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貴重なものをみすみす渡すわけ、ありませんよ

リーゼロッテの決断 6

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(見たこともないぐらい、大きな魔力石)

 魔法を使うのに必要なイメージを、頭の中で膨らませていく。
 胸元で光る小さな魔力石。ヘルムートの布袋から落ちた魔力石。
 リーゼロッテの記憶の中の魔力石をどれも緻密に描き出す。
 それを徐々に大きくして、国全体を守れる力のあるものへ。

 イメージをそのままに、少しずつ手に力を入れ始める。手のひらが熱くなって、足の先から痺れていくような気がした。

「私が、支えているから」

 足の感覚がなくなる程の痺れを感じ始めた時、不意に後ろから声が聞こえた。
 熱くなる手のひらを支えるように、大きな手が添えられ、その体を包み込むように背中に感じる逞しい体。リーゼロッテの力ではびくともしなかったその体が、リーゼロッテが倒れないようにと寄り添う。

 ベルンハルトの声に応えるように、リーゼロッテは更に手に力を入れた。
 魔力が枯渇しそうになっているのだろう。酷い頭痛が襲う。
 その頭痛に抗うように、ベルンハルトの顔を思い出す。ベルンハルトの笑顔。赤くなった耳。どもった声。抱きしめられた体。
 そのどれもが大切で、失いたくない最愛の人。

(ようやく、お役に立てます)

 限界まで魔力を込めて放ったリーゼロッテの土魔法は、一陣の風を巻き起こし、ベルンハルトさえ見たこともない大きさの魔力石を作り出した。
 それと同時に、リーゼロッテの体の中心に埋まっていた芯のようなものが外れていくような、そんな感じたこともないぐらいの脱力感が襲う。

「これは……」

 耳元で、ベルンハルトの驚く声が聞こえる。

「これで、十分ですか?」

 全身の力を絞り出したリーゼロッテは、ふらつく体をベルンハルトに支えられながらなんとかその場に立ち止まっていた。

「ロイスナーの城にあるものよりも大きい。十分だろう」

「それなら、よかったです」

 自分の中の喪失感を無かったものにしようと、必死で笑顔を張り付ける。
 リーゼロッテの顔を見たベルンハルトもまた、あの隙のない笑顔を作ったのを見れば、何もかもを見通されているのだとわかる。

「気にすることはない。後は私が全て引き受けるから」

 穏やかな声で、それでも力強い言葉を紡がれれば、せっかく貼り付けた笑顔も意味をなさない。
 体から力が無くなったことを惜しむように涙が流れ落ちた。無事に魔力石を作り出せた喜びを遥かに越えて、寂しさや悲しさが心を覆う。

「リーゼ……レティシア、申し訳ない。魔力石はこのまま城へ運んでくれるか? 中庭にヘルムートがいる。後は何とかしてくれるはずだ」

 リーゼロッテの泣き顔を見せないようにと、抱きすくめたままベルンハルトはレティシアに声をかけた。

「え、えぇ。魔力石は龍達に運んでもらうわ。貴方達は? どうするの?」

「広場まで乗せてくれるか? その後は、リーゼは私が連れて行く」

「わかったわ」

 レティシアはそう言うと、龍の声を発した。すぐにどこに居たのかもわからなかった龍が、クラウスを筆頭に何頭も姿を現す。

「魔力石はクラウスに任せておけば大丈夫。さぁ、貴方達は背中に乗って」

 二人を背中に乗せたレティシアが、一直線に広場へ向かうのではなく、森を、城を、そして街を見渡せるぐらい上空を、ゆっくり飛んだのはレティシアなりの気遣いだろう。
 空の散歩は、徐々にリーゼロッテの涙を乾かし、空から見る景色の美しさに、リーゼロッテの目が輝き出す。
 

「レティシア、ありがとうございました」

 広場に降り立ち、リーゼロッテはレティシアの前で頭を下げる。

「私がリーゼのためにできること、あれぐらいしかないもの。本当に、頑張ったわ」

 レティシアの言葉に、リーゼロッテの目からは再び涙が溢れ落ちそうになる。

「もう、せっかく乾いたのに意味がないじゃない。リーゼは、思ったよりも泣き虫ね」

 リーゼロッテの目に光る雫を、指先でぬぐいながらレティシアが呆れた顔を見せた。

「レティシア。私からも礼を言う。本当助かった。感謝している」

「あら。ベルンハルトが頭を下げるなんて。また何かあれば呼んでちょうだい。結界のこと、頼んだわ」

「そのことなんだが、龍の巣は結界の外にあるのだろう?」

「えぇ。そうよ」

「それでは、結界が元に戻ったとしても、黒龍が出てきたら其方達に危険が及ぶのではないか?」

「それは、そうね。でもそれは今に始まったことではないし、巣から出て結界の中に逃げ込めれば助かるわ。黒龍は国の結界を通ることはできないし、その境界は巣のすぐ横だもの。その時間を作るために私がいるの」

「ふむ……すぐ横……か」

 レティシアの言葉に、ベルンハルトが深く考え込んだ表情を見せる。

「そうよ。だから、結界が壊れてしまっては困るの」

「わかった。必ず成功させる」

「よろしくね。それじゃあ私はそろそろ行くわ。リーゼ、また散歩しましょ」

「はい!」

 青い空へと若草色の体が飛び去って行くのを二人が並んで見届けていれば、不意にリーゼロッテの肩が引き寄せられた。その力に身を任せ、半身をベルンハルトに預けるように寄り添えば、その距離感が当たり前になった関係に、空になった自分の中心が温かいもので満たされていくような気がする。

(わたくしにできることはこれでおしまい)

 魔力など必要ないと、常に側にいると、その言葉を信じるしかない。それでも、肩に置かれた手の力強さが、包み込んでくれる体のたくましさが、リーゼロッテを安心させてくれる。

「リーゼ。そろそろ戻ろう。きっと皆心配している」

「はい」 
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