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第4部

テュコ、悪い顔になってる

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 「なんとかしてくれ」

 ヴァレリラルドの指示をテュコは頭の中で反芻する。

 助けてやれ、ではなく、なんとかしてくれ。

 ヴァレリラルドはそう言った。

 大切で大切で、自分の命よりもはるかに尊い愛するアシェルナオをひどい目に遭わせた者を「なんとかしてくれ」。それはその者の存在を「なんとかしろ」ということだろうか。ならば喜んでそうするのだが。

 自身も激しく憤慨しているテュコは、ふよりんの足の下のイグナスを見つめる。

 「テュコ、悪い顔になってるぞ」

 「あとは俺たちに任せてアシェルナオ様についてて差し上げろ」

 「俺たちも腹が立ってイラついてます。何も言わなくても我が意を得たり、です」

 アダルベルト、ハヴェル、キナクに促され、

 「すまない。頼む」
 
 慌てて取り澄ました顔に戻ると、言うが早いかテュコはヴァレリラルドの後を追った。

 「ふよりん」

 テュコが去ると、イグナスを解放させるべく、ハヴェルはふよりんに声をかけた。

 アシェルナオの護衛を務めるうちにふよりんとは馴染みになっていたが、それは通常サイズのふよりんに限ったことだった。

 今のふよりんは巨大で、高い天井に頭がつくほどだったが、ハヴェルはいつもと同じく気安い感じで声をかける。

 ふよりんはまだ怒りが収まらないようで、唸り声を響かせながら決して足の下から逃げないようにイグナスを踏みつけていた。

 精霊たちもふよりんの周りで、愛し子を傷つけられた怒りに震えていた。

 ハヴェルたちにはふよりんは見えても精霊たちは見えない。けれど、ピリピリするような空気の緊張感は感じられた。

 グググググッ

 ふよりんは一層大きく唸り声をあげる。

 「潰されるっ。お前たち、早く助けろ! この化け物を殺せっ!」

 イグナスの悲鳴を、ハヴェルもアダルベルトもキナクも、何も聞こえないように無視した。

 「アシェルナオ様のいたわしい姿に、殿下は大層お怒りだ。テュコも俺たちもそうだ。でも、ふよりんは目の前で見ていたんだよな。だから、ただ怒ってるだけじゃない。怒り狂ってるんだよな」

 穏やかなハヴェルの声に、ふよりんが肯定するように悲痛な鳴き声をあげる。

 「ふよりん、アシェルナオ様が怪我をして治療を受けている。アシェルナオ様が目を覚ましたときにふよりんが側にいないと寂しいと思われるだろう。お側についていてくれないか?」

 アダルベルトの頼みに、ふよりんの唸り声が少し小さくなる。

 「そこの三男なら、ふよりんの分も大人しくなるように俺たちでしっかり捕縛するから」

 キナクの駄目押しに、

 ケッ!

 ふよりんはイグナスに向けて威嚇するように一鳴きすると、シュルシュルと見る間に小さくなった。

 ふよふよと漂うようにサロンに向かっていくふよりんと一緒に、精霊たちもアシェルナオのもとに向かう。

 「さてと」

 ハヴェルたちは展示室を見回す。

 ふよりんが巨大化したおかげで周囲の展示物は軒並み倒れ、家宝の展示室というより廃墟のようなありさまになっていた。

 他家の家宝だから懐は全く痛まないが、イグナスの自業自得のせいなのでなので心も全く痛まなかった。

 「何をしている! 起こせ!」

 踏みつけられた衝撃から、まだ床にうつぶせになったままイグナスが腹立たし気に喚く。

 「はいはい」

 アダルベルトがイグナスの体を起こすと、すかさずハヴェルが両腕と一緒に上半身を魔道具で拘束する。

 「な、何をする!」

 「捕縛ですよ。で、これは魔法封じの効果のついた犯罪者用の首輪」

 言いながらキナクはイグナスの首に武骨な鉄の塊を嵌める。

 「はぁ? 犯罪者? 僕が何をしたって言うんだ」

 「うーん、アレですか? 自分のしたことの善悪もわからないバカですか?」

 この期に及んでも強気な瞳で睨みつけてくるイグナスに、キナクは可哀そうなものを見るような目になった。

 「はぁ、不敬だぞ!」

 その言葉には、思わず3人とも笑った。

 さんざんアシェルナオに不敬な言動をしてきたイグナスから出る言葉とは思えなかったからだ。

 「とりあえずサロンに連行する」

 アダルベルトはイグナスを引きずって進んだ。




 「だから、速いって!」

 「護衛騎士の意味を考えろ、ラル」

 商人ギルドまでは一緒だったが、そこから愛馬を駆るうちに引き離されたウルリクとベルトルドがようやくサロンに駆け込んだのは、ヴァレリラルドがアシェルナオを抱きかかえて奥の部屋からサロンに戻ってきた時だった。

 「ナオ様!」

 「何があったんだ」

 ヴァレリラルドの腕の中のアシェルナオは頬と左手から血を流しながら、強張った手足を丸めていた。

 半分意識がないのか、虚な瞳で震えている。

 こんな状況ならもっと早く到着するようサポートするんだった、と、ウルリクとベルトルドは後悔した。

 「そこに座る。フォル、ナオの手を診てやってくれ」

 ヴァレリラルドは長椅子に座り、膝の上にアシェルナオを乗せる。

 フォルシウスはその傍らに跪いてアシェルナオの手を取ろうとしたが、その指は硬直していて、指を開かせるのが難しかった。

 無理に破片を取ろうと手を開かせれば、余計に傷つける恐れがあった。

 「殿下、ナオ様は過呼吸の発作を起こしています。話しかけて安心させてください」

 追いかけて来たテュコが長椅子の後ろから言葉をかける。

 「わかった。ナオ、聞こえる? 私がわかるかい? 遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ。安心して目を開けてごらん」

 ヴァレリラルドは愛しげに腕の中のアシェルナオの髪を撫で、流れる涙をぬぐう。

 「……ヴァル?」

 アシェルナオの唇が苦しい呼吸のあいまに微かに動き、ヴァレリラルドの名を呼ぶ。

 「ああ。もう大丈夫だ。落ち着いて、ゆっくり息を吸って。息を止めてから吐いて。もう一度吐いて。上手だよ、ナオ。リラックスして、大きく息を吸って、吐いて、吐いて。偉いよ、ナオ」

 アシェルナオの呼吸が落ち着いてきて、瞳が明確な光を帯びてくる。

 強張った手足から力が抜け、フォルシウスはアシェルナオが意識しないようにさりげなく指を開いて破片を取り上げた。

 「痛いっ」

 ようやく痛みに気が付いたアシェルナオに、

 「キュゥゥン」

 追いかけて来たふよりんが心配そうに覗き込む。

 『痛かったねぇ』

 アシェルナオの顔のすぐ近くでぴかの声がした。

 さっきピリッとした痛みを感じた頬がほのかに温かくなった。

 「ナオ様、すぐに痛みを消しますから、少しだけ我慢してください」

 怪我をした手を取って、フォルシウスが声をかける。

 フォルシウスが傷口の上に手をかざすと、アシェルナオの怪我をした左手が光に包まれた。

 「おお、さすが精霊神殿に仕える癒し手殿だ」

 「こんなに強い光魔法は見たことがない」

 高位の光魔法を目にして、護衛騎士たち、領騎士たちから感心した言葉が飛び交う。

 「神殿に仕えると言っても、私は神殿騎士です。私だけではこんなことはできません。この光魔法はナオ様のお側にいる光の精霊の力添えです」

 気恥ずかしそうに弁明するフォルシウスに、アシェルナオの表情も和らいだ。

 『痛かったねぇ』

 『怖かったねぇ』

 『もう大丈夫だからねぇ』

 『よしよし』

 『護れなくてごめんねぇ』

 「キュウキュウ」

 フォルシウスの光魔法と、精霊たちの優しい言葉に、気がつくと痛みはすっかり引いており、傷口も塞がっていた。

 「よかった、ナオ」

 アシェルナオの状態が落ち着いたのを感じると、ヴァレリラルドは愛しい婚約者の額に唇を押し当て、ぎゅっと抱きしめた。

 「ヴァル、来てくれてありがとう。……でも、どうして?」

 ヴァレリラルドの胸に顔をつけて、その匂いを嗅ぐ。

 ヴァレリラルドがここにいることを実感したアシェルナオはヴァレリラルドを見上げた。

 「ナオのおかげでモンノルドル湿原が平常に戻って、今朝帰還したんだ。ちょうどシーグフリードと出くわしてナオのことを聞いて、駆けつけた。ナオ、がんばったね。怖い思いをしたね。もう大丈夫だ」

 そう言って、ヴァレリラルドは両手でアシェルナオを抱きしめる。

 「頑張ったよ。頑張ったけど、でも」

 ヴァレリラルドが側にいる安心感で、アシェルナオの瞳からまた涙が溢れる。

 広範囲の森が失われたこと。愛し子を否定されたこと。イグナスの暴言。前の愛し子への共鳴。

 言いたいことはたくさんあったが、どれも言葉にならず、アシェルナオはただ泣くことしかできなかった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 感想、エール、いいね、ありがとうございます。

 ゆっくりですみません。やっと次回から「ざ」(^-^)
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