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83話

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 麒麟の鷹が黄龍に伝えたのは『ごめん』ただ、この一言だけだった。

 黄龍にはそれが何を意味するのかもわかったし、それが良くない知らせだと言う事も直ぐにわかった。

 鷹の言霊を受け取ると直ぐ、黄龍は身軽な装束に着替え、そのまま屋敷を飛び出した。

 誰にも何も告げずに飛び出すので、麒麟を案じ、麒麟邸で待機していた蜃や葛葉にも自ずと伝わる事になる。

 麒麟に何かあったんだ、と。

 蜃は直ぐ様、黄龍を追い掛けた。

 追い掛ける途中、蜃の独断で青龍夫婦、朱雀夫婦を共に応援に呼ぶと、玄武夫婦と白虎夫婦はそれぞれ麒麟邸に集まるようにと言霊をばした。

(黄龍に、まだ追いつけんか)

 蜃が思うより、黄龍の足取りは早かった。麒麟が見ていたら、兄上はもう年寄りだと笑われそうだとも思った。が、それだけ黄龍の麒麟への思いが強いとも感じた。

 蜃は寝ずに休まず、ひたすら走った。が、一向に黄龍の姿が見えなかった。不安になるほど、追い付けなかった。それは黄龍も、寝ずに休まずに走っていたから。

 だが黄龍は蜃とは違っていた。最早、鬼姫とも言える程に心が闇に呑まれていた。

「我が亭主に何をする!! 皆殺しにしてくれるわ!!」

 蜃が到着した時は時すでに遅く、怒り狂った黄龍によって地面は赤く沈み、城内は燃え上がり、落雷が落ち続けていた。まさに、この世のものとは思えない地獄絵図と化していた。


※※※※※


「嫌だ! 嫌だ!」

 地下牢の暗闇から、麒麟の泣き叫ぶ枯れた声が響いた。もう理性は無いようで、その声は子供のように泣き叫ぶだけだった。寝ることはおろか、休むことすら許されず、ただただ拷問は繰り返された。

 自白させる訳でもなく、ただ痛めつけ、苦しませるだけの拷問に終わりは見えない。何をしたら釈放されるのかもわからない。泰親のせいで、術も使えない。ただ耐えるだけの時間が流れたが、それでも自害だけはしなかった。

 時折、楽しそうに泰親と富子が現れた。

「この姿を葛葉が見たらどう思うだろうか」

 恍惚な笑みを浮かべる。

「葛葉の前で、残酷に殺してやりましょうか」

 尚も恍惚そうな声は響く。

 これが無限にループしているような繰り返しである。


 麒麟が嫌だとの声も出せなくなった時、悲痛な鞭の音に混じって外から雷鳴が無数に轟き、地響きが走った。

 泰親と富子は、それが黄龍ではなく葛葉だと思った。だからこそ拷問中の麒麟を、手下にこう命じた。

「手と足を釘で板に打ち付けて、よく見えるよう掲げてやりなさい」

 鬼だから為せる所業である。


※※※※※


「鬼姫! 鬼姫が現れた!!」

人ともわからない妙な術を使うとあらば、相手が悪い。鬼ではなくとも、鬼と呼ばざるおえない。女も子供も逃げ惑い、阿鼻叫喚の中、人は次々と雷に討たれて焼かれ、また黄龍の振り回す刀によって絶命していった。

「麒麟を返せ」

「黄龍! 」

 黄龍に、もはや蜃の呼ぶ声は届かない。

「蜃様っ!」

 青龍や朱雀達も遅ればせながら到着するが、唖然とする他なかった。

「女達は、黄龍を止めろ。……止めてくれ」

 蜃の声が力無く聞こえた。

「麒麟を探そう」

 朱雀は口火を切ると、青龍と二人、呆然とする蜃の横を抜けて麒麟を探し始めた。

 (どうして、こうなった?) 

 蜃の目は、メラメラと燃える炎とギラギラと落ち続ける落雷を見つめたまま動けずにいた。

 「麒麟!」

 黄龍の枯れんばかりの発狂にも似た叫び声が響くと、ようやく蜃はそちらに目を向けることが出来た。

 脳が動きを止めたかのように、思考も身体も動かないのだ。

 天守閣のある炎に包まれたその先に、板に打ち付けられ、生きてるのか死んでるのかさえわからない麒麟らしきぼろ人形のような影が、ようやく見て取れた。 

 黄龍が麒麟に飛びかかろうとするのを、竜子と華炎が羽交い締めにしながら必死に止めている。

「離せ! 麒麟!! 麒麟!!」

「黄龍、待って! 罠かもしれないから、私達が行くから!!」

 黄龍の伸ばす手は、麒麟と遙か遠く届かない。この様子なら恐らく、朱雀達も見付けて向かっていることだろう。

 はっとして、蜃は歩き出そうと足を動かした。全身が震えていた。上手く息が出来なかったが、今はそれどころでは無いと自分に言い聞かせ、自分の頬に自分で拳をぶつけた。

 そして、麒麟の掲げられた炎の中に飛び込んだ。

 ゴウゴウと燃え盛る炎の音と共に、泣き叫ぶ声が聞こえる。元々の城に残された者なのか、はては黄龍の声なのかわからない。

 今すべきことは、一刻も早く麒麟を助け出し、葛葉に治癒してもらうこと。生きてさえいてくれれば、どうにかなる。そう言い聞かせた。

 階段を上る途中、富子と泰親が現れた。

 富子は嬉しそうに言った。 

「久しいのお、のお蜃。覚えておるか?」

 蜃は怒りで吐き気がした。

 富子は両手を広げ、恍惚とした表情で続けた。

「妾と泰親とお前の父晴明と、共に幸せに暮らそうぞ」

 ドーン! と落雷が響いた。直後、竜子達を振り切った黄龍がその場に飛び込んできた。

「黄龍!」

 蜃の言葉に反応して、富子の顔が不愉快に歪んだ。

「葛葉ではない。忌々しいあの娘は来ておらんのか」

 黄龍は富子と泰親に向かって刀を振り回した。

「待て! 黄龍」

 人が変わったかのように、黄龍に蜃の声は届かない。

 黄龍の刀をすり抜けるように富子も泰親も煙のようになった。

「行儀が悪い。やはり葛葉が育てただけあるわ」

 ドスン! と、黄龍の目の前に人が飛び込んだ。それはゆっくりと立ち上がると、かつての晴明だったとわかった。

「晴明、頼みますよ」

 言うと、富子も泰親も煙のまま、すうーっと姿を消した。

 晴明であったそれは、黄龍に次々に刃を繰り出す。避けては交わす彼女であったが、例え屍であろうとも男女の差。受けた瞬間、刀と同時に弾き飛ばされた。地面に叩き付けられたところを、トドメとばかりに晴明の刀が振り下ろされる。

 その刹那な時間に、無惨な麒麟の姿を思い出し、黄龍は諦めた。麒麟が待っているような気さえした。


キィンッ!


 と、黄龍の頭上で金属音が響いた。

 蜃だった。

「黄龍、麒麟の所に急げ」

 黄龍は、ようやく蜃の存在に気付いた。ドタドタと朱雀と青龍も姿を現した。蜃だけではなく、自分以外の仲間達に今ようやく気付いた。

「……蜃……様」

「二人も早く行け!」

 黄龍が立ち上がり、青龍と朱雀と共に麒麟の元へと走ったのを見送ると、蜃は晴明の刀を押し切り、力一杯滑らせながら返した。更に刀を返すので、晴明の腕が宙を舞い、ウジやらムカデやらが辺り一面に飛び散った。

 晴明の切断された腕の落ちる重い音と共に、気味の悪いバラバラとした軽い音が床に響く。

「父上、決着付けましょう」

 晴明は何も言わない。言わずに、残った腕で刀を握りしめ、蜃に向かって走った。同時に晴明の術も繰り出されるが、蜃は尽く相殺していった。

「死んでとんだナマクラになりましたな! 弟が心配なんで、終わらせてもらいます」

 刹那、晴明の首が宙を舞ったと同時に、残った身体は焔に包まれた。


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