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78話

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 すっと、黄龍は3人の前に座った。

「先程、牢で出てきた化け物の話だったな。あれは、娘。お前の中にこれまで蓄積され続けておった、呪いの姿だ。呪いの力は長い年月をかけて、お前自身と混ざり合い、馴染み合いながら、お前を化け物に変えようとしていた。その証拠に、お前は私達と同じように術が使える。あれは本来、血を持つものか厳しい修行を重ねたものでなければ使うことが出来んはずなのだ」

「僕は、子供の頃に母上に教わったんだ。呪いって……意味がわかんないや」

「そうだ。恐らく獣の呪い。喰ろうてはならん獣を数食べてきたはずじゃ。知らぬうちにな。それはお前が大人になった時、お前を体内から喰い潰す」

 娘の顔が青ざめた。

「食べ物は母上がいつも用意してくれてた。それ以外、たべちゃダメだって。良くないものかもしれないからって。良くないものを食べてたってこと?」

「可哀想だが、そうだ。だから、私はお前を助けるために、祓い粥を旬介に言いつけて食べさせたのだ。お前の呪いは化け物となって目の前に現れた」

 娘の顔は青いまま、ただ呆然と空中の一点を見つめていた。

「旬介、お前も気にするな。本来お前だけでどうにか出来るようなものではなかったのだ。だから、麒麟も最後は助けに行くつもりでおったらしいのだが……あろうことか、あのバカタレは封じ札を剥がすのを忘れて行った。呪いが外で暴れては少々手を焼くかもしれんので、牢に入れたのだ」

 黄龍は娘のそばに寄った。彼女の頭を撫でた。

「私達が守ってやる。あの女は、確かにお前を育てたかもしれんが、それは利用するためだ。それを許してしまったのは、私達の失態でもある」

「……僕……こんなこと、父上に知られたら……もっと、もっと酷いお仕置きされるよ。嫌だよ……」

 娘が再び泣き出した。

「大丈夫、私達が守るから」

 娘は、こくりと頷いた。

 これに納得出来ないのは、旬介だった。

「なんだよそれ、勝手に決めて。俺知らないし。こいつうちに置くってこと?」

「そうだ。お前の妹にしようか、それとも嫁がいいか?」

「もう、知らない!」

 彼は、ぷりぷり怒りながら部屋を出て行った。

「黄龍、あの子は大丈夫なのか?」

 葛葉が、心配そうに問うた。

「あの子は年齢より幼い。拗ねてるだけだ。少し甘やかし過ぎたか」

 黄龍が苦笑いを見せた。

「さてと、娘。お前はなんと呼ばれておったんだ?」

 娘は、躊躇いながら答えた。

「わかんない。いつも母上は、娘って呼んでた」

「そうか。では、お前にも名を与えてやらんといかんな」

「名?」

「私の名をやろう。新月。お前は新月と名乗るがいい。私達もそう呼ぶ」

「しんげつ、新月かあ。母上の名」

「そうだ、気に入ったか」

「うん!」


 だんだんだん! と、無駄に足音を立てて廊下を旬介が歩いていた。なんだ? と顔を出すものもいたが、ひと目で機嫌の悪さがわかったために、触れずにいた。

 見るにみかねてか、麒麟が出てきた。

「お前、どうしたんだ? 黄龍は? 皆びっくりしとるぞ」

 旬介は、麒麟をキッと見た。

「母上なんか知らない! あんな奴に!!」

「……何を拗ねとるんだ」

「拗ねてなんかないし!」

「何を怒っとるんだ」

「怒るよ! あんなやつと牢に閉じ込めて」

 麒麟は頭をかいた。

「今はそうじゃないだろ」

「もういい! あっち行って」

 旬介は、ぷりぷり怒りながら部屋に閉じこもってしまった。

 麒麟は溜息を吐くと、黄龍と娘に案内した部屋を訪ねた。

 障子を開けると、そこには葛葉と黄龍と新月がいた。

「おお、麒麟。丁度いい所にきた」

 黄龍は、新月に娘を紹介した。

「麒麟と言ってな、旬介の父親でもある。これから、お前の父親になる」

 新月は少し身構えた。

「そう固くなるな。取って食うつもりなどない」

「旬介が言ってたんだ。ケイとかするって。父上はお仕置きするものだから」

 麒麟がきょとんとしながら首を傾げた。葛葉が笑った。

「ないない。先程、旬介が言うておったことなど気にするな」

「よくわかんないけど、何もしないってことか?」

「ああ」

 葛葉が笑いながら新月に説明するので、麒麟は訳もわからず頭をかいた。

「なんかよく話が見えんが、旬介がたいそう怒って部屋に閉じこもってしまったぞ」

 黄龍が苦笑した。

「私が取られたと勝手に怒っておるのだ。まだまだ幼いから」

「なるほど」

「明日には機嫌も治る。そうしたら少し話をしよう」

 葛葉が思い出したように言った。

「そういえば、先程旬介の呪いを解いてやろうとして、すっかり忘れておった。明日の朝イチにでも、改めて解いてやるとするよ」

 黄龍は、葛葉に頭を下げた。


 何よりも嬉しかったのは新月だった。

 痛みの酷かった、背中が治った。優しいもう1人の母上が出来た。その母上は、怖い父上から守ってくれるというし、もう1人の父上は酷いことはしないと言う。

 そして、何よりご飯が美味しかった。まだ皆の目があるからと部屋で黄龍と2人で食べたけれど、それでも凄く美味しかったし楽しかった。

「へへっ」

 と、知らないうちに顔がにやけてしまう。

 が、ふとその晩布団の中で急に不安になった。

(母上、どうしてるかな? 父上は、怒ってるだろうな)

 凄く怖くなって、眠れずにいた時だった。

「起きなさい」

 と枕元で泰親の声がして、新月は飛び起きた。

 起きれば、無表情の白い泰親の顔があった。

「ひい!」

 と、思わず悲鳴を上げそうになったが、新月の喉は締め上げられたように声が出ない。

「よくぞやりましたね。私は貴女を少々見直しましたよ。味方のフリをして、敵中に潜伏し、内部から敵を崩そうという魂胆、よくぞ思いつきました」

 泰親の目が光った。その声は表情1つなく、ぞっとする。

 新月の目から涙が零れた。

「ですが、お仕置きが必要です」

 新月の肩が恐怖で震えると同時だった。腹に凄まじ衝撃が走った。

「私達が与えてきた力を失うとは……」

 泰親がどこともなく襦袢を出すと、それを新月に投げ渡した。生地が透けた、売女の着る着物だった。

「お前も女なら、五霊獣の息子の誰かの子を宿してきなさい。そうすれば、今回の事は水に流して差し上げましょう。断れば、ここに火でも放ち、お前諸共焼いてやるのも一興か」

 新月を締め上げる、謎の力が抜けた。

「どうするつもり?」

「お前の代わりにお前がする筈だった事をして貰うだけの事」

 泰親は不敵に笑うと、新月を更に蹴った。新月の身体が転がり、襖に叩きつけられた。たまたま厠帰りの旬介が、その音を聞きつけ、新月の部屋を開けた。

「何、こんな夜中にドタバタしてんだよ! 怒られるぞ」

 迷惑と言うよりら怒られるという発想が先立つところが、まだまだ子供の証である。が、目の前の光景に旬介は固まった。

 腹を蹴られて吐いている新月と、その前に立つ不気味な男。そして泰親はニヤリと笑うと、何かを思い立ったように新月を殴りつけた。

「やめろよ!」

 思わず、旬介が声を上げた。

「ふっ」

 と、笑うと泰親は誘うように外に出た。

「曲者だ!」

 と、旬介は一言叫ぶとその後を追った。


 旬介が飛出して直ぐに、全員が飛び起きて、新月の部屋に集まった。

 最初に部屋を開けた黄龍と麒麟が、その光景に顔を顰めた。

「な、何があったんだ!」

 黄龍の声に、新月がぼろぼろと泣きながら縋りついた。

「ご、ごめんなさい。僕が……僕が悪いから。ここに来たから……旬介が殺される」

「どういうことだ?」

「父上が現れて……それを追って……旬介が……」

 弾かれたように麒麟に続いて黄龍が飛び出した。

「僕も!」

 と、追おうとした新月を葛葉が止めた。

「お前はここにいるんだ! 説明してくれ」

 新月は渋々、こくりと首を縦に振った。


わざと、泰親が振りまいた邪気が道標を作っていた。


*****


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