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第4部
泉で歌うにたま……
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アシェルナオの澄み渡る歌が森の木々や下生えの植物、空気に吸い込まれて行く。
「耳が至福だぁ」
うっとりと聴き入っていたウルリクが呟く。
「さっきより精霊の光が増えましたよ」
フォルシウスは辺りを見回す。
「ありがとう、ナオ。疲れは?」
「全然大丈夫」
気遣ってくれるヴァレリラルドに、アシェルナオは余裕の笑みを向けた。
「ナオ様の大丈夫はあまりあてになりませんからね。平気とおっしゃっても状況を見てこちらで判断することもありますよ」
「テュコは心配症なんだ」
「聖域の森、精霊の泉を浄化してくださるナオ様に万が一のことがあってはいけません。心配するのは当然です」
敬意を表してジエルヴェたちシアンハウス騎士団の騎士たちが臣下の礼をする。
「僕元気だよ?」
困惑するアシェルナオに、
「スタンピードの大浄化と婚約のお披露目の大浄化。それで精根尽きて眠っている実績がありますからね」
テュコが言うと、
「愛し子様だけに頼ってはいけないという王国からのお達しが出てますからね。仕方ないです」
イクセルも追随する。
「本当に大丈夫なんだけどなぁ」
「用心に用心を重ねて悪いことはないよ、ナオ」
「ナオ様の浄化で、おそらく精霊の泉周辺まで瘴気が撤退していると思われます。行ってみましょう」
フォルシウスに促されて、一同は再び馬に乗る。
精霊の泉の手前に開けている空間がある。
一行はそこで馬を降りた。
辺りに瘴気の気配はなく、フォルシウスの言う通り精霊の泉の近くまで浄化されているようだった。
「ここから先は私とナオ、フォルシウス、テュコだけで行く。残りはここで待機だ」
ヴァレリラルドが騎士たちを見渡す。
「えぇぇ、俺も行きたい。泉で歌うにたま……ナオ様を拝みたい」
ウルリクが駄々をこねる。
「精霊の泉は、精霊が人の出入りを好まない神聖な場所なんだ。瘴気に穢されている今の状況を考えると、なおさら大人数で踏み込みたくない。私もテュコもフォルシウスも騎士として十分の腕を持っている。この人数でもナオを護れる」
「にたまちゃんて言わないなら、また歌うよ?」
16歳でにたまちゃんと呼ばれるくらいなら、たとえ音痴だったとしても土管の上でリサイタルを開く所存のアシェルナオだった。
「言わない言わない。じゃあ約束ね」
「うちのウルが申し訳ありません。ラル、気を付けるんだぞ。何かあればすぐに呼べ」
ウルリクとベルトルドに頷いて見せると、ヴァレリラルドはアシェルナオにフードを目深に被せる。
自分もフードを被ると、アシェルナオの手を取って泉を目指して歩き始めた。
そのあとを追うようにテュコとフォルシウスが続く。
アシェルナオの歌で浄化された木々は、造形美はそのままなのだが、齢数十年数百年でありながら、生まれたてのような雰囲気があった。
「元の姿に戻ろうとしているというか、それぞれの木や植物が周りに馴染もうとしているというか」
『精霊がいて完成だからねー』
『まだ全部じゃないからねー』
『ちょっとずつねー』
『戻っていくよー』
『ナオ、ありがとうねー』
森の大半から瘴気が消えたことを喜ぶ精霊たちがアシェルナオの周りを飛び回る。
「これから元の姿を取り戻していくよ」
アシェルナオの呟きに応えるヴァレリラルド。
「うん、精霊たちもそう言ってる。泉の浄化が終わったらもっと取り戻せるよ」
「ナオ様、本当にお疲れではないですか?」
さっきから元気アピールをしているようなアシェルナオに、心配そうにフォルシウスが声をかける。
聖域の森はアシェルナオが言っていたように濃い瘴気に占められていた。それを二度も浄化しているのだ。
大浄化にも相当するほど気力を消耗しているはずだった。
「大丈夫。これからが本番だから」
アシェルナオはまっすぐ前を向いて先を急ぐ。
自称精霊王はともかく、精霊たちが望んでいるのだから、早くそれを叶えたかった。
森を進むと、一気に空間が広がる。
以前来た時には精霊の泉の青さに感動したのだが、今の精霊の泉の色はどす黒く濁り、禍々しい靄が泉から立ち上り周囲にも漂っていた。
浄化されて瘴気が消えた部分も、まだ本来の場所とは程遠く、この場所そのものが瘴気と混然とした場所のようだった。
17年前に見た精霊の泉の風景とはあまりに違っていて、思わずヴァレリラルドの手を離して駆け寄るアシェルナオを、
「ナオ、気を付けて。あまり近づかないで」
ヴァレリラルドが制止する。
「うん。あ」
自分の頭上から何かがふわりと落ちてきて、アシェルナオはそれを見つめる。
それは手のひらに乗るくらいの大きさの丸くてふわふわしたもので、ホワイトシルバーの毛におおわれていた。
いつも側にいる精霊たちとはだいぶ様相が違っているが、ここにいるということは精霊なのだろうと思って見ているアシェルナオの目の前で、それがふらふらと瘴気の方に進んでいった。
「そっち行っちゃだめ!」
「ナオ!」
それを追って泉に駆け寄るアシェルナオをヴァレリラルドが追いかける。が、ヴァレリラルドが引き戻す前に、それに手を伸ばしたアシェルナオの指先が瘴気に触れた。
瘴気に触れた指先から、理不尽な暴力への恨み、卑劣な行為への憤怒、己の運命を嘆く凄絶な悲しみ、耐えがたい苦しみへの悲痛な叫び。いずれも度し難い壮絶な感情が流れ込んで来た。
同時に自分と同じ年頃の少年たちの血にまみれた凄惨な姿がアシェルナオの脳裏に浮かび上がる。
「ひぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
阿鼻叫喚の戦慄すべき事実。それこそがこの瘴気の正体だと知ってしまったアシェルナオの口から、浄化の歌ではなく悲痛な悲鳴があふれ出る。
「ナオ!」
「ナオ様!」
ヴァレリラルドとテュコが同時にアシェルナオの体を引き寄せる。
そのまま瘴気から離れた場所まで抱き運んだ。
「ナオ様、しっかり」
フォルシウスはアシェルナオのフードをはずして顔色を見る。
アシェルナオの瞳は閉ざされ、その顔色は青白かったが、何より綺麗な顔が苦し気に歪み、体を震わせる様子がただごとではないことを示していた。
「耳が至福だぁ」
うっとりと聴き入っていたウルリクが呟く。
「さっきより精霊の光が増えましたよ」
フォルシウスは辺りを見回す。
「ありがとう、ナオ。疲れは?」
「全然大丈夫」
気遣ってくれるヴァレリラルドに、アシェルナオは余裕の笑みを向けた。
「ナオ様の大丈夫はあまりあてになりませんからね。平気とおっしゃっても状況を見てこちらで判断することもありますよ」
「テュコは心配症なんだ」
「聖域の森、精霊の泉を浄化してくださるナオ様に万が一のことがあってはいけません。心配するのは当然です」
敬意を表してジエルヴェたちシアンハウス騎士団の騎士たちが臣下の礼をする。
「僕元気だよ?」
困惑するアシェルナオに、
「スタンピードの大浄化と婚約のお披露目の大浄化。それで精根尽きて眠っている実績がありますからね」
テュコが言うと、
「愛し子様だけに頼ってはいけないという王国からのお達しが出てますからね。仕方ないです」
イクセルも追随する。
「本当に大丈夫なんだけどなぁ」
「用心に用心を重ねて悪いことはないよ、ナオ」
「ナオ様の浄化で、おそらく精霊の泉周辺まで瘴気が撤退していると思われます。行ってみましょう」
フォルシウスに促されて、一同は再び馬に乗る。
精霊の泉の手前に開けている空間がある。
一行はそこで馬を降りた。
辺りに瘴気の気配はなく、フォルシウスの言う通り精霊の泉の近くまで浄化されているようだった。
「ここから先は私とナオ、フォルシウス、テュコだけで行く。残りはここで待機だ」
ヴァレリラルドが騎士たちを見渡す。
「えぇぇ、俺も行きたい。泉で歌うにたま……ナオ様を拝みたい」
ウルリクが駄々をこねる。
「精霊の泉は、精霊が人の出入りを好まない神聖な場所なんだ。瘴気に穢されている今の状況を考えると、なおさら大人数で踏み込みたくない。私もテュコもフォルシウスも騎士として十分の腕を持っている。この人数でもナオを護れる」
「にたまちゃんて言わないなら、また歌うよ?」
16歳でにたまちゃんと呼ばれるくらいなら、たとえ音痴だったとしても土管の上でリサイタルを開く所存のアシェルナオだった。
「言わない言わない。じゃあ約束ね」
「うちのウルが申し訳ありません。ラル、気を付けるんだぞ。何かあればすぐに呼べ」
ウルリクとベルトルドに頷いて見せると、ヴァレリラルドはアシェルナオにフードを目深に被せる。
自分もフードを被ると、アシェルナオの手を取って泉を目指して歩き始めた。
そのあとを追うようにテュコとフォルシウスが続く。
アシェルナオの歌で浄化された木々は、造形美はそのままなのだが、齢数十年数百年でありながら、生まれたてのような雰囲気があった。
「元の姿に戻ろうとしているというか、それぞれの木や植物が周りに馴染もうとしているというか」
『精霊がいて完成だからねー』
『まだ全部じゃないからねー』
『ちょっとずつねー』
『戻っていくよー』
『ナオ、ありがとうねー』
森の大半から瘴気が消えたことを喜ぶ精霊たちがアシェルナオの周りを飛び回る。
「これから元の姿を取り戻していくよ」
アシェルナオの呟きに応えるヴァレリラルド。
「うん、精霊たちもそう言ってる。泉の浄化が終わったらもっと取り戻せるよ」
「ナオ様、本当にお疲れではないですか?」
さっきから元気アピールをしているようなアシェルナオに、心配そうにフォルシウスが声をかける。
聖域の森はアシェルナオが言っていたように濃い瘴気に占められていた。それを二度も浄化しているのだ。
大浄化にも相当するほど気力を消耗しているはずだった。
「大丈夫。これからが本番だから」
アシェルナオはまっすぐ前を向いて先を急ぐ。
自称精霊王はともかく、精霊たちが望んでいるのだから、早くそれを叶えたかった。
森を進むと、一気に空間が広がる。
以前来た時には精霊の泉の青さに感動したのだが、今の精霊の泉の色はどす黒く濁り、禍々しい靄が泉から立ち上り周囲にも漂っていた。
浄化されて瘴気が消えた部分も、まだ本来の場所とは程遠く、この場所そのものが瘴気と混然とした場所のようだった。
17年前に見た精霊の泉の風景とはあまりに違っていて、思わずヴァレリラルドの手を離して駆け寄るアシェルナオを、
「ナオ、気を付けて。あまり近づかないで」
ヴァレリラルドが制止する。
「うん。あ」
自分の頭上から何かがふわりと落ちてきて、アシェルナオはそれを見つめる。
それは手のひらに乗るくらいの大きさの丸くてふわふわしたもので、ホワイトシルバーの毛におおわれていた。
いつも側にいる精霊たちとはだいぶ様相が違っているが、ここにいるということは精霊なのだろうと思って見ているアシェルナオの目の前で、それがふらふらと瘴気の方に進んでいった。
「そっち行っちゃだめ!」
「ナオ!」
それを追って泉に駆け寄るアシェルナオをヴァレリラルドが追いかける。が、ヴァレリラルドが引き戻す前に、それに手を伸ばしたアシェルナオの指先が瘴気に触れた。
瘴気に触れた指先から、理不尽な暴力への恨み、卑劣な行為への憤怒、己の運命を嘆く凄絶な悲しみ、耐えがたい苦しみへの悲痛な叫び。いずれも度し難い壮絶な感情が流れ込んで来た。
同時に自分と同じ年頃の少年たちの血にまみれた凄惨な姿がアシェルナオの脳裏に浮かび上がる。
「ひぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
阿鼻叫喚の戦慄すべき事実。それこそがこの瘴気の正体だと知ってしまったアシェルナオの口から、浄化の歌ではなく悲痛な悲鳴があふれ出る。
「ナオ!」
「ナオ様!」
ヴァレリラルドとテュコが同時にアシェルナオの体を引き寄せる。
そのまま瘴気から離れた場所まで抱き運んだ。
「ナオ様、しっかり」
フォルシウスはアシェルナオのフードをはずして顔色を見る。
アシェルナオの瞳は閉ざされ、その顔色は青白かったが、何より綺麗な顔が苦し気に歪み、体を震わせる様子がただごとではないことを示していた。
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