上 下
28 / 104
討伐って何ですか?

ベルンハルトの仕事 3

しおりを挟む
「ま、まだ何かあるのか」

「奥様があれ以上何も仰らないのに、私が口を挟むことはできません。ですが、魔獣討伐から戻られます間、僭越ながら私が執事長を務めさせていただきますことを、お許し下さい」

「ヘルムートが代わってくれるのであれば、安心だ。よろしく頼む」

「ありがとうございます。それでは、しばしの間、執事長に戻ります」

 ヘルムートは深々と頭を下げ、その後ゆっくりと姿勢を正した。

「ベルンハルト様。ご武運をお祈り致しております。いってらっしゃいませ」

 ベルンハルトの顔を真っ直ぐに見据え、ヘルムートは再度深く頭を下げる。
 それを横目で見ていたリーゼロッテも、慌ててその仕草を真似た。
 自分の夫が、ロイエンタール家当主が、危険を伴うであろう場所へ向かうのだ。わからないことばかりとはいえ、その深刻さだけは流石に理解している。

「いってくる」

 そう言うとマントを翻し、広間の奥に備え付けられた扉へと向かう。
 その扉は他の扉に比べ重厚な造りになっており、アルベルトが鍵を開け、扉開いてベルンハルトが通り抜けるのを待っていた。

 ベルンハルトが広間から出ていくのを、その雰囲気に圧倒され、息を呑んで見送ると、扉が閉まるのを合図にリーゼロッテは大きく息を吐いた。

「ヘルムートさん」

「はい。いかがいたしました?」

「わたくし、色々なことを一度に聞かされて、頭が混乱しているの」

「そうでしょうね」

「流石に今回はちゃんとお話していただけますね?」

 ヘルムート相手に、再度広間の空気を凍てつかせたのはリーゼロッテだ。

「かしこまりました」

 ヘルムートはその空気に臆することなく、軽やかに笑ってみせた。


 リーゼロッテの私室で長話をするわけにもいかず、二人は広間から近くの談話室へと場所を移動し、庭でそうしてくれるように、ヘルムートがお茶を淹れてくれる。
 それを一口飲んで、リーゼロッテはようやく気持ちが落ち着いていくのを感じた。

「ヘルムートさんは元執事長だったんですね。どおりでお茶が美味しいはずだわ」

 いつでもその時の環境に合わせて、温度や苦味が調整されているのも、腑に落ちる。

「奥様のお好みがあれば仰って下さい。次からはそれをご用意いたしますよ」

「いいえ。季節と共に茶葉が移り変わっていくのも楽しませていただいているもの。今のまま、ヘルムートさんが選ばれたものを淹れてください」

「おや、奥様もそう仰るのですね。以前、ベルンハルト様も同様のことを仰っていました」

「まぁ。そうでしたの。さぁ、ヘルムートさんもそこへ座って。ゆっくりお話を聞かせて」

「ベルンハルト様にも、そう問い詰めてやれば良かったのです」

「そ、そのようなこと、できません」

 リーゼロッテは小刻みにその頭を左右に振った。
 ベルンハルトとは何とか距離を縮めようとしているのに、その相手を問い詰めるなど、できるわけもない。
 そもそも、今から討伐に赴く相手のことを、こんなことで煩わせるわけにはいかない。

「こらえて、くださったんですね。奥様、この度は愚息二人が大変失礼致しました。これはこの城の使用人としてではなく、父親として父親代わりとしての謝罪です」

「父親代わり?」

「ベルンハルト様のご両親は他界されておりますので、それ以降は私がアルベルトと同様に育てていたのです。ただ、奥様への気遣いにこれほどまでに欠けているとは、思いも寄りませんでした」

「まだわたくしがこちらに来て四ヶ月も経ちません。ベルンハルト様が何も仰ってくださらないのも仕方ないわ。それほど目くじらを立てることでもないの」

「そうでしょうか」

「もちろん、何もかもを話して下されば、とも思います。ですが、人は誰だって隠したいことを持ってるものよ」

 自分の城の中ですら仮面を外すことなく、その下にも仮面をつけているベルンハルトの、隙のない笑顔を思い出す。

「とはいえ魔獣の討伐は、事前に教えていただきたかったですね。心配でたまりません」

「ベルンハルト様は一週間ほどで戻りますよ。きっと無事にお戻りになりますから、大丈夫です」

 不安を押し込めることができず、下を向いてしまったリーゼロッテに、ヘルムートが優しく声をかけた。
 その声が、言葉が、まるでヘルムートの淹れてくれるお茶の様に、じんわりとリーゼロッテの心を温める。

「べ、ベルンハルト様以外の方はどちらにいらっしゃるの? 騎士の方は?」

「魔獣の討伐にはアルベルトと二人で向かっております」

「何故?!」

 ヘルムートの言葉に、リーゼロッテは衝撃を受ける。
 城の中にも外にも普段以上の人の気配を感じてはいなかったが、まさか二人で向かったなど、考えもしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

続・拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜

ぽん
ファンタジー
⭐︎書籍化決定⭐︎  『拾ってたものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』  第2巻:2024年5月20日(月)に各書店に発送されます。  書籍化される[106話]まで引き下げレンタル版と差し替えさせて頂きます。  第1巻:2023年12月〜    改稿を入れて読みやすくなっております。  是非♪ ================== 1人ぼっちだった相沢庵は小さな子狼に気に入られ、共に異世界に送られた。 絶対神リュオンが求めたのは2人で自由に生きる事。 前作でダークエルフの脅威に触れた世界は各地で起こっている不可解な事に憂慮し始めた。 そんな中、異世界にて様々な出会いをし家族を得たイオリはリュオンの願い通り自由に生きていく。 まだ、読んでらっしゃらない方は先に『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』をご覧下さい。 前作に続き、のんびりと投稿してまいります。 気長なお付き合いを願います。 よろしくお願いします。 ※念の為R15にしています。 ※誤字脱字が存在する可能性か高いです。  苦笑いで許して下さい。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

恋猫月夜「魂成鬼伝~とうじょうきでん~の章」

黒木咲希
ファンタジー
これは『感情を欲した神に人生を狂わされる2匹の猫(猫又)の物語──』 猫又の薙翔と寧々は、百年という長い時間悪い人間の手によって離れ離れとなっていた。 長い月日の中二人は彷徨い歩き ついにあやかし達が営む商店街にて再会が叶い涙ながらに喜ぶ二人だったが そんな中、過去の恐ろしい体験による心の傷から寧々に対して 、寧々を生涯大切に愛し続けたい気持ちと寧々のすべてを欲するあまりいっその事喰らってしまいたいという欲 この相反する2つの感情に苦しむようになってしまう薙翔。 いずれ寧々を喰らってしまうのではないかと怯える薙翔にこの世界の最高位の神である竜神様は言う。 『陰の気が凝縮された黒曜石を体内へと埋め、自身の中にある欲を完全に抑えられるように訓練すればよい』と。 促されるまま体内へと黒曜石を埋めていく薙翔だったが日に日に身体の様子はおかしくなっていき…。 薙翔と寧々の命がけの戦いの物語が今幕を開けるー

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重
SF
 真崎宵が高校に進学して3ヶ月が経過した頃、彼は自分がクラスメイトから避けられている事に気がついた。その原因に全く心当たりのなかった彼は幼馴染である夏間藍香に恥を忍んで相談する。 「週末に発売される"Continued in Legend"を買うのはどうかしら」  これは幼馴染からクラスメイトとの共通の話題を作るために新作ゲームを勧められたことで、再びゲームの世界へと戻ることになった元動画配信者の青年のお話。 「人間にはクリア不可能になってるって話じゃなかった?」 「彼、クリアしちゃったんですよね……」  あるいは彼に振り回される運営やプレイヤーのお話。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...