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93.消えるなんて許さない
しおりを挟むレイドの方に向かってたヤツィルダが、途中でくるりと俺の方に振り返る。
『そうだ! これは言っておくな~? 現実に戻ったらさ、魔術塔のここの部屋――【塔主の間】の書籍とかよく読んだ方が良いぞ? 覚えるのは少し大変だったけど、俺にも出来たからヤマダも絶対大丈夫っ! なんてったって、俺だしな!!』
ヤツィルダが、頑張れよ~! というように、ガッツポーズをした。
「えぇっ? なんで、それが必要なんだ?」
『いや~、個人的に苛ついたのがさ……。あの、今いる魔術塔のジジィ共!! ヤマダの反応を見て、理解出来てないと確信した、ここから少し離れた地区の言語をわざと話してたんだぜ? 話してる内容なんてペラッペラなくせにさ~! マジで苛々したわっ!! レイドは、不思議に思いながらも相手に合わせてたみたいだけどな~』
「は、はああ~っ!? マジか!? だから、途中から急に、話の内容が一切わからなくなったのか!!」
俺が専門用語かと思ってたものは、あのジジィ共がわざとそうして俺を馬鹿にしてただけだったらしい。
おかしいと思ってたんだよな~。急に、全部の言語自体が分からなくなったから……。
「分かった! 確かに、マジでムカつくわ!! ――って、やっぱりさ……。今いる魔術塔の奴らは、ヤツィルダがいる時の人達じゃないのか? あんなに内部の雰囲気が変わるなんて、どういう状態になってるんだ……?」
ヤツィルダは『今いる』と言っていたから、そうなのかなとは思ったが、一応聞く――。
『うん……。ほとんど皆、中級魔術師だったから……。もう、この世にいないだろうな。今、魔術塔の内部がどういう状態になってるのか知りたいならさ、ヤマダがレイドから聞いてみてくれ。俺は、さっき言ったように、ヤマダがいる時にしか意識が浮上しないから……分からないんだ』
「そうか……。分かった、レイドに聞いてみる」
さっきヤツィルダが、レイドがどうして人の名前を呼ばないか理由を話していた、その内容。
それは、ヤツィルダ自身にも当てはまっていることだ。
殆どの人は、極級魔術師の自分よりも先に死んでいく――それは、とてつもなく辛いことだろう。
そっか、ヤツィルダの意識のことはさっきそう聞いていたし……。なんだか、聞かなくて良いことわざわざ聞いちゃったかな――。
『よぉ~~し!! ヤマダ、ちょい待っててな~!!』
「え、ああ……!」
――ヤツィルダがニカッと笑い。再び、レイドの方に歩いて行った。
俺も深くは気にしないタイプだけど、ヤツィルダはその俺を、更にレベルアップした感じだな~。
自分が長く生きたら、ああなるのか? と、何だか妙に感心して、ヤツィルダの背中を見ていたら――あれ? と思った。
そうだ。さっき、ヤツィルダは……。
「ヤツィルダっ! 待ってくれ!!」
『――ッ!!?』
レイドの身体に触れようとしていた、ヤツィルダの腕を、強く掴んだ。
――すると、俺の中へとヤツィルダの記憶が流れ込んで来る。
まるで、乾いたタオルに水が吸い込むかのように……俺の中へ――――。
「ぅう……っ!」
『――ぁっ! ヤマダ、離せっ!!』
パシッと手を払われ、記憶の流れが遮断される。
「ぅっ、はぁっ! はぁ……! ――ああ、なんだよ……。ヤツィルダ、一緒に来れるなら来いよ」
『……だめだ』
沈んだ顔をして、ヤツィルダはそう言う。
「どうしてだよ? だってさ、ヤツィルダ……レイドに触れたら存在が消えちゃうんだろ?」
『――ッ! な、なんで、知って……?』
正直、ヤツィルダの記憶が俺の中に流れてくる、というのには驚いたが。
俺が、魔術塔の内部についてを聞いた時に、ヤツィルダは『知りたいなら』と言っていて……『知りたい』という言葉を言わなかった。
ヤツィルダの立場からすると、普通は知りたい筈だ。
例え、今は意識だけの状態だったとしても……――。
けど、それを俺に頼まなかったということは……。自分は、それを知ることが出来なくなる何かが起こるのだと分かっていたからじゃないのかな? と俺は思った。
それは、ただの俺の予想でしかなかったけど……。ヤツィルダの反応を見るに、それは当たっているようだ。
「あ! やっぱり、そうだった? ヤツィルダに鎌かけたんだけど、見事大当たり~!」
『へ……?』
ヤツィルダは、ポカンとした顔をして。直ぐに、大笑いした。
『あっははは!! もぉ~、ウケるわ。俺、よくその手を、取引先とかの相手に使ってたんだよな~! 俺自身に、それを使われる日が来るなんて思わなかったっ!!』
「へ~、やっぱ俺なんだな~?」
ヤツィルダは、ひとしきり笑ってから――真剣な顔を、俺に向けてきた。
『ヤマダ聞いてくれ。あのな……。俺のせいで、レイドは未だ、こんな状態なんだ。本来の流れだと、現実にはこのような事が起こっていないと、それを確たるものとするヤマダの存在がここに来たことで――この悪夢は終わる筈だった。白い禁術機に、ヤマダなら大丈夫だって言われてたのは、そういうことからなんだ』
白が言っていたことには、それで合点はいくが。ヤツィルダのせいって、どういうことだ……?
ヤツィルダは、苦しそうに顔をしかめている。
『でも……。レイドに酷く辛い記憶を植え付けた、俺の存在がレイドの中に入っていることで……それに不具合が生じた。だから、この状態から抜け出すことが出来なくなったんだろうな。俺は、どう転がっても……レイドにとっては救えなかった存在になるからさ。――……あの壁はレイドの嘆き悲しむ魔力が含まれてる。だから、その強い力に触れれば……意識しかない存在の俺は消えるから』
……俺は現実に帰ったら、レイドに全てを話し、ヤツィルダの意識をなんとか出来ないかと聞くつもりだった。もし、それが出来ないというなら、何か方法を探そうとも思っていたんだ。
ヤツィルダ。レイドと長くいて、あんな風に消えたお前が……。なんで、レイドのことを分かってねーんだよ――。
「――そうすれば、この世界から俺とレイドが抜け出せる、ってか? おい、そんなことをしたら……。ヤツィルダが目の前で消えるのを、レイドは二度も見なきゃいけなくなるって……。それを、分かって言ってんのかよ……っ!」
『え……? あ、ああっ……!』
ヤツィルダは俺に言われて、そのことに、やっと気がついたのか。
グシャリと表情を歪め、手で顔を覆ってしまった。
肩を震わせ、泣くヤツィルダを見ていると。俺もなんだか胸が苦しくなってきて……――その苦しさを感じる胸を、ギュッと痛いくらいに掴んだ。
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