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第4部

社会科見学

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 悪趣味と紙一重の絢爛豪華な領城の一階の、奥まったところにある地味な扉の前で立ち止まると、メインデルトは扉の魔法陣を解除する。

 「こちらです」

 メインデルトは一行を振り向いて声をかけ、扉を入ってすぐから始まる地下への階段を慎重に下って行った。

 「ベルっち、領城の中に瘴気が?」

 テュコに手を取られて階段を降りながら、アシェルナオは首をかしげる。

 「転移陣で来たからバシュレ領城の外観はまだ見ていないだろうが、この領城そのものが水門になっているんだよ。この下に地下深くから湧き出る泉があり、それを一旦溜めて水門から放流しているんだ。その川が城下の町や村に流れ、人々の生活や農耕の命の水になっている」

 ベルンハルドが説明すると、

 「今は湧水が枯れ、代わりに黒い瘴気があがっています。そのため水門を閉じていますが、早急に手を打たねば近いうちに領民の生活や作物に影響が出るのは必至。こんな状況なのにアシェルナオ様に不興を買うとは……」

 メインデルトは頭を抱える。

 「浄化はするよ? でも二度とあんなことを言われたくない」

 毅然としたアシェルナオの言葉に、

 「勿論です」

 メインデルトは悄然として頷いた。

 「当分はローイエンを領から出すな。転移陣の使用も禁止する。いいな?」

 「謹んで受け入れるよ。領内にいる隠居した私の母にローイエンの再教育をお願いするつもりだ」

 「セレシカ殿はまだご健在か」

 「ああ。嫌になるくらい健在だ」

 「ならば適任だな」

 メインデルトの母のセレシカは厳格な人物で、王太子だった当時のベルンハルドもきついお灸を何度も据えられていた。

 「アシェルナオ様、こちらです」

 階段を降り切ると、メインデルトは護衛騎士に囲まれたアシェルナオを振り向く。

 そこは洞窟になっており、奥は湧水のかわりに湧き出す瘴気の黒い靄に覆われている。

 「ナオ、気を付けるんだよ」

 「大丈夫。ベルっちたちは後ろに下がってて」

 アシェルナオは護衛騎士たちを後ろに従えて一歩前に出た。

 ローイエンの言葉で不愉快になったが、それは自分が好きもののように言われたことに腹を立てたからではなく、ヴァレリラルドが危険を顧みず魔獣討伐に行っているというのに安全な場所で世迷い言を言われたことに腹が立ったのだ。

 そんな考えの持ち主を好きになるはずがない。

 そう思うアシェルナオだが、深呼吸をして邪念を振り払うと、瞳を閉じる。



 私が歌うこの歌が
 人の心を癒しますように
 命の水を清めますように  
 空に響け、街に届け  


 深き地から湧き出る 
 水が大地を潤しますように
 風が大地に行き渡りますように
 空に翔け、街に広がれ


 夜空に輝く星々の光 静かな夜に包まれて  
 人々が安らかに眠れますように
 希望の明日を迎えられますよう  
 



 アシェルナオの歌う歌が洞窟に響くと、反響が自然のハーモニーを奏でる。

 聞いているだけで心が洗われるような歌声に、何度聴いても心を癒されるベルンハルドやローセボームたち。

 初めて耳にするメインデルトたちバシュレ領の者たちは心を奪われたように呆然と立ち尽くしていた。

 アシェルナオが祈るように見守る前で瘴気が見る間に薄くなる。

 「おお、瘴気が……」

 「すごい……」

 メインデルトたちが感嘆の声をあげるうちに洞窟の内部は開放口から差し込む光で浮かび上がった。

 洞窟の中央にくぼみがあるのだが、その中心にポコッと水泡ができた。

 「水が湧いた……」

 誰かが呟くと、静かな洞窟内にコポコポと静かな音が聞こえ、くぼみにゆっくりと清らかな水が溜まっていく。

 「アシェルナオ様、ありがとうございます。命の水が再び湧きました」

 メインデルトがアシェルナオの前で再度臣下の礼を執る。

 「僕は今できることをしただけだから。ベルっち、大人の話はお任せする」

 アシェルナオはベルンハルドに助けを求めた。

 「メインデルト、うちの可愛い嫁が照れてるから立て」

 ベルンハルドに言われて立ち上がるメインデルトに、侍従が何かを耳打ちした。

 「うむ。アシェルナオ様。実は湧水が枯れて瘴気に覆われてから、万が一のためにそこの堰堤で一旦水を溜め置いていたのです。泉に湧水が戻れば、もう水の心配はいりません。これから水門を開けて放流しようと思いますが、ご覧になりますか?」

 侍従に耳打ちされたことをにこやかに口にするメインデルト。

 アシェルナオはテュコを見上げる。その瞳は明らかに期待に輝いていた。

 テュコはベルンハルドとローセボームを見る。その瞳はお前たちが段取りをつけろ、というものだった。

 「ナオ、城壁を兼ねた水門から水を放流する様子は一見の価値があるぞ。私はぜひナオに見てほしいが、ナオは怖がるかもしれないな」

 困った、と考え込むふりをするベルンハルド。

 「僕、怖くないよ? ダムの放流とか、ダムカレーとか、好きだよ? 僕、授業参観が社会科見学になってもいいよ?」

 ダム見学も、ダムカレーも社会科見学も好きだったアシェルナオは邪気のない笑みを見せる。

 「そうか。じゃあ一緒に見よう」

 「うん」

 ダムカレーや社会科見学のことはよくわからないが、アシェルナオのプンプンがにこにこに変わったことで、護衛騎士たちやバシュレ領の者たちもほっと胸を撫でおろした。

 



 アシェルナオを転移陣の間で見送ったシーグフリードは、ヴァレリラルドの執務室に向かった。

 ヴァレリラルド、ウルリク、ベルトルド、イクセルたちが魔獣討伐に向かった執務室に華やかさはなかったが、リモートで後方支援を担当するシーグフリードの補佐をする者たちが詰めていて、静けさとは無縁だった。

 「マロシュ」

 シーグフリードは待機しているマロシュに声をかける。

 「はい、シーグフリード様」

 仕事を貰えるのだろうと、マロシュは瞳を輝かせてシーグフリードに歩み寄る。

 「実は、マロシュに調査を頼むかどうか迷っていることがある」

 「迷ってるなら頼んでください。俺、なんでもやります」

 「その心意気はありがたいが、今回は危険を伴うかもしれない潜入調査だ。断ってもいい」

 「その選択はありません」

 マロシュは笑って言い切った。

 「現地で協力してくれる人間を手配するつもりだが、ちゃんと考えてから結論を出してほしい」

 だがいつも以上に慎重になるシーグフリードに、

 「シーグフリード様が必要だと思う調査なら、成し遂げないといけないものですよね? それができそうなのは俺だけですよね? そして、勝算のない依頼をシーグフリード様はしないと、俺は知っています」

 それでも断るつもりはないマロシュだった。

 「かなわないな。私は協力者を手配する。明日には結論を出してほしい。もし行ってくれるなら、出発は明日の夜だ」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 私の中で、暑さのピークは過ぎました!

 

 ……で、あってほしい。

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