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第3話
しおりを挟む「起きろ」
「…何」
「動きが見えた」
窓の外を見れば月が静かな街を照らしているような時間だった。
猫はその長い尾をゆらゆらと揺らしている。
「…暗くてよく見えない」
窓を小さく開けて顔を覗かせれば、人影は見えるものの、何が行われているのかまではよく見えない。
「ねぇ、力を貸して」
「分かった」
猫は私が何を言いたいのか察して、私の影に飛び込んだ。
目を閉じて意識を集中させ、再び目を開けると外は真昼間のように明るかった。
「見えるか?」
「うん、ありがとう」
これは『猫目』と呼ばれる猫特有の目である。
網膜の視神経に微かな光を反射させて、暗闇でも鮮明に景色を捉えることができる。
猫が私の影に入ると何故か私もこの猫目を使えるようになるのだ。
「…あれは、馬車?」
極力小さな音がしないように動かしているが、大きな木造の馬車が国境に近づいていた。
門番は見慣れているのか、何かを受け取ると馬車を通した。
「わぁ…この国真っ黒じゃない」
「明らかに何かを受け渡していたな」
猫はずるりと影から出てきた。
すると私の目は再び暗闇しか見えなくなる。
「これからどうするんだ?」
「とりあえず、パーティー好きの貴族の家でメイドとして働こうかしら。どこかのお偉いさんたちの噂話を聞きたいわ」
「もっと手っ取り早い方法を取らないのか?」
「ここで慎重に動かないと後で困るのよ」
猫はつまらなそうにため息をついた。
そろそろ暗闇に目が慣れてきたようだ。
「今回は長丁場かい?」
「稼ぎ時なの」
「つまらん」
それだけ言うと猫はまた私の影の中に潜っていった。
「ロサちゃん、先ほど帰られたお客様が忘れ物をしたみたいだから届けてくれるかな」
「はい!」
次の日から始まった仕事内容は主に客の案内、客室の準備、料理を運ぶこと。
そして掃除など雑用全般だ。
男性は私のことを本気で無害な子どもだと思ってくれているようで、聞けば大抵のことを教えてくれた。
「メイドとして働きたい?」
「うん。だからどこの貴族がいいとか知っていたら教えてほしいの」
あっという間に1日が終わり、夜ご飯を男性と食べながらメイドとして働きたい旨を伝えてみる。
男性は渋い顔をして唸った。
「僕としてはここで働いてくれると嬉しいんだけど…今日1日だけ見てもロサちゃんは本当に飲み込みが早いし愛嬌もいいし…」
「でも、貴族のメイドとして働くのはママの願いでもあったから…」
情を誘うようなことを言えば、男性は渋々頷いてくれた。
「そう言うことなら仕方ないけれど…貴族のメイドは思ったより大変だよ」
「うん、でもメイドとして働きたいの」
「分かった。じゃあ良さそうな人がいたら紹介するね」
そんな約束から1週間が経った。
昼は宿の雑用をこなし、夜は怪しい動きがないか観察する日々が続いている。
「……何か音がする」
「音?」
夜の観察中に猫が何かに気づいたように呟いた。
耳を立てて1点を見つめていたかと思ったら、急に窓枠に飛び移った。
「しばらく街をふらついてくるよ。また会いにくる。今回の偽名はロサだったな」
「え、ちょっと待ってよ!あと偽名とか言わないで!」
猫は私の抗議を無視して、そのまま飛び降りた。
自由気ままにいなくなった猫にため息をつく。
「猫は気まぐれ、だっけ?」
いつも猫が使っている言い訳を思い出す。
全く、どこでそんな便利な言葉を覚えたのだろうか。
それにロサという名前が偽名なのはわざわざ指摘しなくても良くないか?
そんなことを考えていれば、部屋にノックが響いた。
「ロサちゃん、夜遅くにごめんね。今大丈夫?」
扉の向こうから聞こえるのは宿主の男性の声だ。
深夜帯のため、気を使って小さな声で話しかけてくれているようだ。
「…だいじょうぶです」
一応今起きたということにするため、舌足らずで話しながら髪の毛を適当に乱しておく。
扉を開ければ、男性が申し訳なさそうに眉を下げていた。
「前にメイドとして働きたいって言っていたよね?僕が1番信頼している貴族に話を通してみたら、ちょうどこの前メイドが辞めたから雇いたいって言ってくれたんだ。仕事の関係で今来てくれたんだけれど会ってもらえる?」
「はい、勿論です!」
猫が察知した音とは貴族のことだったようだ。
手櫛で髪を整えながら階段を降りれば、宿のフロントに綺麗な身なりをした男性が従者らしき人と何かを話していた。
「トレヴァーさん。この子です」
「…随分幼いんだな」
トレヴァーと呼ばれた男性は私を値踏みするような目で見てくる。
黒髪に赤い瞳という見た目をしており、その整った顔の目の下にはうっすらと隈がある。
あまり寝ていないのかもしれない。
私はぺこりと頭を下げる。
「ほら、自己紹介して」
「…はじめまして、ロサと言います」
「俺はトレヴァー・テルトだ。国の警備隊の隊長を務めている」
「警備隊!?」
思わず声を上げてしまった。
慌てて口を塞げば、彼は怪しむような目つきになった。
「……何か問題でもあるか?」
「いえ、何も……」
まさかこんなところで警備隊に会うとは思わなかった。
この国では後ろめたいことは何もしていないが、これからこの国を滅ぼそうと思っているのだから何となく動揺してしまう。
「あの…」
「…まぁ、いい。とりあえず働く気があるなら俺の屋敷に来い。話はそれからだ」
「はい」
彼の後ろに着いていこうとすれば、宿主の男性に呼び止められた。
「ロサちゃん、本当に頑張るんだよ」
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべるも、結局男性の名前を覚えるまでに至らなかった。
まぁ、そんなに長居する気もなかったから問題ないだろう。
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