上 下
97 / 104
貴重なものをみすみす渡すわけ、ありませんよ

それぞれの思惑 4

しおりを挟む
「ロイエンタール伯爵、知り合いなのか?」

 ベルンハルトが呟いたのを、バルタザールは聞き逃さない。

「……はい」

 消え入りそうな声で、それでも失礼のないようにはっきりと肯定する。
 ヘルムートの行動の理由はわからなくとも、知らないと切り捨てることもできない。
 そんなことができるような関係を作り上げてきたわけじゃない。

「失礼致します。ロイエンタール家で庭師を務めております、ヘルムートと申します」

 いつもと何も変わらぬ態度で挨拶を口にするヘルムートに、最も不審な目を向けたのはエーリックだ。

「おい。ここをどこだと思っているんだ。すぐに出ていけ」

 開けた扉から、エーリックがそのままヘルムートを追い出そうとする。
 このままヘルムートが追い出されるのであれば、それは当然だろう。だが、ヘルムートのこの行動の真意を知りたいとも思う。
 どう声をかけるべきか、エーリックとヘルムートの二人を見つめながら悩むベルンハルトの横で、バルタザールが口を開くのが見えた。

(まずい……)

 頭の中の混乱を抑えられずに、ベルンハルトはきつく目を瞑った。

「エーリック。その者をこちらへ通してくれ」

 バルタザールの言葉は、はっきり聞こえていたはずなのに、その意味を理解することができない。
 まるで頭が、心が、理解することを拒否しているような不思議な感覚。

「父様?! このような者を部屋に入れる必要はないはずですが」

 バルタザールの言葉よりも、ヘルムートを追い出そうとするエーリックの言葉の方がすんなりと受け入れられた。
 
「構わぬ。彼は、私の古い友人だ」

 バルタザールの言葉に、その場にいた全員が耳を疑っただろう。

「おや。国王陛下。今でも私のことを友人だと仰っていただけるのですね」

 相変わらずの態度を崩しもしない、庭師を除いて。

 
「お、お父様? ヘルムートさんを知っていらっしゃるのですか?」

 その場の状況を何とかしようと、初めに声をあげたのはリーゼロッテだった。
 一番頼りにしていた使用人と、自分の父親が友人だったという信じられない事態を何とか吞み込もうとしているのがわかる。

「古い友人だとそう言ったではないか」

 バルタザールの突き放すような言い方に、リーゼロッテは一瞬俯きそうになった顔を、今度はヘルムートに向ける。
 
「ヘルムートさん。これは一体……」

「奥様。驚かせてしまって、申し訳ありません。少々、旧友に用があったものですから」

 体を硬直させてしまったエーリックの横をすり抜けるようにして、ヘルムートが部屋の奥へと進んでくる。

「旧友?」

「はい。国王陛下とは、国立学院在学中に親しくさせていただきました」

「そうなんですか?! 初めて聞きました」

 ヘルムートの過去については、ベルンハルトにとっても初耳だった。
 ヘルムートの家が代々ロイエンタール家に仕えていたから、その跡を継いだのであって、それ以前にどこで何をしていたのか、聞いたこともなかった。

「過去の話です。特段、話すべきことでもありませんから」

「過去の話だと言ってのける其方が、今更何の用だ?」

「十数年ぶりに王都へ参りましたので、ご挨拶をと思ったのです」

(違う……あの時、ヘルムートは自ら王都へ行くと言っていた。魔力石のことだけではなく、元からこの瞬間を想定していたはずだ)

 まるでこの場へくることを、さも偶然のように振る舞うヘルムートの様子は、ベルンハルトから見れば異質でしかない。
 苦手だ、嫌いだと言ってはいても、両親を亡くして以来、最も信頼していた使用人の行動が理解できずに、ベルンハルトはもう、何も言うことができなかった。

「その、話し方を止めないか?」

「話し方ですか? どこか、おかしいでしょうか?」

 口を挟むことができないベルンハルトを置き去りにしたまま、二人の会話は先へ進んでいく。

「久しぶりに会ったんだ。以前のように話をしてくれてもいいではないか」

 バルタザールの言葉から、ただの知り合い以上の仲の良さを感じとることができる。

「そう仰るのであれば、仕方ありませんね。後々、無礼を咎めるようなこと、なさらないでくださいよ」

 少しずつ崩れていくヘルムートの態度に、エーリックの顔が曇っていく。
 ヘルムートを止めるのであれば、今しかない。

「そのような無粋な真似はしない」

「そのお言葉、信用いたしますよ」

 そう言って見せたヘルムートの企みを称えた顔。
 この場の誰もが想像できていなかったこの状況も、全て狙いどおりだったんだと、考えの深さに驚かされる。
 そして同時に、もうベルンハルトの手に負えない状態だということだけが、痛いぐらいに理解できた。
 
「くどい」

「バルタザール。其方はまだ、魔力などとくだらないものに取り憑かれているのか?」

 バルタザールの言葉を合図に、ヘルムートの態度が一転した。

「おい!」

 国王であるバルタザールに対する態度に激昂したのは、エーリックだ。

「エーリック様。これは国王陛下が認められたこと。口出し無用ですよ」

 バルタザールを呼び捨てにし、エーリックを牽制するヘルムートを止められる者は、この場にはもう居ないだろう。

「エーリック。ヘルムートの言う通りだ。構わぬ。まだ若き時はこのように話をしていたのだからな」

「学院在学中に何度も話したはずだ。国を治めるのに必要なのは強大な魔力ではないと。其方も、そうわかっていると思っていたのに。いつからこのようになったのだ? 情けないな」

「だが、結局は魔力がなければ何もできないではないか」

「それは其方の父親、先代の国王陛下の考えだろう? その考えに其方自身がどれだけ苦しんでいたのか、忘れたのか?」

 ベルンハルトの前で繰り広げられる会話に、若き日の二人の様子が垣間見える。

「忘れてなど、いない。だが、魔力の少ない王族など、誰も認めようとはせぬ」

「だから、リーゼロッテ様に辛く当たったと言うのか? それが、其方の考える王族のあり方か?」

「違う! 違う……」

「実の娘を魔力が見出せないと、それだけの理由で貶めておいて、何が違うものか」

 王族の権力を前に怯むこともなく、堂々と話続けるヘルムートの態度に、二人の交流の深さと、その覚悟を見せつけられる。
 いつまで経ってもヘルムートに敵わないと思わせられる理由がここにある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

帆々
恋愛
エマは牧歌的な地域で育った令嬢だ。 父を亡くし、館は経済的に恵まれない。姉のダイアナは家庭教師の仕事のため家を出ていた。 そんな事情を裕福な幼なじみにからかわれる日々。 「いつも同じドレスね」。「また自分で縫ったのね、偉いわ」。「わたしだったらとても我慢できないわ」————。 決まった嫌味を流すことにも慣れている。 彼女の楽しみは仲良しの姉から届く手紙だ。 穏やかで静かな暮らしを送る彼女は、ある時レオと知り合う。近くの邸に滞在する名門の紳士だった。ハンサムで素敵な彼にエマは思わず恋心を抱く。 レオも彼女のことを気に入ったようだった。二人は親しく時間を過ごすようになる。 「邸に招待するよ。ぜひ家族に紹介したい」 熱い言葉をもらう。レオは他の女性には冷たい。優しいのは彼女だけだ。周囲も認め、彼女は彼に深く恋するように。 しかし、思いがけない出来事が知らされる。 「どうして?」 エマには出来事が信じられなかった。信じたくない。 レオの心だけを信じようとするが、事態は変化していって————。 魔法も魔術も出て来ない異世界恋愛物語です。古風な恋愛ものをお好きな方にお読みいただけたら嬉しいです。 ハッピーエンドをお約束しております。 どうぞよろしくお願い申し上げます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

見捨てられた令嬢は、王宮でかえり咲く

堂夏千聖
ファンタジー
年の差のある夫に嫁がされ、捨て置かれていたエレオノーラ。 ある日、夫を尾行したところ、馬車の事故にあい、記憶喪失に。 記憶喪失のまま、隣国の王宮に引き取られることになったものの、だんだんと記憶が戻り、夫がいたことを思い出す。 幼かった少女が成長し、見向きもしてくれなかった夫に復讐したいと近づくが・・・?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...