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魔法が使えなくたって仕方ないじゃない

くだらない夜会

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 久しぶりに夜会に参加したが、やはり時間の無駄だったと、ベルンハルトは人知れず何度目かのため息を吐いた。
 周りはその身を腫物のように扱いながら、その目線は常に何かを言いたげで、ちぐはぐなその様はベルンハルトの体に蔓のように絡みつく。
 壁を背もたれにし、グラスを手にしたまま立ち尽くしてみれば、まるで廊下に飾られた置物の前を通り過ぎるように、誰もが声も目すら合わせずに通り過ぎる。

 そのグラスが空になろうとも、執事すら近寄ってこない態度に、流石のベルンハルトも辟易していた。
 ただ、ここで声を荒げれば、既に広まっている悪評に新たな伝説が追加されるだけだ。それは故郷ロイスナーに暮らす領民の望むところではない。
 彼らは常に偏屈な領主の治める土地に暮らす者として、不必要な中傷を受けているのだ。一年に一度の挨拶だけでも、そつのない様にこなさなければならない。
 ベルンハルトは仮面の下に隠れた目を、静かに伏せた。

 誰からも声をかけられず、誰かに声をかける必要を感じていないこの場において、ベルンハルトが何を考えていたって、自由である。
 その頭の中には、昨夜温室で見かけた王女リーゼロッテを思い浮かべた。父親であるバルタザールからはうまく逃げきれただろうか。
『許さぬ』と言ったバルタザールの顔は娘を咎めるにはあまりにも恐ろしい顔をしていた。このままリーゼロッテの居場所を伝えてはいけないと、ベルンハルトの良心が警鐘を鳴らす。
 そして気がつけば、国王相手に嘘をついていた。

 万が一バレたらベルンハルトもただでは済まないだろう。
 その時はすまないと、今回の挨拶に従者としてついてきたアルベルトに話せば、呆れられながら激怒された。アルベルトは器用だ。
 昨夜の部屋でのやり取りを思い出せば、つい喉の奥から、我慢できない笑いがこぼれる。
 その声を聞きつけた子爵夫人が、一瞬ベルンハルトの方に顔を向けるが、慌てて顔を逸らし、足早に立ち去っていった。

 ベルンハルトと目が合ったからといって、龍に食われるなんてことはない。ベルンハルトにまつわる伝説の内の一つ、最も有名なものがそれだ。
 ロイエンタール家の当主は、代々シュレンタットの北にそびえる山に住む龍を率いることができる。それは伝説でも言い伝えでもない事実だが、ただそれだけだ。
 決してその力をもって他の貴族を殺したり、ましてや食おうなどと思うわけもない。
 そもそも、龍の力を借りずとも、魔力でベルンハルトに勝てる者など、居るはずもない。ベルンハルトの髪の色は、最強とも言われる銀色なのだから。

 くだらない夜会もそろそろお開きの様で、音楽を奏でていた演奏家達が一人、また一人と演奏を終えていく。少しずつ静かになっていく音楽が、宴の終焉をそれとなく伝える。
 国王が真っ先に退席し、その後は位の高いものから順に、用意された客室へ、また外に並んだ馬車へとその足を動かしていく。
 そこかしこで夜会の後の、夜の茶会へと誘い合う声が飛び交っているが、ベルンハルトはその身を誰もいないバルコニーへと移した。本来であれば侯爵より後に退席するべきだろうが、まだ他の貴族達と話をしている最中の侯爵を待つ気にも、他の貴族に退席を待たれるのもごめんだ。
 皆にその存在を忘れられているぐらいがちょうど良い。

 バルコニーに出て庭を見下ろせば、その目には温室が写る。昨夜、温室で見た花は本当に綺麗だった。あれだけの種類の花が見事に手入れされているというのは、さすが王城というもの。
 それにロイスナーでは見ることのできない花々は興味深かった。もしかしたらロイスナーの城でも……とベルンハルトは考えを巡らせるが、慌てて首を振って、その考えを追い払おうとする。
 今の庭師はあの男だ。アルベルトの父親……ヘルムートに花を愛でるところを見られでもしたら……考えるだけでも恐ろしい。瞬く間に城中、いや領地中に思いもよらない噂となって広まっていくだろう。
 ヘルムートはそのような手腕だけ、いや他にもあらゆる手回しが得意だが、とにかくそういうことには右に出る者がいない。余計な真似はするものじゃない。
 庭に近づくのはやめておくしかない。

(今夜も温室に行ってみようか)

 この城に滞在するのも明日までだ。
 バルタザールに招かれて、他の貴族達よりも長い間城へ滞在するように言われているが、今日まで何事もない。バルタザールは何のためにベルンハルトを呼びつけたのか。その理由が未だにわからないまま、時が過ぎる。
 何か見せたいものがあるのか、言いたいことがあるのか、それともただの気まぐれか。何も思い当たる節のないベルンハルトは、不審に思いながら今夜までを過ごしていた。
 そんな時を過ごす中で見つけた、憩いの場所。温室に咲く美しい花々を思い浮かべる。
 その中でも一際美しく、木の根元に咲いていた、リーゼロッテの姿と共に。
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