上 下
65 / 104
ロイスナーに来て、二度目の冬

再び雪が降り積もる 8

しおりを挟む
「奥様。こちらをどうぞ」

 ヘルムートが持ってきたのは、初夏のあの日、リーゼロッテがヘルムートに押し付けたままの布袋。使い切れなかったと話してはいたが、その中身を使った形跡もない。

「取っておいてくれたんですね。ありがとうございます」

「いえ。それもまた、仕事です」

 リーゼロッテがヘルムートからその袋を受け取れば、魔力石同士がぶつかり合う時に鳴る、特徴的な高い音が何音も重なり合って聞こえる。

「それは?」

「アルベルトさんはご存知なかったですね。これ、全部魔力石なの。すごく小さいものばかりだけど、それなりに価値はあるはず」

 リーゼロッテが袋の口を開き、中身の魔力石をアルベルトに見せれば、その顔色が一瞬にして変わる。

「こ、このようにたくさんの魔力石を、どうやって……」

「それについてはまたゆっくりお話しするわ。それよりも、これを持っていけば食糧とも交換してもらえるわよね」

「それは、そうですが。あまりにたくさんの量を持ち出せば、余計な邪推を生みます。それに、魔力石の力を悪用する者もおります」

 見せ過ぎることになっては、余計な刺激を与えてしまうかもしれない。アマーリエのことを信じてはいるが、その後ろにはディースブルク伯爵が控えている。

「この中の一部を持っていくことにするわ」

「そうしていただければ」

「そしたら、早速行きましょう」

 このままレティシアに会い、その足でディースへ。リーゼロッテはそのつもりで準備を整える。
 広場への案内、気候制御の能力、ベルンハルトの容体は医者代わりのヘルムートが看ることにして、ディース領への従者はアルベルトだ。

「ヘルムートさん、ベルンハルト様のこと、よろしくお願いします」

「もちろんです。奥様もこの天候です。くれぐれもお身体にお気をつけ下さい」

「アルベルトさんが一緒ですもの。問題ありませんわ」

「愚息ゆえ、それが一番気になりますが」

「あら、本当は誰よりも信頼してますよね」

 ヘルムートほどではなくとも、アルベルトの高い能力は父親であるヘルムートが一番理解しているはずだ。

「アルベルトには、私の持つ全てを教えてあります」

「うふふ。それなら、何も心配ないでしょう。アルベルトさん、行きましょう」

「はい。かしこまりました」

 ベルンハルトの側近としての仕事の多いアルベルトは、どうしてもリーゼロッテとの間に距離がある。拭えない緊張感は仕方のないことだ。


 リーゼロッテの部屋から扉のある広間まで、二人の足音だけが響く。討伐への出発を知らせを聞いた時とは違う。まるで一歩ずつその道を踏みしめるように足を運んでいく。

「アルベルトさん。付き合ってくださって、ありがとう」

 本来なら一時いっときでも離れることなくベルンハルトの側についていたいだろう。専属であった頃があるとなると、もう何年もアルベルトの仕事の中心にはベルンハルトがいたはずだ。

「奥様、そのようなことを言う必要はないのです。ロイエンタール家の方に仕えるのが私の仕事ですから」

「ベルンハルト様のことは、ヘルムートさんが看てくれるわ。わたくし達は、早く帰ってくることだけを考えましょう」

「そうですね」

 広間の扉の前に立てば、アルベルトが持つ鍵でその扉を開ける。扉の枠の中は、真っ暗な空間が広がっていて、その中へ足を踏み入れることを躊躇わせた。

「奥様、ご安心下さい。中に進めば、すぐに目の前の景色が変わります。そこが、レティシア様の仰った広場です」

 リーゼロッテの躊躇する気持ちを察して、アルベルトが声をかけた。仕える相手の気持ちを汲んで先行する気遣いは、やはりヘルムートの息子だと、ベルンハルトが好んで側に置く理由がわかる。
 アルベルトの言葉に支えられながら、リーゼロッテはその足を扉の中へと進めた。


 扉の枠をくぐった途端、視界が大きく歪んだと思えば、すぐに目の前に広がったのは森の木々。あの扉は転移の魔法がかけられているようで、リーゼロッテにとっては見たこともない景色だ。

「ここが、広場?」

「はい。ロイスナーの領地の端です。そこの山に龍の巣があり、その向こうに魔獣の暮らす森が広がっております。国の結界の境界線が龍の巣の手前なので、ちょうどその辺りになるでしょうか」

 アルベルトが遠くの景色を指差しながら詳しく説明してくれるが、強い風と雪に遮られた視界に映るのは、真っ白な壁。本来であれば凍えるほどの寒さだろうに、それを感じさせないのはアルベルトの気候制御の魔法のせいか。

「ここで、レティシア様にお会い出来るの?」

「えぇ。呼びかければすぐに応えていただけるはずです」

「呼びかける? この風でも聞こえるの?」

 隣にいるアルベルトの声すら、途切れてしまうぐらいの風だ。それなのに、声が聞こえるというのだろうか。

「どうやっているのかはわかりませんが、聞こえているみたいです」

「そう……レティシア様? いらっしゃいますか?」

 半信半疑のリーゼロッテの声は、呼びかけるというには小さく、どうやってもレティシアの耳に届くような声ではない。

「リーゼロッテ! 何か、あったの?!」

「レティシア様?!」

 あんな小さな声でも届くとは、龍の耳というのはどうなっているのか。呼びかけたはずのリーゼロッテが最も驚いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

死罪の王妃は侍女にタイムリープしました

もぐすけ
ファンタジー
私は王国の王妃だったが、王子殺害の冤罪で服毒自殺を強要され、毒を飲んで死んだのだが、気がつくと六ヶ月前にタイムリープしていた。しかし、王妃である自分自身ではなく、六ヶ月前に王妃のお付きになった侍女のエリーゼに転移してしまったのだ。しかも、前世の日本での知識を思い出すというおまけつきだった。 侍女になってみると、自分を信じない王と自分を陥れた側室への復讐とか、死罪を免れるとかはどうでもよくなってしまったが、罪のない王子や冤罪で死罪になる王妃をそのままにしておくのは気が引ける。 そこで、エリーゼこと私は、王妃である六ヶ月前の私に、全部ぶっちゃけてみることにした。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

女の子なのに能力【怪力】を与えられて異世界に転生しました~開き直って騎士を目指していたらイケメンハーレムができていた件~

沙寺絃
ファンタジー
平凡な女子高生だった主人公は、神様から特殊能力【怪力】を与えられて、異世界の農村に転生する。 持前の怪力を活かしてドラゴン退治していたら、壊滅寸前だった騎士団の騎士に見出された。 「君ほどの力の持ち主を、一介の村娘や冒険者として終わらせるのは惜しい! ぜひイース王国に仕える騎士となるべきだ!」 騎士の推薦のおかげで、軍事都市アルスターの騎士学校に通うことになった。 入学試験当日には素性を隠した金髪王子と出会って気に入られ、騎士団長の息子からはプロポーズされてしまう。さらに王子の付き人は、やっぱりイケメンの銀髪&毒舌家執事。 ひたすら周りを魅了しながら、賑やかな学園生活を送るサクセス&青春ストーリー。 ※この小説はカクヨムでも掲載しています。

処理中です...