66 / 104
ロイスナーに来て、二度目の冬
再び雪が降り積もる 9
しおりを挟む
「ん? 今、私のこと呼んだわよね?」
「はい。呼びました」
「そうよねぇ。だから出てきたっていうのに、まるで化け物にでも遭ったみたいなんだもの」
「まさかあんな声でも聞こえるなんて思ってもなくって。お身体は大丈夫ですか?」
「聞こえるとは、少し違うから。体はもうかなり良いわ。心配かけたわね」
リーゼロッテの問いかけに、レティシアが笑顔を見せる。昨日に比べその余裕のある顔は、それだけ回復が進んだ証だろう。改めて龍の回復力に驚かされる。
「実は、ディース領へと行きたいのです」
「ディース? どうして?」
「城の食糧が尽きてしまいそうで、ベルンハルト様が目を覚ます前に用意しておきたくて……それで、一刻も早く戻ってきたいのです!」
「ははぁん。龍の翼で行こうって? そんなこと、よく思いつくわねぇ」
「お願い、できませんか?」
「んー。構わないけど、行けてディース領の結界の前までよ? それ以上先には入れないわ」
「それで十分です! そこから先は馬車を手配します」
「そしたら、クラウスに乗ってもらっていいかしら? 帰りは荷物もあるのよね?」
「はい」
「私が行ってあげられれば良いのだけど、まだ少し痛みが残ってるところもあって……ごめんなさいね」
昨日の傷を見れば当然だろう。それでも、クラウスの翼を貸してもらえるのであれば、何も問題はない。
「無理を言って、すいません」
「何でも言ってって言ったのは私よ。約束は守るわ」
リーゼロッテの頼みを聞き入れたレティシアは、すぐにクラウスを呼び、リーゼロッテとアルベルトを乗せたクラウスが、その身をディース領まで飛ばした。
前回ディース領へと赴いた時は馬車で丸一日。その大半の距離を龍の背中に乗って一気に進む。翼が一度はためけば速度はぐんと上がり、ロイスナーの領地を出て、ディース領に入る直前まであっという間であった。
ロイスナーを抜け、ディースが近くなった頃から、風と雪はその勢いを弱まらせ、街道の雪も気にすることのないぐらい薄いものになる。雪で道が閉鎖されてしまうのは、ロイスナーだけなのだ。
「クラウスさん、ありがとうございました」
クラウスの背中から降り、リーゼロッテが改めてクラウスに頭を下げる。
「レティシア様のご命令ですから。帰りもこちらでお待ちしております」
クラウスが動く理由はいつだってレティシアの為。レティシアの体を気遣い、寄り添って飛んでいた昨日の光景が思い出される。
「よろしくお願いします」
クラウスから離れ、少し進めばディースの門だ。アルベルトは門を確認するとアマーリエに向けて書状を送り届けた。春に訪れた時、ヘルムートがやっていたことと同じ光景が繰り返される。
門で馬車を借り、ディースの城へ向けて進む道中、リーゼロッテはアルベルトに魔法の話を打ち明けた。
土魔法が使えること。レティシアに連れられた森の中で魔力石を手に入れたこと。今回のものは全てその時に生み出したものだということ。そして、ロイスナーの城には必要ないと言われ、ヘルムートに預けていたことまで。
「ベルンハルト様はこれを持てば王都に戻れると仰っていたわ。そんなつもりないのに」
「ベルンハルト様は奥様のこと、本当に大切に思っていらっしゃいます」
ベルンハルトの行動をかばうように、アルベルトが言葉を返す。
「ふふ。ありがとう。大切に思ってくださってるのわかってます。だから、わたくしの戻る場所はベルンハルト様のいらっしゃる所だと、きちんとお話したの。それに、これを染めるのも大変だと聞いたわ」
リーゼロッテが胸元に光る魔力石に手を添えれば、アルベルトも当時を思い出すように宙を仰ぐ。
「それを染める時は、割らないようにとどれだけ心を砕いていたか……」
「あら? 本当?」
「え? 今、口に出して?」
「えぇ。ふふっ。本当?」
「あ、いや、そんな、ことは……」
「違うの?」
「え? いえ。違いませんが」
無意識に口から出てしまった言葉を取り繕おうと、慌てふためくアルベルトが可愛らしく、リーゼロッテは揶揄うように言葉を投げかける。
「ふふっ。嬉しいわ」
ベルンハルトの気持ちを少しでも垣間見ることができたからか、しどろもどろになるアルベルトを揶揄うのが楽しいからか、リーゼロッテは心から嬉しそうに笑う。
それは王女として正しいことではないし、貴族として褒められたことでもない。それでも、その顔はこれまでリーゼロッテがアルベルトに見せたどの表情よりも美しく、可憐に見えた。
間もなくディースの城の前へと馬車が到着した。前回は中庭へと案内されたが、今回は城の門の前にアマーリエが待っていた。
「アマーリエ!」
門の前に停まった馬車の中からリーゼロッテが声をかけると、アマーリエが穏やかに微笑んだ。
「リーゼ、ここではなくあちらの離れの方へ馬車を回して下さる?」
アマーリエが手で指し示す方角に、目の前の門よりも一回り小さいものが見える。正式な門を通るわけにはいかない理由は、やはりリーゼロッテのせいだろうか。
「はい。呼びました」
「そうよねぇ。だから出てきたっていうのに、まるで化け物にでも遭ったみたいなんだもの」
「まさかあんな声でも聞こえるなんて思ってもなくって。お身体は大丈夫ですか?」
「聞こえるとは、少し違うから。体はもうかなり良いわ。心配かけたわね」
リーゼロッテの問いかけに、レティシアが笑顔を見せる。昨日に比べその余裕のある顔は、それだけ回復が進んだ証だろう。改めて龍の回復力に驚かされる。
「実は、ディース領へと行きたいのです」
「ディース? どうして?」
「城の食糧が尽きてしまいそうで、ベルンハルト様が目を覚ます前に用意しておきたくて……それで、一刻も早く戻ってきたいのです!」
「ははぁん。龍の翼で行こうって? そんなこと、よく思いつくわねぇ」
「お願い、できませんか?」
「んー。構わないけど、行けてディース領の結界の前までよ? それ以上先には入れないわ」
「それで十分です! そこから先は馬車を手配します」
「そしたら、クラウスに乗ってもらっていいかしら? 帰りは荷物もあるのよね?」
「はい」
「私が行ってあげられれば良いのだけど、まだ少し痛みが残ってるところもあって……ごめんなさいね」
昨日の傷を見れば当然だろう。それでも、クラウスの翼を貸してもらえるのであれば、何も問題はない。
「無理を言って、すいません」
「何でも言ってって言ったのは私よ。約束は守るわ」
リーゼロッテの頼みを聞き入れたレティシアは、すぐにクラウスを呼び、リーゼロッテとアルベルトを乗せたクラウスが、その身をディース領まで飛ばした。
前回ディース領へと赴いた時は馬車で丸一日。その大半の距離を龍の背中に乗って一気に進む。翼が一度はためけば速度はぐんと上がり、ロイスナーの領地を出て、ディース領に入る直前まであっという間であった。
ロイスナーを抜け、ディースが近くなった頃から、風と雪はその勢いを弱まらせ、街道の雪も気にすることのないぐらい薄いものになる。雪で道が閉鎖されてしまうのは、ロイスナーだけなのだ。
「クラウスさん、ありがとうございました」
クラウスの背中から降り、リーゼロッテが改めてクラウスに頭を下げる。
「レティシア様のご命令ですから。帰りもこちらでお待ちしております」
クラウスが動く理由はいつだってレティシアの為。レティシアの体を気遣い、寄り添って飛んでいた昨日の光景が思い出される。
「よろしくお願いします」
クラウスから離れ、少し進めばディースの門だ。アルベルトは門を確認するとアマーリエに向けて書状を送り届けた。春に訪れた時、ヘルムートがやっていたことと同じ光景が繰り返される。
門で馬車を借り、ディースの城へ向けて進む道中、リーゼロッテはアルベルトに魔法の話を打ち明けた。
土魔法が使えること。レティシアに連れられた森の中で魔力石を手に入れたこと。今回のものは全てその時に生み出したものだということ。そして、ロイスナーの城には必要ないと言われ、ヘルムートに預けていたことまで。
「ベルンハルト様はこれを持てば王都に戻れると仰っていたわ。そんなつもりないのに」
「ベルンハルト様は奥様のこと、本当に大切に思っていらっしゃいます」
ベルンハルトの行動をかばうように、アルベルトが言葉を返す。
「ふふ。ありがとう。大切に思ってくださってるのわかってます。だから、わたくしの戻る場所はベルンハルト様のいらっしゃる所だと、きちんとお話したの。それに、これを染めるのも大変だと聞いたわ」
リーゼロッテが胸元に光る魔力石に手を添えれば、アルベルトも当時を思い出すように宙を仰ぐ。
「それを染める時は、割らないようにとどれだけ心を砕いていたか……」
「あら? 本当?」
「え? 今、口に出して?」
「えぇ。ふふっ。本当?」
「あ、いや、そんな、ことは……」
「違うの?」
「え? いえ。違いませんが」
無意識に口から出てしまった言葉を取り繕おうと、慌てふためくアルベルトが可愛らしく、リーゼロッテは揶揄うように言葉を投げかける。
「ふふっ。嬉しいわ」
ベルンハルトの気持ちを少しでも垣間見ることができたからか、しどろもどろになるアルベルトを揶揄うのが楽しいからか、リーゼロッテは心から嬉しそうに笑う。
それは王女として正しいことではないし、貴族として褒められたことでもない。それでも、その顔はこれまでリーゼロッテがアルベルトに見せたどの表情よりも美しく、可憐に見えた。
間もなくディースの城の前へと馬車が到着した。前回は中庭へと案内されたが、今回は城の門の前にアマーリエが待っていた。
「アマーリエ!」
門の前に停まった馬車の中からリーゼロッテが声をかけると、アマーリエが穏やかに微笑んだ。
「リーゼ、ここではなくあちらの離れの方へ馬車を回して下さる?」
アマーリエが手で指し示す方角に、目の前の門よりも一回り小さいものが見える。正式な門を通るわけにはいかない理由は、やはりリーゼロッテのせいだろうか。
1
お気に入りに追加
869
あなたにおすすめの小説
憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜
帆々
恋愛
エマは牧歌的な地域で育った令嬢だ。
父を亡くし、館は経済的に恵まれない。姉のダイアナは家庭教師の仕事のため家を出ていた。
そんな事情を裕福な幼なじみにからかわれる日々。
「いつも同じドレスね」。「また自分で縫ったのね、偉いわ」。「わたしだったらとても我慢できないわ」————。
決まった嫌味を流すことにも慣れている。
彼女の楽しみは仲良しの姉から届く手紙だ。
穏やかで静かな暮らしを送る彼女は、ある時レオと知り合う。近くの邸に滞在する名門の紳士だった。ハンサムで素敵な彼にエマは思わず恋心を抱く。
レオも彼女のことを気に入ったようだった。二人は親しく時間を過ごすようになる。
「邸に招待するよ。ぜひ家族に紹介したい」
熱い言葉をもらう。レオは他の女性には冷たい。優しいのは彼女だけだ。周囲も認め、彼女は彼に深く恋するように。
しかし、思いがけない出来事が知らされる。
「どうして?」
エマには出来事が信じられなかった。信じたくない。
レオの心だけを信じようとするが、事態は変化していって————。
魔法も魔術も出て来ない異世界恋愛物語です。古風な恋愛ものをお好きな方にお読みいただけたら嬉しいです。
ハッピーエンドをお約束しております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
見捨てられた令嬢は、王宮でかえり咲く
堂夏千聖
ファンタジー
年の差のある夫に嫁がされ、捨て置かれていたエレオノーラ。
ある日、夫を尾行したところ、馬車の事故にあい、記憶喪失に。
記憶喪失のまま、隣国の王宮に引き取られることになったものの、だんだんと記憶が戻り、夫がいたことを思い出す。
幼かった少女が成長し、見向きもしてくれなかった夫に復讐したいと近づくが・・・?
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる