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85.〖レイド〗過去
しおりを挟む【塔主の間】へと入り、防御壁に包まれているヤツィルダの近くに腰を下ろした。
「――ヤツィルダ」
俺はずっと『ヤツィルダ』と呼んでいるが、姿や魂がヤツィルダのままであっても、その記憶までは持っていない。
生まれ変わった先で新しい人生を歩んで来ていたのも、あちらに飛ばされてた時に十分理解していた。
「そうだな、名前を聞かねば……」
今はそう呼ぶしかないが……。いつか、新しい名前も教えて欲しい。
ヤツィルダは、名前を呼んで欲しかったと言っていたからな。
それから、お互いに気持ちを通じ合わせて――。
「……それにしても、ロンウェルは凄いな」
ヤツィルダの身体が腐らないように、ロンウェルに協力してもらい、それで俺は小まめに回復魔法をかけていたのだが……。
ロンウェルが、保護魔法と防御壁を混ぜ合わせた魔法を最近習得し、俺が回復魔法をかけなくても良くなったのだ。
魔術塔には、回復魔法を使える者は俺しかいなかった。だから何とかして、回復の魔術師を見付けようかと考えていた矢先に、それを伝えられた。
俺は感嘆し、ロンウェルを凄いと褒めちぎった。
すると、保護魔法は防御壁と同種なものだから、そんな言われる程すごいものではないと、また謙遜していたので……――。
『極級である防御壁でさえ難しい術なのに、それに手を加えて改変する自体、普通は出来ないことだ。そのように謙遜するのは悪いことではないけど、それが行き過ぎると人によっては嫌味に感じてしまうぞ』というような、説教じみたことを言ってしまった。
けれど、ロンウェルはそれに怒るどころか、酷く感動したように目を輝かせながら頷いていた。
何がロンウェルの心に響いたのか分からなかったが、良い方に心境の変化があったようだ。
「こう見ると、本当に眠っているだけのようだ」
その保護魔法と連動させている防御壁は、【塔主の間】にヤツィルダを連れて来たのと同じ形をしているから、尚更そう見える。
ロンウェルには、このような難しい術をずっと発動していても大丈夫なのかと聞いたが。
『むしろ、保護魔法と合わせたら術が構築しやすくなり、簡単になりました。これは、新しい発見です!』と胸を張って言っていた。
俺は今までに、術を変異させたことはない。もし、機会があれば、確認がてらそれを試してみたいと思った――。
サラサラとした綺麗な黒い髪に手を伸ばす――しかし、薄い膜のようなものに遮られているのを感じる。
そのまま手を滑らせ。意味もなく、膜に張られたヤツィルダの頬に触れていた。
そういえば……。あちらの世界に飛ばされてしまい、蛇の姿ではあったが。幼いヤツィルダは、俺の髪や目の色を褒めてくれた。
なら、少なくとも俺の色はヤツィルダの好みなのだろう。
そうだ、目を覚ましたヤツィルダに会えるなら……――次は、俺もヤツィルダのように、自分の気持ちを隠さずに全力でぶつかってみよう。
こんな後悔など、二度としたくない。
「ヤツィルダ、愛している」
目を閉じ、ピクリともしないヤツィルダの顔に。自分の顔を寄せる。
自分の唇を、青く血色の無い唇へと重ねた。
「……これ程、虚しいものなど無いな」
分かっている。直接触れることが、叶わないということは。
――カタン。
「――――ッ!」
背後から物音がしたので、振り返る。
「ん? ミィーナか……? 何か、あったのか?」
ミィーナは、何故だかこちらに強い視線を向けていた。
「ハートシア様……。ハートシア様は、塔主様を心から愛しているのですか? 何があっても、それは変わりませんか?」
「……どうした? 急に」
「質問に答えて下さい」
いつもの、引っ込みがちなミィーナじゃなく。あまりにも堂々としている、その様子に驚く。
それは、皆。知っているのでは――。
いや、ヤツィルダが消えてしまう時。ミィーナは気絶をしていた。それなら、俺の言葉を聞いてはいないか……。
「――ああ、ヤツィルダを心から愛している。この気持ちは、絶対に変わることはない」
「………」
ミィーナは一瞬、下を向き。それから、勢い良くバッと顔を上げて、いつものミィーナの雰囲気に戻っていた。
「ふふ、そうですよね。ずっと分かってましたよ~! 前に私が言っていた結婚式の事は、私の願望でもあったんです! お二人のそんな姿が見れたなら、私はきっと……――あっ! すみませんっ!! この後ロンウェルさんに用事を頼まれてたの忘れてました! では、私はこれで失礼しますっ!!」
言葉を途中で切るようにし、ミィーナはバタバタと部屋を出て行ってしまった。
「……え? 一体、何をしに来たんだ?」
何か、ミィーナに違和感を感じたが。それを聞く前に、颯爽と目の前から消えてしまったので……。そのまま、それを聞けずに終わった。
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