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138.〖ロンウェル〗現在

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 寮の【317】号室に入り、リビングの方へと足を進めた。

 リビングに入ると――猫のトイレや遊び道具、キャットタワーなど、猫グッズがたくさん置かれている。

 ――部屋の奥に設置されている棚から、ミィの様々なおやつが入れられた箱を取り出す。

「ミィ、今日は何の味が良い?」
『みゃっ!』

 ミィはふわふわとした可愛い前足で、鶏のマークがついている袋をタッチした。

 今日の気分は、鶏ささみか。

 小さい器の中に、ぷるんとしたゼリー状のおやつを出し、ミィの前に置く。

 小さな口ではむはむと一生懸命に食べていて、それを見てるといつも口が緩んでしまう。


 クリーム色をした柔らかな毛に、薄ピンク色をした大きな目、ちょこんとついたピンク色の鼻に、ふっくらとした口元をしていて――ミィは、とても美しい猫だ。

 俺は、初めてミィを視界に映した時。非常に驚いた。

 それは――ミィーナに、そっくりだったからだ。

 人間と、猫との違いがあるし。そんな、まさか……と思うだろうが。俺には、ミィーナがそのまま猫になったかのように見えて……。だから名前も、無意識にミィーナと似通ったものにしてしまった。

 けど、塔主様やハートシア様の反応から。普通に【可愛い猫】として見ているようだったので、俺も変なことは言えなかった。

 特に、ハートシア様は……。あの時の事で、ミィーナに対し、申し訳ないと思っている様子であったから……。

 そうなるのが分かっているからこそ、ハートシア様が森へ向かうあの時――ミィーナが亡くなったことを伝えられなかった。

 それは、ハートシア様がそれを知って。必要のない負い目を感じてしまわないようにと、魔術塔の全員と決めたことだった。

 けど、俺はそれ以上に……。ミィーナが亡くなってしまった事が、信じられなかった。


 ――ミィーナは、ハートシア様が森へ行くと決めていた日の、3日前になっても姿を現さなかった。

 それは、ミィーナが『集中したいから、自室に籠って作業をしたい』と言い、部屋から一切出てこなかったからだ。

 その進行状況によっては、ハートシア様が森へ向かうのを延期しなければならない。
 俺が行くことで、ミィーナの作業を邪魔してしまうと思ったが……。でも、このまま作業経過が分からなくては皆が困るので、それを聞きにミィーナの部屋に行った。

 けど、声を掛けても、チャイムを鳴らしても……まったく返答がなく。流石におかしいと思って、何とか鍵を壊し、部屋に入ったら――ミィーナが塔主様に宛てた手紙を握り締め、亡くなっている事に気が付いた。

 ミィーナの近くには……。大量の栄養剤と、完成している魔法具が置いてあった。

 俺は、そのような最悪な事態になっているのも知らず。集中を妨げてはいけないと思い、ずっとミィーナの部屋に伺うことをしなかったのが……今でも悔やまれる――――。


「にしても……。ミィーナは、本当に塔主様が好きだったんだな~……」

 ミィーナの手紙は、塔主様にしか残されていなかった。

 それは、ミィーナが塔主様を恋慕っていたからだと……直ぐに分かったのだ。

 だからこそ、防御壁をあれほど長い期間にしたということも……――。

「俺にも……。せめて、メモの一言だけでいいから残して欲しかったな」
『みゃ~ん』

 いつの間にかおやつを食べ終わっていたミィが、床を引っ掻いていた。

 ――あそこは、よくミィが引っ掻いている所だ。

 その場所に何か拘りがあるのかと、キャットタワーをそこに設置したのだが……。
 キャットタワーには見向きもせず、いつも床部分を引っ掻いていた。

 今日はいつもにも増して、ひたすら床の部分をガリガリガリと引っ掻いている。


「ほら、床は固いから……。爪とぎはここでしな」

 ミィを抱っこして、キャットタワーにつけられている爪とぎに誘導するが。ミィはバタバタと暴れ、ずっとそこの床に視線を向けている。

「なんだ? 何をそんなに……――ん?」

 床を注視して、今になり気が付く――。

 綺麗に周りと馴染んでいるが、ここの床の一部分だけ、魔法具が使われているようだった。

 これは、自分の見られたくないものを周囲の風景と一体化させて隠すための、【姿隠しの魔法具】だ。

 恐らく、ミィーナが、何かを隠したのだろう。

 そう、この【317号室】は――ミィーナの自室だった。
 ミィーナが、自分の名前に似ていて覚えやすいからこの部屋にしたと。以前、塔主様が言っていた。

 まだ、この部屋が空室だというのもあり。何となくここにミィの物を置きたいと思い、今はミィに関する物を大量に置く部屋となっている――。


 ミィーナが見られたくなくて隠していたものを、暴いて良いのかと悩んだが……。

『みゃ~~ん! みゃ~~ん!! うにゃっ! うにゃ~!』
「うわっ……! 分かった! 分かったって!」

 今も、ミィはそこが気になって仕方がないようなので……。俺は悪いと思いながらも、それを解くことが出来るのか試してみる事にした。



 ********


 ミィーナが単純な性能にしていたお陰で、その魔法具を解くことが出来た。

 そこの床には箱が埋め込まれており、これはなんだ……? と眺めていたら。
 俺の手がミィの頭にグイグイと押され、まるで『早く開けろ』と言われているようだ。

「分かった、分かった。今、開けるから……」

 何が出てくるのかが分からない箱の蓋を、恐る恐る開けてみると――。

「ん? 手紙、か……?」

 ――手紙のようなものが、ポツンと入れられていた。

 手紙の表面には、何も書かれていない。

 誰宛か分からなければ、その相手に渡すことが出来ない。

 外側に書かれていなければ、悪いけど中身を拝見させてもらわないと……。

 それを手に持ち、くるりと後ろに向けると――『ロンウェルさんへ』と、ミィーナの字で書かれていた。


「――え? お、俺に……?」

 俺宛てだと理解した瞬間、心臓がバクバクバクと激しく脈打つのを感じる。

 急かされるかのように手紙を取り出し、それに目を落とした――――。


『本当は、塔主様と同じ魔法具で、ロンウェルさん宛に手紙を残す筈だったんですけど……。あの精密な魔法具をもう一つ作る余暇がなかったので、単純性能の姿隠しの魔法具を床下に隠すかたちになってしまいました。

 でも、ロンウェルさんなら……。この魔法具を解けると思ったので、問題ないと思っていました!

 ロンウェルさんは、自分は大したことのない人間だとよく言っていましたけど……。私は、ロンウェルさん程に周りからの信頼が厚い人はいないと思っていました。

 だって、魔術塔の人達は勿論のこと。塔主様から一番に信用されているんですから! それは、とっても凄いことですよ!!

 それに、周りの人達の気持ちを瞬時に読み取れるのも、凄いと思います。そんなロンウェルさんだから、皆にいつも相談されるんですよ?

 ……私の罪のこと、ずっと黙っていてくれてありがとうございます。

 本当は、言っても良いくらいの事ですし。それこそ、魔術塔を追放される程の事だったのに……。ロンウェルさんは、ずっと塔主様に言わないでいてくれた。

 だから、私は……。魔術塔という温かな場所で、生を終えることが出来たんです。

 例え、私がやったこと全てが無駄になったとしても、命をかけたことに全く後悔はありません。

 その未来を、私は見ることは出来ないけど……。きっと、良い未来になっていると信じています。

 あっ! 最後に、これだけはロンウェルさんに言っておきます!!

 もし、これから先。私のように小さくて子供っぽい女性が魔術塔の仲間になっても、ずっと子供扱いしては駄目ですよ! 立派な女性なんですからね!!』


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