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第4部

メンタルやられるー

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 間もなくバシュレ領からアシェルナオたちが帰還する。

 その報告を受けたシーグフリードが王族用の転移陣の間に向かうと、ティスを始めとした近衛騎士団の者たちと並んで1人の長身の文官の姿があった。

 ビスク色を長く伸ばした神経質そうな男は宰相の補佐の1人であり、ローセボーム侯爵家の嫡男でもあるテイメンだった。

 表立ったところよりも裏方で事務仕事をするのが性に合っているという堅物な性格で、父親にも煙たがられている。

 そのテイメンが苦虫を潰したような顔でバシュレからの帰還者を待っているのは、すぐ下の弟から報告を受けて父親に圧力をかけるためだった。

 「……ほどほどで」

 シーグフリードは苦笑を浮かべる。

 やがて転移陣が発動し、アシェルナオたちの姿が現れた。

 「陛下。無事のお戻り、ようございました」

 まず近衛騎士団団長のティスがベルンハルドに大仰に出迎えの挨拶をすると、ベルンハルドの表情が一瞬ピクッと動く。

 「父上もご無事でなにより」

 テイメンはローセボームに、にこりともせずに声をかける。

 長男の姿を見て、ローセボームの表情が固まる。

 「おつかれさま、アシェルナオ。浄化は無事に終わったかい?」

 それを横目に、シーグフリードは可愛い弟の無事の帰還を心から安堵しながら両手を広げると、

 「はい、無事に終わりました」

 アシェルナオは笑顔で転移陣を出てシーグフリードに抱き着く。

 「機嫌がいいね。楽しい浄化だったかい?」

 「いいえ、楽しくなかったです。プンプンでした。でも社会科見学ができました。バシュレ城の城壁が水門になっていて、放流するのを見てきました。キラキラで、虹が見えました」

 ベルンハルド、ローセボームも一緒に、護衛騎士とともに見る放流は、短時間だったが迫力があった。

 「では、ナオ、またな」

 「何かあればご用命を」

 ベルンハルドとローセボームは、テイメンやティスに急かされて強張った表情で歩き出す。

 「テュコのお兄さんたち、ベルっちとテュコのお父さんのおかげで授業参観と社会科見学ができたんだ。大人の人に気を遣わなくてよくて楽だったし、あまり怒らないで?」

 アシェルナオは手を振りながら上目遣いで、お願い、と首を傾げる。

 「陛下も父上も、ナオ様のために同伴してくださったんですから、ほどほどにお願いします」

 テュコからも懇願されると、長兄も次兄も顔をデレっとさせて頷きながら上司を連行していった。

 「テュコのお兄さんたちはテュコのことが大好きなんだね」

 連行されるベルンハルドとローセボームが嬉しそうに手を振るのを見送りながらアシェルナが言うと、テュコは心底嫌な顔をした。

 「アシェルナオ、明日は予定にはなかったが、午後から中央統括神殿にいってもらうよ。だから午前中はゆっくり休んでいるといい」

 「中央統括神殿?」

 シーグフリードに明日の予定を言われると、アシェルナオは首を傾げる。

 「オルドジフ殿にお任せしているから、詳細は明日聞くといい」

 「わかりました。ドーさんと会えるのは嬉しいです。それで兄様、ヴァルの状況は?」

 「今のところ強い魔獣は出ていないそうだよ。湿原地帯で足元が水浸しで馬が使えないから移動が大変なのと、足をとられて動きづらくて、ちょっと苦戦してるようだ」

 「そうなんですか」
 
 不安で顔を曇らせるアシェルナオに、シーグフリードは心配いらないよと言いたげにぽんぽんと優しく頭を叩いた。




 モンノルドル湿原。

 そろそろ夜明けの時間を迎える頃だが、来た当初から常に薄い霧に覆われているこの地に黎明の気配は微塵も見えなかった。

 「ラル、交代の時間だ」

 討伐のために急遽設置された簡易の常夜灯に浮かび上がるウルリクの顔は、疲労の色が濃く表れている。

 まだ強い魔獣は現れていないが、湿原に点在する沼から、霧の中にいつ、どの沼から魔獣が出現するかわからない状況は少しも気が休まらず、余計に疲労を与えていた。

 「わかった。第一隊、天幕に戻るぞ」

 ヴァレリラルドは自分の隊の者たちに声をかけると、少し離れたところから応、といくつもの声が上がる。

 休憩用の簡易なテントは近場に立てているのだが、仮眠を取るための天幕は少し離れた高台に建てられていた。

 天幕に向かって踏み出した足元の草原からジュクッと染み出した水がブーツの甲の近くまで濡らす。

 踏ん張りの利かない湿原を機械的に交互に足を踏み出して進む。そうやって疲れた体を引きずって天幕まで歩くと、

 「うはぁぁ、疲れたぁ」

 真っ先にウルリクが情けない声をあげる。

 「ああ、疲れたな。短い時間だが、存分に体を休めてくれ」

 言いながらヴァレリラルドは天幕の入り口で濡れたブーツを脱ぐ。防水仕様なのだが、それでもブーツには水が侵入していた。
 
 「靴の中が水浸しって、メンタルやられるー」

 脱いだブーツをひっくり返して水を出しながら、ウルリクばぼやく。

 「みんな同じだ。やっかいだな、この湿原は」

 自分もブーツから水を出すベルトルド。

 「今はいつまでこの状況が続くか不安だろうが、もう少し頑張ってくれ。きっと状況はいい方向に向かう。もし長引くならローテーションを組んで一旦王城に戻る」

 ヴァレリラルドが今後の見通しを立てると、それだけで気が楽になった騎士や従卒たちの雰囲気が和む。

 「体を温かくして仮眠を取るんだ。なるべく体力を回復するように。必要な者はポーションを飲んでくれ」

 シーグフリードが用意してくれた支援物資は簡易ベッドや温かなタオル、簡単に温められて食べることができる食事、それに疲労回復のためのポーションと、至れりつくせりだった。

 勿論ヴァレリラルドのいる隊だから潤沢な物資があるというわけではなく、王城からの討伐隊と現地の騎士や従卒を4つの隊に分けているがどの隊にも行き渡るように手配されていた。

 シーグフリードらしい気遣いが嬉しくて頬を緩めるヴァレリラルドの通信機が振動した。


 

 
 いつからだろう。

 主の寝室から、微かだが饐えた匂いを感じるようになったのは。

 リネンに移ったハーブ由来の香水の爽やかな匂い。主の部屋を念入りに掃除するメイドたちの行き届いた気遣いが感じられる部屋全体の品のいい芳香。

 だが、ふとした瞬間に饐えた匂いが鼻孔をくすぐる時がある。それは、隠し切れない闇が覗く瞬間だった。

 父は先々王の筆頭侍従だった。父に憧れて先々王の侍従の一員に加わったのは王立学園を卒業した18歳の時だった。

 一番下っ端として、雑用ばかりを押し付けられても、自慢の父の姿を見ながら働けるのは嬉しかった。しかし、侍従の仕事に誇りを感じていた我が身が、王城の、特に奥城の腐敗に気が付くのにそう時間はかからなかった。

 それでも父の本当の懊悩を知ることになるのは、先々王が崩御した後、奥城から愛妾もろとも数々の館が撤去されてからだった。

 今の自分の姿を見たら、きっと父は悲しむに違いない。

 父と同じように自分もまた、家族で縛られているのだから。
 
 ハハトは一日の仕事を始めるべく、寝台から起き上がった。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 お盆ウィークが過ぎました。でも私にはまだ夏季休暇が残っています。フフ。
 

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