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陽射しも風も、何もかもが暖かな春

ベルンハルトの贈りもの 4

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「リーゼロッテ、これを貴女に」

 ロイスナーに帰ってくるなり、ベルンハルトは何よりも先にリーゼロッテの私室に出向くことを告げた。
 いつものように、リーゼロッテの部屋のソファに二人で並んで座り、落ち着かない様子でベルンハルトが口を開く。
 独りであの王都へ向かってでも果たしたかったこと。アルベルトから向けられる揶揄いの視線を、背中に痛いぐらいに感じながら選びぬいた。

「それは?」

「お守りだそうだ」

 ベルンハルトの掌に乗せられた、小さなネックレス。その先端では加工された魔力石が淡い光を放っていた。

「お守り……ですか?」

「あぁ。守護の魔法をかけておいた。少しでも貴女の身に危険が及ばない様に」

 ベルンハルトが王都の市場で見かけたネックレスは、貴族が自分の子供に与える様なもの。
 貴族の中でも上位に属する者たちは護衛をつけるだろうから、これを必要とするのは貴族の中でも下位の者たち。
 王城へと招いた商人ではなく、市場の片隅で売られていたようなものだが、その使い方も、華美過ぎない見た目も、リーゼロッテにはよく似合うと思った。

「ありがとうございます。付けて、いただけますか?」

 そう言って頭を下げるリーゼロッテの首へと、そのネックレスをかけようとするが、どうにも手が震えて上手くいかない。
 ぐっと息を止め、手元に集中すれば、思わず目にも力が入り、リーゼロッテの伏せた目元にかかる長いまつげが煽情的に見える。
 長いまつげ、すっと通った鼻筋、紅く染まった唇、そして白くきめの整った肌。そのどれもがベルンハルトを惹き付け、顔が熱くなる。仮面では隠すことも叶わないほど、頬は赤くなっているだろう。

「こ、これでいい」

「ありがとうございます」

 首元へと回していた手が離れれば、リーゼロッテがベルンハルトへと視線を合わせ、微笑んだ。
 その顔を直視できず、つい顔を背けてしまう。
 自分のそうした態度の度に、リーゼロッテの顔が曇ってしまうのもわかっている。
 わかってはいても、赤くなった頬を見られる羞恥心に、リーゼロッテの顔を直視する気恥ずかしさに、顔を逸らさずにはいられない。

(こうして、また彼女を傷つけているというのに)

「このように素敵なもの、本当にわたくしがいただいてよろしいのですか?」

 ベルンハルトの態度も難なく受け止め、リーゼロッテはすぐに次の会話を始めてくれる。
 特定の人物以外との会話を極端に避けてきたベルンハルトは、会話を繋げていくことが得意ではない。
 それを知ってか知らずか、次々と言葉を投げかけてくれるリーゼロッテに、ベルンハルトは心から感謝していた。

「あ、貴女のために、よ、用意したものだ」

「まぁ。これまでいただいたどんな贈りものよりも嬉しいです。大切に、致しますね」

 リーゼロッテからの気遣いの言葉に、心が湧き立ち、思わず目が泳ぐ。
 リーゼロッテは王女だ。いくら周りから顧みられることのない生活を送っていたとしても、贈りものは嫌というほど受け取っているだろう。
 そのどれよりも嬉しいなど、お世辞だとわかっていても、嬉しく思う。

「それにしても、少し変わった色をしているんですね。これは、魔力石でしょうか?」

 リーゼロッテがネックレスの先端に付いた石を手にしながら、そんな疑問を口にする。
 市場の片隅で売られていたそれは、リーゼロッテが目にしたこともないぐらいの安物だろう。
 魔力石をいくつも持って買いに行ったというのに、結局手に入れてきたものはたった一つ。
 それ以外のものはどれを見てもリーゼロッテに似合うとは思えず、装飾品を見慣れることのない自分の生活に、情けなさを覚えたのだ。

「貴女が見ることなどなかったようなものだ。気に入らなければ、捨ててしまえば良い」

「そんなこと言ってはおりません! このように綺麗な、薄い青色の魔力石を見たことがないだけです。ベルンハルト様の仰る言い方を真似するのであれば、わたくしには魔力がないので、見ることなどなかったのですわ」

「そ、そのようなことは……」

「ふふ。ベルンハルト様にその様なつもりがないのはわかっております。ですが、わたくしにも捨てるつもりなどございません。ですから、この様な色のこと、教えて下さいませ」

「それは、その魔力石は、私の魔力で染め上げてある」

「染め上げ?」

「あぁ。先ほども話したが、守護の魔法がかけてある。だからその様な色なのだ」

 本来魔力を増幅させるために使われる魔力石。その石の中に魔力を停滞させ、必要なときに放出できる様に加工されたもの。
 ただし、それもネックレスの先に付けられる程の小ささで、魔力も財力も小さな貴族たちに使われる為のもの。
 ベルンハルトの強大な魔力を一気に入れ込めば、途端に割れてしまう。ベルンハルトはその石を割らない様、自分の魔力を細く長い糸の様にして繰り出し、王都からの帰路の三日間、休むことなくその石を染めた。
 強大な魔力を小さく流し込んでいくというのは、戦闘で爆発させるのとは違う疲労が溜まる。自分の魔力の放出量をコントロールし続けなければならない。
 途中、間に合わないかもしれないと予想したアルベルトが、少し遠回りをしてくれたのだが。

「ベルンハルト様の魔力。そんな大切なものを、わたくしのために?」

「あぁ。もちろん、貴女に危険が及ぶようなことはないはずだ。そんなことになる前に私が盾となる。だが、今回の様に貴女が独りきりになってしまうことがあるからな」

 ロイスナーでは、毎年必ずベルンハルトが城を留守にする。その時リーゼロッテに何かあれば間に合わないことがあるかもしれない。

「盾だなんて」

「可笑しいか? 私は貴女のためなら剣にだって盾にだってなろう。いつでも貴女のためにこの身を捧げる覚悟だ」

「りょ、領主様がその様なことを……」

「おや、領主が言うのは問題か? それならば、領主の地位などアルベルトにでも譲ろう」

 ベルンハルトが辺境伯じゃなくなったとしても、領主じゃなくなったとしても、リーゼロッテがついてきてくれさえすればそれでも構わない。
 いつ追われるかわからない辺境伯の地位。いつ奪われるかわからない領地。そんなものに何の価値も見出せない。
 自らの意思で手放したところで、何の感情も湧かないだろう。
 ベルンハルトは仮面の下で、本当の笑顔で笑った。
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