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幸せな日々って、多分こういうこと

ロイスナーでの宴 2

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 ヘルムートに淹れてもらったお茶を前に、二人で向かい合って座る。ヘルムートは言葉通り、二人分のお茶を残して、どこかに立ち去ったようだ。もちろん庭は彼のテリトリーで、もしかしたらどこかで様子を見ているのかもしれないが、二人が気づかなければ、それはないも同然。

「アマーリエ。やはり、何かあったの? わたくしでよければ、何でも相談して?」

 会場から続く、アマーリエの普段とは違う様子に、リーゼロッテは我慢ができなかった。

「大したことじゃないのよ……リーゼは、本当にロイスナーここで幸せになったのね」

「え? えぇ。大切にしていただいているわ」

「そう」

「どうか、したの?」

 アマーリエの伏せられた瞳に、リーゼロッテの心がざわつく。

「わたくし、少し寂しく思ってしまって」

「どうして?」

「リーゼには、もう頼れる方がたくさんいらっしゃるわ。側にいられないわたくしでは、何もできないもの」

「そんな!」

 アマーリエの声は消えてしまいそうなくらいか細くて、リーゼロッテの心に不安を広げた。

「わたくしも、良いお相手を探さないと。いつまでもあんな方々を押し付けられてはたまらないわ」

 そんなリーゼロッテの不安を知ってか知らずか、アマーリエは次の瞬間にはいつもの声色を取り戻し、リーゼロッテに向かって含みをもった笑顔を見せる。

「ふっ。ふふっ。ふふふっ。もうっ。悪いお顔だわ」

「だって、そうじゃない? お父様はわたくしの結婚を諦めてはくれないし。それなのにあんな方たちばかりで……こうなったら、自分で探さないと」

 そう言ったアマーリエの視線が、意味深に城の方へと投げられた。

「わたくしも、ロイスナーで暮らせればいいのに」

「そんなことを言っては、ディースブルク伯爵に怒られてしまうわ」

「そうね。他領地で結婚なんて、できるわけないもの」

 ディース領から出ることを許されない不自由さ。その理不尽さを理解しているからこそ、リーゼロッテは次に言葉を返すことを躊躇った。

「魔力の強い子爵か、せめて男爵。そんな方、もうディースにはいないわ」

 アマーリエの結婚相手はディースブルク家に入ることになるだろう。伯爵家よりも爵位の低い家が相手であれば文句も出ない。そんな事情が垣間見える。

「良いお相手が、見つかるといいわね」

 どう言葉をかけていいのかわからなかった。相談して欲しいと思ったものの、リーゼロッテにはどうすることもできない問題だった。
 自分の力の及ばなさを、心底悔しく思う。

「ねぇ、リーゼ。もし、わたくしが恋をしたら、応援してくださる?」

「もちろん! あ、いえ、お相手によるわ」

「ふふ。大丈夫。ロイエンタール伯爵がお相手になることはないわ。素敵な方だけれど、リーゼが相手では敵うわけないもの」

「そんなこと……でも、ベルンハルト様がお相手でなければ、応援するわ」

「その言葉だけで、十分救われるわ。ありがとう」

「いいえ。何かできることがあればいいのだけど」 

「こうやってゆっくりお話ができてよかった。今日はリーゼがご挨拶されるって聞いたわ。そろそろ戻らないと」

 パーティーの主催者による挨拶。当然ベルンハルトに任せるつもりであったものを、リーゼロッテにと半ば押し付けられる形で引き受けた。

「わたくしでは無理だと、お話したのよ。それなのに」

「男性を差し置いてわたくし達が挨拶することなんてないわ。それでも、女性同士の場ならあり得ないことではないもの。何事も経験しないと」

「わ、わたくしがその様な場に出ることなど……」

「公爵夫人ともなれば、そうは言っていられないわ。その時はぜひ、わたくしも呼んでちょうだいね」

 アマーリエが示唆するのは、貴族の女性達を相手にしたお茶会の主催だろう。女性達にとって大切な社交場であり、それは地位の高い者によって開催されることが慣例である。
 結婚するまで、ほとんどその様な場に出ていなかったリーゼロッテにとっては難題だが、ベルンハルトが公爵になる日が来るのであれば、それも仕方のないこと。
 今回の挨拶は、良い練習になるはずだ。

「そ、その時は一緒にいてちょうだいね」

「うふふ。もちろん。さぁ、リーゼの挨拶を聞きに戻りましょう」


「……ほ、本日はお集まりいただき、ありがとうございます……今回、皆様のお力を借りられたこと、本当にありがたく思います。わずかな時間ではありますが、お楽しみください。」

 リーゼが深く頭を下げれば、広間の至る所から拍手が湧き起こった。小さな声ではあったが、自分の言葉で皆への感謝を伝え終えたリーゼロッテに、各々が惜しみない拍手をおくる。
 頭を上げたリーゼロッテの目に映るのは、自分が信頼している人たちの笑顔。
 頼んでいた通りに、アマーリエの側にはアルベルトがいて、先ほどと変わらない壁沿いに立ったヘルムートが会場中に目を光らせる。
 普段の使用人の服から素敵なドレスへと着替えたイレーネには、他の使用人たちが熱い視線を送っていた。
 リーゼロッテがアマーリエと庭に出ている間に到着したのだろうか、レティシアがお酒を片手に顔を赤らめていたが、その側にクラウスの姿が見えない。
 クラウスの姿を探して、もう一度広間全体に視線を送れば、口元に笑みを浮かべたベルンハルトと目が合った。

 魔力のない自分に向けられるのは、侮蔑と憐れみの視線。アマーリエ以外に誰も心を開くことのできなかった過去。そんな自分が、こうして皆の前で挨拶をすることになるなんて思ってもみなかった。
 だが王城で感じる不快な視線を浴びることはない。この場にいる皆が自分を受け入れてくれているのがわかる。
 胸が苦しくなるほどに昂った気持ちを堪えて、リーゼロッテは挨拶を終えた。

 
「リーゼロッテ。素敵な挨拶だった」

 舞台から降りたリーゼロッテに、一番に声をかけてくれたのはベルンハルトだ。

「ベルンハルト様。何度も練習しましたのに、あの場に立つと緊張してしまいますね」

「そんな貴女も可愛らしい」

 ベルンハルトの手が、リーゼロッテの頬をくすぐるように触れれば、顔中に熱が上がる。

「おやめ下さい。皆が見てますから」

 身体が回復し、動き回れるようになった頃から、ベルンハルトは人目も憚らずリーゼロッテに触れるようになった。
 愛されているのだとは思うが、突然の変化がリーゼロッテには理解できない。
 触れられる度に、恥ずかしさで心がざわつき、居ても立っても居られなくなる。
 
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