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魔法が使えたって

ベルンハルトの決意 1

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「リーゼロッテ!」

 ベルンハルトはいつものように庭に降りていくリーゼロッテの姿を見ていた。
 その時間はベルンハルトにとって最も幸せな時間だ。それなのに真っ青な顔をしてリーゼロッテが椅子へと座り込んだ途端、執務室を飛び出していた。
 レティシアが来ていたように見えた。
 ヘルムートは一体何をしていたのだろうか。

 ベルンハルトが庭にたどり着いたときには、リーゼロッテは既にレティシアの背中に乗って飛び去った後。
 その一部始終を見ていたであろうヘルムートに、責め立てる視線を投げかけたのは言うまでもない。

「ヘルムート、其方見ておったよな」

「はい。散歩に行くと仰っていましたよ」

 ベルンハルトの不機嫌な声色にも、動じない態度のヘルムートは、悪びれもせずにそう言ってのけた。
 いくらベルンハルトがその力を振りかざしたところで、きっとヘルムートは何ともない顔で笑っているだろう。
 「ベルンハルト様の手にかけられるのであれば、それはそれまでの人生ということ。慎んでお受けいたしますよ」そんなふうに笑って話していたことがある。それは多分ヘルムートの本音で、今もなお同じように考えているに違いない。

 ただの執事であったはずの男。今は何の力もない庭師。魔力だってベルンハルトに敵うわけもない目の前の男は、一体どんな過去を送ってきたのだろうか。

「はぁっ。私はやはり、其方が苦手だ」

 ベルンハルトは頭を抱え、リーゼロッテが飛び立った空を見上げた。

「それはそれは。私はベルンハルト様にお仕えできること、光栄に思っているのですが。こうしていても仕方ありませんね。お茶でも淹れますから、お座り下さい」
 
 さっきまでリーゼロッテが座っていた椅子を勧められ、素直に腰を下ろした。
 このまま、待つしかないのだろう。

「其方の淹れるお茶を味わうのも、久しぶりだな」

「そうですね。アルベルトが専属になるまでは、私の役目でしたから」

「リーゼロッテにも、淹れてくれているんだな。以前、褒めていたのを聞いた」

「おや、そのように私の話をしていただけるとは、ありがたいことです。次はより美味しいものをお淹れしなくてはなりませんね」

 軽快に会話を重ねながら、手慣れた所作でお茶を淹れてくれる。その洗練された手の動きは、到底真似できるものではないと、改めて感心する。

「さぁ、どうぞ。ベルンハルト様は、今でも温かいものがお好きですか?」

 汗ばむ様な気候になっても、温かいものを好んでいたことを覚えているのか。余計な口を挟む必要のない心配りに、つい居心地の良さを覚える。
 隙を見せてはいけない相手だと、忘れてしまいそうだ。

「其方の淹れるお茶だけは、何ものにも負けぬな」

「だけ、ですか?」

「だけ、だ」

 ベルンハルトが嫌な思いをしないようにと、抜群の程度が図られた会話、空気。そのどれもが幼い頃から味わってきたもの。リーゼロッテのことを心配している中で与えられた懐かしい時間。
 ささくれだった心が、凪いでいくのを感じた。


 そんなヘルムートとのひと時に終わりを告げたのは一頭の龍だった。

「クラウス!」

 前回の討伐で出会った、レティシアよりも一回り小さい龍。レティシアを慕い、レティシアの為に動くその様子に、種別を越えて好感を抱く。

「ベルンハルト様、レティシア様がお呼びです。大きい布袋を持ってくるようにと言付かっております。用意が整いましたら、背中にどうぞ」

 クラウスの言葉を聞きつけたのか、次の瞬間にはヘルムートの手元に布袋が用意されており、ベルンハルトは屈んだクラウスの背中に乗った。
 ヘルムートから布袋を受け取れば、いつでも出発できる。

(これは、どこから出したのだ)

 ヘルムートの周到さに、若干の恐怖を覚えながら、ベルンハルトはリーゼロッテの元へと飛び立った。


「リーゼロッテ!」

 ベルンハルトが見つけたのは、大量の魔力石の真ん中で、顔を赤くして俯くリーゼロッテ。
 その魔力石の正体を、ことの顛末をレティシアから聞きながら、ベルンハルトはたった一つのことが気にかかって仕方なかった。

(リーゼロッテが、魔法を使える)

 その事実はベルンハルトの頭の中にこびりつき、嫌な想像をかき立てる。
 リーゼロッテは魔法が使えないからと、貴族から、家族から虐げられていたはずだ。それが使えるとわかってしまったのなら、もうベルンハルトの側にはいてくれないのではないか。
 こんな強大な魔力、王城で歓迎されないはずがない。いつ、連れ戻されてしまうのか。
 いや、この魔力を盾に、自ら王都に戻ることだってできるはずだ。こんな辺境地にいる必要もない。
 初めて歩いた王都の市場は、人も物も輝きを放っていて、ロイスナーでは到底太刀打ちできない。あんなに栄えた場所へと戻ることができるのなら、すぐにでもそうするだろう。
 この醜いあざがあるから、リーゼロッテと結婚することができた。それを我慢していても、離婚を突き付けられるのは時間の問題か。

「リーゼロッテ、これは貴女が持っていればいい」

 それを持っていれば、自分の価値をバルタザールに認めさせることができるだろう。
 自分の力で得たものは、自分の為に使うといい。
 
(レティシアの力を借りなければ、魔獣を倒すことのできない私とは違う。自分の力だけで手に入れたものなのだから)

 酷い言い方をした。冷たい言い方をした。
 あんな言い方をすれば、またリーゼロッテが傷つくのはわかっている。
 だが、すぐに自分が手に入れた状況に気がつくだろう。
 こんな仮面の伯爵の下から逃げ出すことができるのだ。そして王都で幸せになる道が待ってる。
 はやくそのことに気がつけばいい。
 リーゼロッテが幸せになる道を、進んでいけばいい。
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