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第4部
おっ、親離れ……
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「テュコ、愛し子は大丈夫と言うが、連日の浄化は心身の負担になっているのではないだろうか」
長椅子に並んで座るアシェルナオとフォルシウスを見守りながら、グルンドライストは長い白髭を撫でる。
「ナオ様は大丈夫とおっしゃっていますが、連日知らない土地に出向き、知らない人間に会うことが精神的な負担になっているのは間違いないと思います」
テュコは癒しを受けている主人を視界におさめる。
「というか、今日のアシェルナオ様の不調はエルとルルが男を連れ込んで乱交している現場を見せたからです。精霊の愛し子様に無修正ポルノを見せるなんて、なんて罰当たりなことをっ!」
テュコから話を聞いていたキナクが拳を握りしめる。
「ら、乱交……無修正……うちのナオになんというものを……っ」
それを目撃したのが真実なら、性的なことにトラウマのあるアシェルナオはどんなにショックを受けただろう。
オルドジフもまた、拳を握りしめて長椅子の2人に視線を向ける。と、いつもは自分がしているアシェルナオへの『トントン』をフォルシウスに奪われているのを目撃した。
「フォル……」
オルドジフが愛する弟に少しだけ嫉妬心を覚えていると、アシェルナオがフォルシウスの膝から降りた。
そのまま、しっかりした足取りで、待たせている者たちのもとへ歩み寄る。
「ナオ、もう大丈夫かい?」
オルドジフは椅子から立ち上がるとアシェルナオに向かって両手を広げた。
「グルグル、僕、もう大丈夫だから浄化に行きたい」
だが、アシェルナオはオルドジフの手をすり抜けて、グルンドライストの横に立つ。
「おっ、親離れ……」
結婚したことも子供を持ったこともないオルドジフだが、いま、親離れされた寂しさを味わっていた。
「うむ。じゃが、無理はいかんぞ。フォルシウスよ、愛し子の様子を気にかけておいてくれ」
「はい」
グルンドライストの指示を受けて、フォルシウスが頷く。
「グルンドライスト様。私もナオ様も、シーグフリード様からこちらに伺うように言われただけで、どこを浄化するのか聞いておりません。他の護衛騎士は同行させていませんが、大丈夫なのでしょうか」
フォルシウスと自分とキナク。浄化をするアシェルナオを護衛するには体制が整っていないことをテュコは懸念していた。
「心配は無用じゃ。浄化してもらう場所はこの下にある。それと……愛し子の体調を気遣っておきながら申し訳ないんじゃが、実は今日はもう一ヶ所、キュビエの浄化もお願いしたいんじゃよ」
「うん、いいよ」
アシェルナオは即答する。
「それならなおさら、護衛騎士が必要では?」
貴族らしく、少しは考えるそぶりを見せなさい、と、目でアシェルナオに注意するテュコ。
「キュビエでの浄化もキュビエの領都の神殿で行ってもらう。移動は転移陣で行うし、神殿内の移動だけだから護衛の必要はない。神殿には神殿騎士がおるでのう。むしろ、神殿内部を見られることになるから護衛騎士は最小限にしたいんじゃ」
グルンドライストの説明に、オルドジフも頷く。
「そういうことでしたら、承知しました」
「では、早速向かおうかのう。こっちじゃ」
そう言うとグルンドライストは壁に手を当てる。
真っ白い壁に緑色に光る魔法陣が浮かび上がったかと思うと、扉が現れた。
「隠し扉? グルグルの部屋、忍者屋敷みたいだね」
アシェルナオはわくわくした表情でグルンドライストを見上げる。
「忍者屋敷が何かは知らんが、愛し子は可愛いのう。どれ、久しぶりに高い高いしようかのう」
グルンドライストがアシェルナオの両脇に手を入れようとするのをオルドジフが止める。
「グルンドライスト様、さすがにもうお腰が。ナオの抱っこは私が担当しますので」
「確かに腰は痛いんじゃが……」
寂しそうに呟いて、グルンドライストは先頭に立って隠し扉の先の通路を進んだ。
隠し扉の先は螺旋階段になっていた。
壁一面に蔦が這い、土や水、草などの自然の匂いがした。上からは太陽の光が細く差し込んでおり、螺旋階段の内部を照らしている。
「およそ220年前に王都がロセアンに遷都される前から、ここはシルヴマルク王国の数ある精霊神殿を束ねる中枢の神殿だったんじゃよ。その理由がここなんじゃ」
螺旋階段を下りたところは広々とした空間だったが、空間の中央に黒い靄が立ち上っている場所があった。
「あの瘴気があがっている場所には泉があるんじゃ。聖域の森にある精霊の泉は信仰の対象だが、誰もが立ち入れる場所ではない。精霊の泉と同じく清浄な気を発するこの泉は、昔から人々が身近に精霊を感じることができる恵みの泉で、泉のそばに精霊神殿を立ててこの国の信仰の中心としたのじゃよ」
「知らなかった」
王都に聖なる泉があることを知らなかったアシェルナオは、グルンドライストの顔を見上げる。
「前の愛し子の時のことは知っておるじゃろう?」
グルンドライストの穏やかな声が地下の空間に厳かに響いた。
「……うん」
「ロセアンは昔から、この泉を中心に栄えた街だった。王都を移すことにした当時の王は、泉の恩恵で栄えるロセアンを新都にすることに決めたが、精霊の怒りを恐れるあまり、新都事業の一環として王都の神殿に相応しいものとなるように神殿を建て替え、神殿の建物で泉を覆ってしまったのじゃよ」
「そんなことして、いいの?」
「当時の精霊神殿は、愛し子を護りきれなかったことへの贖罪として、王の命令を受け入れた。王の命令をきかざるをえなかった、というより、王への反発と己らのふがいなさで、頑なになっていたのじゃろう。泉を自分たちで大切に護るためにそうしたのじゃ。人々が泉に接する機会は減ったが、聖なる泉としての機能がなくなったわけではない。神官たちの祈りは泉に届き、清浄な気は空に上がって王都に広がっているのじゃよ。今は聖域の森にある精霊の泉が穢された影響を受けて瘴気を発してはいるがのう」
「そうなんだ」
身近なところにも前の愛し子の影響があったことを知って、アシェルナオの表情が曇る。
「ここは神殿じゃ。神官たちの祈りがあれば瘴気を抑えることはできる。じゃが自然に浄化されるのを待てば長い年月が必要じゃ。そのあいだ王都に清らかな気が供給されないのは、よくはない。愛し子、浄化を頼めるかのう」
王国の精霊神殿を束ねる中央統括神殿長であるグルンドライストは、浄化してほしいと強く要望するわけではなく、あくまでも愛し子の意向を聞くというスタンスだった。
梛央の時にオルドジフから、愛し子への敬愛と、消失させてしまったことへの深い悲哀と罪悪感を聞かされたが、精霊神殿のトップであるグルンドライストからも愛し子である自分を尊重してくれていることが伝わってきて、
「精霊神殿の人たちって、愛し子を大切に思ってるんだね」
アシェルナオは思ったままを口にしながら、どこか違和感を感じていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
9月になりました。
今月いっぱいは30度以上の気温が続くそうですが、日没が早くなったり、影が長くなったり、小さな秋がもうそこここに見えていますねぇ。
長椅子に並んで座るアシェルナオとフォルシウスを見守りながら、グルンドライストは長い白髭を撫でる。
「ナオ様は大丈夫とおっしゃっていますが、連日知らない土地に出向き、知らない人間に会うことが精神的な負担になっているのは間違いないと思います」
テュコは癒しを受けている主人を視界におさめる。
「というか、今日のアシェルナオ様の不調はエルとルルが男を連れ込んで乱交している現場を見せたからです。精霊の愛し子様に無修正ポルノを見せるなんて、なんて罰当たりなことをっ!」
テュコから話を聞いていたキナクが拳を握りしめる。
「ら、乱交……無修正……うちのナオになんというものを……っ」
それを目撃したのが真実なら、性的なことにトラウマのあるアシェルナオはどんなにショックを受けただろう。
オルドジフもまた、拳を握りしめて長椅子の2人に視線を向ける。と、いつもは自分がしているアシェルナオへの『トントン』をフォルシウスに奪われているのを目撃した。
「フォル……」
オルドジフが愛する弟に少しだけ嫉妬心を覚えていると、アシェルナオがフォルシウスの膝から降りた。
そのまま、しっかりした足取りで、待たせている者たちのもとへ歩み寄る。
「ナオ、もう大丈夫かい?」
オルドジフは椅子から立ち上がるとアシェルナオに向かって両手を広げた。
「グルグル、僕、もう大丈夫だから浄化に行きたい」
だが、アシェルナオはオルドジフの手をすり抜けて、グルンドライストの横に立つ。
「おっ、親離れ……」
結婚したことも子供を持ったこともないオルドジフだが、いま、親離れされた寂しさを味わっていた。
「うむ。じゃが、無理はいかんぞ。フォルシウスよ、愛し子の様子を気にかけておいてくれ」
「はい」
グルンドライストの指示を受けて、フォルシウスが頷く。
「グルンドライスト様。私もナオ様も、シーグフリード様からこちらに伺うように言われただけで、どこを浄化するのか聞いておりません。他の護衛騎士は同行させていませんが、大丈夫なのでしょうか」
フォルシウスと自分とキナク。浄化をするアシェルナオを護衛するには体制が整っていないことをテュコは懸念していた。
「心配は無用じゃ。浄化してもらう場所はこの下にある。それと……愛し子の体調を気遣っておきながら申し訳ないんじゃが、実は今日はもう一ヶ所、キュビエの浄化もお願いしたいんじゃよ」
「うん、いいよ」
アシェルナオは即答する。
「それならなおさら、護衛騎士が必要では?」
貴族らしく、少しは考えるそぶりを見せなさい、と、目でアシェルナオに注意するテュコ。
「キュビエでの浄化もキュビエの領都の神殿で行ってもらう。移動は転移陣で行うし、神殿内の移動だけだから護衛の必要はない。神殿には神殿騎士がおるでのう。むしろ、神殿内部を見られることになるから護衛騎士は最小限にしたいんじゃ」
グルンドライストの説明に、オルドジフも頷く。
「そういうことでしたら、承知しました」
「では、早速向かおうかのう。こっちじゃ」
そう言うとグルンドライストは壁に手を当てる。
真っ白い壁に緑色に光る魔法陣が浮かび上がったかと思うと、扉が現れた。
「隠し扉? グルグルの部屋、忍者屋敷みたいだね」
アシェルナオはわくわくした表情でグルンドライストを見上げる。
「忍者屋敷が何かは知らんが、愛し子は可愛いのう。どれ、久しぶりに高い高いしようかのう」
グルンドライストがアシェルナオの両脇に手を入れようとするのをオルドジフが止める。
「グルンドライスト様、さすがにもうお腰が。ナオの抱っこは私が担当しますので」
「確かに腰は痛いんじゃが……」
寂しそうに呟いて、グルンドライストは先頭に立って隠し扉の先の通路を進んだ。
隠し扉の先は螺旋階段になっていた。
壁一面に蔦が這い、土や水、草などの自然の匂いがした。上からは太陽の光が細く差し込んでおり、螺旋階段の内部を照らしている。
「およそ220年前に王都がロセアンに遷都される前から、ここはシルヴマルク王国の数ある精霊神殿を束ねる中枢の神殿だったんじゃよ。その理由がここなんじゃ」
螺旋階段を下りたところは広々とした空間だったが、空間の中央に黒い靄が立ち上っている場所があった。
「あの瘴気があがっている場所には泉があるんじゃ。聖域の森にある精霊の泉は信仰の対象だが、誰もが立ち入れる場所ではない。精霊の泉と同じく清浄な気を発するこの泉は、昔から人々が身近に精霊を感じることができる恵みの泉で、泉のそばに精霊神殿を立ててこの国の信仰の中心としたのじゃよ」
「知らなかった」
王都に聖なる泉があることを知らなかったアシェルナオは、グルンドライストの顔を見上げる。
「前の愛し子の時のことは知っておるじゃろう?」
グルンドライストの穏やかな声が地下の空間に厳かに響いた。
「……うん」
「ロセアンは昔から、この泉を中心に栄えた街だった。王都を移すことにした当時の王は、泉の恩恵で栄えるロセアンを新都にすることに決めたが、精霊の怒りを恐れるあまり、新都事業の一環として王都の神殿に相応しいものとなるように神殿を建て替え、神殿の建物で泉を覆ってしまったのじゃよ」
「そんなことして、いいの?」
「当時の精霊神殿は、愛し子を護りきれなかったことへの贖罪として、王の命令を受け入れた。王の命令をきかざるをえなかった、というより、王への反発と己らのふがいなさで、頑なになっていたのじゃろう。泉を自分たちで大切に護るためにそうしたのじゃ。人々が泉に接する機会は減ったが、聖なる泉としての機能がなくなったわけではない。神官たちの祈りは泉に届き、清浄な気は空に上がって王都に広がっているのじゃよ。今は聖域の森にある精霊の泉が穢された影響を受けて瘴気を発してはいるがのう」
「そうなんだ」
身近なところにも前の愛し子の影響があったことを知って、アシェルナオの表情が曇る。
「ここは神殿じゃ。神官たちの祈りがあれば瘴気を抑えることはできる。じゃが自然に浄化されるのを待てば長い年月が必要じゃ。そのあいだ王都に清らかな気が供給されないのは、よくはない。愛し子、浄化を頼めるかのう」
王国の精霊神殿を束ねる中央統括神殿長であるグルンドライストは、浄化してほしいと強く要望するわけではなく、あくまでも愛し子の意向を聞くというスタンスだった。
梛央の時にオルドジフから、愛し子への敬愛と、消失させてしまったことへの深い悲哀と罪悪感を聞かされたが、精霊神殿のトップであるグルンドライストからも愛し子である自分を尊重してくれていることが伝わってきて、
「精霊神殿の人たちって、愛し子を大切に思ってるんだね」
アシェルナオは思ったままを口にしながら、どこか違和感を感じていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
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今月いっぱいは30度以上の気温が続くそうですが、日没が早くなったり、影が長くなったり、小さな秋がもうそこここに見えていますねぇ。
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