VIVACE

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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王子は断頭台にて死す!

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 親愛なる友人と話をしていた。
 志紀島ポール。彼は、貿易会社の社長であり、大富豪を纏める暇潰しクラブの会長だ。
「前回の名探偵対決、私は面白かったんですけどね」
 彼は、意味深に含み笑いを見せた。
「僕も、楽しかったよ」
 それに気付かないふりをして、素知らぬ顔で僕は返した。
 幾つもの防犯カメラが僕を捕らえ、突如現れたポールの背後のモニターに、仮面を着けたご婦人が現れた。イタリアの謝肉祭で使われるような、あの不気味にド派手な仮面だった。
「これは、これは、お美しいご婦人。大変、仮面がお似合いになられます」
 ご婦人は僕の言葉を無視した。
「何故、派手な予告をしなかったのですか?」
 僕は、答えた。
「そうですね、今回は予算の関係もありましたし。地味な仕事だったので」
 ご婦人は、大変ご機嫌が悪いようだ。
「少し、インパクトに欠けましたの。スッキリしませんでした」
 そう言い捨てると、ご婦人との中継は切断された。
「と、言う訳です」
 苦虫を噛み殺したような顔しか出来ない僕に、ポールも同じように苦笑いをした。
「今日は、ダメ出しの日かな?」
「そういう事です」
 そして、彼は続けた。
「彼女は、盗品や過程より、君の派手な予告状を楽しみにしていたそうです。とても、大ファンなんですよ。ご主人が、嫉妬する程にね」
「女心は、難しいね」
 僕は、ポールから小切手を受け取り、立ち上がった。
「たまには少し、お休みなさい。次の依頼が入ったら、またお呼びしますから」



*****



 帰り道の事だった。
 秋の始まり。少し高い空を仰ぎながら、公園脇の街頭をてくてくと歩いていた。
 ついでに散歩。そしてついでに、煙草とショウリィに頼まれた牛乳と卵を買いに行くのだ。勿論子供じゃないので、悪党と言えど万引きはしない。

 バリバリバリバリ……

 と、のどかな空を打ち破る様な激しいヘリコプターの音が近付いてきた。

 よくある宣伝か調査みたいなやつかと思っていたら、そのヘリの音は段々と低く大きく鳴り始めた。
「んぁ?」
 オカシイなと思い振り返ったら、ヘリコプターはヴワン!! と僕の目の前まで降り立ち、一瞬静止した。
 物凄い風圧に身体がのけ反る。操縦席の人物と、一瞬目が合った。
「女?」
 プロペラの爆音に耳が痛い。

 20秒程静止したのち、ヘリは再び上昇し、僕の脇にあった公園に非常識にもミサイルを一発ぶち込んで飛びさっていった。
 爆風で反対側の歩道まで吹っ飛んだ。
 爆発音とヘリの騒音で頭がぐわんぐわんする。
「大丈夫か?」
 通行人の知らないおっさんが声をかけてくれた。
「うん、平気」
 慣れてるもん、一応。
 背後では“警察だ”とか“救急車”だとか騒いでる。
 公園の端で泣き叫ぶ母が目に付いて、同じ悪党ながらも腹が立った。非常識にも程がある。
「どうされました?」
 僕が声をかけてやると、その女性は泣き叫びながら言った。
 多分、燃え盛る公園に飛び込もうとしたんだろう。男2人に取り押さえられている。
「放してやりなよ」
「危ないんだ!この人まで死んでしまう」
「いいよ、僕が代わりに見て来てやるから」
 サラッと言い過ぎたせいか、お母さんも男達もきょとんと静止した。
「ば、馬鹿かアンタは!!」
 男の一人が声を裏返しながら怒鳴ってきた。
「多分、ブランコの辺りで遊んでいたと思います。大好きだったから。6つくらいの女の子」
「分かったよ。生きて連れてこれたら、後でケーキでもご馳走してね! あ、ワンホールだよ」
「あ、はぁ」
 男の一人が僕の腕を掴んだ。
「無理だよ! あんたケーキ一つの為に命捨てる気かっ!!」
 野次馬やらなんやらでますます街中は騒がしくなってきた。
 遠くからパトカーのサイレンの音が近付いてくる。
「命? こんなことでなくなるもんか。僕は実はスーパーマンでね。恐れ入ったか!!」
「はぁ?」
 男2人とお母さんが静かになると、僕は公園の中に駆けて行った。
「なんだアレ?」
「さぁ?」
 手でパタパタと仰ぎながら、炎の少ない間を抜けて行く。
「暑っ…」
 ブランコまで辿り着くと、その脇のベンチの影に人影を発見した。
 ……子供にしては……でかい。
 とりあえず、声をかけてみる事にした。
「ねぇ、君ここで何してるの?」
 その声に人影はビクリと反応し、暫く蹲った後に顔を上げた。が、ショール(と言う程綺麗なものではない)で隠している為に顔はもちろん、男か女かさえわからない。
 その人物の腕から、嗚咽を漏らす6歳くらいの女の子が覗いていた。良かった、でかい6歳でなくて。
 僕は女の子だけ抱き上げると、「じゃあね」と言い残して立ち去る事にした。大人なんだから、自分でなんとかしなさい。
 しかしその謎の人物は、僕の腕をガシリと掴んだ。
「放しなさい」
「放さない」
 あ、しゃべった。
「何? なんか用でもある訳?」
「……腰が抜けて……」
「…………」
 腕を掴まれたまま無理に解いて立ち去って、死なれた日には化けて出られそうだったので、仕方なく助ける事にした。
 煙草と牛乳と卵を買って帰ったら、ショウリィとお茶を嗜むのんびり幸せな休日になる筈だったのになぁ。
 謎の人を背負うと子供を抱いて、また別の安全そうな場所をヨタヨタと戻って行った。
「さっちゃん!」
「ママァ!!」
 母と子の再会だ。
 ギャラリーからの拍手が高鳴る。と同時にパトカーと救急車、それから消防車が到着した。
 遠目からパトカーを降りた警察が、多分僕を探しているのが見て取れる。
 ケーキは諦めるかな。
「あのう、お礼を」
 人助けして捕まったなんてなったら、いい笑いもんだ。
「いえ、また次の機会で」
 とりあえず、背中の謎の人をなんとかしたくて、僕は警察に見つからない様こそこそと救急車に向かった。
「せめてお名前を」
「スーパーマン」
「え"?」
 救急車の前で、救急隊員に背中の人を差し出そうとした。
「この人公園で蹲ってたんですよ。早く連れてってください!」
「そうか、分かった!」
 救急隊員は事務的な返事を返すと、テキパキと背中の謎の人を引き離そうとした。が、謎の人は子供の様に僕の身体にぎっとしがみつき、首を大きくブンブンと左右に振り回した。
「いたいた!」
 更に背後で警察の声がした。
「もういいだろ! 早く下りて救急車に乗って、どっか行ってくれよ!!」
 謎の人は更にしがみついて首をブンブンと振る。
 ……すんげぇ、イライラするんですけど。
 警察来るし、仕方がない。
「すいません、僕急いでるんで、このまま帰ります」
「え"?」
「いいです、コイツ後程病院か警察かどっかにでも受け渡しに行きますから。じゃ、そういう事で」
 警察が追っかけて来たから、いい終わる前に走り出した。
 謎の人を背負って。
「え? あ!! ちょっと」
「あの、事情調書を!」
 ごめんなさい、他あたってください。
 謎の人は、ずっとしがみついたまま。仕方なくそのまま帰宅した。
 煙草と牛乳と卵、買えなかった。謎の人のせいで…。



*****



(あら、お客様?)
 家に付くと、謎の人を背負ったままの僕をきょとんと見つめながら、音のない言葉でショウリィが問い掛けて来た。
「いや、人を助けたんだけど、離れてくれないから仕方なく」
 説明のしようがない。
(そう。お茶でも入れてきますね)
 彼女は、キッチンへと向かって行った。
 僕はリビングに入った。
 入って、ソファーの上に謎の人を落とそうと手を放した。
 謎の人はキョロキョロと見回すと、安心したのかようやく下りてくれた。
「アンタさ」
「ぁりがとぅ」
 一言いってやろうと言い掛けたのだが、遮る様に礼を言われて何も言えなくなった。
 話せない彼女が、黙りこくる僕の横からニコニコと微笑み、謎の人にお茶を出した。謎の人は再び「ありがとう」と言って、ショールを直しながらティーカップに手を掛けた。
「アンタさ、せめて顔ぐらい見せたら?」
 テーブルの上に、片手を付いて咎める様に言ってやった。
 すると奴は、お茶を一口飲んでから、ポツリと話始めた。
「すまない、これには訳があるのだ。君に迷惑をかけるつもりはなかったんだが、本当にすまない事をした。私の正体が分かると非常によろしくない。カーテンを閉めてくれないか?」
 なんとなく傲慢にも思える口振りに、少しばかり顔が歪む。
 癪ではあるが、先程のミサイル事件の事もあるので、仕方なくカーテンを閉めてやることにした。



*****



 先程、フリーズドライと化した薔薇の花束の置物が署の“VIVACE捜査部”宛に届いた。
「世の中便利になったものだね」
 いつもの相棒、ウサ耳刑事の波奈(なみな)に言ったつもりなんだが、代わりに山部(やまべ)署長が答えてくれた。
「うむ、さっさと捕まえてくれたら、こんなに“いらない経費”を使わなくて済むんだがな」
「う"ぉっ!!署長っっ」
 素で驚いてしまった。
「コスメイン刑事、そんなに驚く事はないだろぅ?」

 いや、普通驚くだろう。

 山部署長は僕の肩越しに顔を覗かせ、ポツリとそう言い残してからシャキリと立ち直した。
 まだ僕の心臓はバクバクバクバク……
「とこでコスメイン君、素敵なお知らせだよ」
「はぁ?」
「本日付けで、君はハンリー・コスメイン警部補だ」
「意味が分かりませんが?」
 ま、VIVACE捜査部に来る前までは警部だった訳だから、立場や給料なんて言う中身的なモノは警部のままだったりする。だから今更名前だけの身分なんて興味もない。それは、今よりずっと若かった自分がいきがって付けた自分への戒め。
『あぁ、VIVACE?そんなこそ泥捕まえるのになにグズグズやってんの? トロ臭いね。は? 難しい?? 冗談じゃない! 馬鹿じゃないの? いいよ、そんなに言うなら僕は“VIVACE捜査部”にいる間は警部を捨てて刑事になってやるよ!!』
 あの時は、本当に簡単に捕まるなんて思ってたんだ。懐かしいなぁ。
「上からの命令なんだよ。昔取ったきねづかがあるだろうと、それで警部補にしてくれと」
「上って。どういう事ですか?」
 上と言うにしても、おかしな話だ。失敗ばかりの今では“ダメ刑事”に、何故名前だけでも昇級を? ICPOが恥ずかしいだろうに。
 すると署長は苦虫を潰した様な顔で、少しばかり唸ってから言った。
「まぁ、間もなく来る筈なんだが……とある警部の申し出なんだ」
「と、いいますと?」
「うむ。他の部署からの移動でね。兼ねてから希望されていたVIVACE捜査部(ここ)に、本日移動となったのだよ。同時にその警部から、君を警部補まで戻して欲しいと言われてね」
「なんか、凄い気合いを感じますね」

 カッカッカッ……

 物凄く気の強そうなヒールの足音が、廊下中に響き渡って来た。
 少しガヤガヤとしていたオフィス内が、期待と緊張で静まり始めた。

 カッカッカッカッ!

 ヒールの足音が、オフィス入口にてピタリと止まった。
 署長が声を張り上げて言う。
「注目!!」
 その直後、ガラリと入口の扉が開け放たれた。
「紹介しよう!本日付けにて配属となった」
 金髪の女性が現れた。

 ん~、どっかで見た事ある顔だ。

「エミリー・コスメイン警部だ」
「ゴフッ!! ケホ……ゴホゴホ……」
 不謹慎にも、思わず噎せてしまった。

 ……姉さん……???

「エミリー・コスメイン警部よ。厳しくいくから覚悟しなさい!! 特に、そこの蜂蜜髪の男」
 姉がニヤリと笑った。

 えーっと……
 姉さん、日本語上手いじゃないの。(現実逃避)



*****



 謎の人がショールを取り払った。
 ショウリィと二人、思わず息を呑んでしまった。
 限り無く銀に近い金色の髪に、澄んだエメラルドの眼。薔薇色の頬と唇は、おとぎ話のプリンセスを思い出させる。鼻筋の通った深過ぎない堀の顔立ちは、金で装飾されたコスプレチックな衣装にも程よくマッチしている。

 ……なんかムカツク。美形過ぎて……

「僕は、マシュマール王国からきた第一王子シューマである」
 僕は謎の人の額に手を当ててみた。
「何をしとるのだ?」
「熱があるかと思って」
 彼は顔をムッと歪ませると、軽く僕の手を払い除けた。
「無礼者め、熱なぞないわ。お主、馬鹿にしておるであろう」
「うん」
 そんな“マシュマロ王国”なんて聞いた事もないし。
「マシュマロ王国かマッシュルーム王国かしらんが、やっぱり病院行こう?」
 謎の人は、またもや気分を害したかの様に怒り出した。
「マシュマロでもマッシュルームでもないわ! マシュマール王国だ!! それ以上侮辱すると、処刑さすぞ」
「ほぅ」
 謎の人は、自分の立場を判ってないようだ。
「人に命救ってもらっといてソレか? なら、こっちだって考えがあるぞ。出てってもらうのもいいが、タダってのもね。多額の身代金と交換させようかねぇ」
 謎の人は、目を逸らしてぼやいた。
「悪党め」
「言われ慣れてるよ」
「まぁ、いい」
 謎の人は、大きく溜め息を吐いた。
「私が悪かった。故に伺うが、お主どんな仕事をしておるのだ」
 チラリ、とショウリィに目配せさせた。が、彼女は僕の傍らでただニコニコと笑いかけているだけだった。
「ジャーナリストだよ。それから考古学者」
 暫くの沈黙。
 沈黙ののち、彼は懐から小さな箱を取り出した。木製で、百合の装飾が施された、アンティーク調のモノ。丁度、煙草のボックスくらいの大きさだった。
 蓋を開けると、中にはダイヤとエメラルドで作られた、白薔薇のブローチが入っていた。
 彼は言う。
「王国は間もなく崩壊するから、プリンセスの身を案じた父上と母上が先月妹を日本人の嫁にやったんだ。訳あって私は会えなかったから。最後にこれを渡して、幸せになれといいたいんだ」
「協力しろと?」
 謎の人はコクリと頷いた。
「私に出来る事、礼は唯一の所有物、この……」
 自称王子がスルリと、胸元のスカーフを外す。
「ブルーダイアの首輪しかないが、よいか? 鍵は私しか外せない。王家に伝わる唯一の財宝だよ」

 お姫様探し

 崩壊する王国

 白薔薇のブローチ

 王家のブルーダイア

 ね。

 面白そうなんじゃないの?
 最高の休暇に、なりそうだ。



*****



 マシュマール王国の第一王女“ユリアンナ”は直ぐに見つかった。
 聞き慣れない国名に、王女を娶った日本人というだけで、情報は充分であった。
 宇野真捜索依頼を出してから、3日と経たずに返信がきた。
 詳細を伝えると王子は誰にもわからないよう王女に会いたいと言った。
 仕方がない、からとあるホテルのレストランを1時間だけ貸し切る事にした。
 ホテルのオーナーに倍の金を積むと、オーナーは何も言わずに快く承諾してくれた。オーナーと言えど、僕の友人ポールの関係者だ。
 約束の日、王子シューマは髪を染め、服も僕の貸したスーツに変えてホテルで妹を待った。
 待っている間、シューマは何度も時計を見ては落ち着かない素振りでいた。
「仮にも某国の王子なんだろ? もう少し堂々と気構えたらどうなんだい?」
 皮肉混じりに僕が言うと、彼は大きな溜め息を吐きながら言った。
「すまない。なんだか、待ち切れなくて」
 そうこうしている間に、ホテルへと車が到着し、王家兄妹のお食事会の開始となった。
 厚く、ベルベットの布で装飾された鉄の扉が開かれると、ただ自己主張を豪華に見せつける為だけに取り付けられたシャンデリアが光る。ギラギラギラとその下で、王女ユリアンナは立ち止まった。
「お兄様?」
「ユリアンナ、元気そうでなによりだよ」
 白い薔薇のコサージュを胸に飾り、桃色のフリルのワンピースと言った出で立ちの女性は、まだどこか幼く、嫁入りと言うには相応しくない様に思えた。
 今のシューマと同じ様に髪を染めているんだろう。緑の眼を持つのに東洋人同様の黒い髪は段カットに揃えられ、光に反射すると少しばかり不自然な色に感じられた。
「さぁ! ご飯の時間ですよ」
 僕は邪魔する様に手を叩きながら言った。ソレに二人は驚きながら、はっとして僕を見た。
「たった一時間しかないんだ。慌てて食べる様な下品な真似はしたくないだろ? それとも食事はいらないのかな?」
 今や昼の1時。
 思えば王子は、朝から何も食べてない。
 否、胸が一杯で食べれなかったのだろう。
 王子は苦笑いを向けながら言った。
「すまない。頂くよ」
 ユリアンナもコクリと頷いた。
 どちらとも今にも溢れ出さんとしている涙を堪えている様に、表情が心なしか歪んで見えた。
 南仏料理のフルコースが順に運ばれて来る。
 二人は無言のまま前菜に手を付けた。
「ここの料理長は、デザートがメインなんだ。料理は、まぁまぁってとこだね」
 居心地の悪い沈黙が続く。
 僕もそれ以上話をする気にもなれず、二人同様黙々と料理を頂いた。
 そしてスープに続きメインディッシュを食べ終わる頃、最初にこの沈黙を破ったのはシューマの方であった。
 「ユリアンナ、幸せかい?」

 いやはや
 沈黙は破られたモノの、相変わらずの重たい雰囲気が苦しい。
「夫は仕事で忙しいけれど、凄く優しいんです。先週も私が猫が好きだと話したら、寂しいだろうと猫を飼ってくださいました。君はまだ16歳なんだ、妻として考えなくてもいいよ。好きな事をして、沢山遊んで楽しみなさい、とも言ってくださいました。それに……」
 堪らず、彼女の目から大粒の涙が溢れ出した。
「……それから……」
「……無理に話さなくてもよい」
 ユリアンナの言葉を遮る様、シューマは優しく宥める様に言った。そして例の箱を取り出し、妹へと渡した。
「これを、君に」
 彼女は涙も拭こうとせずにその箱を受け取ると、そっと蓋を開けた。
 キラキラと光り輝く白薔薇のブローチが一つ。
「気高く、気品に満ちた女性におなり。神は決して君を見捨てないよ。いつだって、僕はお前の事を思っているから。父上も母上もお前の幸せを願っているから」
「……お兄、様……」
 ただ、少女は泣き崩れるだけだった。
 兄は静かに続ける。
「もう会う事はないけれど、最後くらい笑いなさい。綺麗なその顔が台無しだよ」
 僕はそんな事言われても、会えないとか言われちゃったら笑えないだろうと心の底で突っ込んだ。ついでに、死ぬ前の人間みたいで、なんか大袈裟じゃないかとも突っ込んでおいた。
 あ、デザートが来ましたよ?
 しかし、2人は無視して会話を続ける。
「お兄様、行かないで。どうにもならないの?」
 シューマが静かに首を振った。
「このまま僕が王国に帰らなかったらどうなる? 最後の最後まで王家の誇りと血と名誉は守り通すつもりだよ。僕なりの悪足掻きさ」
 それ以上、二人は言葉を交わさず、ただ溶けかけたアイスクリームを食べた。
「良かったのか?」
「何が?」
 帰りの車の中でシューマに問う。
「一緒に逃げようとか、格好いいこと言わなくて」
 彼は鼻で笑いながら返した。
「言ったところでどうなる? 馬鹿馬鹿しい。僕は王国に帰り、王家崩壊に付き合うだけだ。君にも代金を支払わないといけないのだが、それには王国へ来て貰わ
ないといけないんだ」

 は?

「王国のとある場所に首輪(これ)を外す鍵が隠されてる。それは王家の第一王子にしか取り出せない様になっているんだ」
「はぁぁぁ???」
 思わず叫ぶ。
 シューマは迷惑そうに耳を塞ぎながら言った。
「仕方ないだろ。余り大きな声を出さないでくれたまえ」
 ……くれたまえって……
「あんなぁ、今回の経費にいくら掛かってるか分かってんの? そのブルーダイア一個じゃ割に合わないよ? ね? 王子サマ、他に何かないの?」
 仮に100万歩譲って王国へ行ったとしよう。しかし、エコノミーは乗りたくない。
 このアホ王子は涼しい顔して言いやがった。
「うちは貧乏だからな。崩壊するんだ」
 思考回路がぐるぐると動く。
 ここで諦めたら、僕只の良い人じゃん。
「分かった。王国に行くよ」
 こうなりゃ、強行手段だ。
 帰り道、宇野真の家に寄った。
 アホ王子を車に待たせて30程してから戻ると、王子は忽然と姿を消していた。



*****



 『面白い事がわかった。直ぐに来い』
 王子失踪から3日経った昼下がり、王国調査を頼んでいた宇野真から電話が入った。
 僕はあの日、ブルーダイア以外に何か王国にめぼしいモノがないか知りたくて、宇野真へと情報を調べる様依頼をしたのだ。ついでに王家崩壊にも興味があった。
 だが車へ戻る約30分という僅かな時間に、王子は忽然と姿を消していた。暫く待っていたが戻ってこなかったうえ、愛車の扉に無理矢理引っ張った様な傷跡が付いていた為、誘拐されたのではないかと思った。
 知った事か。
 と言いたいのだが、奴の首にはブルーダイアの首輪が付いている。
 ネットやテレビで何かニュースが入らないかと追ってはいたが、今の所音沙汰はない。
 多少イライラしながらも、言われた通りに宇野真の家へと向かう事にした。きっと彼の事だ。面白いと言うのだから、それなりにデカイ情報なのだろう。
 家に着くと、相変わらず、仏頂面した奴が迎えてくれた。
「座りなさいよ」
 彼の妻である蓮華が、珈琲を持ってきた。
「ありがとう」
 珈琲の香ばしい臭いが鼻孔を満たす。
 僕が一口飲むと同時に、宇野真が話始めた。
「単行直入に話すぞ」
「ああ」
「まず、シューマ王子とやらだが、王国に帰還してるな。どうやら2週間程前に王国から自ら行方を眩まして、賞金が掛けられていたらしい。結局、賞金稼ぎに王国に連れ戻されたらしい。その、賞金掛けてた奴が面白いんだ」
「王家じゃないのか?」
「教主だ」
「教主?」
「なかなか、面白い情報があってな」
 面白い。
 そして、とんでもない内容だった。
 今回は“義賊”的行為になるのだろうか?
 まぁ、いいさ。
 それなりに“利益”さえあれば。



*****



 “マシュマール王国”
 東に位置する某国と某国の間に小さく存在する国。
 規模は大体、日本でいうA県くらいの大きさ。
 そこでは未だに封建制度があり、宗教や占いによって国の未来が左右されているという。
 言わば、王の次に宗教教主が権力を持っていることになる。

 ――王家崩壊。

 切っ掛けは、占いだった。

『王子の持つブルーダイアが、この国を滅ぼす。近く、雨が降らなくなり、奇病が繁栄する。そして、民は500日間苦しみ抜いたのち、王家だけが生き残り、民の屍の上へと立つであろう。何故だかわかるか? 王家の血は、ブルーダイアによって呪われているからだ! 王子を殺せ!! 王家をなくせ! かのロマノフ王朝の様に。もう、王家の時代は終わったのだよ!!』

 ブルーダイアは王家、そして王となるべく後継者だという印の品。王子が産まれると嵌められ、次の後継者が産まれるまで外す事は許されないと言う。
 王子共々、公開処刑。
 ――もう会う事はないけれど。
 あの台詞を思い出した。
 王子は、シューマは“殺される為”に王家として残った。
 その昔、断頭台が廃止になった理由に、王家公開処刑の一説がある。
 それは、断頭台へと引き摺られる王女が、死ぬまで泣き叫んでいたという話。他にもあるが、それを少なからずも民は惨いと感じた様だ。
 シューマは、彼ならきっと、何一つとして抵抗はしないだろう。
 王国脱走が最後の悪足掻きであったから。
 ……後味悪い……。



******



 ―― 一方、マシュマール王国。


「食事だ」
 黴臭い地下牢に入れられた粗末な食事。
 スープは既に冷めていて、パンは少し固くなっている。焼かれただけの薄切りハムも、お世辞にも美味しそうだとは言えない見栄えであった。
「いらぬわ」
 ひんやりとした石の積み重ねられたような壁へ身体を寄せ、シューマは膝を抱えて声だけは高飛車にして答えた。
「それより、父上と母上に会わせてくれ」
 食事を持ってきた男は言う。
「本当に、貴様は何も知らないんだな」
「!?」
「王家は終わったんだよ」
 それだけ告げると、その男は踵を返した。
「どういう事だ!!」
 男は何も答えない。
「教えてくれ! 父上と母上は!?」
 男は何も答えず、止まろうともせずに地下牢の廊下を後にした。
「クソ!!」
 悪態を吐きながら、粗末な食事を払い飛ばした。パンが牢の外へと飛び出して転がった。アルミ皿の固く冷たい皿の音が、地下牢中に響き渡る。
「脱走の次は、ヒステリーか? 王子」
 貪欲な声がした。
 先程の男とは全く別の。
 シューマの中にフツフツと憎しみが沸き起こる。
「あぁ、僕なりの悪足掻きだ。つくづく汚い男だよな、教主サマ」
 男は笑った。
「汚い? 貴様が大人しくそのダイアを渡せばここまで大事にはならなかったんだぞ。汚いのはどっちだ? 貴様もダイアを手放したくなく、その欲によって身を滅ぼしたタマだろうが」
「黙れ!!」
 教主の顔が険しく変わる。
 シューマは肩を上下に震わせながら続けた。
「このダイアの価値等知らんわ! 僕にとってどうでも良い事。ただ王家を守る為だけにダイアは渡せぬと言った。これは王族の証しであり、国を納める者の象徴。国までやれぬ!! だが国が民の者になるのなら、僕は喜んで差し出そう。既に王家は崩壊した。だから殺される事も承諾した。しかしな、どう転んでも貴様だけにはやれぬわ!」
 言い終わると同時に、牢の間から伸ばされた教主の手が、シューマの首を締め上げた。
「無駄口叩けるのも今のうちだ! お前が脱走してる間に王と后の処刑は終わった。今まだ民衆の興奮がおさまらないうちに、お前の処刑を実行する。明後日、貴様は王と后の消えた断頭台の上で同じ運命を辿るんだ!! そしてダイヤ諸共、私のモノとなる」
 背後にドンッ! と突き飛ばされた。
 シューマの唇が震えながら言葉を刻んだ。
「……こ……殺したのか……?」
 一筋の涙が、頬を伝った。
「お前も直ぐに会わせてやる」
 呆然と固まる王子を残して、教主はその場を後にした。
 静かになった虚しく黴臭いだけの空間で、事切れたかの様に彼は泣いた。
 例え同じ運命を辿るのであれば、大人しくダイアを差し出し、王族揃って国を追われた方が良かったのかもしれない。
 今更言っても遅い話。
 無力で無知で浅はかな自分を恥じ、後悔し、運命を恨む事くらいしか思い付かなかった。
 せめて、このダイアだけでも手に渡したくはないのに。首を落とされてしまえばそれで終わりだ。



*****



 闇が包む。
 冷たくも暖かくも感じられる白い月が、眠ってしまった街に明かりをさした。もちろん、王子のいる死んでしまった空間にも同様に光は注いだ。
 地下と地上の間に作られた空気窓の様な隙間、そこから僅かに漏れる冷たい光へと軽く目を細目ながら顔を上げた。
「全てが、嘲笑っているかの様に思えるな」
 取り付けられた無機質で冷たい鉄の枷。腕を上げればそれはジャランと音を立てた。その鉄枷から繋がれた鎖の先には、直径20cm程度の鉛玉がドッシリと構えている。
 思わず、溜め息が漏れた。
「……マ……るか……?」
「?」
 月光と共に、ボソボソと小さな声が聞こえた気がした。が、直ぐに気のせいだと思い再び顔を伏せた。
「シュー……か……るか?」
 やはり、声がする。
 立ち上がり空気窓を覗こうとしたが15cm程届かず、少し離れて遠巻きに覗く事にした。
 月の光が映し出す。徐々に輪郭が露になり……
「よぅ! 元気か?」
「織之?」



*****



 城内というか、城の周りをぶらぶらとしていて、足元に小さな隙間を見つけた。高さ10cm、横20cm程度の隙間で、5本の鉄パイプが嵌め込まれている。なんとなく覗いてみたら、たまたまシューマがいた。
「元気そうでなによりだ」
「そう見えるかい?」
 いつもの様な高慢さはなく、ただ無理に引きつった苦笑いだけが感じられた。
「あぁ、アブナイプレイで楽しんでる様に見える」
 はぁ、っと溜め息を吐かれた。冗談の通じない奴。
「嘘うそ。ちょっと待ってろ」
「は?」
 警備員の一人を捕まえて、衣服をひっぺがえして僕が着た。
 そのまま堂々と、「交替だ」なんていいながら簡単にシューマの牢獄へと辿り着いた。
 シューマは笑いながら言った。
「全く、君には驚かされる事ばかりだよ」
「代金はきっちりもらう主義でね」
 牢獄の錠を開けようと鍵に手を伸ばした時、それをシューマが止めた。
「待って。その前にお願いがあるんだ」
「なんだ?」
 彼は軽く辺りを確認すると、可能な限り顔を近付け、小声で囁いた。
「マシュマール王国の教育の一つに、このダイアに纏わるモノがあるのだ。それは、王継承者が3つになる頃から5年間、毎日欠かさず行われるものだ。その記憶すら王になり、新たに継承者が産まれまた教育が始まり終わる頃、薬によって記憶を綺麗に消されてしまうんだ」
 続けて、王子が歌い出した。

 ♪歌を歌う女神様
 月の光に誘われて
 白薔薇の小道を歩くよ

 蝶達が歌う七色の石像で そっとおやすみ
 小鳥の歌声で目が覚めた時 王子様のお迎えが待っているよ

 歌を歌う女神様 白薔薇の小道を抜けて
 蝶達が歌う七色の石像で 王子様に逢いましょう♪

 シューマの歌が止まる。
「織之、君にはこの意味がわかるであろう? 中庭まで行けるか?」
「あぁ」
 シューマは笑った。暗くてよく見えなかったけど、泣いている様にも微笑んでいる様にも思えた。
「幸運を。神のご加護があるように」
 牢獄を抜けて中庭へ行く途中、教主らしき人物とすれ違った。
「おぅ、ご苦労」
(こいつが、教主か?)
「お疲れ様です」
 多分、シューマの元へ行くのであろう。手には小さなホウキの様な形の鞭が握られていた。

 ―― 教主の目的は、王家のダイアなんだ。そして、この国を支配する事。民が奴に平伏し、崇め、神に近いと錯覚する。王である父上も母上も既に処刑されてしまった。王家は崩壊した。僕は処刑される事も既に覚悟は出来ている。しかし、ダイアが……国が奴のモノになる事だけは我慢ならない。お願いだ。ダイアだけでも、君が持って逃げてくれ。 ――

 シューマ、僕はみすみす殺される必要はないと思う。
 大体、僕がダイアの為だけにここまで来たと思うな。
 礼は、きっちりとさせてもらう。
 シューマに付けた盗聴器から、悲痛な鞭の音と呻き声が聞こえてきた。それから、あの貪欲な教主の声も。
『いい加減、鍵のありかを教えたらどうなんだ! 民衆の前で殺されたくないだろ!!』

 ビシッ!
 ビシッ!
 ビシッ!

 何度も何度も響く鞭の音。

『……ぅう……貴様に……渡す……くらいなら、ここで……死ぬ……』

 再び、鞭の音。

 流石に聞いていられなくなり、イヤホンを外した。
 丁度、中庭についた。
 中庭には、歌の通り白薔薇が咲き乱れていた。行き届いた手入れに、白色はかなり質が良く、時折ブルーにも見える。
 中央へと伸びる道の途中には、人工的に作られた小さな川が流れ、可愛らしい
橋が掛かっている。

♪歌を歌う女神様
月の光に誘われて
白薔薇の小道を歩くよ♪

 中央に、蝶の群がる石像が5つ並べられていた。一つは女神の姿をし、残り4つは天使の姿をしていた。が、右から2つめの天使の石像にだけ、月光が惜しみ無く降り注がれていた。

♪蝶達が歌う七色の石像で そっとおやすみ
小鳥の歌声で目が覚めた時 王子様のお迎えが待っているよ♪

 多分、この天使石像が鍵のありかに繋がっているのには間違いがないんだろうけど……どうしよかと思い、天使の頭をパンパンと叩いて女神の石像を見上げた。彼女は優しい表情で微笑んでいるだけ。

 う~ん
 あれ?
何か違和感を感じる。

♪歌を歌う女神様 白薔薇の小道を抜けて
蝶達が歌う七色の石像で 王子様に逢いましょう♪

 天使の石像は、中が空洞になっている様で、また一体だけ違う素材で出来ているらしく、簡単に持ち上がった。
 手を胸元で回し、踊っている様にも見える女神像。
 考え方によっては、誰かを抱いている様な姿に見えなくもない。否、そう考えた方が自然だ。
 女神像の手の中に、天使像を嵌め込んでみた。
 ピッタリだった。
 瞬間、女神像の天使を抱く腕が下がり、それがゼンマイ仕掛けとなって女神像が僅かに後ろへとスライドした。
 中には、金色の指輪が一つ。
 印鑑の様な形に、彫り込まれた模様のトップ。これが、鍵か。
 僕は像を元に戻すと、シューマの元へと駆け出した。



*****



「シューマ、大丈夫か?」
 鞭打たれ、身体中ズタズタにされた姿で、彼は気を失っていた。
「……し……きの……」
 ポツリと僕の名を呼んだ彼に、金色の指輪(鍵)を見せた。
 それを見て、シューマはゆっくり微笑んだ。
「……早く外して……逃げろ……ダイアが盗まれたと知ったら……奴は……地獄の果てまで追ってくるぞ」
 シューマの首輪を調べると、後ろ側に指輪と同じ絵柄が彫り込まれていた。図柄と図柄を合わせて回すと、首輪は簡単に外れた。
「お生憎様。まだ僕の働き分の代金はもらってないんでね」
「!?」
 調べた所、この国にはダイアと並ぶお宝がもう一つ存在していた。
 王子が王へとなる際の儀式にのみ使われる杯(さかずき)、それは装飾の施された金で出来ていて、そこには大きなダイアが埋め込まれているという。
 シューマをそっと壁に寄せると、水を飲ませてやった。数回深呼吸してから、シューマは再び口を開いた。
「悪いが、ダイア以外には何も持ってないんだ」
「いいよ、勝手に頂くから」
「勝手に?」
「あぁ、もう少し踏ん張れるか?」
「なんとかね」
 彼は痛々しい身体を庇う様にして、ゆっくり起き上がった。
「ここからは、僕の意見に従って貰うよ。君に拒否権はないし、決して悪い様にはならないからね」



*****



 青い空。
 綺麗な。なんて付ければ、また違った風に見えたかも知れない景色。
 だが、王子が処刑される瞬間と、それを見たいが為に集まった民衆には、青い空は死人の顔色そのものだった。
 少し痛んで見える木製の断頭台(ギロチン)はどっしりと構え、取り付けられた巨大な刃はこれでもかと言うくらいに磨きぬかれ、不気味に日の光を反射させている。
 悪趣味この上ない。
 あの、気色の悪い教主が叫ぶ。
「皆の衆!! ここに、呪われた王家、呪われたブルーダイアが存在する! 私はこの呪われたモノ達を排除し、この黄金に輝く杯にてその血を飲み干し、罪を被り、そして神に許しを乞おう!! 全ては民衆の為に。全てはこの国の為、平和の為に!!」
 狂った民衆共が、一斉に歓声を上げた。

“王子を殺せ!”
“ダイアを壊せ!”
“教主様万歳!”
“王家を潰せ!”

 民衆の掛け声はやがて一つになり、青い空高くに響き渡った。
「王子を」
 教主が手下に告げると、彼は忠実に手首を縛り上げられたシューマ王子を民衆の前に立たせた。
 今度は王子が、ここぞとばかりに声を張り上げる。
「皆の者、よく聞け!! 僕は民衆そして国の為にここで処刑される事を恨みはしない! だがな、ここにいる教主は違う!! 王家のブルーダイアを欲し、黄金の杯を掲げてはこの国を支配する事を願い、挙句民(たみ)が自分の足元に平伏し……」
「止めさせろ!」
 教主が叫んだ。が、王子は止めない。
「神と崇める事を願っている!! それがこの嘘偽りで塗り固められた処刑だ! 我が父上が、王が、母が……」
 教徒によって押さえ付けられても、王子はそれを止めようとするどころか益々声を張り上げるだけだった。
 「いつ王家が民を裏切った!? 裏切るならコイツだろ? 僕は死ぬ!! 今日ここで、数時間後にはこの身体に頭部はないであろう! だがな、覚えておけ!! 民衆が王家を裏切り、この国を崩壊へと導いた事実をな!!」
 教主の鞭が王子を打った。
「さっさと、殺ってしまえ!!」
 教徒が蹲る王子の髪を鷲掴み、顔を上げさせた時だった。
 王子が静かに薄笑みを浮かべて笑った。
「……なんてね。ゲームオーバー……」

 瞬間、その場が血の海と化した。

 突如響き渡った銃声に、辺りが騒然と静まり返った。
 結ばれていた筈の縄がスルリと地面に落ちる。同時にナイフが落ち、カランと無機質な音を立てた。
 そして王子の手には、黒くごつめのオート拳銃。
「貴様!! 何者だ! 王子は!?」

 バサリと翻したマントから、王子が僕、織之へと姿を変えた。

 赤い薔薇を投げながら言う。
「ブルーダイアに引き続き、黄金の杯を頂きに参りました!」
 今度は、教主の口許が緩んだ。が、目だけは怒りに満ちている様に見えた。
「VIVACEか? 世界に名高い大悪党と聞いた。こざかしいが、その大胆っぷり気に入った。なんとも頭の悪い。丁度いい」
 突如教徒が数名駆け付け僕を囲み、ライフルを向けて来た。
「生け捕りにしようが殺そうが、貴様には賞金が掛かっていたな?」
 僕は冷ややかに答えた。
「それがどうした」
 と。
「言わずと、貴様を血祭りに上げて賞金を頂くまでだ」
「悪いけどヘボ教主にやられる程、腕は悪くないよ」
 パチン、と指を鳴らす。
 それを合図とし、仕掛けておいた煙幕が舞台を取り囲んだ。
 民衆内でもパニックが起こる。
 しかし教主は構わず、教徒の握っていたライフルを奪うと目の色を変えて僕を追い始めた。
「VIVACE! どこだ? VIVACE! ヴィバーチェェェーー!!」
 教主の前を、一つの人影が通り過ぎた。

 ドーン!!

 と、一発銃声が鳴り響いた。
 既に民衆の輪の外側で、僕は杯を抱えたままそれを見ていた。
 徐々に霧が晴れ、無残な現実が露となる。思わず僕は、目を背けていた。
「坊や!!」
 教主が撃ち殺したのは僕ではなく、民衆の少年であった。
 煙幕で方向感覚を奪われた教主は、知らぬ間に民衆の中へと飛び込んでおり、罪なき少年と知らず引き金を引いた。
「……教主様……」
「……民衆の中で、撃つなんて……」
「視界が悪いのを承知で、銃を取るなんて……」
 民衆の冷たい目が、教主、そして教徒に降り注いだ。
「待て! 事故だ! VIVACEが悪いんだ!!」
「けれど、撃ったのは教主様よ」
「そうだ、殺したのは教主だ」
 人の心なんて変わりやすいモノだ。
 ましてや、目に見える事実、見えない事実なんて、見える事実の方が強いに決まっている。けれど、脅迫観念なるものや、集団の中にいることによって催眠状態に陥り、なんらかを切っ掛けとしてそれから覚める事もあるわけで。
 まぁ、簡単に言うと、人の信じているもの程頼りないってことだ。
 教主、そして教徒の悲鳴が響く。
 鈍い音と共に、民衆の手によって、その黒く薄汚れたこの国の信教は幕を閉じた。



*****



「ミイラ男みたいだな」
 笑いながら茶化すと、元王子ことシューマは膨れながら言った。
「失敬な」
 ただそこに嫌味はなく、むしろ敵わない、と言う様な呆れた笑いが混ざっている様に感じられた。
「返せとは言わないんだな?」
 言われても返すつもりはないが、好奇心で聞いてみた。
「いらぬ。その様な争いのタネなど」
「民衆が待ってるぜ」
「……僕に……王など出来るのであろうか……端から国など興味ない」
 民衆の叫びは聞こえた。
 国のメディア機関は王子を探せと、王子の復帰をと騒ぎ立てている。
 僕らは今、隣国の病院にいる。シューマの怪我の具合も良好で、もう戻っても大丈夫だろう。
「民が、支えてくれるよ」
「あれほど王家を潰せ等と騒ぎ立てていたのに、皮肉なものだな」
「仕方ないさ。人間なんて弱い生き物だから」
 クスリ、と笑う。
 そして大きく息を吐いてから元王子は言った。
「やってみるよ。王として、最高の指導者になれるよう」
「よぅし」

 それから、マシュマール王国はマシュールと国名を変え封建制度を廃止。
 シューマが王として国のトップに立ったものの、国民の意見をまとめて決断を下すと言う、どちらかと言うと民主主義的制度に切り換えたようだ。
 文字通り、民がシューマを支えている。

 いいことだ。



*****



 おまけ、ICPO内VIVACE捜査部。

「……今回……出番なかったわね」
 ハンリーの姉エミリーがぼやく。
「まぁ、こんな事もあるって」
 苦笑いを向ける弟に、姉は冷ややかな目を向けた。
「エミリーさん、イライラは良くないですよ? 何か食べます?」
 流石、お気楽極楽刑事。姉に素頓狂な事を言うなんて、凄い度胸だなと彼は一人思う。
 姉は大きな溜め息を吐いて言った。
「いらないわよ」
 今日も今日とて日が暮れる。
 とても平和でなによりだ。
 めでたし、めでたし。
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