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国のことは国王に任せておきましょう
結界 2
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「今、リーゼって……」
レティシアがわざとらしく呼んだ自分の愛称をリーゼロッテは聞き逃したりしない。いつしか家族すらその名で呼ぶことはなくなって、今となってはアマーリエにしか呼んでもらえない愛称。
「この間のパーティーで、ご友人にそう呼ばれていなかった? 私もリーゼロッテと友達になりたいもの。嫌かしら?」
「嫌だなんて! 嬉しくて仕方ないんです。そんなふうに呼んでもらえるなんて思っていなかったから」
アマーリエ以外に呼んでくれる人など、いないと思っていた。
レティシアとの距離が更に縮まった気がするのは、多分勘違いじゃないはずだ。
「私ね、もう一人、貴女のことをそう呼びたい人を知ってるわ」
「もう一人? どなたですか?」
レティシア以外に、愛称で呼んでくれる相手など心当たりもない。リーゼロッテと親しくあろうと、そんなふうに思ってくれる人など、いるはずもない。
「レ、レティシア、其方急いでいるのではなかったのか?」
わざとらしく口を挟んだベルンハルトの顔は仮面では隠れないほどに赤く染まっていて、その奥の瞳は左右にせわしく動いて、動揺しているのが手に取るようにわかる。
「うふふ。そうだったわ。結界のことは貴方からリーゼに話しておいてね」
「私から?!」
「そうよ。リーゼに助けられたんでしょう? 今度は貴方が恩返しをする番じゃないの? 一緒に悩みなさい。旦那様なんだから」
「う、うむ」
レティシアとベルンハルトの間には、まだリーゼロッテの知らない話があるようで、『結界』や『悩み』に心当たりはない。それよりもリーゼロッテには『もう一人』が気にかかるし、たくさんの疑問を残したままレティシアは今にも帰ってしまいそうだ。
「レティシア様?! もう一人って? 結界って何のことですか?!」
「リーゼ。それはベルンハルトから聞くと良いわ。もう、ちゃんと話もできるんでしょう? 私からはあと一つだけ」
「何ですか?」
「私のこともレティシアって呼んで頂戴ね」
レティシアはそう言葉を残すと、再びバルコニーから飛び去って行った。
「レ、レティシア……」
呼びなれない名前を、噛み締めるように呼んでいると、レティシアがいる間側に立っていたベルンハルトが、リーゼロッテ向かい合うように腰を下ろした。
「レティシアも色々言うだけ言って……困ったものだ」
「人には、聞かれたくないお話でした?」
普段なら執務室の中でベルンハルトの側に仕えているアルベルトすら部屋の中にいないところを見ると、ベルンハルトが人払いをしたに違いない。
レティシアとベルンハルトの態度から、リーゼロッテに聞かれたくない話ではないようだが、その話の重要性は高いのだろう。
「聞かれたくない……そういうわけではないが、まだ聞かせない方がいいことかもしれないと思ってな。アルベルトを外に出したのはそのためだ」
「わたくしも聞かない方が良いことであれば、このまま退室いたします」
話の内容は気になるが、内密にしておきたいことであれば、不用意に首を突っ込んでいいものではない。
「いや、リ、リーゼに関係のある話だから、こ、このまま話をしよう」
ベルンハルトがつっかえながら発した言葉を、リーゼロッテが聞き逃すはずがない。つっかえながら、少しびくつきながら告げてくれる言葉は、いつだってベルンハルトの本音で、リーゼロッテ自身もそれを楽しみにしている。
「ベルンハルト様……今」
「レティシアの言った『もう一人』が、そう呼ぶことも許してくれると、ありがたい」
ベルンハルトの態度と言葉が、そのもう一人がベルンハルト自身であることを物語っていて、リーゼロッテの顔がさっきまで以上に綻ぶ。
「ベルンハルト様も、そう呼んでくださるのですね。わたくし、幸せです」
ベルンハルトとの間に広がる甘い雰囲気を味わっていたいが、レティシアが残した、結界や悩みという言葉が頭の隅に引っかかる。
「リ、リーゼ」
ベルンハルトも同じ気持ちだったのかもしれない。今の空気を壊したくなくとも、話はしなければならない。戸惑いがちにリーゼロッテの名前を呼ぶ姿に、そんな思いが感じられた。
「はい。お話、聞かせていただいてもよろしいですか? わたくしに関係のある話なのですよね」
「あぁ。ただ、もしかしたらまだ聞かせるべきことではないのかもしれない。そのせいで、貴女が嫌な思いをすることになるかもしれない。だが、間に合わなければ大変なことになる」
「それならば、話してくださいますか? わたくしは平気です」
ベルンハルトは本当に必要のない話はしないだろう。それがリーゼロッテに不快な思いをさせることであればなおさら。そのベルンハルトが伝えるべきかどうか悩むのであれば、きっとそれは聞いておくべきことで、重要なことに違いない。
リーゼロッテにとってベルンハルトは誰よりも信頼できる相手で、頼りにすべき相手で、その信頼感がリーゼロッテに覚悟を決めさせた。
「リーゼは、シュレンタット全体に結界が張られていることを知っているだろうか」
「国の結界ですか?」
リーゼロッテはベルンハルトの話を聞きながら、国立学院で学んだことを思い出していた。
「あぁ。それでは、領地の結界は?」
「国の結界では避けることのできない魔獣から領地を守るためのものだと、そう教わりました」
リーゼロッテの知識を確かめるように、話すべき内容を選別するように、ベルンハルトが一つずつゆっくり言葉を重ねていく。
「国の結界がなくなれば、どうなるかは知ってるだろうか?」
「避けることのできない災厄が降りそそぐと」
「それが何かは?」
「それは……わかりません」
ベルンハルトを前に、わからないと口に出すのが恥ずかしくて仕方なかった。自分の無知さを曝け出しているようで、つい下を向いてしまう。
「わからなくとも、仕方ない。もしかしたらそれは、隠されてきたことかもしれない。私が当主になってから受け継いだ知識の中には、代々当主にのみ伝えられていることもある。そのようなものかもしれないし、歴史の中で消えてしまったものかもしれない。リーゼの土魔法のように」
下を向いたリーゼロッテを慰めるように、ベルンハルトが優しく声をかける。
その声は柔らかくて、穏やかで、まるでリーゼロッテを包み込んでくれるかのように温かい。
レティシアがわざとらしく呼んだ自分の愛称をリーゼロッテは聞き逃したりしない。いつしか家族すらその名で呼ぶことはなくなって、今となってはアマーリエにしか呼んでもらえない愛称。
「この間のパーティーで、ご友人にそう呼ばれていなかった? 私もリーゼロッテと友達になりたいもの。嫌かしら?」
「嫌だなんて! 嬉しくて仕方ないんです。そんなふうに呼んでもらえるなんて思っていなかったから」
アマーリエ以外に呼んでくれる人など、いないと思っていた。
レティシアとの距離が更に縮まった気がするのは、多分勘違いじゃないはずだ。
「私ね、もう一人、貴女のことをそう呼びたい人を知ってるわ」
「もう一人? どなたですか?」
レティシア以外に、愛称で呼んでくれる相手など心当たりもない。リーゼロッテと親しくあろうと、そんなふうに思ってくれる人など、いるはずもない。
「レ、レティシア、其方急いでいるのではなかったのか?」
わざとらしく口を挟んだベルンハルトの顔は仮面では隠れないほどに赤く染まっていて、その奥の瞳は左右にせわしく動いて、動揺しているのが手に取るようにわかる。
「うふふ。そうだったわ。結界のことは貴方からリーゼに話しておいてね」
「私から?!」
「そうよ。リーゼに助けられたんでしょう? 今度は貴方が恩返しをする番じゃないの? 一緒に悩みなさい。旦那様なんだから」
「う、うむ」
レティシアとベルンハルトの間には、まだリーゼロッテの知らない話があるようで、『結界』や『悩み』に心当たりはない。それよりもリーゼロッテには『もう一人』が気にかかるし、たくさんの疑問を残したままレティシアは今にも帰ってしまいそうだ。
「レティシア様?! もう一人って? 結界って何のことですか?!」
「リーゼ。それはベルンハルトから聞くと良いわ。もう、ちゃんと話もできるんでしょう? 私からはあと一つだけ」
「何ですか?」
「私のこともレティシアって呼んで頂戴ね」
レティシアはそう言葉を残すと、再びバルコニーから飛び去って行った。
「レ、レティシア……」
呼びなれない名前を、噛み締めるように呼んでいると、レティシアがいる間側に立っていたベルンハルトが、リーゼロッテ向かい合うように腰を下ろした。
「レティシアも色々言うだけ言って……困ったものだ」
「人には、聞かれたくないお話でした?」
普段なら執務室の中でベルンハルトの側に仕えているアルベルトすら部屋の中にいないところを見ると、ベルンハルトが人払いをしたに違いない。
レティシアとベルンハルトの態度から、リーゼロッテに聞かれたくない話ではないようだが、その話の重要性は高いのだろう。
「聞かれたくない……そういうわけではないが、まだ聞かせない方がいいことかもしれないと思ってな。アルベルトを外に出したのはそのためだ」
「わたくしも聞かない方が良いことであれば、このまま退室いたします」
話の内容は気になるが、内密にしておきたいことであれば、不用意に首を突っ込んでいいものではない。
「いや、リ、リーゼに関係のある話だから、こ、このまま話をしよう」
ベルンハルトがつっかえながら発した言葉を、リーゼロッテが聞き逃すはずがない。つっかえながら、少しびくつきながら告げてくれる言葉は、いつだってベルンハルトの本音で、リーゼロッテ自身もそれを楽しみにしている。
「ベルンハルト様……今」
「レティシアの言った『もう一人』が、そう呼ぶことも許してくれると、ありがたい」
ベルンハルトの態度と言葉が、そのもう一人がベルンハルト自身であることを物語っていて、リーゼロッテの顔がさっきまで以上に綻ぶ。
「ベルンハルト様も、そう呼んでくださるのですね。わたくし、幸せです」
ベルンハルトとの間に広がる甘い雰囲気を味わっていたいが、レティシアが残した、結界や悩みという言葉が頭の隅に引っかかる。
「リ、リーゼ」
ベルンハルトも同じ気持ちだったのかもしれない。今の空気を壊したくなくとも、話はしなければならない。戸惑いがちにリーゼロッテの名前を呼ぶ姿に、そんな思いが感じられた。
「はい。お話、聞かせていただいてもよろしいですか? わたくしに関係のある話なのですよね」
「あぁ。ただ、もしかしたらまだ聞かせるべきことではないのかもしれない。そのせいで、貴女が嫌な思いをすることになるかもしれない。だが、間に合わなければ大変なことになる」
「それならば、話してくださいますか? わたくしは平気です」
ベルンハルトは本当に必要のない話はしないだろう。それがリーゼロッテに不快な思いをさせることであればなおさら。そのベルンハルトが伝えるべきかどうか悩むのであれば、きっとそれは聞いておくべきことで、重要なことに違いない。
リーゼロッテにとってベルンハルトは誰よりも信頼できる相手で、頼りにすべき相手で、その信頼感がリーゼロッテに覚悟を決めさせた。
「リーゼは、シュレンタット全体に結界が張られていることを知っているだろうか」
「国の結界ですか?」
リーゼロッテはベルンハルトの話を聞きながら、国立学院で学んだことを思い出していた。
「あぁ。それでは、領地の結界は?」
「国の結界では避けることのできない魔獣から領地を守るためのものだと、そう教わりました」
リーゼロッテの知識を確かめるように、話すべき内容を選別するように、ベルンハルトが一つずつゆっくり言葉を重ねていく。
「国の結界がなくなれば、どうなるかは知ってるだろうか?」
「避けることのできない災厄が降りそそぐと」
「それが何かは?」
「それは……わかりません」
ベルンハルトを前に、わからないと口に出すのが恥ずかしくて仕方なかった。自分の無知さを曝け出しているようで、つい下を向いてしまう。
「わからなくとも、仕方ない。もしかしたらそれは、隠されてきたことかもしれない。私が当主になってから受け継いだ知識の中には、代々当主にのみ伝えられていることもある。そのようなものかもしれないし、歴史の中で消えてしまったものかもしれない。リーゼの土魔法のように」
下を向いたリーゼロッテを慰めるように、ベルンハルトが優しく声をかける。
その声は柔らかくて、穏やかで、まるでリーゼロッテを包み込んでくれるかのように温かい。
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※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
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