375 / 412
第4部
やんちゃな雪うさぎ
しおりを挟む
「エルとルルのことはよしとして、グルンドライスト様や陛下からアシェルナオの体調を心配する声があがっている。浄化を早くすませたいと願うアシェルナオの気持ちはありがたいが、無理してはいけないよ。明日の浄化はお休みにしよう」
シーグフリードはアシェルナオの頭を撫でる手をとめて、その顔を覗き込む。
「でも、今日のキュビエも、もっと早くに浄化できればよかったと思いました。僕は大丈夫です」
「無理してアシェルナオが倒れてしまっては、元も子もないんだよ。陛下も、私たちも、アシェルナオばかりに負担をかけたくないんだ」
シーグフリードの言葉に、
「私もそう思います。たとえお体に不調を感じなくても、浄化をすることで精神は削られているのですよ」
ブロームも頷く。
「削られてません。元気です」
アシェルナオはブンブンと首を振って兄と教師の説を否定した。
「アシェルナオ、この前オルドジフ殿も言っておられただろう? 心を込めて歌うことがアシェルナオにとっての浄化の術だと。浄化を願う分心を込めて歌うから、心の力をたくさん使ってしまうんだ。大きな浄化のあとに長時間の眠りにつくのはそのためだよ」
「……よくわかりません」
浄化するのが遅くなることに納得できないアシェルナオは俯いた。が、すぐに顔をあげた。
浄化を頑張っているのは、ヴァレリラルドが危険を顧みずに王太子自ら魔獣討伐に行っているからなのだ。
ならば、浄化を頑張れない時は……・
「兄様、ヴァルの討伐の状況に変わりはないんですよね?」
「ああ。相変わらず湿原の足場の悪さに苦闘しているようだ」
「僕、明日はそこに行きます」
浄化を頑張れない時は、ヴァレリラルドのためになることがしたい。
アシェルナオはシーグフリードに真っすぐな視線を向ける。
「魔獣討伐の現場には行かせられない」
だが、アシェルナオが本気で言っているからこそ、シーグフリードは厳しい口調で言った。
「兄様、僕は行きます!」
珍しくアシェルナオは大きな声を出して立ち上がる。
「アシェルナオ?」
「兄様が手配して下さらないのなら、精霊たちに連れて行ってもらいます。でも精霊たちは僕しか運べません。兄様、僕を1人で行かせるんですか? 手配をして護衛をつけて行かせてはくれないんですか?」
大声を出して顔を真っ赤にするアシェルナオは、今世の家族に反抗するのは初めてだった。
家族に反抗して大声を出すのは、以前の、晃成に言い返した時のことを思い出させて胸が痛んだ。
以前のことを思い出して辛くて、気を遣って優しくしてくれる兄に歯向かっていることが辛くて、けれどもヴァレリラルドを助けたい思いが上回るアシェルナオは泣きそうな顔をしながらも怯まなかった。
テュコは小さく息を吐くと、
「……シーグフリード様、ナオ様はやんちゃな雪うさぎです。1人で無茶をさせるより護衛をつけて現地へのルートを手配したほうが得策です」
反抗してでもヴァレリラルドのために何かをしたいというアシェルナオの思いに応えるべく、シーグフリードを説き伏せた。
「テュコ」
危険なことはさせられないと反対すると思っていたテュコが援護してくれたことに、アシェルナオの表情が綻ぶ。
「ナオ様は言い出したら利きませんからね。それならば全力で護るだけです」
仕方なくですよ、と苦笑するテュコ。
「わかったよ。本当に、どうしてやんちゃなんだろうね」
渋々、本当に渋々といった表情でシーグフリードは首を縦に振った。
「ありがとう。兄様、大好き!」
シーグフリードの首に両手を回すと、アシェルナオはその頬にチュッと唇をつける。
「こんなに可愛かったら仕方ないだろう」
アシェルナオのキスに、さすがのシーグフリードも顔がにやけるのを止められなかった。
モンノルドル湿原は、シルヴマルク王国の北部にあるモクレール領に属している。
平地に大きな川と、その流れにつながる何本もの支流に挟まれた広大な湿原は他の領にはない雄大かつ繊細な自然美を誇るが、堆積した泥炭地は軟弱で、表層に染み出す水も足場を悪くしていた。
おまけにまだ昼になったばかりというのに、一帯を覆う霧が視界を悪くしている。
今のところ出没する魔獣は強くはないが、この環境下で、湿原に無数ある窪地からいつ魔獣が現れるのかもわからない緊張感は、通常よりも疲労感を与えていた。
「靴の中もびしょびしょ、霧で髪もびしょびしょ」
うへぇ、と言いながら前方から来る小型のボアや中型のコカドリの群れを蹴っては斬り、蹴っては斬る。
「雑に戦うな、ウル。他の者が足を取られるぞ」
近くにいるヴァレリラルドの前にウルリクが蹴った魔獣が飛んできて、注意を促す。
「俺の繊細な精神は限界なんだよ!」
怒鳴るウルリクを、どうどう、と声で宥めながらベルトルドも次々に魔獣を倒していく。
「食材だけは豊富なんだけどなぁ。そういえば腹減った」
群れの最後の1頭を斬り捨てて、剣を鞘に収めながらウルリクが呟く。
「第二隊、交代に参りました」
背後から交代の班が到着し、
「おーい、第一隊、休憩だぞー」
ベルトルドが大声で周知する。
「イクセルは?」
交代の挨拶は第二隊の隊長であるイクセルがするはずだった。
「はっ、休憩に入ってすぐにシーグフリード様から連絡が入り、どこかに出かけられました」
ヴァレリラルドの問いかけに、イクセルの配下の騎士が姿勢を正して報告する。
「シグから? 王城で何かあったのか? ナオに何かあったのか?」
自分で発言しながら急速に不安が高まり、ヴァレリラルドは駆け足で天幕に戻った。
「ラル、待て」
「先行くなよ、ラル」
主に置いて行かれまいと、ベルトルドとウルリクがその後を追った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
シーグフリードはアシェルナオの頭を撫でる手をとめて、その顔を覗き込む。
「でも、今日のキュビエも、もっと早くに浄化できればよかったと思いました。僕は大丈夫です」
「無理してアシェルナオが倒れてしまっては、元も子もないんだよ。陛下も、私たちも、アシェルナオばかりに負担をかけたくないんだ」
シーグフリードの言葉に、
「私もそう思います。たとえお体に不調を感じなくても、浄化をすることで精神は削られているのですよ」
ブロームも頷く。
「削られてません。元気です」
アシェルナオはブンブンと首を振って兄と教師の説を否定した。
「アシェルナオ、この前オルドジフ殿も言っておられただろう? 心を込めて歌うことがアシェルナオにとっての浄化の術だと。浄化を願う分心を込めて歌うから、心の力をたくさん使ってしまうんだ。大きな浄化のあとに長時間の眠りにつくのはそのためだよ」
「……よくわかりません」
浄化するのが遅くなることに納得できないアシェルナオは俯いた。が、すぐに顔をあげた。
浄化を頑張っているのは、ヴァレリラルドが危険を顧みずに王太子自ら魔獣討伐に行っているからなのだ。
ならば、浄化を頑張れない時は……・
「兄様、ヴァルの討伐の状況に変わりはないんですよね?」
「ああ。相変わらず湿原の足場の悪さに苦闘しているようだ」
「僕、明日はそこに行きます」
浄化を頑張れない時は、ヴァレリラルドのためになることがしたい。
アシェルナオはシーグフリードに真っすぐな視線を向ける。
「魔獣討伐の現場には行かせられない」
だが、アシェルナオが本気で言っているからこそ、シーグフリードは厳しい口調で言った。
「兄様、僕は行きます!」
珍しくアシェルナオは大きな声を出して立ち上がる。
「アシェルナオ?」
「兄様が手配して下さらないのなら、精霊たちに連れて行ってもらいます。でも精霊たちは僕しか運べません。兄様、僕を1人で行かせるんですか? 手配をして護衛をつけて行かせてはくれないんですか?」
大声を出して顔を真っ赤にするアシェルナオは、今世の家族に反抗するのは初めてだった。
家族に反抗して大声を出すのは、以前の、晃成に言い返した時のことを思い出させて胸が痛んだ。
以前のことを思い出して辛くて、気を遣って優しくしてくれる兄に歯向かっていることが辛くて、けれどもヴァレリラルドを助けたい思いが上回るアシェルナオは泣きそうな顔をしながらも怯まなかった。
テュコは小さく息を吐くと、
「……シーグフリード様、ナオ様はやんちゃな雪うさぎです。1人で無茶をさせるより護衛をつけて現地へのルートを手配したほうが得策です」
反抗してでもヴァレリラルドのために何かをしたいというアシェルナオの思いに応えるべく、シーグフリードを説き伏せた。
「テュコ」
危険なことはさせられないと反対すると思っていたテュコが援護してくれたことに、アシェルナオの表情が綻ぶ。
「ナオ様は言い出したら利きませんからね。それならば全力で護るだけです」
仕方なくですよ、と苦笑するテュコ。
「わかったよ。本当に、どうしてやんちゃなんだろうね」
渋々、本当に渋々といった表情でシーグフリードは首を縦に振った。
「ありがとう。兄様、大好き!」
シーグフリードの首に両手を回すと、アシェルナオはその頬にチュッと唇をつける。
「こんなに可愛かったら仕方ないだろう」
アシェルナオのキスに、さすがのシーグフリードも顔がにやけるのを止められなかった。
モンノルドル湿原は、シルヴマルク王国の北部にあるモクレール領に属している。
平地に大きな川と、その流れにつながる何本もの支流に挟まれた広大な湿原は他の領にはない雄大かつ繊細な自然美を誇るが、堆積した泥炭地は軟弱で、表層に染み出す水も足場を悪くしていた。
おまけにまだ昼になったばかりというのに、一帯を覆う霧が視界を悪くしている。
今のところ出没する魔獣は強くはないが、この環境下で、湿原に無数ある窪地からいつ魔獣が現れるのかもわからない緊張感は、通常よりも疲労感を与えていた。
「靴の中もびしょびしょ、霧で髪もびしょびしょ」
うへぇ、と言いながら前方から来る小型のボアや中型のコカドリの群れを蹴っては斬り、蹴っては斬る。
「雑に戦うな、ウル。他の者が足を取られるぞ」
近くにいるヴァレリラルドの前にウルリクが蹴った魔獣が飛んできて、注意を促す。
「俺の繊細な精神は限界なんだよ!」
怒鳴るウルリクを、どうどう、と声で宥めながらベルトルドも次々に魔獣を倒していく。
「食材だけは豊富なんだけどなぁ。そういえば腹減った」
群れの最後の1頭を斬り捨てて、剣を鞘に収めながらウルリクが呟く。
「第二隊、交代に参りました」
背後から交代の班が到着し、
「おーい、第一隊、休憩だぞー」
ベルトルドが大声で周知する。
「イクセルは?」
交代の挨拶は第二隊の隊長であるイクセルがするはずだった。
「はっ、休憩に入ってすぐにシーグフリード様から連絡が入り、どこかに出かけられました」
ヴァレリラルドの問いかけに、イクセルの配下の騎士が姿勢を正して報告する。
「シグから? 王城で何かあったのか? ナオに何かあったのか?」
自分で発言しながら急速に不安が高まり、ヴァレリラルドは駆け足で天幕に戻った。
「ラル、待て」
「先行くなよ、ラル」
主に置いて行かれまいと、ベルトルドとウルリクがその後を追った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
140
お気に入りに追加
938
あなたにおすすめの小説
森永くんはダース伯爵家の令息として甘々に転生する
梅春
BL
高校生の森永拓斗、江崎大翔、明治柊人は仲良し三人組。
拓斗はふたりを親友だと思っているが、完璧な大翔と柊人に憧れを抱いていた。
ある朝、目覚めると拓斗は異世界に転生していた。
そして、付き人として柊人が、フィアンセとして大翔が現れる。
戸惑いながら、甘々な生活をはじめる拓斗だが、そんな世界でも悩みは出てきて・・・
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる