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第4部
とんだいいひと
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「くによし……」
自分の呟きでアシェルナオは目を覚ました。
「ナオ様、お目覚めですか?」
主の声を聞きつけて、すぐにテュコが声をかける。
「ナオ様、お気をしっかり」
「ナオ様、おいたわしや」
テュコの後ろにはアイナとドリーンが心配そうな顔を並べていて、アシェルナオは自分が自室の寝台で眠っていたことを知った。
「あれ? 僕どうしたんだっけ? お出かけしたよね? それで……」
「ナオ様、お待ちください。お話をする前に着替えてお茶でもいかがですか?」
記憶をたどろうとするアシェルナオをテュコが遮る。
「えと、うん……」
体を起こすと、出かけた時の上着を脱いだドレスシャツを着ていて、下はベビードールの下着だけという姿だった。
やっぱりお出かけはしてたんだ、と、ぼんやり考えるアシェルナオをテュコが抱え上げ、アイナとドリーンの前に立たせる。
2人に手早く部屋着に着替えさせられると、テュコに抱えられて長椅子に座らせられる。
すぐにその横にリングダールが置かれ、目の前のテーブルにハーブティーの入ったカップが置かれた。
いたれりつくせりを体感しながら、アシェルナオは飲みやすい温度に煎れられたハーブティーを一息に飲み干した。
アシェルナオが長い息を吐き、カップをソーサーに置いたところで、
「ナオ様、落ち着かれましたか?」
テュコは慎重に声をかける。
「うん。僕、どうしたんだっけ? お出かけして、第二騎士団のところに行って、エルとルルに……エルとルルが……エルとルルの……ルルの……おっ……ち……出てた……」
アシェルナオは涙目でテュコを見る。
閨教育もヴァレリラルドと将来の誓いをして一緒に眠ると言うほんわりとしたもので済ませているアシェルナオにとって、男と男と男の全裸で絡み合う情事の最中を目撃したことは衝撃過ぎる出来事だった。
「落ち着いて、深呼吸をして。ナオ様は何も見ていません。いいですか? ナオ様は何も見ていません」
催眠術師のようにテュコは囁く。
「う、うん……」
なるべくその場面を頭から消すように努めるアシェルナオだが、どうしても心残りがあった。
「エルとルルにマジックバッグを作ってほしいってお願いに行ったのに……」
当初の目的を果たせなかったことに、アシェルナオは肩を落とす。
「お願いしていましたよ?」
「え? お願いした? 僕が?」
お願いした記憶がないアシェルナオは目をぱちくりさせる。
「はい。マジックバッグだけではなく、他のものもお願いしていましたよ。すごく興味深いお願いで、エルとルルも面白い、と請け負っていましたが?」
「え? 他のも? え? 僕、ほしがりさんだった? ええ……僕、何をお願いしたんだろう……?」
マジックバッグしか頭になかったアシェルナオは、自分が本能的に何を願っていたのか見当もつかなかった。
「覚えてないんですか?」
逆に問い返すテュコ。
「団長さんがエルとルルの部屋に案内してくれて、ドアを開けてくれて、そしたら……」
「思い出さなくていいです」
「うん……。そこからの記憶がなくて、今起きたところ」
アシェルナオが自分の状況を話すと、アイナとドリーンが可哀そうなものを見る瞳をしていた。
「道理で様子がおかしいと思っていました。……あのあと団長の案内で宿舎の下の談話室に移動して、身だしなみを整えたエルとルルが降りて来るのを待ちました。2人が来るとナオ様は普通に話をされて、マジックバッグの件と別のお願いをされました。用事が終わって馬車に乗った途端、糸が切れたように眠られて、さきほど目を覚ました、という状況です」
「僕、何も覚えていない……」
「私も、かなりのショックを受けていらっしゃるはずなのによく普通に話していらっしゃるな、とは思っていたんですが……」
自分の思っていた以上にアシェルナオのショックは大きく、テュコは自分の配慮の足りなさを反省した。
「僕、普通に話をしてたの?」
戸惑うアシェルナオに、テュコは大きく頷く。
「ええ。途中で2度ほど戻されましたが、大丈夫と言われて話を続けていらっしゃいました」
「戻したんだ……」
「それでナオ様。『くによし』とは、どなたですか?」
「くによし?」
アシェルナオは首を傾げる。
くによし、国よし、国芳……歌川国芳……。
「あっ……」
アシェルナオはさっきの夢を思い出した。
ほぼ裸の男たちが体を寄せ合って碧い絨毯の上に寝そべったり蹲ったりしていた。
あれは浮世絵師歌川国芳の『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』という、裸の男たちで男の顔と手を描く寄せ絵だった。
怖くないよ、と言って大事なところをベージュの下着で隠した男は手の担当だった。
怖くないかもしれないが、ほぼ裸の男たちが身を寄せ合うところはエルとルルともう1人の全裸の痴態を思い出させ、
「うっ……」
アシェルナオは嘔吐を催して口に手をあてる。
「ナオ様、午後のおでかけまでもう少し休んでいましょう。おでかけを明日以降に延期してもいいんですよ」
テュコはアシェルナオの部屋履きを脱がして足を長椅子に乗せた。
「いい、行く……」
そう答えるとアシェルナオは、リングダールを枕がわりにして瞳を閉じた。
「うはぁっ」
「うはぁぁぁっ」
宿舎1階の談話室では、アシェルナオとテュコを送り出したエルとルルがソファの上でのたうち回っていた。
徹夜明けで、脳がくたくただから体もくたくたにして寝るはずだった。
いい感じで体力を使ってたところを、本当にイイところを、見られたのだ。
この国で一番と言っていいほど箱入りの、清純で無垢で、美しい愛し子に。
「見られたぁぁっ」
「イってるとこ見られたぁぁっ」
アシェルナオと話をしているときは平常心を装っていたが、本当はすごくいたたまれなかったエルとルルは、誰もいなくなってようやく思う存分悶絶していた。
悶絶しているエルとルルの耳に、扉をノックする音が聞こえた。
「まだいるか、エル、ルル」
声の主はゴルドだった。
エルとルルがアシェルナオの相手をしている間、詰所でヤルナッハに雷を落とされていたゴルドは、憔悴しきった顔で扉を開ける。
「いま発狂寸前だからそっとしておいて」
「いますぐ発狂したい」
最低最悪な精神状況のエルとルルだったが、
「残念ながら、発狂はさせられない」
ゴルドの後ろから顔を出したのはシーグフリードだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
お声がけ、エール、いいね、ありがとうございます。
3〇をイメージしたら、なんだかこの寄せ絵が頭に浮かんでしまった私の頭は、暑すぎで沸騰しているようです……。
自分の呟きでアシェルナオは目を覚ました。
「ナオ様、お目覚めですか?」
主の声を聞きつけて、すぐにテュコが声をかける。
「ナオ様、お気をしっかり」
「ナオ様、おいたわしや」
テュコの後ろにはアイナとドリーンが心配そうな顔を並べていて、アシェルナオは自分が自室の寝台で眠っていたことを知った。
「あれ? 僕どうしたんだっけ? お出かけしたよね? それで……」
「ナオ様、お待ちください。お話をする前に着替えてお茶でもいかがですか?」
記憶をたどろうとするアシェルナオをテュコが遮る。
「えと、うん……」
体を起こすと、出かけた時の上着を脱いだドレスシャツを着ていて、下はベビードールの下着だけという姿だった。
やっぱりお出かけはしてたんだ、と、ぼんやり考えるアシェルナオをテュコが抱え上げ、アイナとドリーンの前に立たせる。
2人に手早く部屋着に着替えさせられると、テュコに抱えられて長椅子に座らせられる。
すぐにその横にリングダールが置かれ、目の前のテーブルにハーブティーの入ったカップが置かれた。
いたれりつくせりを体感しながら、アシェルナオは飲みやすい温度に煎れられたハーブティーを一息に飲み干した。
アシェルナオが長い息を吐き、カップをソーサーに置いたところで、
「ナオ様、落ち着かれましたか?」
テュコは慎重に声をかける。
「うん。僕、どうしたんだっけ? お出かけして、第二騎士団のところに行って、エルとルルに……エルとルルが……エルとルルの……ルルの……おっ……ち……出てた……」
アシェルナオは涙目でテュコを見る。
閨教育もヴァレリラルドと将来の誓いをして一緒に眠ると言うほんわりとしたもので済ませているアシェルナオにとって、男と男と男の全裸で絡み合う情事の最中を目撃したことは衝撃過ぎる出来事だった。
「落ち着いて、深呼吸をして。ナオ様は何も見ていません。いいですか? ナオ様は何も見ていません」
催眠術師のようにテュコは囁く。
「う、うん……」
なるべくその場面を頭から消すように努めるアシェルナオだが、どうしても心残りがあった。
「エルとルルにマジックバッグを作ってほしいってお願いに行ったのに……」
当初の目的を果たせなかったことに、アシェルナオは肩を落とす。
「お願いしていましたよ?」
「え? お願いした? 僕が?」
お願いした記憶がないアシェルナオは目をぱちくりさせる。
「はい。マジックバッグだけではなく、他のものもお願いしていましたよ。すごく興味深いお願いで、エルとルルも面白い、と請け負っていましたが?」
「え? 他のも? え? 僕、ほしがりさんだった? ええ……僕、何をお願いしたんだろう……?」
マジックバッグしか頭になかったアシェルナオは、自分が本能的に何を願っていたのか見当もつかなかった。
「覚えてないんですか?」
逆に問い返すテュコ。
「団長さんがエルとルルの部屋に案内してくれて、ドアを開けてくれて、そしたら……」
「思い出さなくていいです」
「うん……。そこからの記憶がなくて、今起きたところ」
アシェルナオが自分の状況を話すと、アイナとドリーンが可哀そうなものを見る瞳をしていた。
「道理で様子がおかしいと思っていました。……あのあと団長の案内で宿舎の下の談話室に移動して、身だしなみを整えたエルとルルが降りて来るのを待ちました。2人が来るとナオ様は普通に話をされて、マジックバッグの件と別のお願いをされました。用事が終わって馬車に乗った途端、糸が切れたように眠られて、さきほど目を覚ました、という状況です」
「僕、何も覚えていない……」
「私も、かなりのショックを受けていらっしゃるはずなのによく普通に話していらっしゃるな、とは思っていたんですが……」
自分の思っていた以上にアシェルナオのショックは大きく、テュコは自分の配慮の足りなさを反省した。
「僕、普通に話をしてたの?」
戸惑うアシェルナオに、テュコは大きく頷く。
「ええ。途中で2度ほど戻されましたが、大丈夫と言われて話を続けていらっしゃいました」
「戻したんだ……」
「それでナオ様。『くによし』とは、どなたですか?」
「くによし?」
アシェルナオは首を傾げる。
くによし、国よし、国芳……歌川国芳……。
「あっ……」
アシェルナオはさっきの夢を思い出した。
ほぼ裸の男たちが体を寄せ合って碧い絨毯の上に寝そべったり蹲ったりしていた。
あれは浮世絵師歌川国芳の『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』という、裸の男たちで男の顔と手を描く寄せ絵だった。
怖くないよ、と言って大事なところをベージュの下着で隠した男は手の担当だった。
怖くないかもしれないが、ほぼ裸の男たちが身を寄せ合うところはエルとルルともう1人の全裸の痴態を思い出させ、
「うっ……」
アシェルナオは嘔吐を催して口に手をあてる。
「ナオ様、午後のおでかけまでもう少し休んでいましょう。おでかけを明日以降に延期してもいいんですよ」
テュコはアシェルナオの部屋履きを脱がして足を長椅子に乗せた。
「いい、行く……」
そう答えるとアシェルナオは、リングダールを枕がわりにして瞳を閉じた。
「うはぁっ」
「うはぁぁぁっ」
宿舎1階の談話室では、アシェルナオとテュコを送り出したエルとルルがソファの上でのたうち回っていた。
徹夜明けで、脳がくたくただから体もくたくたにして寝るはずだった。
いい感じで体力を使ってたところを、本当にイイところを、見られたのだ。
この国で一番と言っていいほど箱入りの、清純で無垢で、美しい愛し子に。
「見られたぁぁっ」
「イってるとこ見られたぁぁっ」
アシェルナオと話をしているときは平常心を装っていたが、本当はすごくいたたまれなかったエルとルルは、誰もいなくなってようやく思う存分悶絶していた。
悶絶しているエルとルルの耳に、扉をノックする音が聞こえた。
「まだいるか、エル、ルル」
声の主はゴルドだった。
エルとルルがアシェルナオの相手をしている間、詰所でヤルナッハに雷を落とされていたゴルドは、憔悴しきった顔で扉を開ける。
「いま発狂寸前だからそっとしておいて」
「いますぐ発狂したい」
最低最悪な精神状況のエルとルルだったが、
「残念ながら、発狂はさせられない」
ゴルドの後ろから顔を出したのはシーグフリードだった。
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