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スイside ②
しおりを挟む鈴鹿には、俺の中身が【茜】だということを知らせるつもりは無い。
それは――鈴鹿が可愛いと思っていた【妹】が、こんなことになったなら……それを、悲しんでくれる。
その沈痛な思いを、ずっと引きずっていて欲しいからだ。そうすれば、ずっと、ずっと……妹として過ごしていた俺のことも忘れないでいてくれる。
それで、初めから……寄生した【スイ】として、会話をしたのだ。
性格は、本来の茜としての性格だが。それに、鋭さが混じってしまったのと、男としての意識が強く出たのもあって、だいぶ様変わりしてしまった。
だからか、ツインを乗っ取った後から。その本質を、上手く隠していても――鈴鹿は、俺のことを怪訝な顔をして見ていた。昔から、鈴鹿は勘が良かった。だから、少しの変化でも、気付いてしまったのかもしれない。
確かに、純粋な人間としての茜は死んだ。
なら、きっと。今の俺は……茜であって、ツインでもある存在となっているのだろう。
でも、茜だった時の想いも伝えたくて。『夢で見た人物はお姉ちゃん』だと言った。
鈴鹿の様子からは、全く信じていないようだったが。それでも、伝えることが出来たからと。少し、満足したのだ。
♢◆♢
結局、鈴鹿に逃げられてしまったが……。恐らくは、子供を高確率に孕んだはずだ。
鈴鹿は、ギリギリで回避できたと思っていたようだけど、膣奥に少量の精を吐き出せた。俺との相性を考えれば、あの量でも子が宿るだろう。
馬鹿だな、鈴鹿は。俺の元にいれば、穏やかに子供を産むことが出来たのに……。
――ありがたいことに、【スイ】は非常に優秀な個体だったようだ。
だから、他のツイーグルの多くからは、畏怖されてもいた。
それもあってか、鈴鹿のことを話すと。すぐに、殆どのツイーグルが理解してくれた。
『優秀なツインが出来るなら、仕方ない』と――。
しかし、ここまであっさりと皆に認めてもらえたのは。以前の星にはなかった人間の技術力があれば、簡単にエスエや鈴鹿を亡き者と出来るという安心感が出来たのと――寄生した生物の知識を100%活かせるのは、優秀なツインであるのだ。
だから、余計に。俺を殺すことをしたくないというのと、俺とエスエの相性の良いツイン細胞で産まれてくる稚児たちに期待しているのだろう。
しかも、生物として相性の良い、俺と鈴鹿の子供に寄生させるなら尚のこと。更に能力が高くなる。それだから、殺すのは惜しい……と考えたのかもしれない。
それで、特にスイを慕っていたツイーグルを雇い。鈴鹿を尾行させたり、驚かすように指示した。少しは、反省させようと思ってのことだ。
けど、本気で鈴鹿を殺そうとする奴もちらほらいた。そいつらは、ツイーグルの秩序を乱すとして、即刻処刑した。
ただ、何故。このような優秀なツインだった【スイ】が……。たかが、人間の少女だった【茜】に乗っ取られたのかは不思議だった。
それを言うなら、鈴鹿がエスエを変異体となるように誘発したのもそうだが――。
たまたま、俺達がそうなれる人間の細胞を持っていたのかは分からない。だが、一つ言えることは『幸運だった』ということだ。
♢◆♢
俺と鈴鹿の子供が、ツインの繁殖が行える体力を得る年齢までは、鈴鹿たちをそのまま自由にさせた。
雇っている監視からの報告では。子供は問題はなく、すくすくと成長していると聞き。安心した。
6年が経ち。子供は5歳となったから、もう繁殖が行えるだろうと判断し。行動に移す。
とは言っても、鈴鹿が海に来るのを待つだけだ。
恐らく、鈴鹿たちは。海がツインの弱点だと考えているようだった。だから、逃走していながらも、海を目指しているのに途中で気が付いた。
実際、そんな弱点などは無いのだが……。海に来てくれるのなら、こちらとしては好都合だ。
森林などだと、鈴鹿に逃げられる可能性が高いし。最近は、馬の形になれるようだから。追い付くことは困難だ。
だから、鈴鹿が海に着き。気が抜けた時の、不意を突くつもりだった。
数日待ち、姿を現した鈴鹿を気絶させた。それで、近くのホテルに寝かせてから。睡眠薬を使い、当分は目を覚まさないようにしたのだ。
そして、覚醒状態になり。エスエと、李里という――俺と鈴鹿の子供を抱えながら、駆けて。すぐに、自宅へと連れて行った。
李里は、ぐっすり眠っていて。自宅に着き、暫くしてから目を覚ました――。
初めは、一体ここが何処なのか、自分の母親はどこにいるのかと、泣いていた。
その李里の様子を、ただ眺めていたら。ずっと黙っていたエスエに――『スイ、君……――今、どんな顔してるか分かってる?』と言われたのだ。
何を言われたか分からなかったけど。エスエの言葉を聞いたらしい李里が「もしかして……エスエと、お友達?」とホッとしたような、柔らかな顔をした。
それからは、エスエや母親の話をマシンガントークで、たくさん俺に伝えてきた。
子供は、とても単純だ。信用している人の友達は、全員が良い人だと思っているのだろう――。
李里は、俺を見上げ。可愛らしく、口を開けて笑う。
――ああ、この存在を消したくない。
そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。
話を聞いているだけで、分かった。
鈴鹿は、李里をとても可愛がり、愛しているのだと――。
あんな形で子を孕ませ、日々追われる状況であったのに……。鈴鹿は、俺の子でもある李里を大事に育ててくれた。
だから李里は、鈴鹿の愛情をいっぱいに受け取り。とても、いい子に育ったのだろう。
けど、この可愛らしい存在を消さなければならない。
じゃないと……――鈴鹿が殺されてしまうからだ。それで結局は、李里やエスエ、俺も殺されることになる。
鈴鹿や李里、エスエは、俺に限ってのみ。優秀なツインが出来るというだけで。その他のツインには、関係ない。
しかも、ツインを繁殖させない姿勢をとれば。いくら、俺が優秀なツイーグルであっても、反逆の意思があると見られ。一緒に、処刑されるだろう……――。
――気付けば、李里を腕に抱いていた。李里は「どうしたの? どこか、具合悪い?」と、俺を心配する声を出していた。
目をグッと瞑った後。俺とエスエの【ツイン細胞】がたくさん含む、ビー玉ほどの機械を――李里の口に入れた。
李里は、泣きながら『なんで?』といったような目を俺に向け、バタバタと暴れた。
それを強く押さえ付け。ちゃんと飲み込ませるために、上向きにさせる。
その機械が、李里の喉を下ったのを確認し。手を離した。
李里は、エンエンと酷く泣きじゃくり。俺を責める言葉を言う。
けど、俺を見上げると、ハッとしたように泣き止み――「な、泣かないで。私、もう怒ってないよ」と言って、俺の顔に手を伸ばした。
李里の手には、たくさんの水滴が付いていた。
それで、自分が泣いていることに気付く。
でも、そんなことに気付いたからといって、何かが変わる訳でもない。
例え、今……時を戻せても。李里を繁殖に使うことを止めることは出来ないのだ。
俺が流す涙を。李里は自分の服で、一生懸命に拭っている。
再び、李里を腕に抱き。以前、茜だった自身とそっくりな、ふわふわな髪の毛を優しく撫でる。
李里は、最初は戸惑った声を出したが。次第に眠くなったのか、ウトウトし……。俺の胸に顔を押し付けるようにして、眠ってしまった。
ツインが繁殖するまでの、つかの間の時間。
今だけは、私として……。込み上げる感情を押し殺さずに、ただ涙を流す。
これは――純粋な人間だった【茜】の、最後の残りかすのようなものだろう。
だから、その残りかすが燃え尽きてしまえば。この感情は、二度と湧き上がらないものだと……何故だかそう思うのだ――。
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