけが部屋に入ってきた。
「兄上、お久しゅうございます」
すっかり、しおらしく見えた。琴子は宗孝の前に座りながらもチラチラと、誰かを探す素振りをしてからコホンと咳払いをした。
「琴子よ、元気で何よりじゃ。ここの暮らしはどうじゃ?」
「……女将さんには良くして頂いてますし、皆さんもとても良い人達ばかり。何より、國でしっかりお手伝いしてましたから、ここでの仕事にも体力面で困ることはありません。つもる話しはありますが……その……」
妙な間を置いて、宗孝は気付いた。
琴子は、兄の自分を待っている訳ではなく、兄の友人の雅巳を待っていたのだ。
妹に会えた喜びから、一気に気まずさへと変わってしまった。
「勿論、兄上に会えた喜びはあります。けれど、ここに琴子をお迎えになられたということは、雅巳さんも来られているのでしょう」
宗孝は考えた。
今まで、かってない速さで考え、全てを平和に終わらす1つの方法を思いついた。少々気が引けたが、これしかないと思った。
不自然に深呼吸をしてから、宗孝はそれを妹に告げた。
「雅巳は、死んだよ」
琴子の目が見開くと同時に、宗孝の胸が酷く傷んだ。
琴子は息をする間も忘れて泣いた。
「実に激しい戦で、敵に打たれた。情けないが、ワシも逃げ出してきた。琴子よ、ワシは國に帰ろうと思うのだ。帰って漬物屋を継ぐ。ワシには武士は無理だ。って、聞いとらんか」
結局、ここでたった2人の兄妹も別れた。
こんな時代だ。これから、簡単に会うことなど出来ないかもしれない。
それでも、琴子は働きなれたこの場所を選び、宗孝は國に帰って家業を継ぐことを選んだのだった。
-完-
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