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第4部

泥温泉! 泥温泉…… 泥温泉?

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 アシェルナオの歌声が山あいに響き渡る。

 それは歌詞にあるとおり祝福の歌で、山が、森が、空気が、歌に応じるように一斉に瑞々しさを増したように感じた。

 人々が歌の余韻に浸っている間にも、瘴気が引いていくのに気付いて階段を下りて行ったフィリベルトとその従士たちが、

 「瘴気が消えています!」

 「源泉が見えます!」

 源泉の近くまで偵察に行き、コバルトブルーの源泉が復活していることを確認して下から叫ぶ。

 「これが愛し子様の御力……」

 ヨリックたち、レンッケリ領の者たちから驚愕の声が零れた。

 レンッケリ領にいながらでは王太子との婚約のお披露目の場でアシェルナオが見せた浄化は、新聞で知っているとはいえ、どこかお伽話のように思っていた。

 だが愛し子の浄化を実際に目にすると、あれは事実だったのだと改めて知ることができた。

 「ありがとうございます。これで多くの者が源泉の恩恵をこれからも受けることができます」

 報告を聞いて、カスペルがアシェルナオの前に来て深く頭を下げる。

 「よかったね」

 「愛し子様のおかげです。すべてのラウフラージアの者の代表として深くお礼申し上げます」

 「うん。本当に綺麗なコバルトブルーだね」

 アシェルナオは、木立の合間に見えるコバルトブルーの源泉を見下ろした。

 「ええ。涼し気な美しい青ですが、沸騰しているのと同じくらい高温です」

 「温泉卵が作れるね」

 間髪入れずに答えるアシェルナオに、カスペルは相好を崩す。

 「愛し子様のおかげで瘴気が浄化され、源泉が蘇りました。せめてものお礼に温泉に入っていただきたいのですが、今まで瘴気が出ていた源泉です。これから泉質の検査をしなければなりません」

 「そうなんだぁ」

 せっかくテュコからお許しが出ていた温泉に入れないと知って、アシェルナオの表情に失望という二文字が浮かんだ。

 「源泉から引いてくる温泉はそうですが、クアハウスには泥温泉というのもあります。こちらは源泉が違うために瘴気の影響を受けておらず、入ることは可能です」

 「泥温泉!」

 「泥温泉……」

 ぱぁぁっと顔を輝かすアシェルナオとは対照的に、その響きのおどろおどろしさに表情を曇らせるフォルシウス。

 「泥温泉?」

 聞いたことのない響きにテュコは問い返す。

 「泥温泉と言っても、本当の泥ではございません。温泉の沈殿物のことです。クアハウスの泥湯は足元から湧いておりますので、湧きたての泥湯を楽しむことができます」

 「沈殿物……」

 さらに表情が険しくなるフォルシウス。

 「僕、入る!」

 「そう言うと思いましたよ」

 張り切って返事をするアシェルナオに、あきらめ感満載でテュコが頷く。

 「ではクアハウスに戻りましょう。ただ、泥湯は特殊な効能のため、湯浴み着を着ないことがマナーです。愛し子様と美しい護衛騎士のお2人で入られるとよろしいかと」

 カスペルの目がフォルシウスに向かう。

 「私は……」

 護衛騎士としてはアシェルナオと行動を共にしたほうがいいのだろうが、泥の湯に入ることに抵抗があるフォルシウスだった。

 「フォル、一緒に入ろう? 泥湯だよ? ぬるぬるでベチョベチョの泥だけど、肌が綺麗になる美容温泉なんだよ?」

 「肌が……? 美容? ……ナオ様をお一人で入らせるわけにはいきませんからね」

 肌に悩むお年頃のフォルシウスは、人知れず思考の方向転換をした。

 「さすが愛し子様、泥湯についてもお詳しいのですね。泥湯はその効能から先代の領主様が懇意の女性のために浴場を改装されましたので、浴場だけでも一見の価値はあります」

 「それって、僕が入ってもいいの?」

 「はい。領主様は本日はお越しになりませんが、愛し子様にはぜひ温泉を堪能してもらいたいとの言付けをいただいています」

 「それは……」

 なんとなく引っかかるものを感じるテュコだが、

 「テュコ、温泉に入っていいって言ったよ?」

 じっ、とアシェルナオにすがるような目で見つめられると、異を唱えることができなかった。



 

 階段を上がり、白亜の神殿のようなクアハウスに戻ると、早速アシェルナオはカスペルに案内されて入り口の回廊を一番奥まで進んだところにある泥湯の浴場に向かった。

 一旦他の護衛騎士は外で待機し、脱衣室兼洗面室にはアシェルナオとフォルシウス、アイナとドリーンが入る。

 湯浴み着に着替えさせられたアシェルナオは、髪の毛が泥に浸からないようにと、アイナによって長い黒髪を編み込んで結い上げられた。

 「これでよろしいかと」

 ドリーンはフォルシウスのベージュとグレーの混じった淡い色の巻き毛の髪をまとめ上げる。

 「行こう、フォル」

 アシェルナオはフォルシウスを促して浴室の内部に足を踏み入れた。

 先代の領主が懇意の女性、いわゆる愛人のために改装させた泥湯の浴場は、床からドーム型の天井まで鮮やかな青に黄色の花が描かれたヴィクトリアンタイルが施されていた。

 窓はステンドグラスになっており、柔らかな光が差し込んでいる。

 壁には白い花柄のタイルで縁取られた大きな鏡が等間隔で並んでいた。

 「可愛いね」

 「さすが領主の肝いりなだけあって、潤沢な資金で作られているようですね。ナオ様、私はこのような浴場は初めてです。どのような作法で入るのでしょう?」

 浴場には2つのタイルの浴槽があり、1つは目当ての泥湯、1つは清らかな透明なお湯が張ってあった。

 「まず洗い場で体を洗います」

 そう言うとアシェルナオは透明なお湯の前にある洗い場に行き、いつものようにアイナとドリーンによって体を洗われる。

 お世話しましょうか、というアイナの申し出を丁重に断り、フォルシウスは自分で体を洗った。

 「そして、いよいよ泥湯に入ります」

 アシェルナオは潔く湯浴み着を脱ぐと惜しげもなく染み1つない裸体を晒し、足からそっと泥湯に入った。

 「足元がにゅるんてする」

 感想を言いながらゆっくり肩まで浸かる。

 フォルシウスは覚悟を決めて湯浴み着を脱ぎ裸になると、アシェルナオに倣って足からそっと泥湯に入った。
 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 近況ボードにも書かせていただきましたが、最近ようやく心が穏やかになってきました。
今日の締め切りが終わったので、当分忙しさとはおさらばです。

 次回、変態が出ます。

  
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