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第4部
兄様、僕は
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「お帰り、アシェルナオ」
ダグマールを後ろに伴い、シーグフリードは労わる気持ちをこめて帰還した可愛い弟を出迎えた。
だが、鋭いところのあるアシェルナオは、不安に揺れる瞳で転移陣の中から兄を見つめている。
「無事に帰って来てくれて嬉しいよ。アシェルナオ、兄様にただいまのハグはしてくれないのかい?」
苦笑しつつシーグフリードが両手を広げると、アシェルナオは恐る恐る転移陣を出て、兄の胸に飛び込む。
「兄様、ただいま」
「お疲れ様、アシェルナオ。初めての巡行はどうだった?」
「ちょっと怖かったです。でもフォルが慰めてくれて、リンちゃんもいたから大丈夫でした。兄様は? 何かありましたか?」
「怖い思いをした? 何があった?」
「僕のことはいいです。兄様は?」
ハグをしたまま、アシェルナオはシーグフリードを促す。
「アシェルナオは意外に頑固だよね。あとでちゃんと兄様にお話しするんだよ? 実はモンノルドルの湿原に魔獣が出たと言う報告があがってね。ラルはウル、ルドと共に、イクセルをはじめとする統括騎士団20名を連れて現地に行っている。他からも魔獣発生の報告が来るかもしれないから当分ケイレブとクランツは統括騎士団に詰めることになる」
シーグフリードはケイレブの息子であるスヴェンと、クランツの妻であるフォルシウスに視線を向ける。
「シーグフリード様。私は今はアシェルナオの護衛騎士見習いです。父が務めを果たしている最中ならば、私も私の務めを果たすだけです」
今日一日護衛騎士見習いをしただけのスヴェンは、自分がまだまだ未熟だということを痛感した分だけ成長していた。
「フォル、クランツが当分帰って来れないなら、リィちゃんのそばにいてあげて」
アシェルナオはシーグフリードから離れてフォルシウスと向き合う。
「さっきも言いましたが、私の乳母が世話をしていますし、クランツの兄弟たちも来てくれています。ロザーリエはクランツに似ておおらかで優しい子で、騎士の仕事を理解し誇りに思っています。将来は自分もナオ様の護衛騎士になるんだと言って、剣の稽古を始めたんですよ」
「そうなんだ。でも我慢できる子供ほど寂しがりやだから、帰ったらぎゅっってしてあげてね」
「はい」
「兄様、僕は大丈夫です。ヴァルの後方支援をお願いします」
アシェルナオはシーグフリードに向き直ってペコリと頭を下げる。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、浄化を頑張ってくれているアシェルナオのことをラルからくれぐれも頼まれているからね。屋敷まで送るよ。送ったらすぐに王城に戻るから、馬車の中で今日のことを話ししてくれるかい?」
「はい、兄様」
「明日はバシュレに浄化に行ってもらう予定だ。明日もアシェルナオをよろしく頼む」
シーグフリードはアダルベルト、ハヴェル、フォルシウス、スヴェンにそう言うと、アシェルナオの肩を抱いて転移陣の間を後にした。
「それで、ラウフラージアで怖いことがあったのかい?」
エルランデル公爵家の馬車に乗り込むと、シーグフリードは向かい側の席に座っているアシェルナオの顔を覗き込む。
アシェルナオはすぐに答えられずに、隣に乗せているリングダールを引き寄せる。
「源泉を浄化したあと、すぐには温泉には入れないということでしたが、クアハウスの館長が泥湯を勧めてくださいました。先代の領主が整備した一見の価値のある浴場ということで、ナオ様はフォルシウスと一緒に入浴されたのですが……」
代わりに説明するテュコがそこで言い淀むと、
「泥の中で体を触られました」
リングダールに抱き着きながらアシェルナオが小声で言った。
「誰がそんなことを!」
一気に顔色の変わるシーグフリードは隣に座るテュコを睨む。
「わかりません。土魔法を使って不埒な真似をしたようです。レンッケリの領主が土魔法が得意らしいですが」
「いい機会だ。領主を放逐しよう」
テュコの言葉に、シーグフリードが食い気味に即決する。
「土の精霊が、源泉を浄化したナオ様にいかがわしい真似をした者に相応の罰を与えたそうです。放逐せずとも、じきに何らかの報告があがってくるでしょう。その際に、できた嫡男だと評判の次期領主に恩を売っておくのが得策かと」
「なるほど。それは得策だな。アシェルナオ、大丈夫かい? 明日の浄化は延期しようか? 疲れも溜まっているんじゃないか?」
「大丈夫です。浄化は急がないといけません」
リングダールに埋もれていたアシェルナオは姿勢を正しながらシーグフリードに向き直った。
「兄様、メルカの商人ギルドマスターのイーハから聞いたのですが……。先々王の時代にラウフラージアには花街があって、そこで働く人たちは働きたくないけど、逃げたらひどい折檻をされたと聞きました。治安が悪くなっても先々王が容認していたから無法地帯になっていて、その見返りにその……娼婦とか……男娼を王家に献上していたそうです」
思いつめた顔でまっすぐに自分を見つめるアシェルナオに、シーグフリードはテュコを見る。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
いつも読みに来てくださって、本当に感謝しています。
話が長くなったのでここで一旦切らせてもらいます。
タイトルは次回につながります。(。uωu))ペコリ
ダグマールを後ろに伴い、シーグフリードは労わる気持ちをこめて帰還した可愛い弟を出迎えた。
だが、鋭いところのあるアシェルナオは、不安に揺れる瞳で転移陣の中から兄を見つめている。
「無事に帰って来てくれて嬉しいよ。アシェルナオ、兄様にただいまのハグはしてくれないのかい?」
苦笑しつつシーグフリードが両手を広げると、アシェルナオは恐る恐る転移陣を出て、兄の胸に飛び込む。
「兄様、ただいま」
「お疲れ様、アシェルナオ。初めての巡行はどうだった?」
「ちょっと怖かったです。でもフォルが慰めてくれて、リンちゃんもいたから大丈夫でした。兄様は? 何かありましたか?」
「怖い思いをした? 何があった?」
「僕のことはいいです。兄様は?」
ハグをしたまま、アシェルナオはシーグフリードを促す。
「アシェルナオは意外に頑固だよね。あとでちゃんと兄様にお話しするんだよ? 実はモンノルドルの湿原に魔獣が出たと言う報告があがってね。ラルはウル、ルドと共に、イクセルをはじめとする統括騎士団20名を連れて現地に行っている。他からも魔獣発生の報告が来るかもしれないから当分ケイレブとクランツは統括騎士団に詰めることになる」
シーグフリードはケイレブの息子であるスヴェンと、クランツの妻であるフォルシウスに視線を向ける。
「シーグフリード様。私は今はアシェルナオの護衛騎士見習いです。父が務めを果たしている最中ならば、私も私の務めを果たすだけです」
今日一日護衛騎士見習いをしただけのスヴェンは、自分がまだまだ未熟だということを痛感した分だけ成長していた。
「フォル、クランツが当分帰って来れないなら、リィちゃんのそばにいてあげて」
アシェルナオはシーグフリードから離れてフォルシウスと向き合う。
「さっきも言いましたが、私の乳母が世話をしていますし、クランツの兄弟たちも来てくれています。ロザーリエはクランツに似ておおらかで優しい子で、騎士の仕事を理解し誇りに思っています。将来は自分もナオ様の護衛騎士になるんだと言って、剣の稽古を始めたんですよ」
「そうなんだ。でも我慢できる子供ほど寂しがりやだから、帰ったらぎゅっってしてあげてね」
「はい」
「兄様、僕は大丈夫です。ヴァルの後方支援をお願いします」
アシェルナオはシーグフリードに向き直ってペコリと頭を下げる。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、浄化を頑張ってくれているアシェルナオのことをラルからくれぐれも頼まれているからね。屋敷まで送るよ。送ったらすぐに王城に戻るから、馬車の中で今日のことを話ししてくれるかい?」
「はい、兄様」
「明日はバシュレに浄化に行ってもらう予定だ。明日もアシェルナオをよろしく頼む」
シーグフリードはアダルベルト、ハヴェル、フォルシウス、スヴェンにそう言うと、アシェルナオの肩を抱いて転移陣の間を後にした。
「それで、ラウフラージアで怖いことがあったのかい?」
エルランデル公爵家の馬車に乗り込むと、シーグフリードは向かい側の席に座っているアシェルナオの顔を覗き込む。
アシェルナオはすぐに答えられずに、隣に乗せているリングダールを引き寄せる。
「源泉を浄化したあと、すぐには温泉には入れないということでしたが、クアハウスの館長が泥湯を勧めてくださいました。先代の領主が整備した一見の価値のある浴場ということで、ナオ様はフォルシウスと一緒に入浴されたのですが……」
代わりに説明するテュコがそこで言い淀むと、
「泥の中で体を触られました」
リングダールに抱き着きながらアシェルナオが小声で言った。
「誰がそんなことを!」
一気に顔色の変わるシーグフリードは隣に座るテュコを睨む。
「わかりません。土魔法を使って不埒な真似をしたようです。レンッケリの領主が土魔法が得意らしいですが」
「いい機会だ。領主を放逐しよう」
テュコの言葉に、シーグフリードが食い気味に即決する。
「土の精霊が、源泉を浄化したナオ様にいかがわしい真似をした者に相応の罰を与えたそうです。放逐せずとも、じきに何らかの報告があがってくるでしょう。その際に、できた嫡男だと評判の次期領主に恩を売っておくのが得策かと」
「なるほど。それは得策だな。アシェルナオ、大丈夫かい? 明日の浄化は延期しようか? 疲れも溜まっているんじゃないか?」
「大丈夫です。浄化は急がないといけません」
リングダールに埋もれていたアシェルナオは姿勢を正しながらシーグフリードに向き直った。
「兄様、メルカの商人ギルドマスターのイーハから聞いたのですが……。先々王の時代にラウフラージアには花街があって、そこで働く人たちは働きたくないけど、逃げたらひどい折檻をされたと聞きました。治安が悪くなっても先々王が容認していたから無法地帯になっていて、その見返りにその……娼婦とか……男娼を王家に献上していたそうです」
思いつめた顔でまっすぐに自分を見つめるアシェルナオに、シーグフリードはテュコを見る。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
いつも読みに来てくださって、本当に感謝しています。
話が長くなったのでここで一旦切らせてもらいます。
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