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もうそれは、必要ありませんよね

ベルンハルトの思い出 2

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 食堂を出て、一人歩く足音が、誰もいない廊下に響き渡る。月明かりに照らされた廊下は思いの外明るくて、窓から見える澄んだ夜空に、冬が近づく気配を感じる。
 一歩ずつ縮んでいく部屋との距離に、途中遠回りしてしまおうかとも考えた。
 だが、思った以上に早寝のリーゼロッテを捕まえるには、時間をかけている暇はない。

 部屋に着く直前、少し前にリーゼロッテの専属の侍女となったイレーネと廊下ですれ違う。イレーネがほんの少し頷く仕草は、リーゼロッテがまだ起きていることを示していた。
 ベルンハルトがこの場所を訪ねてきたのは、何も一度や二度じゃない。イレーネのそんな仕草の意味を理解してしまうぐらいに、通いづめている。
 そしていつだって、その扉をノックすることができずに、部屋へと戻った。

(今夜こそ)

 ベルンハルトはリーゼロッテの部屋の扉を前に、小さく息を吸った。

「はい。イレーネ? どうかしたの?」

 扉を叩く音に、部屋の中にいるリーゼロッテが応える。
 部屋を出ていったばかりのイレーネと勘違いしたままの返事すら、愛おしく感じてしまう。
 
「リーゼロッテ、今、少しいいだろうか」

「ベルンハルト様?! も、もちろんです。どうぞ」

 このような時間の訪問だというのに、嫌がることなく扉を開けてくれることに、安堵の息を吐いて、部屋の中へと入っていった。

「いかがされました?」

 いつものようにソファに腰を落ち着ければ、リーゼロッテの顔に不安がよぎるのがわかる。

「少し、話をしたいと思ってな。もう休むところだったろうに、申し訳ない」

 リーゼロッテは初めて見る部屋着姿で、ゆったりとしたその格好もまた可愛らしいと、無意識に笑みがこぼれる。

「いいえ。大丈夫です。ですが、わたくしこのような姿で、お恥ずかしい」

「こんな時間に訪ねてきた私が悪い。すぐに終わる」

「すぐに? そうですか。わかりました」

 ほんの少しだけ寂しそうな顔を見せたリーゼロッテの手をつかんで、引き寄せた。

「嫌でなければ、隣に座ってくれないか?」

「……はい」

 はにかみながら、ベルンハルトの隣に座るリーゼロッテのことが、愛らしくて仕方ない。ただただ、このまま隣にいられれば、それだけで何も要らない。
 だが、今夜はそれだけではない。
 
「リーゼ。今回のこと、本当に感謝している。貴女がいなければ、国もロイスナーもどうなっていたかわからない」

「いいえ。わたくしがしたことなんて……何もかも、ベルンハルト様とレティシアにお任せしまって」
 
「リーゼにも、感謝の気持ちを伝えなければと、思っていた」

「そのお言葉だけで、十分です」

「いや、そういうわけにもいかないからな。何か、欲しいものはあるだろうか?」
 
「……ありませんよ。わたくし、今のままで十分幸せです」

「そうか。実は、しょ、食事に、誘おうと思っていた」

 ベルンハルトの言葉に、リーゼロッテの目が大きく開かれ、そのままゆっくりと笑顔を作り出した。

「嬉しいです。ベルンハルト様と一緒にお食事ができるのであれば、その時間が欲しいです」

「では、今度是非」

「はい! お約束です。ですが、いいのですか?」

「それは、これのことか?」

 ベルンハルトは自分の顔の仮面を指差した。

「えぇ。お食事の際に、外されるのでしょう? ご無理、なさらないでください」

「……一つ、昔話をしてもいいだろうか?」

「はい。どういうお話ですか?」

「あれは、まだ父が生きていた頃の話だ。王城へと連れていかれたことがあって、そこで一人の女性に会った」

「女性ですか?」

「あぁ。私より幾つか年下だった彼女は、私の顔を見るなり泣き出してしまってな。その頃はまだ仮面もしていなかったのだが、私の顔は、人に恐怖を感じさせてしまう。リーゼはそれでもいいか?」

「それって……」

「その女性は、とても優しい方だった。初めての王城で、右も左もわからずに戸惑っている私に、笑顔で話しかけてくれて。そんな彼女を怖がらせることになってしまった」

「その女性って……」

「彼女が、私の初恋の人だと思う。その後、何年も忘れることができなかった。彼女の笑顔も、泣き顔も、今でも頭に焼き付いて離れない」

 ベルンハルトの話を聞けば聞くほど、リーゼロッテの目に涙が溜まる。
 初恋だなどと、聞きたくなかったのかもしれない。
 今でもベルンハルトの頭に焼き付いたままの、幼女の顔。

「そんな顔でもいいと言ってくれるなら、一緒に食事をしよう」

「そんな顔だなんて……痛くはないんですよね?」

「あぁ。痛みはない」

「よかった……貴方が、痛がっているんじゃないかって、心配で仕方なかったんです」

「覚えて、いてくれたのか?」

「ごめんなさい。話を聞いて、思い出しました。ベルンハルト様は、そんなに大切に思っていてくれたんですね」

「幼い頃のリーゼに出会えた思い出は、ずっと忘れることができなかった。あの温室で再び貴女に出会えたことは、夢のようだった」

 初恋の人に、たった一人愛した人に、嫌われるのが怖くて、向き合うことから逃げた。
 そんな自分に寄り添い続けてくれたリーゼロッテと、今度こそ素顔で笑い合いたい。
 それはベルンハルトの勝手な願望でしかない。

「嬉しいです。ベルンハルト様の気持ち、教えていただけて」

「怖ければすぐにでもそう言って欲しい。もしリーゼが嫌なら、もう二度と仮面をはずしたりしないから」

「うふふ。わたくし、怖くなどありませんよ」

「そうは言っても……見れば何と思うか」

「わかります。怖くないです。それどころか、感謝しているんですよ」

 リーゼロッテがそう言って得意気に笑う理由が、ベルンハルトには理解ができない。

「何故?」

「そのあざがあるから、ベルンハルト様とこうして夫婦になることができたんですもの」

「ふっ。それもそうだ。それだけは、あざに感謝しなくてはならないな」

 ベルンハルトが唯一あざに感謝できたこと。
 それを同じようにリーゼロッテが感じてくれていたことに、つい笑みがこぼれる。

「もう、その仮面は必要ありませんよね」

 リーゼロッテがそう言って伸ばしてきた手を、抵抗することなく受け入れた。
 ベルンハルトが長い間仮面で隠し続けていた龍の鱗のあざに、リーゼロッテの細い指が触れる。
 外気にすらほとんど晒されたことのない皮膚は、どこに触れられるよりも敏感で、言葉にできないような感情が、体の奥から湧き上がってくるのがわかる。
 何度も感じた、リーゼロッテへの愛おしさを、今ほど感じたことはない。
 リーゼロッテの赤い唇が、そのあざへ口づけを落とした。
 
 一人で眠るには大きすぎるベッドが、ようやくその意味を成す。寂しい独り寝の日々は、今夜終わりを告げる。
 ベッドサイドのテーブルに置かれた白い仮面を、月の光が優しく照らしていた。
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みんなの感想(14件)

nico
2023.09.24 nico
ネタバレ含む
光城 朱純
2023.09.24 光城 朱純

nico様
最後まで追いかけていただき、本当にありがとうございます♪

番外編、などと言ってもらえたこと、嬉しくてたまりません߹𖥦߹♡♡
少し、考えてみたいとも思います。
実現できなかったら、すいません(。>ㅅ<)՞՞

イケオジ好きとは!
奇遇ですね。私もです
ヘルムート、推しです(笑)

執筆速度が遅いのでお待たせするかもしれませんが、次作でお会い出来ること、願っておきます。

感想、ありがとうございました♪

解除
nico
2023.09.20 nico
ネタバレ含む
光城 朱純
2023.09.20 光城 朱純

nico様

これまで焦らしに焦らした二人のラブラブターン(*/ω\*)

まだまだ隠しごとも抱えたままですけど、ここからしばらくはベルンハルトもかっこよく、ヒロインのお相手らしく、なってると思います!

感想、ありがとうございます♪

解除
朝倉真琴
2023.09.20 朝倉真琴
ネタバレ含む
光城 朱純
2023.09.20 光城 朱純

朝倉真琴様

この際代替わりして、幸せな未来を望みたいところですね。
応援を受けて、主役二人にはもう少し頑張っていただきます。

感想、ありがとうございました♪

解除

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