闇のなかのジプシー

関谷俊博

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「どうして、そんなことになったんでしょう?」

「これは私の推測ですが…たぶんあの子は感情を学ぶ機会がなかったのです」
「感情を学ぶ?」
「そうです」
掛橋さんは深くうなずいた。
「教えてもらわなければ、感情は育たないんです。悲しいね、可笑しいねって、親が教えなければ、感情を持たない子供に育ちます。年齢でいえば二歳まで。その大切な時期を、あの子は感情を学ばずに過ごしてしまったんだと思います」
感情を学ぶということを、僕ははじめて知った。生まれつき誰にでも備わっているものだとばかり思っていた。
「それだけでなく、いちどは感情を獲得した子供でも、感情を抑圧しているうちに、感情を失くしていくこともあります。いちど獲得した感情を喪失したのか、そもそも感情を学ばなかったのか、それは私にもわかりません」
そこで掛橋さんは、ティーカップの紅茶に口をつけた。
「心理カウンセリングも、あの子は受けていませんでした」
「拒否していたのですか?」
「いえ、はっきり嫌だという訳ではないのですが…」
 掛橋さんは、そこで少し言い淀んだ。
「私が勧めると、彼女は言うのです。どうして、そんな必要があるのって」
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