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第3部
ハレの日と供物
しおりを挟む王城の門を入ると、広場の先に壮大なスケールで展開される王城の建物が目に飛び込んでくる。
正面の、洗練された建築様式の繊細な彫刻で装飾された入り口の上に、代々めでたき日のお披露目に使われてきたバルコニーがある。
それを見下ろせる尖塔の多角形の屋根の上に、ドレイシュとブロームは立っていた。
そこは普段は人が入れない場所、というより入ることを想定していない場所であり、警護の目も届かない場所で、ドレイシュは周囲を見渡し、ブロームは王城に詰めかけている民衆を見下ろしている。
「今のところ何も異常はありません」
ブロームの報告にも、ドレイシュは警戒を怠る様子はなかった。
「お披露目が終わるまで油断をするでないぞ」
「はい。民衆たちはみな祝福にわいているようですが、ドレイシュ様には何か危惧するところがおありなのですか?」
「うむ……気のせいだといいのだがな……」
ドレイシュは少しの異変も見逃さないよう、澄み渡る青空に目を向けた。
「すでに入りきれないほど民衆が集まっています。これ以上人が集まると群衆なだれを起こしかねないため、一般用の橋を封鎖したとの連絡が入りました。準備はすでに整っています」
衛兵に護られた控室の扉の前で、ローセボームは次男である近衛騎士団団長のティスの報告を受けていた。
「では、バルコニーに出るとしよう」
ローセボームは扉の両脇に配置されている衛兵たちに合図をすると、扉をノックした。
ノックの音とともに控室の扉が衛兵によって開けられ、ローセボームは控室に足を踏み入れる。
「みな様、大変お待たせ致しました。これよりバルコニーにお立ちいただきます」
敬意を込めて頭を下げるローセボームに、王族もエルランデル公爵家の者も、厳かな顔で頷く。
「はーい」
その中でアシェルナオだけがいつもの様子で返事をして、人々の笑みを誘った。
「ナオ。今さらだけど、私の婚約者として国民の前に出てくれるだろうか」
ヴァレリラルドがエスコートのためにアシェルナオに手を差し出す。
本当に今さらで、その覚悟も、ヴァレリラルドへの思いがあるからこそアシェルナオが決めたことだった。
それでも、それがどこまでも気遣ってくれるヴァレリラルドの優しさなのだと知っているアシェルナオは、
「はーい」
すべてをわかった上でヴァレリラルドに手を預けた。
可愛い返事だが、その瞳にはしっかりとした芯が宿っているのを見て、ヴァレリラルドは改めてアシェルナオを生涯の伴侶として護り抜く決意をした。
「行こう」
ヴァレリラルドとアシェルナオは、手を握り合って歩き出す。
王城の鐘楼の鐘が、厳かに、高らかに鳴り響く。
その鐘を合図にしたかのように市街地の方で花火があがると、バルコニー前の広場で歓声が沸き起こった。
空は澄み渡る青空で、精霊たちもお祝いしているようだと思いながら、ウジェーヌはバルコニーを見つめる。
ウジェーヌとチドの横ではマロシュがバルコニーを見つめていたが、そう離れていないところではカロラもバルコニーを見上げていた。
イクセルに言われた言葉が胸に引っかかっていたカロラは、どうしてもヴァレリラルドの婚約者が気になって見に来ていた。
スヴェンたちも、大勢の貴族たちも、数えきれない民衆たちも。人々が胸を高鳴らせて見守る中、近衛騎士団団長が姿を見せた。
続いて宰相であるローセボームとグルンドライストがその後に続く。
そして、いつもは形式ばかりの王としての服装をしているベルンハルドが、今日ばかりは王冠とローブをきちんと身に纏って威風堂々と登場した。
美丈夫な王の登場に、普段王の姿を目にすることのない民衆から歓声が起こった。
次に登場したのは、後ろにアネシュカを伴ったテレーシアだった。テレーシアはベルンハルドとの間をたっぷりとあけたところに位置を取り、民衆に手を振る。
アネシュカも黙っていれば美しい女性で、テレーシアを倣って手を振った。
歓声が続く中、王族の後ろに婚約式に出席したオルドジフやサミュエルたち、護衛たちが並び、あとは王太子とその婚約者の登場を待つだけになったバルコニー前の広場では、王城のお抱え楽団が一層華やいだ曲を奏でる。
いよいよお披露目だ、と、集まった者たちが息を飲んで見守る中、金髪の凛々しい王太子が登場した。
王太子に手に引かれて姿を見せたのは、青と茜色の見慣れない、だが可愛さと風格のある衣装を着た小柄な人物だった。
ベールから覗く、瞳の大きな綺麗な顔立ちにはほんわりとした微笑みが浮かんでいて、美しいだけでない、一目で人の心を惹きつけずにはいられないえもいえぬ魅力にあふれていた。
今まで秘匿にされていた婚約者の姿が人目にさらされると、一瞬、広場に詰めかけた貴族、民衆たちが水を打ったように静まり返った。
ベルンハルドとテレーシアの間にヴァレリラルドと並び立つアシェルナオは、ん? と、小首をかしげてヴァレリラルドを見上げる。
ヴァレリラルドは言葉ではなく笑顔でアシェルナオを安心させる。
それを見てアシェルナオも、ふふふ、と笑った。
その可憐な笑顔に、将来の王太子妃になるアシェルナオを祝福するための歓声が一斉に沸き上がった。
そこは暗闇の世界だった。
時間も空間も超越した、闇の世界。
唯一のエンゲルブレクトの安息の場所には、これまで手に掛けた、たくさんの少年たちの変わり果てた亡骸が、息絶えた時の姿のままで転がっていた。
「お前たち、本物が見つかった。お前たちがようやく役に立つ日がきた。さあ、今日のめでたい日の供物になるがいい」
エンゲルブレクトが空間に切れ目を入れると、眼下には精霊の泉が広がっていた。
突然空間の裂け目ができたことに精霊の森全体の空気がざわつく。と同時に数十の亡骸が泉に落ちて来た。
なすすべもなく清浄の源である泉が残忍で非情の結果である不浄なものに穢され、色を黒く染めていく。
悲鳴のように空気が震え、精霊の森を護っていた結界に見えないひび割れが広がっていく。
森に住む鳥や動物たちが一斉に飛び立ち、飛び出していった。
大地が震え、泉の水がさざめいたかと思うと、真っ黒い瘴気を噴水のように噴き出した。
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