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第4部

おもしろいことをお言いで

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 悲し気に声をあげて泣くアシェルナオを、ヴァレリラルドは抱きしめて慈しむ。

 護衛騎士見習いとしての未熟さを感じながら、学友としてもっと何かアシェルナオのためにできたのではないかと、スヴェンはアシェルナオの悲痛な姿を見て心が張り裂けそうだった。

 護衛騎士、領騎士、マクシミリアンとモーガンは勿論、私兵たちですら、泣いているアシェルナオを見て自責の念に苛まれていた。

 粛々とした空気に包まれたサロンに、

 「一体何の騒ぎだ!」

 けたたましい声が響いた。

 頃合いを見計らっていたイルバンとドロテがサロンに踏み込んで来たのだ。

 イルバンの筋書きでは、イグナスが愛し子をうまく丸め込んでベアール領城に誘い込む。サロンに案内し、宝物展示室に連れ込む。何かを割る。愛し子のせいにする。自分たちが乗り込む。愛し子がどうしても領城に行ってみたいと言うので連れて来たら、宝物室を見せろといって、渋々案内したら壺を割ったのです。そうイグナスが申し立て、怒ったイルバンが王家とエルランデル公爵家に賠償を求める。

 イルバンの懐も潤うし、エルランデル公爵家に泥を塗ることができる。愛し子の名誉を失墜させ、王家に一泡吹かせることもできる。

 一石二鳥どころかいくつものうまみのある筋書きを準備して、領主夫妻は意気揚々とサロンに入ってきた。

 だが周囲を見渡すと長椅子で愛し子を抱きかかえているヴァレリラルドの姿があった。

 王太子? 待て、なぜこの領城に王太子がいるのだ?

 自分たちの筋書きとは違う展開に、領主夫妻はギョっとした顔で立ちすくむ。

 が、庭に面した大窓の前に跪かされ、上半身を拘束され、犯罪者の首輪を嵌められた末の息子を見つけると顔面が蒼白になった。

 「イグナス! どうしてこんなことに」

 「一体何事だ! 私兵たち、私に雇われておきながらなぜイグナスを助けない! なぜ大人しく見ているんだ! 許さんからな!」

 イルバンの怒号に、アシェルナオの体がビクッと震える。

 「父上! 母上! 助けて下さい。そこの愛し子がどうしても我が家の展示室を見たいと言って……。渋々案内したのですが、愛し子がわざと家宝の壺を割ったのです。僕が何をするんですか、と言ったら、そこの生物がいきなり大きくなって周りの宝物を倒しながら僕の上にのしかかってきて……そしたら愛し子の護衛騎士が私こそが犯罪者だと言って、この状況なのです」

 筋書き通りのイグナスの必死の訴えに、アシェルナオは震えながらヴァレリラルドにしがみついた。

 「大丈夫だよ、ナオ。安心して? 不愉快だろうけど、もう少し我慢してくれるかい?」

 ヴァレリラルドもテュコもフォルシウスも、みんな穏やかな顔で微笑んでいて、アシェルナオは小さく頷く。

 勿論それはアシェルナオに対してだけで、イグナスや領主夫妻に向ける目つきには嫌悪と憎悪の混じった厳しいものだった。

 「まあ、うちのイグナスになんてことを!」

 「いくら愛し子様であろうと、王太子殿下であろうと、我が息子に狼藉を働いた上にうちの宝物を壊し、展示室を破壊したことに目を瞑るわけにはいきませんぞ! エルランデル公爵家、ならびに王太子殿下、国王陛下にも賠償を請求いたします!」

 高らかにイルバンが宣言する。

 イルバンは王太子がこの場にいたのには驚いたものの、直に糾弾できたのは幸いだとほくそ笑み、ドロテも夫の思惑を汲み取り、愛情深い母を演じるのに興に乗っていた。

 怒りと呆れ。そして決して許さないとの思念の渦巻く中、

 「おもしろいことをお言いで」

 冷ややかな言葉を発しながら颯爽と登場したのはシーグフリードだった。

 イクセルを先頭に、統括騎士団と、役人然とした者たちを引き連れている。

 シーグフリードは、ヴァレリラルドに抱えられたアシェルナオの顔や服にまだ血がついていること、フォルシウスが傍らについていること、領主一族を除いた者たちが(私兵たちさえも)怒りにはちきれそうな様相でいることを見て眉を顰める。

 「やばい、シグが怒ってる」

 「大丈夫だ。今回怒られるのは俺たちじゃない」

 表情1つでシーグフリードが強く憤っていることを察したウルリクとベルトルドの顔が強張る。

 アシェルナオは大好きな兄の登場に、緊張の糸が切れてまた涙が盛り上がる。

 シーグフリードは安心させるようにアシェルナオに微笑みかけると、すぐに引き締まった顔でサロンを見回した。

 「シーグフリード様。私が耳にしたことをお話したいと思います。私の証言に偽りがないことを証明するために、どなたか契約魔法をお願いできないでしょうか」

 キナクが右手を挙げる。

 契約魔法で証言する場合、破ることが非常に難しい。そのためその証言は極めて真実味の高い証拠として扱われる。

 「私がやりましょう」

 マクシミリアンはローブの中に手を入れて手のひらに乗る大きさの精霊玉を取り出す。

 「契約魔法とは異なりますが、加護を調べる際に使われる精霊玉は名の通り精霊の力を宿した神聖な宝玉です。真実を語る者が持てば白く輝き、嘘をつく者が持てば赤く光ります」

 説明するマクシミリアンの手のひらの精霊玉は白く光っており、それがキナクの手に渡ると透明になった。

 「では、エルランデル公爵家の騎士、キナクが精霊の御名のもとに真実を語ります。領主の三男が貴重品を近くで見ようと言い、嫌がるアシェルナオ様の手を掴んで展示室の中に連れこみました。護衛騎士には入り口から中に入るなと言い、あまつさえ私兵がなだれ込んできて入り口に誰も入らないように人の壁を作りました。我らが中に入れないのをいいことに三男はアシェルナオ様を奥まった場所に連れて行き、痛い、離して、人を呼ぶからと訴えるアシェルナオ様に、三男は……。私が聞いたままを言います。『うちの家宝を見せてあげてるだけなのに人を呼ぶの? 愛し子って、何様? その前に本当に愛し子なの? 浄化って、歌を歌っただけじゃん。瘴気があったとしても歌だけで本当に浄化できるの? 確かに綺麗な顔をしているけど、だから生まれ変わりですって言われたって信じられる? その顔で王太子殿下をたぶらかして国を騙そうとしてるんじゃないの?』」

 キナクの手の精霊玉は白く光っていた。

 イルバンとドロテ、それにヴァレリラルドにしがみつくアシェルナオ以外の人々の、殺意のこもった視線がイグナスに向かう。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 「ざ」次回も続きます。

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