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幸せな日々って、多分こういうこと

ロイスナーでの宴 1

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「ロイエンタール伯爵。お身体のご快復、お喜び申し上げます」

 春の穏やかな日差しに草木がその体を一気に伸ばし始めた頃、ロイスナーではベルンハルトの快気祝いがささやかに行われた。
 招待客はほんのわずか。レティシア、クラウス、そしてアマーリエ。今日はアルベルトやヘルムートも招待客だ。
 ベルンハルトが大怪我を負った討伐で、どうしてもお礼をしたい相手。リーゼロッテが主催のパーティーは、貴族らしさから遠く離れたもの。ささやかにしたかった理由はそれだけではない。

「ディースブルク伯爵令嬢。先日は本当にお世話になった。心より、お礼申し上げる」

 アマーリエの挨拶に、ベルンハルトが言葉を返す。貴族らしい振る舞いは、ここまでだ。

「アマーリエ。こちらへどうぞ。今日こちらへ来ることは、お許しいただけたのね」

「許していただいたというか……」

「また、ベルンハルト様が無理を言ったのね」

「ロイエンタール伯爵のお誘いは、もう断ることができないわ」

 アマーリエが苦笑いを浮かべながら言った言葉の意味が、リーゼロッテには理解できなかった。

「あら? どうして?」

「リーゼは知らないのね」

 そう言うと、リーゼロッテの耳元に唇を寄せ、小さな声で話し始めた。

「ロイエンタール伯爵が、公爵になられるって話よ」

「公爵?! なぜ?」

「なぜって、リーゼと結婚したからでしょう」

 王族であるリーゼロッテを妻に迎え、当然その地位は上がるはずだ。だが、リーゼロッテ自身が家族からも蔑まれていた為に、爵位もそのままになるだろうと、勝手に思い込んでいた。

「今更?」

「貴族が集まる春のあいさつで、授与が行われる予定だったのに、昨年も今年もリーゼが欠席されたでしょう?」

 ベルンハルトが討伐で大怪我を負った。それを理由にあの不快な行事を今年は二人で欠席している。今回のパーティーをささやかなものにした理由がそれだ。

「結婚式では何の話もなかったのに」

「その後でエーリック様が進言されたそうよ」

「お兄様が?」

「えぇ。だからね、もうロイエンタール伯爵のお誘いは断れないの」

 公爵になることが決まっているベルンハルトの言葉は、絶対のもの。リーゼロッテもベルンハルトも知らない所で、自分たちを取り巻く状況が変わってきていた。

「お兄様は、一体どういうおつもりで……」

「ふふ。まぁいいじゃない。おかげでこうして会えたのだから」

 今回の招待客のうち、本物の貴族はアマーリエだけ。そのアマーリエにも、今回のパーティーの趣旨は説明してあり、その身分に関係なく宴を楽しんでもらうつもりだった。

「アマーリエ様。ご無沙汰しております」

 リーゼロッテの案内で会場を歩くアマーリエに声をかけたのはアルベルトだ。見知らぬ人間ばかりの中で、アマーリエが心細く感じないようにと、アルベルトには気を配ってもらうように事前に頼んだ。

「アルベルトさんでしたね。お久しぶりです」

 恐縮しすぎることもなく、声を掛け合える二人はリーゼロッテの思いを理解してくれているようだ。
 人間の身分など気にもしないであろうレティシアが、アマーリエに対しどう振る舞うか心配していたが、アルベルトが側にいてくれれば気に病む必要もないだろう。

「アマーリエ。他にもご紹介したい方がいるの」

「わかったわ。アルベルトさん、また後ほど」

「はい。失礼致します」

 アマーリエと共にその場を離れ、会場内を見渡せば、壁沿いにヘルムートが立っているのが見えた。

「ヘルムートさん。楽しんでいらっしゃる?」

 ゆっくりとヘルムートに近づけば、その手には空のグラスを持ち、視線だけを左右に動かし、会場全体に気を回しているのがわかる。

「奥様。もちろんでございます。このような宴は、何年ぶりでしょうか」

「うふふ。今日は、お仕事はなしよ。ヘルムートさんも、わたくしのお客様ですからね」

「重々承知しております」

「ヘルムートさん、こちらアマーリエ・ディースブルク伯爵令嬢よ。アマーリエ、こちらヘルムートさん。アルベルトさんのお父様なの」

「ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ございません。ロイエンタール家で庭師をしております、ヘルムートと申します。この度はお会いできましたこと、大変光栄に思います」

「ディースにもお見えになっていた方よね? 改めましてアマーリエと申します」

 挨拶を返したアマーリエの顔が、少し照れたようにはにかんで見えた。長く友人付き合いをしているアマーリエのそんな顔を見たのは初めてで、その顔はリーゼロッテの記憶に強く印象付いた。

「アマーリエ? どうかなさったの?」

「いいえ。何でもないわ。大丈夫」

「そう? それではヘルムートさん。また後で」

「はい。奥様」

 ヘルムートからも離れ、リーゼロッテはアマーリエと共に庭へ出る。
 いつもはヘルムートがお茶を淹れてくれる場所だが、今日は椅子とテーブルがぽつんと置かれていた。

「お茶をお出しするべきなのだけど、今日は皆に負担をかけたくなくて」

「そんなもの必要ないわ。昔はいつだってこうしておしゃべりしていたのだもの」

「うふふ。それもそうね……ですから、ヘルムートさんも会場にお戻りになって」

 リーゼロッテ達からは見えないはずの位置に立っていたヘルムートは、その言葉に観念したように姿を現した。

「お気づきでしたか」

「あら、わざと気づくようにしていたのではなくって?」

 ヘルムートがこの場に着いてきていたことに気づいていなかったアマーリエだけが、驚いた顔を隠せない。

「お茶の一つも淹れないわけにはいきませんから」

「今日はお仕事はなしって決めたでしょう?」

「このようなこと、仕事のうちに入りませんよ。一杯だけお淹れいたしますから、後はお二人でごゆっくり。それなら、いかがですか?」

「わかったわ。アマーリエ、ヘルムートさんの淹れるお茶は美味しいの。一杯だけ、いかがかしら」

 リーゼロッテがアマーリエに問い掛ければ、アマーリエが心から楽しそうに笑う。

「もちろん。リーゼが美味しいって言うぐらいのお茶。わたくしも味わってみたいわ」

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