上 下
93 / 142

93.消えるなんて許さない

しおりを挟む
 


 レイドの方に向かってたヤツィルダが、途中でくるりと俺の方に振り返る。

『そうだ! これは言っておくな~? 現実に戻ったらさ、魔術塔のここの部屋――【塔主の間】の書籍とかよく読んだ方が良いぞ? 覚えるのは少し大変だったけど、俺にも出来たからヤマダも絶対大丈夫っ! なんてったって、俺だしな!!』

 ヤツィルダが、頑張れよ~! というように、ガッツポーズをした。

「えぇっ? なんで、それが必要なんだ?」
『いや~、個人的に苛ついたのがさ……。あの、今いる魔術塔のジジィ共!! ヤマダの反応を見て、理解出来てないと確信した、ここから少し離れた地区の言語をわざと話してたんだぜ? 話してる内容なんてペラッペラなくせにさ~! マジで苛々したわっ!! レイドは、不思議に思いながらも相手に合わせてたみたいだけどな~』
「は、はああ~っ!? マジか!? だから、途中から急に、話の内容が一切わからなくなったのか!!」

 俺が専門用語かと思ってたものは、あのジジィ共がわざとそうして俺を馬鹿にしてただけだったらしい。

 おかしいと思ってたんだよな~。急に、全部の言語自体が分からなくなったから……。

「分かった! 確かに、マジでムカつくわ!! ――って、やっぱりさ……。今いる魔術塔の奴らは、ヤツィルダがいる時の人達じゃないのか? あんなに内部の雰囲気が変わるなんて、どういう状態になってるんだ……?」

 ヤツィルダは『今いる』と言っていたから、そうなのかなとは思ったが、一応聞く――。

『うん……。ほとんど皆、中級魔術師だったから……。もう、この世にいないだろうな。今、魔術塔の内部がどういう状態になってるのか知りたいならさ、ヤマダがレイドから聞いてみてくれ。俺は、さっき言ったように、ヤマダがいる時にしか意識が浮上しないから……分からないんだ』
「そうか……。分かった、レイドに聞いてみる」

 さっきヤツィルダが、レイドがどうして人の名前を呼ばないか理由を話していた、その内容。
 それは、ヤツィルダ自身にも当てはまっていることだ。
 殆どの人は、極級魔術師の自分よりも先に死んでいく――それは、とてつもなく辛いことだろう。

 そっか、ヤツィルダの意識のことはさっきそう聞いていたし……。なんだか、聞かなくて良いことわざわざ聞いちゃったかな――。


『よぉ~~し!! ヤマダ、ちょい待っててな~!!』
「え、ああ……!」

 ――ヤツィルダがニカッと笑い。再び、レイドの方に歩いて行った。

 俺も深くは気にしないタイプだけど、ヤツィルダはその俺を、更にレベルアップした感じだな~。

 自分が長く生きたら、ああなるのか? と、何だか妙に感心して、ヤツィルダの背中を見ていたら――あれ? と思った。

 そうだ。さっき、ヤツィルダは……。


「ヤツィルダっ! 待ってくれ!!」
『――ッ!!?』


 レイドの身体に触れようとしていた、ヤツィルダの腕を、強く掴んだ。


 ――すると、俺の中へとヤツィルダの記憶が流れ込んで来る。
 まるで、乾いたタオルに水が吸い込むかのように……俺の中へ――――。


「ぅう……っ!」
『――ぁっ! ヤマダ、離せっ!!』


 パシッと手を払われ、記憶の流れが遮断される。


「ぅっ、はぁっ! はぁ……! ――ああ、なんだよ……。ヤツィルダ、一緒に来れるなら来いよ」
『……だめだ』

 沈んだ顔をして、ヤツィルダはそう言う。

「どうしてだよ? だってさ、ヤツィルダ……レイドに触れたら存在が消えちゃうんだろ?」
『――ッ! な、なんで、知って……?』

 正直、ヤツィルダの記憶が俺の中に流れてくる、というのには驚いたが。
 俺が、魔術塔の内部についてを聞いた時に、ヤツィルダは『知りたいなら』と言っていて……『知りたい』という言葉を言わなかった。

 ヤツィルダの立場からすると、普通は知りたい筈だ。
 例え、今は意識だけの状態だったとしても……――。

 けど、それを俺に頼まなかったということは……。自分は、それを知ることが出来なくなる何かが起こるのだと分かっていたからじゃないのかな? と俺は思った。
 それは、ただの俺の予想でしかなかったけど……。ヤツィルダの反応を見るに、それは当たっているようだ。


「あ! やっぱり、そうだった? ヤツィルダに鎌かけたんだけど、見事大当たり~!」
『へ……?』

 ヤツィルダは、ポカンとした顔をして。直ぐに、大笑いした。

『あっははは!! もぉ~、ウケるわ。俺、よくその手を、取引先とかの相手に使ってたんだよな~! 俺自身に、それを使われる日が来るなんて思わなかったっ!!』
「へ~、やっぱ俺なんだな~?」


 ヤツィルダは、ひとしきり笑ってから――真剣な顔を、俺に向けてきた。


『ヤマダ聞いてくれ。あのな……。俺のせいで、レイドは未だ、こんな状態なんだ。本来の流れだと、現実にはこのような事が起こっていないと、それを確たるものとするヤマダの存在がここに来たことで――この悪夢は終わる筈だった。白い禁術機に、ヤマダなら大丈夫だって言われてたのは、そういうことからなんだ』

 白が言っていたことには、それで合点はいくが。ヤツィルダのせいって、どういうことだ……?

 ヤツィルダは、苦しそうに顔をしかめている。

『でも……。レイドに酷く辛い記憶を植え付けた、俺の存在がレイドの中に入っていることで……それに不具合が生じた。だから、この状態から抜け出すことが出来なくなったんだろうな。俺は、どう転がっても……レイドにとっては救えなかった存在になるからさ。――……あの壁はレイドの嘆き悲しむ魔力が含まれてる。だから、その強い力に触れれば……意識しかない存在の俺は消えるから』

 ……俺は現実に帰ったら、レイドに全てを話し、ヤツィルダの意識をなんとか出来ないかと聞くつもりだった。もし、それが出来ないというなら、何か方法を探そうとも思っていたんだ。
 ヤツィルダ。レイドと長くいて、あんな風に消えたお前が……。なんで、レイドのことを分かってねーんだよ――。

「――そうすれば、この世界から俺とレイドが抜け出せる、ってか? おい、そんなことをしたら……。ヤツィルダが目の前で消えるのを、レイドは二度も見なきゃいけなくなるって……。それを、分かって言ってんのかよ……っ!」
『え……? あ、ああっ……!』


 ヤツィルダは俺に言われて、そのことに、やっと気がついたのか。
 グシャリと表情を歪め、手で顔を覆ってしまった。

 肩を震わせ、泣くヤツィルダを見ていると。俺もなんだか胸が苦しくなってきて……――その苦しさを感じる胸を、ギュッと痛いくらいに掴んだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

処理中です...