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幸せな日々って、多分こういうこと
閑話 黒龍の血の杖は、龍族の長の証〜壊したくなるぐらい貴女が愛おしい〜 1
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「これが、黒龍の血の杖……」
クラウスはずっと探し求めていた杖に恐る恐る手を伸ばした。
「痛っ!」
伸ばしたクラウスの指先に、痛みと痺れを同時に感じるような衝撃が走る。
黒龍の血の杖を守るように、結界が張り巡らされているのだろう。
その衝撃につい手を引っ込めた。
「そこにいるのは誰!」
クラウスの背後から降り注いできた怒声。それは、龍族の長で黒龍の血の杖の正式な持ち主、そしてクラウス自身が誰よりも大切に思う最愛の人。
「レティシア様」
クラウスがその人物の名前を呼びながら振り返れば、その人物は白く長い美しい脚を見せびらかすように、一歩ずつクラウスの方へと歩いてくる。
「なんだ。クラウスだったのね。杖には結界が張られているわ。下手に触ると大怪我するわよ」
レティシアはそう言うと、クラウスの赤くなった指先を両手で握り込んだ。
「ほら、赤くなってる。何でこんなのに触ろうとしたの?」
「……」
「まただんまり。別に構わないけどね。かわいくないわよ」
レティシアから向けられる視線は、ほんの少しだけ軽蔑するような色が込められていて、背すじにゾクッとするような寒気を感じる。だがその冷たい視線ですら、レティシアに自分のことを認識してもらえてる証拠だとするならば、いくらでも感じていたい。
ただ、どんな視線に晒されようとも、杖に触ろうとした理由は話せない。
(まさか壊そうとしただなんて言えるわけもない)
「貴方が長になれば、貴方のものになるんだから、そんなに焦って手にしようとしないのよ」
代々龍族の長に受け継がれる黒龍の血の杖。遥か昔、その時の長が倒した黒龍の血を使って作ったと言われる杖。それを持つことは長である名誉と共に、残酷な運命を背負わせる道具。
そんなものをレティシアに持っていて欲しくなんてない。そんなこと、自分のエゴでしかないとわかってはいても、その気持ちを止めることはできない。
「失礼します」
「ちょっと! クラウス!」
レティシアの声を振り切って、その部屋からさっさと立ち去る。
レティシアの視界に入ろうと、何とか自分の存在を意識してもらおうと、これまで血反吐を吐く程の努力をしてきた。
クラウスの物心がついた時には既に龍族の長として君臨していたレティシア。その強さと美しさは圧倒的で、他を寄せ付けず、崇拝にも近い憧れを抱いた。
その努力が実を結び、レティシアからの信頼を勝ち取り、その身に近寄れば近寄るほど、彼女にとっての自分の存在に大した価値もないことを思い知る。
レティシアの全てはロイエンタール伯爵という人間のためにあるようだ。ただの人間にどれほどの力があるかはわからない。だか、レティシアは伯爵のためならば、その力を出し尽くし、その身に酷い怪我を負うことすら厭わない。
伯爵に呼び出され、魔獣を退治する役割を担う。それも全て彼への恋心ゆえだというのに、伯爵はレティシアの知らぬところで人間を結婚相手に選んだ。
レティシアの恋が実らなかったのは一度や二度じゃない。もう何代にもわたりロイエンタール家の伯爵相手に恋をし、振られ、そしてその誰もがレティシアよりも先に逝った。
そんなくだらない人間相手の恋など、やめてしまえばいい。同じ龍族の中で相応しい相手を選べばいい。
何度そう告げたって、レティシアの心には響かない。それどころか、本気で激怒され殺されかけた。
レティシアは毎年冬になると、龍族を引き連れて魔獣の討伐に行く。それも伯爵からの要請だと聞けば応えたくもないが、長であるレティシアの命令。聞かないわけにはいかない上に、クラウスの知らない所でレティシアが怪我でもしようものなら、悔やんでも悔やみきれないだろう。
自分の中のやるせない思いを胸に抱えて、大きな矛盾に引き裂かれそうになりながら、今年もまたレティシアの後に付いて飛ぶ。
討伐でどれだけ怪我をしようとも、伯爵の前では飄々とした顔で辛そうな素振りを一切見せず、巣に戻れば独りで苦痛に顔を歪める。そんなレティシアから龍族の長の立場を奪おうと、長の選定の戦いに身を投じるが、今回もレティシアに敵わなかった。
長の証である黒龍の血の杖を持ち、何十頭もの龍を前にその勝利を宣言するレティシアはやはり誰よりも美しくて、憧ればかりが増し、クラウスの気持ちは伝わらない。
レティシアが長の座を守り抜いた今回の選定。クラウス自身も順位をレティシアに次ぐ場まで押し上げた。そこで初めて聞かせられたのは、龍族の長に課せられる義務。
天災とまで言われる黒龍の出現。それが起きた時には、他の龍を逃すためにその身を投げ出し、戦闘の最前線で立ち向かう。それが長である者の定め。
何故レティシアがそんな運命を背負わなければいけないのか。長である証など、壊してしまえばいい。そんな勝手な思いがクラウスの中に生まれ、そしてそれを実行しようとした。
黒龍の血の杖を破壊したところで、長の地位も定めも何も変わることはないのに。
クラウスはずっと探し求めていた杖に恐る恐る手を伸ばした。
「痛っ!」
伸ばしたクラウスの指先に、痛みと痺れを同時に感じるような衝撃が走る。
黒龍の血の杖を守るように、結界が張り巡らされているのだろう。
その衝撃につい手を引っ込めた。
「そこにいるのは誰!」
クラウスの背後から降り注いできた怒声。それは、龍族の長で黒龍の血の杖の正式な持ち主、そしてクラウス自身が誰よりも大切に思う最愛の人。
「レティシア様」
クラウスがその人物の名前を呼びながら振り返れば、その人物は白く長い美しい脚を見せびらかすように、一歩ずつクラウスの方へと歩いてくる。
「なんだ。クラウスだったのね。杖には結界が張られているわ。下手に触ると大怪我するわよ」
レティシアはそう言うと、クラウスの赤くなった指先を両手で握り込んだ。
「ほら、赤くなってる。何でこんなのに触ろうとしたの?」
「……」
「まただんまり。別に構わないけどね。かわいくないわよ」
レティシアから向けられる視線は、ほんの少しだけ軽蔑するような色が込められていて、背すじにゾクッとするような寒気を感じる。だがその冷たい視線ですら、レティシアに自分のことを認識してもらえてる証拠だとするならば、いくらでも感じていたい。
ただ、どんな視線に晒されようとも、杖に触ろうとした理由は話せない。
(まさか壊そうとしただなんて言えるわけもない)
「貴方が長になれば、貴方のものになるんだから、そんなに焦って手にしようとしないのよ」
代々龍族の長に受け継がれる黒龍の血の杖。遥か昔、その時の長が倒した黒龍の血を使って作ったと言われる杖。それを持つことは長である名誉と共に、残酷な運命を背負わせる道具。
そんなものをレティシアに持っていて欲しくなんてない。そんなこと、自分のエゴでしかないとわかってはいても、その気持ちを止めることはできない。
「失礼します」
「ちょっと! クラウス!」
レティシアの声を振り切って、その部屋からさっさと立ち去る。
レティシアの視界に入ろうと、何とか自分の存在を意識してもらおうと、これまで血反吐を吐く程の努力をしてきた。
クラウスの物心がついた時には既に龍族の長として君臨していたレティシア。その強さと美しさは圧倒的で、他を寄せ付けず、崇拝にも近い憧れを抱いた。
その努力が実を結び、レティシアからの信頼を勝ち取り、その身に近寄れば近寄るほど、彼女にとっての自分の存在に大した価値もないことを思い知る。
レティシアの全てはロイエンタール伯爵という人間のためにあるようだ。ただの人間にどれほどの力があるかはわからない。だか、レティシアは伯爵のためならば、その力を出し尽くし、その身に酷い怪我を負うことすら厭わない。
伯爵に呼び出され、魔獣を退治する役割を担う。それも全て彼への恋心ゆえだというのに、伯爵はレティシアの知らぬところで人間を結婚相手に選んだ。
レティシアの恋が実らなかったのは一度や二度じゃない。もう何代にもわたりロイエンタール家の伯爵相手に恋をし、振られ、そしてその誰もがレティシアよりも先に逝った。
そんなくだらない人間相手の恋など、やめてしまえばいい。同じ龍族の中で相応しい相手を選べばいい。
何度そう告げたって、レティシアの心には響かない。それどころか、本気で激怒され殺されかけた。
レティシアは毎年冬になると、龍族を引き連れて魔獣の討伐に行く。それも伯爵からの要請だと聞けば応えたくもないが、長であるレティシアの命令。聞かないわけにはいかない上に、クラウスの知らない所でレティシアが怪我でもしようものなら、悔やんでも悔やみきれないだろう。
自分の中のやるせない思いを胸に抱えて、大きな矛盾に引き裂かれそうになりながら、今年もまたレティシアの後に付いて飛ぶ。
討伐でどれだけ怪我をしようとも、伯爵の前では飄々とした顔で辛そうな素振りを一切見せず、巣に戻れば独りで苦痛に顔を歪める。そんなレティシアから龍族の長の立場を奪おうと、長の選定の戦いに身を投じるが、今回もレティシアに敵わなかった。
長の証である黒龍の血の杖を持ち、何十頭もの龍を前にその勝利を宣言するレティシアはやはり誰よりも美しくて、憧ればかりが増し、クラウスの気持ちは伝わらない。
レティシアが長の座を守り抜いた今回の選定。クラウス自身も順位をレティシアに次ぐ場まで押し上げた。そこで初めて聞かせられたのは、龍族の長に課せられる義務。
天災とまで言われる黒龍の出現。それが起きた時には、他の龍を逃すためにその身を投げ出し、戦闘の最前線で立ち向かう。それが長である者の定め。
何故レティシアがそんな運命を背負わなければいけないのか。長である証など、壊してしまえばいい。そんな勝手な思いがクラウスの中に生まれ、そしてそれを実行しようとした。
黒龍の血の杖を破壊したところで、長の地位も定めも何も変わることはないのに。
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