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第4部
冗談でも不愉快です
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ベアールの領都、デジレの商人ギルドの転移陣の間に転移したアシェルナオたちを待ち受けていたのは、黒いスーツに身を包んだ白髪の壮年の男だった。
その背後には濃い緑の騎士服に身を包んだ騎士たちが臣下の礼をして控えている。
「愛し子様、浄化にお越しいただき、ありがとうございます。私はデジレの商人ギルドマスターのクレマンと申します。王城より報告を受けてお待ちしておりました」
ギルドマスターというより、貴族の家令といった雰囲気のクレマンが出迎えの口上を述べると、
「ご挨拶させていただきます。私はベアール領騎士団長のジスランと申します。私以下、ギヨーム、セルヴェ、イアサント、ローム、ナノエス、クバラ、サリトンが、この転移陣の間に愛し子様がお戻りになるまで、道中の警護をさせていただきます」
オリーブブラウンの短髪の男が跪いたままアシェルナオを見上げる。
続いて白いローブを纏った銀髪の老齢の男が、オルドジフと同年代のがっしりとした体格の水色の髪の男を伴ってアシェルナオの前に進み出た。
「デジレの精霊神殿の神殿長を任じられておりますマクシミリアンと申します。生きているうちに愛し子様にお会いできるとは、長生きした甲斐がございました。ぜひこの目で愛し子様が浄化されるお姿を拝見したいと思い、参じたしだいです」
「私はマクシミリアン様の補佐をしておりますモーガンと申します。ベアールに愛し子様がお見えになることを知って、どうしても愛し子様にお会いしたいとうちの神殿長が駄々をこねまして。一応お止めはしたのですが……年寄りの我儘をお許しください」
にこやかな笑みを浮かべるマクシミリアンとは対照的に、モーガンは苦渋の表情で深く頭を下げた。
「エルランデル公爵家次男、アシェルナオ・エルランデルです。侍従兼護衛騎士のテュコと、護衛騎士のフォル、キナク、ダル、ヴェル、スヴェンです。お出迎え感謝します」
アシェルナオがペコリとお辞儀をすると、
「キュー」
ふよりんも体を前に倒す。
「愛し子様の警護に就くことを光栄に思います。では、早速ですがご案内させていただきます」
美しい容姿だけではなく、愛し子という立場にありながら驕ったところのないアシェルナオに好意を抱きながらジスランが立ち上がると、他の騎士たちも一斉に立ち上がる。
一行が転移陣の間を出ようとした時、1人の若い男が入ってきた。
露草色の外套を身に纏った派手な目鼻立ちのチャコールグレーの巻き毛の男ーイグナスーは、迷いなくアシェルナオの前に進み出る。
「君が愛し子様? へえ、綺麗な顔してるんだ。でも子供だな」
その口調には侮る響きが感じられて、ベアールの領騎士たち、マクシミリアン、モーガンの気配が剣呑になる。
「イグナス様、愛し子様に不躾ですよ」
「うるさい。お前たち、邪魔」
ジスランが諌めるが、イグナスは親の年代に近い領騎士団長をきつい表情で睨みつけた。それを見て領騎士たちがさらに表情を険しくする。
「どちらさまでしょう」
低い声で制しながら、テュコがアシェルナオの前に立ちはだかる。
「へぇ、結構イケてるじゃん。どこの家の者? ああ、平民でも僕は構わないよ? 僕の配偶者になるなら爵位をあげるから。それを踏まえて僕と付き合わない? 僕はベアール領主で大臣のヴィンケル侯爵の三男のイグナス。僕がじきじきに愛し子様を案内してあげるために来たんだけど、楽しくなりそうだ」
イグナスはテュコに近づいて顔を寄せる。
「キュゥゥッ」
ふよりんが威嚇するように唸った。
「冗談でも不愉快です」
ふよりんに言われるまでもなく、テュコは即座に言葉で切り捨てる。
「はあ? どうしてだ」
「私にも選ぶ権利があります。それに今回の浄化は陛下より領主一族からの接触を禁ずるというお触れが出ていたはずです。お触れを破る行為を上から目線で言われるとは業腹」
言いながらテュコは顔を寄せるイグナスとの間を手のひらで隔てる。
「領主の三男様でございますか。我らは陛下より、たとえ領主一族であろうと愛し子様を妨害する者は捕縛して構わないとの通達を受けております」
「今すぐ王城に連行いたしましょうか」
アダルベルトとハヴェルも腰に下げた剣に手をかけて追随する。
「待ってよ。妨害なんてしてない。僕は三男だから王都のタウンハウスに住んでいて領地経営には加わっていないし。だけど領内に詳しいから案内してあげ……案内させていただけないかと言ってるだけだ」
言い方を変えても態度は変わらないイグナスに、領騎士たちが殺気立つ。
一触即発の場面に、アシェルナオはテュコの腕を掴んだ。
「テュコ、僕はいいよ? お願いしよう? 浄化の場所に案内してもらって、浄化を終わらせて、帰ろう?」
年上の騎士団長に盾ついたり、テュコを誘惑したり。侯爵家の三男に爵位を授与する権限があるとは思えないのだが、爵位をあげると言ったり。イグナスの言動はアシェルナオに不安を与えていた。
自分本位の、身勝手な言い分を突きつけてくる人間を、アシェルナオは知っていた。その言動に似ているイグナスを、アシェルナオは怖いと思った。
関わりになるのは嫌だったが、難癖をつけられるよりは案内してもらって早く帰りたかった。
「よいのですか?」
「うん」
アシェルナオが小さく頷くと、テュコはそれに従うしかなかった。
「愛し子様のほうが話がわかるじゃないか」
「ナオ様のご厚情に感謝をしてください。同行は目を瞑りますが、領主の三男ごときがナオ様に気軽に話しかけないでいただきたい」
気に入らない人間に対して容赦のないテュコが虫けらを見る目つきでイグナスを見下す。
「チッ」
不愉快そうに舌を鳴らして、イグナスは領騎士たちに体当たりしながら先に転移陣の間を出て行く。
「申し訳ありません。イグナス様が同行される予定は本当になかったのです」
恐縮するクレマンにアシェルナオは首を振ってみせたが、キナクやスヴェンたちは最後の浄化地で面倒くさいことになりそうだと思っていた。
「申し訳ございません」
目的地のカロン湖に向かうエルランデル公爵家の馬車の中で、マクシミリアンとモーガンは只管恐縮していた。
「ううん。この馬車、父様が乗り心地重視で作らせた馬車だから、揺れないし楽でしょう? グルグルがうちに来るときに、腰が痛いからエルランデル公爵家の馬車の送迎は助かるって言ってくれるんだ。だから神殿長さんと補佐さんもうちの馬車に乗ってほしくて」
浄化の目的地には馬車で1時間ほどかかるらしいが、商人ギルドからエルランデル公爵家の馬車に乗ろうとした時にイグナスが当然のように同乗すると言ってきたのだ。
アシェルナオは咄嗟にマクシミリアンとモーガンを乗せるからと断り、イグナスが顔を真っ赤にして領主の三男をないがしろにするのか、と怒鳴ったというひと悶着があったのだ。
「お気遣い痛み入ります。しかし、グルグルとはもしやグルンドライスト様のことでしょうか。すべての精霊神殿の頂点に立つお方も愛し子様の前ではなんとも可愛い呼び名に。ほっほっ」
「中央統括神殿と愛し子様の間にはよい関係が築かれているとお見受けしました。愛し子様のお優しいお姿を見れば当然のことでしょう。愛し子様は精霊に愛されるに相応しいお方。感服いたします」
神殿の2人はアシェルナオを拝んだ。
本当は、イグナスを馬車に乗せるのが嫌だったのが本音のアシェルナオは、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
お声がけ、エール、いいね、ありがとうございます。
ナオも頑張ります。
その背後には濃い緑の騎士服に身を包んだ騎士たちが臣下の礼をして控えている。
「愛し子様、浄化にお越しいただき、ありがとうございます。私はデジレの商人ギルドマスターのクレマンと申します。王城より報告を受けてお待ちしておりました」
ギルドマスターというより、貴族の家令といった雰囲気のクレマンが出迎えの口上を述べると、
「ご挨拶させていただきます。私はベアール領騎士団長のジスランと申します。私以下、ギヨーム、セルヴェ、イアサント、ローム、ナノエス、クバラ、サリトンが、この転移陣の間に愛し子様がお戻りになるまで、道中の警護をさせていただきます」
オリーブブラウンの短髪の男が跪いたままアシェルナオを見上げる。
続いて白いローブを纏った銀髪の老齢の男が、オルドジフと同年代のがっしりとした体格の水色の髪の男を伴ってアシェルナオの前に進み出た。
「デジレの精霊神殿の神殿長を任じられておりますマクシミリアンと申します。生きているうちに愛し子様にお会いできるとは、長生きした甲斐がございました。ぜひこの目で愛し子様が浄化されるお姿を拝見したいと思い、参じたしだいです」
「私はマクシミリアン様の補佐をしておりますモーガンと申します。ベアールに愛し子様がお見えになることを知って、どうしても愛し子様にお会いしたいとうちの神殿長が駄々をこねまして。一応お止めはしたのですが……年寄りの我儘をお許しください」
にこやかな笑みを浮かべるマクシミリアンとは対照的に、モーガンは苦渋の表情で深く頭を下げた。
「エルランデル公爵家次男、アシェルナオ・エルランデルです。侍従兼護衛騎士のテュコと、護衛騎士のフォル、キナク、ダル、ヴェル、スヴェンです。お出迎え感謝します」
アシェルナオがペコリとお辞儀をすると、
「キュー」
ふよりんも体を前に倒す。
「愛し子様の警護に就くことを光栄に思います。では、早速ですがご案内させていただきます」
美しい容姿だけではなく、愛し子という立場にありながら驕ったところのないアシェルナオに好意を抱きながらジスランが立ち上がると、他の騎士たちも一斉に立ち上がる。
一行が転移陣の間を出ようとした時、1人の若い男が入ってきた。
露草色の外套を身に纏った派手な目鼻立ちのチャコールグレーの巻き毛の男ーイグナスーは、迷いなくアシェルナオの前に進み出る。
「君が愛し子様? へえ、綺麗な顔してるんだ。でも子供だな」
その口調には侮る響きが感じられて、ベアールの領騎士たち、マクシミリアン、モーガンの気配が剣呑になる。
「イグナス様、愛し子様に不躾ですよ」
「うるさい。お前たち、邪魔」
ジスランが諌めるが、イグナスは親の年代に近い領騎士団長をきつい表情で睨みつけた。それを見て領騎士たちがさらに表情を険しくする。
「どちらさまでしょう」
低い声で制しながら、テュコがアシェルナオの前に立ちはだかる。
「へぇ、結構イケてるじゃん。どこの家の者? ああ、平民でも僕は構わないよ? 僕の配偶者になるなら爵位をあげるから。それを踏まえて僕と付き合わない? 僕はベアール領主で大臣のヴィンケル侯爵の三男のイグナス。僕がじきじきに愛し子様を案内してあげるために来たんだけど、楽しくなりそうだ」
イグナスはテュコに近づいて顔を寄せる。
「キュゥゥッ」
ふよりんが威嚇するように唸った。
「冗談でも不愉快です」
ふよりんに言われるまでもなく、テュコは即座に言葉で切り捨てる。
「はあ? どうしてだ」
「私にも選ぶ権利があります。それに今回の浄化は陛下より領主一族からの接触を禁ずるというお触れが出ていたはずです。お触れを破る行為を上から目線で言われるとは業腹」
言いながらテュコは顔を寄せるイグナスとの間を手のひらで隔てる。
「領主の三男様でございますか。我らは陛下より、たとえ領主一族であろうと愛し子様を妨害する者は捕縛して構わないとの通達を受けております」
「今すぐ王城に連行いたしましょうか」
アダルベルトとハヴェルも腰に下げた剣に手をかけて追随する。
「待ってよ。妨害なんてしてない。僕は三男だから王都のタウンハウスに住んでいて領地経営には加わっていないし。だけど領内に詳しいから案内してあげ……案内させていただけないかと言ってるだけだ」
言い方を変えても態度は変わらないイグナスに、領騎士たちが殺気立つ。
一触即発の場面に、アシェルナオはテュコの腕を掴んだ。
「テュコ、僕はいいよ? お願いしよう? 浄化の場所に案内してもらって、浄化を終わらせて、帰ろう?」
年上の騎士団長に盾ついたり、テュコを誘惑したり。侯爵家の三男に爵位を授与する権限があるとは思えないのだが、爵位をあげると言ったり。イグナスの言動はアシェルナオに不安を与えていた。
自分本位の、身勝手な言い分を突きつけてくる人間を、アシェルナオは知っていた。その言動に似ているイグナスを、アシェルナオは怖いと思った。
関わりになるのは嫌だったが、難癖をつけられるよりは案内してもらって早く帰りたかった。
「よいのですか?」
「うん」
アシェルナオが小さく頷くと、テュコはそれに従うしかなかった。
「愛し子様のほうが話がわかるじゃないか」
「ナオ様のご厚情に感謝をしてください。同行は目を瞑りますが、領主の三男ごときがナオ様に気軽に話しかけないでいただきたい」
気に入らない人間に対して容赦のないテュコが虫けらを見る目つきでイグナスを見下す。
「チッ」
不愉快そうに舌を鳴らして、イグナスは領騎士たちに体当たりしながら先に転移陣の間を出て行く。
「申し訳ありません。イグナス様が同行される予定は本当になかったのです」
恐縮するクレマンにアシェルナオは首を振ってみせたが、キナクやスヴェンたちは最後の浄化地で面倒くさいことになりそうだと思っていた。
「申し訳ございません」
目的地のカロン湖に向かうエルランデル公爵家の馬車の中で、マクシミリアンとモーガンは只管恐縮していた。
「ううん。この馬車、父様が乗り心地重視で作らせた馬車だから、揺れないし楽でしょう? グルグルがうちに来るときに、腰が痛いからエルランデル公爵家の馬車の送迎は助かるって言ってくれるんだ。だから神殿長さんと補佐さんもうちの馬車に乗ってほしくて」
浄化の目的地には馬車で1時間ほどかかるらしいが、商人ギルドからエルランデル公爵家の馬車に乗ろうとした時にイグナスが当然のように同乗すると言ってきたのだ。
アシェルナオは咄嗟にマクシミリアンとモーガンを乗せるからと断り、イグナスが顔を真っ赤にして領主の三男をないがしろにするのか、と怒鳴ったというひと悶着があったのだ。
「お気遣い痛み入ります。しかし、グルグルとはもしやグルンドライスト様のことでしょうか。すべての精霊神殿の頂点に立つお方も愛し子様の前ではなんとも可愛い呼び名に。ほっほっ」
「中央統括神殿と愛し子様の間にはよい関係が築かれているとお見受けしました。愛し子様のお優しいお姿を見れば当然のことでしょう。愛し子様は精霊に愛されるに相応しいお方。感服いたします」
神殿の2人はアシェルナオを拝んだ。
本当は、イグナスを馬車に乗せるのが嫌だったのが本音のアシェルナオは、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
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