上 下
91 / 104
貴重なものをみすみす渡すわけ、ありませんよ

リーゼロッテの決断 4

しおりを挟む
「リーゼ。無理をしなくていい。ちゃんと、私が何とかするから」

 心を決めたリーゼロッテに優しい言葉をかけてくれるベルンハルトの手を握り返した。
 先程まで見つめられるのが恥ずかしくて仕方なかったベルンハルトの瞳を、改めて見つめ返す。

「ベルンハルト様。わたくし、大丈夫です。やっと、ベルンハルト様やロイスナーのお役に立てます」

「そ、そのようなことを気にしなくてもよい」

「いいえ。それだけではありません。わたくし、ベルンハルト様に一緒に悩み、一緒に乗り越えたいと、そう申し上げました。それが実現できるんですよ」

 まだ涙の残る瞳をそのままに、リーゼロッテは鮮やかに微笑んだ。それは、リーゼロッテが王族らしく作り出す笑顔とは違う。眩しいぐらいに輝いたその顔に、今度はベルンハルトが視線を外さずにはいられない。

「そ、それでも、あんなに嫌がっていたのに」

「えぇ。あの国王のためと思えば、今でも嫌です。それでも、ロイスナーの皆のために、ベルンハルト様のために、わたくしができることはやらないわけには参りません」

「だ、だが……」

「それに、もしわたくしが再び魔力を失ったとしても、皆はわたくしと一緒にいてくださるでしょう? それとも、魔力のなくなったわたくしは今度こそ必要とされなくなりますか?」

「そんなことはない。魔力など無くたって構わない。そのようなもの、必要ない」

「ふふっ。そうですね。ベルンハルト様やレティシアがいらっしゃれば、ロイスナーは平和ですもの。だから、今回の結界だけは、わたくしが何とかします。いつまでも、守られてばかりではいられませんから」

 リーゼロッテの決断は固く、もう誰の意見にも揺さぶられることはない。

「わかった。それならば、私も覚悟を決めよう」

「覚悟とは?」

「リーゼが作り出した魔力石。ただ渡すだけではつまらぬ。せっかくの機会をみすみす手放すのももったいないだろう?」

「まぁっ。それもそうですね。いつまでも見下されてばかりはいられません」

 顔を見合わせて笑い合う二人を見ながら、驚いた顔をしたのはレティシアだ。

「あ、あなた達でもそんなことを考えるのね」

「おかしいですか?」

「おかしくはないけれど、ちょっと意外で」

「先日国王と謁見してきて、少々腹の虫がおさまらないだけだ」

「そういうことね。ま、その辺りの事情は二人に任せるわ。私ができることは、魔力石を作り出す場所まで案内することぐらいでしょうし」

「それは、どうだろうか」

 レティシアのあっさりとした態度に、何やら含みをもたせるような言葉を返したのはベルンハルトだ。
 それがどういう意味なのか、何を考えているのか、リーゼロッテには知る由もない。
 ただ、間違いなくレティシアにとっても悪い話にはしないだろう。

「どういう意味?」

「なに、うまく算段がつけばそのときには話す。確証がなければ、無駄に期待を持たせるだけだからな」

 貴族達を前に自分を隠し、リーゼロッテを前に顔を赤くしていたベルンハルトとは違う。
 自分に自信をつけたベルンハルトの、新たな一面にリーゼロッテの心が捕らわれた。

「ふふ。楽しみにしておくわ」

「あぁ。まずは国王に連絡をとらねば。魔力石について、あちらで解決していれば、何も気にする必要はない。アルベルトやヘルムートにも話をしよう。あの二人に隠したままでは、動きづらくて仕方ない。レティシアにはまた連絡する。それまで魔獣の動きを注視しておいてくれないか?」

「わかったわ。連絡を待てば良いのね。良い連絡を待ってるから」

 レティシアが来たときと同じように窓から飛び立てば、ベルンハルトがリーゼロッテの様子を伺うように向かい合う。

「リーゼ。あのように言ってしまったが、貴女の気持ちを聞かせてくれないか? リーゼが国王のことをよく思っていないのは知っている。だがそれでも生んで育ててくれた実の両親だ。何の取引もなく魔力石を渡すことだってできる」

「ベルンハルト様。わたくし、ベルンハルト様のやりたいようにやれば良いと思っております。わたくしは、ロイスナーでたくさん素敵な思いをさせていただきました。ですから、ベルンハルト様がロイスナーにとって良いと思う取引をなされば良いと思いますわ」

 先程までの自信に満ちた顔を隠したベルンハルトに、リーゼロッテが背中を押した。
 
「それでは、貴女のためにならないのではないか?」

「そんなことありませんが。そしたら、今度こそ常に側にいさせてください」

「常に?」

「えぇ。ベルンハルト様は再び国王と話をする場を設けられるでしょう? その場にわたくしを参加させていただきたいのです」

「そ、それは構わないが、そのようなことでいいのだろうか」

「もちろんです。そのように大切な場に、わたくしのような者が参加することになったら……ふふっ。国王の顔が見てみたいですわ」

 リーゼロッテがベルンハルトに見せたのは、何か企みをたたえ、それでいてどこか晴れやかな顔。
 ロイスナーでは誰にも見せないようにと、ひた隠しにしてきた本音。
 何があっても自分を受け入れてくれる人がいる。そんな自信が、リーゼロッテから王族らしさを取り外す。

「ははっ。やはりリーゼは大物だな。国王相手にどこまでやれるかわからないが、今度こそ側にいると誓おう」

「うふふ。ありがとうございます」

 リーゼロッテはこれまでで一番鮮やかに、そして美しく微笑む。これまでに抱くことのできなかった自信をまとったリーゼロッテは他の何ものよりも美しい。
 王城の温室、そこでベルンハルトを魅了した大輪の花は、ロイスナーの城で再び、大きく花開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

帆々
恋愛
エマは牧歌的な地域で育った令嬢だ。 父を亡くし、館は経済的に恵まれない。姉のダイアナは家庭教師の仕事のため家を出ていた。 そんな事情を裕福な幼なじみにからかわれる日々。 「いつも同じドレスね」。「また自分で縫ったのね、偉いわ」。「わたしだったらとても我慢できないわ」————。 決まった嫌味を流すことにも慣れている。 彼女の楽しみは仲良しの姉から届く手紙だ。 穏やかで静かな暮らしを送る彼女は、ある時レオと知り合う。近くの邸に滞在する名門の紳士だった。ハンサムで素敵な彼にエマは思わず恋心を抱く。 レオも彼女のことを気に入ったようだった。二人は親しく時間を過ごすようになる。 「邸に招待するよ。ぜひ家族に紹介したい」 熱い言葉をもらう。レオは他の女性には冷たい。優しいのは彼女だけだ。周囲も認め、彼女は彼に深く恋するように。 しかし、思いがけない出来事が知らされる。 「どうして?」 エマには出来事が信じられなかった。信じたくない。 レオの心だけを信じようとするが、事態は変化していって————。 魔法も魔術も出て来ない異世界恋愛物語です。古風な恋愛ものをお好きな方にお読みいただけたら嬉しいです。 ハッピーエンドをお約束しております。 どうぞよろしくお願い申し上げます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

見捨てられた令嬢は、王宮でかえり咲く

堂夏千聖
ファンタジー
年の差のある夫に嫁がされ、捨て置かれていたエレオノーラ。 ある日、夫を尾行したところ、馬車の事故にあい、記憶喪失に。 記憶喪失のまま、隣国の王宮に引き取られることになったものの、だんだんと記憶が戻り、夫がいたことを思い出す。 幼かった少女が成長し、見向きもしてくれなかった夫に復讐したいと近づくが・・・?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...