52 / 104
魔法が使えたって
リーゼロッテの魔法 1
しおりを挟む
春の挨拶も終わり、数ヶ月の間はリーゼロッテにとっても、ベルンハルトにとっても平和な時が流れていた。
未だに二人の間には拳一つ分の空間が開くし、ベルンハルトはその仮面をリーゼロッテの前で外すことはない。
だが、リーゼロッテの部屋を訪れる回数は確実に増えているし、リーゼロッテの部屋で出されたお茶には手をつけてくれる。
ベルンハルトと出会って一年。その関係も季節の移り変わりと共に少しずつ変化してきており、まだ見ぬ夏に心を馳せる。
王都シュレンタットよりも北側に位置するロイスナーの夏は過ごしやすいと聞いた。窓から見える木々の葉が徐々に緑色を濃くしており、吹き抜ける風にも青々とした香りが混ざる。
庭を覗けば、ちょうどヘルムートが草木に水をやっていて、ヘルムートの手元から作り出される水が、初夏の太陽に照らされて小さな虹を作り出していた。
窓から覗く庭は、春に訪れたディースの城に比べ確かに小さいが、それでもそれなりの大きさだと思う。その庭を魔力石を使ったとしても、ヘルムート一人で管理し、その上であの余裕を見せるとは。
ベルンハルトやアルベルトに比べ少ないとはいえ、ヘルムートの魔力量もそれなりのものだと、簡単に推測できる。
(わたくし、やっぱりお役に立たないわ)
ベルンハルトの頑なだった態度が軟化し、アルベルトやヘルムートに親切にされればされるほど、自分にその価値があるのかと、そんな思いが駆け巡る。
自分にも何かできないかと、そんな焦りだけが心の中に溜まっていった。
「ヘルムートさん」
「奥様。今日はお早いのですね」
「うふふ。部屋からヘルムートさんがお庭にいらっしゃるのが見えて、慌てて飛び出してきちゃった」
「またそのようなことを仰る」
「あら。本当よ。ヘルムートさんが淹れてくださるお茶が楽しみなんですもの」
元執事長のヘルムートが淹れるお茶は、ベルンハルトだけではなく、先代のロイエンタール当主も好んでいたという。
当主が飲んでいたものを味わうことができるなんて、王城では考えられなかった。
「このようなもので良ければ、いくらでもお淹れしますよ。そもそも、王城で飲まれていたものの方が、茶葉も高価なものでしょう」
「うふふ。茶葉の値段ではないわ。わたくしのために淹れてくださる、それだけで味わいが変わってくるもの」
王城でリーゼロッテに出されていたものは、誰かのついでに用意されるもので、魔力のない自分にはそれも当然のことだと、当たり前に受け入れていた。
ヘルムートに初めてお茶を淹れてもらった時は、その味はもちろん、それが自分のために淹れられたものだということが、心に染みた。
「そういうものでしょうか。私の淹れるものに、そこまで仰っていただけるのは、ありがたい限りです」
ヘルムートが淹れてくれたお茶は、この季節にちょうど良く、少し冷えたものだ。その爽やかな口当たりを楽しんでいたときだった。
「今日もこんなところにいるのね。リーゼロッテ様」
リーゼロッテの背後から聞こえたのは、数ヶ月前に突然姿を消した声。
次に会ったら謝ろうと心に決めていた声の持ち主。
「レティシア様!」
「なぁに? そんなに大きな声出さないで」
「あ、あのっ、先日は、申し訳ありませんでした!」
リーゼロッテは口から謝罪の言葉を、そして立ち上がり丁寧に頭を下げ、謝罪の態度をとった。
「え? 何のこと? 私、何で謝られてるのかしら」
「あの、わたくしがレティシア様に言ってしまった……その、言葉のせいで」
「あぁ! 嫌ってこと? あんなもののために謝ったの?」
「そ、そのせいで、レティシア様が帰ってしまったのだと……」
レティシアの態度が理解できず、しどろもどろになりながら、リーゼロッテが自分の不始末を説明する。
「そんなはずがないじゃない。まさか、あんなことを気にしていたの?」
「え、えぇ。ずっと気がかりで……」
「ははっ。ごめんなさい。私も突然消えてしまったものね。気を煩わせてしまったわ」
「いえ。そんなこと、気になさらないでください」
「あの日は、どちらにせよ帰る予定だったのよ。クラウスが近くまで来たのを感じとったからね。それで姿を消したってわけ」
「そう、だったのですね」
ずっと気に病んでいたことの、呆気ない幕引きに、リーゼロッテの気は抜け、先程まで座っていた椅子に全身を預けた。
「えぇ。そうだったのよ」
レティシアもリーゼロッテが座り込むのを見て、その向かい側に据えられた椅子へと腰掛ける。
すぐさまヘルムートがリーゼロッテに用意したお茶と同様のものをレティシアに出せば、数ヶ月の時間をおいて、お茶会の形が整った。
「レ、レティシア様もどうぞ」
「あら、ありがとう」
「やっと、お茶会ができますね」
レティシアが席につき、そのお茶を手に取ったのを見て、リーゼロッテは安堵を覚えた。
「ベルンハルトは私がいつ姿を現して、いつ姿を消しても気にも止めないから。つい貴女もそうだと思いこんでいたわ」
「わたくしが、勝手に思っていただけです。酷く傷つけてしまったのだと」
リーゼロッテが面と向かって他人に文句を言ったのは、あれが初めてだった。だからこそ、どれぐらい傷つけてしまったのか、どうやって償えば良いのか、わからずに時間が経った。
レティシアが再び現れてくれたこと、ずっと気がかりだったことを笑い飛ばしてくれたこと、そのことで心の中に引っかかっていた棘が抜けていく。
未だに二人の間には拳一つ分の空間が開くし、ベルンハルトはその仮面をリーゼロッテの前で外すことはない。
だが、リーゼロッテの部屋を訪れる回数は確実に増えているし、リーゼロッテの部屋で出されたお茶には手をつけてくれる。
ベルンハルトと出会って一年。その関係も季節の移り変わりと共に少しずつ変化してきており、まだ見ぬ夏に心を馳せる。
王都シュレンタットよりも北側に位置するロイスナーの夏は過ごしやすいと聞いた。窓から見える木々の葉が徐々に緑色を濃くしており、吹き抜ける風にも青々とした香りが混ざる。
庭を覗けば、ちょうどヘルムートが草木に水をやっていて、ヘルムートの手元から作り出される水が、初夏の太陽に照らされて小さな虹を作り出していた。
窓から覗く庭は、春に訪れたディースの城に比べ確かに小さいが、それでもそれなりの大きさだと思う。その庭を魔力石を使ったとしても、ヘルムート一人で管理し、その上であの余裕を見せるとは。
ベルンハルトやアルベルトに比べ少ないとはいえ、ヘルムートの魔力量もそれなりのものだと、簡単に推測できる。
(わたくし、やっぱりお役に立たないわ)
ベルンハルトの頑なだった態度が軟化し、アルベルトやヘルムートに親切にされればされるほど、自分にその価値があるのかと、そんな思いが駆け巡る。
自分にも何かできないかと、そんな焦りだけが心の中に溜まっていった。
「ヘルムートさん」
「奥様。今日はお早いのですね」
「うふふ。部屋からヘルムートさんがお庭にいらっしゃるのが見えて、慌てて飛び出してきちゃった」
「またそのようなことを仰る」
「あら。本当よ。ヘルムートさんが淹れてくださるお茶が楽しみなんですもの」
元執事長のヘルムートが淹れるお茶は、ベルンハルトだけではなく、先代のロイエンタール当主も好んでいたという。
当主が飲んでいたものを味わうことができるなんて、王城では考えられなかった。
「このようなもので良ければ、いくらでもお淹れしますよ。そもそも、王城で飲まれていたものの方が、茶葉も高価なものでしょう」
「うふふ。茶葉の値段ではないわ。わたくしのために淹れてくださる、それだけで味わいが変わってくるもの」
王城でリーゼロッテに出されていたものは、誰かのついでに用意されるもので、魔力のない自分にはそれも当然のことだと、当たり前に受け入れていた。
ヘルムートに初めてお茶を淹れてもらった時は、その味はもちろん、それが自分のために淹れられたものだということが、心に染みた。
「そういうものでしょうか。私の淹れるものに、そこまで仰っていただけるのは、ありがたい限りです」
ヘルムートが淹れてくれたお茶は、この季節にちょうど良く、少し冷えたものだ。その爽やかな口当たりを楽しんでいたときだった。
「今日もこんなところにいるのね。リーゼロッテ様」
リーゼロッテの背後から聞こえたのは、数ヶ月前に突然姿を消した声。
次に会ったら謝ろうと心に決めていた声の持ち主。
「レティシア様!」
「なぁに? そんなに大きな声出さないで」
「あ、あのっ、先日は、申し訳ありませんでした!」
リーゼロッテは口から謝罪の言葉を、そして立ち上がり丁寧に頭を下げ、謝罪の態度をとった。
「え? 何のこと? 私、何で謝られてるのかしら」
「あの、わたくしがレティシア様に言ってしまった……その、言葉のせいで」
「あぁ! 嫌ってこと? あんなもののために謝ったの?」
「そ、そのせいで、レティシア様が帰ってしまったのだと……」
レティシアの態度が理解できず、しどろもどろになりながら、リーゼロッテが自分の不始末を説明する。
「そんなはずがないじゃない。まさか、あんなことを気にしていたの?」
「え、えぇ。ずっと気がかりで……」
「ははっ。ごめんなさい。私も突然消えてしまったものね。気を煩わせてしまったわ」
「いえ。そんなこと、気になさらないでください」
「あの日は、どちらにせよ帰る予定だったのよ。クラウスが近くまで来たのを感じとったからね。それで姿を消したってわけ」
「そう、だったのですね」
ずっと気に病んでいたことの、呆気ない幕引きに、リーゼロッテの気は抜け、先程まで座っていた椅子に全身を預けた。
「えぇ。そうだったのよ」
レティシアもリーゼロッテが座り込むのを見て、その向かい側に据えられた椅子へと腰掛ける。
すぐさまヘルムートがリーゼロッテに用意したお茶と同様のものをレティシアに出せば、数ヶ月の時間をおいて、お茶会の形が整った。
「レ、レティシア様もどうぞ」
「あら、ありがとう」
「やっと、お茶会ができますね」
レティシアが席につき、そのお茶を手に取ったのを見て、リーゼロッテは安堵を覚えた。
「ベルンハルトは私がいつ姿を現して、いつ姿を消しても気にも止めないから。つい貴女もそうだと思いこんでいたわ」
「わたくしが、勝手に思っていただけです。酷く傷つけてしまったのだと」
リーゼロッテが面と向かって他人に文句を言ったのは、あれが初めてだった。だからこそ、どれぐらい傷つけてしまったのか、どうやって償えば良いのか、わからずに時間が経った。
レティシアが再び現れてくれたこと、ずっと気がかりだったことを笑い飛ばしてくれたこと、そのことで心の中に引っかかっていた棘が抜けていく。
1
お気に入りに追加
869
あなたにおすすめの小説
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
レイブン領の面倒姫
庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。
初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。
私はまだ婚約などしていないのですが、ね。
あなた方、いったい何なんですか?
初投稿です。
ヨロシクお願い致します~。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
死罪の王妃は侍女にタイムリープしました
もぐすけ
ファンタジー
私は王国の王妃だったが、王子殺害の冤罪で服毒自殺を強要され、毒を飲んで死んだのだが、気がつくと六ヶ月前にタイムリープしていた。しかし、王妃である自分自身ではなく、六ヶ月前に王妃のお付きになった侍女のエリーゼに転移してしまったのだ。しかも、前世の日本での知識を思い出すというおまけつきだった。
侍女になってみると、自分を信じない王と自分を陥れた側室への復讐とか、死罪を免れるとかはどうでもよくなってしまったが、罪のない王子や冤罪で死罪になる王妃をそのままにしておくのは気が引ける。
そこで、エリーゼこと私は、王妃である六ヶ月前の私に、全部ぶっちゃけてみることにした。
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる